「シンジくんもとーとーじゅうはちかぁ。あたしが無理矢理引き取ったときはまだじゅうよんだったのにねぇ〜」
ミサトもそこそこ酔っていた。
みんな既にかなり酔いが回っている。
ケーキも料理もとうに無くなりアスカやヒカリが即興でつまみを作って場をしのいでいる。
「そうですね。思い返せば弱虫で臆病で後ろ向きで、いいところなしの子供でしたね。ま、今もあんまり変わりませんけど」
そう言いながらミサトのコップにビールを注ぐ。
「そんなことないわよ。昔と違ってこんなに強いじゃない」
ミサトの顔は赤いがシンジの顔色は全く変わっていない。
「放って置いても体の方は大人になりますから」
話す二人の前には1ダース近い空ビール瓶が並んでいる。
「あーもしもし、ビール2ケース配達頼めるかな? 場所はコンフォートマンションの…」
電話で加持が酒屋に追加注文をしている。
二人と一緒に飲んでいるのにこちらもいたって素面である。
意地を張って頑張っていたアスカはしばらく前にトイレに消えた。
「みんなももーすぐじゅうはちねー」
そう言って教え子たちを見渡す。おもわずひくトウジ達。下手に捕まるとつぶされるのは目に見えていたのでミサトの近くから逃げていたのだ。
オペレータ組は3人でちびちびとやっている。何だかんだ言っても仲の良い3人組である
リツコはレイがペンペンと寝て手が空いたので冬月と飲んでいた。
「ちょーどいい機会だから聞いておきましょー。みんな自分の進路は決めた?」
思わず顔を見合わせてからミサトを見返す子供達。
ミサトは酔ったふりをしてるがまだまだ素面なのだとわかる。そして、酒に任せたふりをして実は真剣に聞いているのだと。
そのくらいは分かるくらいに彼らもミサトを知っていた。
少し考えた後ケンスケが口を開く。
「俺は卒業したら第二東京の防衛大に進もうと思っています」
「ぼーえーだい?」
「てことは戦自かい?」
加持が確認する。
「はい。士官として戦略自衛隊に入隊するつもりです」
「ケンスケらしいな、やっぱ軍人か」
トウジがうなずく。
「最初はたんなる趣味だったけどね。シンジ達と知り合ってネルフのことを知ることが出来て、本当の戦いっていうのはどういうことなのか考えさせられた。でも、俺にそれを語ることは出来ない、本当に戦ったことのない俺にはね。だから俺は一度軍隊の中に身を置いて戦いってものがどういうものなのか身をもって味わってから判断を下したいんだ。
本当はネルフに入れればいいんだけど今の俺じゃ無理だからね。まずは戦自で自分を試してみようと思うんだ」
「…そう、がんばんなさい」
ミサトは真剣な顔でそして少し微笑んで言った。
「はい!」
「私は医大に行こうと思っています」
次に話したのはマユミだった。
「看護学校…じゃないのね?」
「はい。以前ほんの少しですけどこの第三新東京市にいたとき、使徒の攻撃でたくさんの人が死んだり怪我したり…あ、みなさんのせいじゃないですよ! みなさんが頑張ってくれたからあれだけの被害で済んだんですから!!」
ネルフ首脳部一同及びパイロット達の顔が暗くなるのを見て慌てて言葉を続けるマユミ。
「ありがとう山岸さん、続けて」
「はい。…その時の私はシェルターにただ隠れていることしかできませんでした。それは仕方のないことです。戦いの間私にできることなんてないですから。でもシェルターから出た後も私には何もできなかった。それがずっと心残りだったんです。だけどあの生徒会の立候補の時の碇君の演説を聞いて思ったんです、それでくじけるんじゃなくて自分に出来ることを探してみようって」
「それでお医者さん?」
「はい。私は戦うことなんてできませんし、みんなを守ることもできません。ですけど怪我や病気になった人を助けることぐらいはしたいって…今の私の成績じゃ厳しいかも知れないけどやってみようって思います」
「大丈夫よ、やる気さえあればね。それにあなたには一流の教師とタメをはれる教師みたいな友達が二人もついてるからね」
そういってミサトはウィンクした。
「ミサト先生も入れて3人ですよ」
そう言ってマユミは微笑んだ。
「私はみんなみたいに凄いことは考えていないんですけど…調理師の免許を取るために専門学校に行こうと思っています」
「あら洞木さんらしいじゃない」
「やっぱり好きなことっていつまでも続けていけると思うんです。だから私の好きな料理を一生懸命勉強していつかこの街にお店を開きたいなって…」
「ふーん。いいわね、そういうの。普通の女の子って感じ。私たちはそういうのと無縁な生活を送って来ちゃったから…あ、嫌味じゃないのよ」
慌てて言うミサト。ヒカリはうなずき、
「ええ、わかってます。だから私もそんな皆さんに料理を食べてもらえるような…私のお店でならみんなも普通の人としてのんびりできるようなそんな場所を作って、いつか違う立場や遠い人になってもみんなが会えるような場所にして、いつまでもみんなと一緒にいられたらなって思うんです」
「………ありがとう洞木さん。でも、ちゃーんと自分のこと考えてる?」
「自分のこと?」
「そ〜、たとえば一緒にいたいのは誰かな〜とか?」
「ミ、ミサト先生!」
「あたしは第二新東京の大学に進学して勉強して勉強して勉強して………」
「ちょ、ちょっと霧島さん?」
ミサトが心配して声をかける。
「はっ! あたし何を!?
…え、えーとそれでうまくいけばネルフに就職して技術者としてやっていきたいと思っています」
「待ってるわよ、霧島さん」
リツコが微笑む。
「は、はい」
「しっかり自分の力を付けておかないと後が苦しいわよ。うちは人使いが荒いから」
「わかりました!」
「ねぇマナ」
シンジがぼそりと言った。
「なにシンジ?」
「本当にネルフに入りたい?」
「い、いきなり何!?」
「僕たちはエヴァのパイロットだから今後もネルフに所属する必要がある。
でも、マナは委員長や山岸さんと同じように普通の女の子として生きれるんだよ?」
加持もミサトもリツコも冬月もオペレータ3人も真剣な目でシンジを見た。
ネルフに所属するということがどういうことか彼らは知っている。そしてどんな経緯があれ選んだのは彼ら自身なのだ。最後には自分の意志で決めたとはいえエヴァに乗ることを最初から決められていたシンジ達とは違う。
「………シンジがどういう意味で聞いているのかはわかっているつもりよ。私だって似たような所にいたんだものね。でも、だからこそ考えたいの。なんで私達みたいな子達が必要になったのか? なぜ予定された戦争なんて物があるのか? それはこの世界に生きていかなければ分からない事よ。さっき相田君が言っていた事と似てるわね。そしてネルフで私が成果を上げれば私にもそれなりの力が出来る。そうすれば私が調べたいことも調べられる。それに…」
「…それに?」
「予定された戦争なんてネルフだったら簡単につぶせるでしょ?」
そういってマナは笑った。シンジもふっと表情をゆるめた。
…自分で考え自分で決める、マナもそうしているんだ。
「わいは一応、今後もエヴァのパイロットとして雇うてもらえるんでしょか?」
心配そうにトウジが言った。
答えようとした冬月を遮ってミサトが口を開く。教師としてこの話を始めたのは自分だ。最後まで自分で始末する。
「というより、あなたを手放す気はないわね。ひどいことを言うようだけど」
「そうでしょな。エヴァのパイロットが放し飼いになったら、余所からさらっていく奴もおるやろし…」
「そのとおりよ」
「そうは言うても、給料はたっぷりもらえるんですよね?」
そこでトウジがにやっと笑った。
「へ?」
「だってわいらしか動かせへんのやったらわいらの要求はそれなりに通るわけでしょ?
労働条件の改善を訴えてもばちはあたらんと思いますけど」
実際問題シンジ達には相当な金額の給料と危険手当が支払われている。
「そーねー。あたしらと違って替えがきかないものね〜。危険手当も半端じゃないし」
「そうだな、俺達もそこそこ高給だがパイロットともなるとな」
「サラリーマンの年収なんか目じゃないよね」
「芸能人でも無理じゃないかな」
「い〜な〜私たちって公務員だから組合ないんですよね」
「…コホン」
冬月の咳払いで静まる一同。
「とりあえずそんなら妹にも楽させてやれます。今のところはわしもなにも考えれません。
でも就職先がきまっとるんなら取り合えず心配いらんよってじっくり考えますわ。
ネルフなら少なくともこの街におれますしな」
「そう。でも妹さんだけじゃなくて将来の家族も楽させてあげなきゃね〜」
「な、なんのことで?」
うろたえるトウジ
「ほほぉ、先生に隠し事とはいい度胸ね」
そのままビール片手にミサトは追求に移った。
それを見ながらシンジはカヲルに聞いた。
「カヲル君は?」
「え?」
「カヲル君は何か将来のこと考えてないの?」
「うーん…」
シンジに言われて考え込むカヲル。
ちなみに相当量飲んだ筈だがシンジと同じで顔色一つ変わっていない。
「…考えたことがなかったね。ま、いいさ」
そういってシンジに笑い掛ける。
「カ、カヲル君?」
「僕はシンジ君さえいてくれれば…ぐっ!!」
アッパーカットを喰らって壁に叩きつけられるカヲル。
「だからあんたはいいかげんにしろっていってるでしょ!!」
「あ、アスカ大丈夫?」
…ていうかカヲル君の方が心配だな
「今ので醒めたわ」
肩で息をしながらアスカは答えた。手に皿を持っているところを見ると今ので駄目なら皿を投げつけるつもりだったようだ。
「ねぇアスカは何か考えている? やっぱりシンちゃんのお嫁さんかな?」
「ミ、ミサトさん」
「何言ってんのよこの酔っぱらい。アタシはあんたの作戦部に就職、いずれあんたをお払い箱にして作戦部長に就任するのよ」
「「はぁ?」」
ハモるミサトとシンジ。
「あれ? ミサト聞いてないの?」
かくかくと首を振るミサト。
「副司令、今のは本当ですか?」
「ああ、いずれアスカ君は君の下につける予定だが…碇から聞いていないのかね?」
「全然聞いてません」
「加持君とリツコ君は?」
「あの人を問いつめて白状させました」
「勝手に調べました」
「…碇め、面倒を押しつけおって」
「へーアスカちゃんがウチに来るのか」
「頼もしいですね」
「そうだね、葛城さんが二人いるみたいだ」
めいめい感想を述べるオペレータ達。
「ちょっマジ? アスカ?」
「冗談だったらもっとすごいこと言うわよ、たとえばネルフの総司令になるとかね」
そういってシンジをちらっと見る。
「あの、アスカ?」
「なあにシンジ。アタシに愛の告白? 駄目よ、みんなの前じゃ」
二人はアスカが知っていることを悟った。
「そう、アスカがそう決めたならあたし達が口出しする事じゃないわね。
でも…このあたしがお払い箱ですってぇ!?」
「何よ! ビールを飲むだけの給料泥棒のくせに! アタシが作戦部長になった方が世のため人のため税金の為よ!」
「この言わせておけば!!」
「何よ! やろうっての!!」
「やるなら相手になるわよ!!」
今日も今日とて葛城家の姉妹喧嘩のはじまりである。
「あ、あの碇君。放って置いていいの?」
マユミが心配そうに言った。すでにとっくみあいの喧嘩に発展している。
「気にしなくていいよ。あの程度じゃ怪我しないから」
「そ、そう?」
「そういやさっきの話、シンジはどないするんや?」
「僕? …僕もトウジやアスカと同じ様なものだよ。どこに入るとかは決まってないけどネルフに就職だろうね」
「そっか」
「ということは希望通りになってもまだまだみんな一緒だな」
ケンスケが言った。
「第二東京なんてすぐそこだろ。俺と山岸さん以外はここに残るわけだし」
「せやな」
「そうだね」
「じゃ、みんな一緒でいられるように」
「乾杯しよっか」
そういっみんなコップを持つ。
「アスカ!」
…シンジが自分を呼んでいる
気付くとミサトは一人で転がっていた。
「…あり?」
そんなミサトを余所にシンジ達はコップを合わせる。
『かんぱーい!!』
一同が解散してしばらく後。
「ふあ〜あ。さすがに眠いや」
シンジはあくびをするとパジャマに着替えた。
数日は睡眠無しに動けるシンジであっても眠いものは眠い。
服をハンガーに掛ける。そこでポケットから覗く封筒に気付いた。
『その…えーと…寝る前まで開けないで欲しいの…』
「忘れるところだった…えーと、中には…」
折り畳んだ紙が一枚出てくる。
それを開けるシンジ。
………30秒経過。
………60秒経過。
………180秒経過。
「アスカ!?」