<翌朝 葛城家食卓>

 

 

「あらーもう新婚気分? アツアツねー火傷しちゃいそう(はあと)」

ミサトは朝から全開でひやかしモードに入っていた。

(…昨夜のあれはなんだったんだ?)

思わず天を仰ぐ加持。

結論。

(…そうだな。こいつはこういう奴なんだ)

心で苦笑する加持。

悟りの境地に足を踏み入れつつある。

シンジもアスカもさすがに今朝は分が悪いらしくミサトにいいように遊ばれている。

それがまた楽しいのかミサトの冷やかしにも拍車がかかる。

だがいつまでもいつまでもいつまでも受け身に徹していられるほどアスカは我慢強くない。

「まぁねぇ〜誰かさんと違って婚姻届を渡しても絶対に即OKの自信があったもの」

「ぐっ!」

不意に行われた反撃はミサトの痛い所をついた。そのまま速攻に転じるアスカ。

「まあプロポーズはしてもらえたようだけど、なかなかその先に移らないのはやっぱ不満があるからかしらね〜」

「ア、アスカ…」

シンジが止めるが構わずアスカは勢いに乗って連続技に移行する。

「ま、誰かさんと違って私は努力したもの。愛する旦那様に家事を押しつけちゃいけないわよね。洗濯、掃除、そして何より炊事」

「ぐぐぐぐぐぐ!」

歯を食いしばりつつ思考を巡らし何とか反撃の機会をうかがうミサト。だが、理性よりも感情が勝っているのか臨界点は間近だ。

さすがに加持も青くなる。

「お、おいアスカその辺に」

「妻の愛情のこもった料理を食べれない夫って可哀想よね〜。あ、もっとも愛情がこもってるかわりに命を削る料理を食べさせられるよりはましかしら?」

ブシュッ!

ビールの缶を握りつぶし立ち上がるミサト。

ダンッ!

テーブルを叩いて立ち上がるアスカ。

「「何よ!!」」

 

 

「はいペンペン朝御飯。冷蔵庫の中で食べた方がいいよ」

「クェックェッ!」

ペンペンは頷くと冷蔵庫に逃げ込む。

「加持さんコーヒーです」

ガンガン!

「お、サンキュ」

テーブルの下でトーストをかじっていた加持にマグカップを手渡す。

シンジも隣に座ると野菜の入ったボールを置いた。

「まだソースを作っている途中だったみたいで生なんですけど」

ガタガタガタ!

「ドレッシングはかけないほうが体にはいいんだぞ」

パリパリとレタスをかじる加持。

「二人は濃い味の方が好みなんですよ」

トマトを摘むシンジ。

「濃い味ねえ。まあ、あのプロポーションを見る限り食事との相関関係は薄そうだが…それにしても、いつにもまして激しいな」

ゴロゴロゴロ!

「そうですね」

二人が身を隠すテーブルの外は戦場と化し、皿や調味料が飛び交っていた。

合間に二人の怒号が飛び交っている。

「やっぱりアスカの攻撃が効きすぎたんでしょうね」

ドンガラガッシャーン!

「あぁ葛城の一番気にしてるところを的確についたな。さすがはアスカだ」

笑う加持。

「加持さんがあんまり長い間放って置くからですよ」

シンジはパンの耳をかじりながら言った。

「それはそうかもしれんが」

さすがにばつが悪いのかゆで卵をかじりつつ頭をかく加持。

「仕事も忙しいのは忙しいとして結婚は出来るでしょう?」

ピーーーーーーッ!

「そう簡単でもないさ。結婚したら一緒に新居暮らしだ。君たちを置いてな。すると君たちは二人っきり。これは厄介だぞ?」

フォークに差したウィンナーを突きつける加持。しっかりケチャップがついているのはシンジの卓越した回避行動の賜物だ。

「ああそういえば…」

シンジも考えが足りなかったことを認める。

「おまけにさっきのアスカじゃないが俺が仕事で家を空けたら葛城一人になるだろ?

 寂しい思いをさせるのはともかくとしても新居があっという間に廃墟になるのはなぁ」

ビュンビュン!

「………」

無精ひげをさする加持にシンジは返す言葉がない。

「まあ、いい機会だからみんなで考えるか、これからどうするか」

シュタタタタタ!

「そうですね」

二人はコーヒーを飲み干す。

「「ごちそうさまでした」」

手を合わせると世界屈指の戦闘員二人は戦闘を終わらせるべく行動を開始した。

 

 

「…というわけで以上のような問題があるわけだ」

玉露の入った湯飲みを片手に加持が説明を終えた。

「…単にミサトがずぼらなだけでしょ」

「…何か言った?」

「あんたあれだけ必死にやった結果はどこに行ったのよ!?

 料理以外はなんとかこなせるようになってたじゃない!」

「あ、そういやそんなこともあったわね」

ポリポリと頭をかくミサトにこめかみをひくつかせながらもアスカは続ける。

「だいたいシンジが帰ってきた途端に何にもしなくなるからこんなことになるのよ」

「たはは、やっぱりシンちゃんがいると安心しちゃって…」

ミサトの家事能力…あえて料理には触れまい…必死で努力した結果会得したはずのそれはこの1年足らずの間にあっさり元のレベルに戻ってしまっていた。教訓『継続は力なり』。

「でも、もう一度努力すれば出来るってことですよね」

「まぁ一応はそうなるな」

男性陣がフォローする。

「問題は料理ね。ミサトが飢え死にしたって知ったこっちゃないけど、加持さんが入院でもしたりするとネルフの損失だもんね」

「そうだね。でも、ミサトさんって料理をする手順自体は問題ないんだ。たぶん味覚に根本的な問題があるんだよ」

「それは結構致命的な欠点じゃないかい?」

「治らないなら他の方法を考えるしかないでしょ」

「たとえばある程度味覚のずれを加味して味付けをすればいいんだ」

こうしてミサトの料理矯正手段が計画されていく。

(…とほほ、そこまで言わなくたっていいじゃない。)

ミサトは隅でいじけていた。

 

「とりあえずこれでなんとかしてみましょう」

「そうね。使徒と戦う方が楽に思える事って意外とたくさんあるもんね」

「…悪かったわね」

ぼそりと呟くミサト

「次は新居だな。4人で住むわけにもいくまい」

「そうね。さすがに狭いか」

「そういう問題じゃないんだがな…ま、いいが」

「それなら私とシンジが出て行くわよ。当然でしょ」

「そうだね。ここは元々ミサトさんの家のわけだし」

「でも高校生二人だからな。よく考えないと…」

「大丈夫よ。いざとなりゃリツコの所…じゃなかったシンジの実家にでも厄介になるわよ」

「それはそれで邪魔な気もするな…」

ぼそりとつぶやいたシンジに視線が集まる。

「?」

何事かと思うシンジ。

シンジは単に自分たちがリツコ達の邪魔になるという意味で言ったのだが…

「邪魔だって〜。シンちゃんってばアスカと二人っきりでなぁにするのぉ〜?」

にやにやとミサト。

「へ?」

「葛城も人が悪いな。若い二人のすることなんて決まってるじゃないか」

にやにやと加持。

「ちょ、ちょっと!」

「シ、シンジがどうしてもって言うなら…」

真っ赤な顔で人差し指と人差し指を合わせるアスカ。

「アスカまで!」

 

結論、この部屋の隣にもう一つ部屋を借りて加持とミサトが移る。

 

「シンちゃんとアスカの住所が二人そろって同じ所に変わると学校でも勘ぐる人達が出てくるでしょ?」

「そうかな〜」

「ばれるのは時間の問題だと思うんですけど」

聞いていない大人二人。

「ま、これならしばらくは食事も安心だしな」

「いざとなったらよろしくねんシンちゃん」

結局、それが本音らしい。

 

「で、式はいつ挙げるんだ?」

「式場の心配なら大丈夫よ。碇司令やリツコがついてるんだからどうにでもなるわ。あ、ジオフロントでの結婚式第一号なんてのもいいわね〜」

そういう加持とミサトをジト目で見るシンジとアスカ。

「二人とも何か忘れていませんか?」

「ごまかそうたってそうはいかないわよ」

 

この後、小一時間にわたりありがたーい説教が行われる事となる。

 

「いや、結婚するっていうのは…」

「…思ったより大変なことなのね」

二人の前にはアスカが気を利かせて余分にもらっておいた婚姻届が置かれている。

既に証人二名の名前は記されている。

余談ではあるが未成年者の結婚に対する親の承認云々はセカンドインパクト後廃止された。証人の欄も同様である。

 

結果、二人が式を挙げて一緒になるまでシンジとアスカも式を挙げるつもりはないということに落ち着いた。実のところアスカは自分たちは別に式を挙げなくてもいいと言ったのだが大人二人が強硬に挙式を主張。卒業後にでも事後で行うと決定。逆に言えば二人が卒業するまでにとっとと式を挙げろという意味である。二人のチルドレンは押しも強かった。

 

「じゃ、話もきまったことだし行くか」

「そうですね」

加持とシンジが立ち上がる。

「「行くってどこへ?」」

女性二人が声を合わせて聞いた。

一度顔を見合わせた笑った後、同時に答える男二人。

「「結婚指輪を買いに」」

 

美女二人はそろって泣いてそろって愛する男性に慰められることとなる。

その夜、結婚の報告に訪れた碇家でこじんまりとお祝いが行われた。

 

 

 

予告&チルドレンのお部屋