「状況を説明する」

日向はそう前置きすると説明を始めた。

作戦室にいるのは日向、リツコ、青葉のみ。

プラグスーツに着替えた二人はとっくにこれが戦闘ではないことに気付いていた。

「ネルフ中国支部近郊を震源地とした震度7〜8程度の地震が発生した。被害はかなりの広範囲に広がっている」

「そらまた大変ですな」

「中国支部そのものはもともと十分な耐震設計をされていたから大きな被害はなかったわ。ま、備えあれば憂い無しね。既に支部としての機能もほぼ通常の状態に戻っているわ。だけど…」

リツコがスクリーン上に地図を映し出した。

震源地を中心として赤いエリアが大きく表示されている。

「これだけのエリアで建造物の倒壊、交通網の破壊等々…まあセカンドインパクトとは比べものにならないけどかなりの物的及び人的被害が出ているわ」

「…何千人、場合によっては何万人単位ですね」

暗い顔で言うシンジにうなずくリツコ。

「そうよ」

「既に中国支部も救援活動に当たっている。だが、物資や医療援助はともかく火災等の二次災害や現在も瓦礫の下敷きになっている人々の救出となると現地の軍や当局次第になる」

「進行状況はきわめて遅いですね。無論、彼らも最善を尽くしてはいるのでしょうが…」

青葉が現在の作業状況をスクリーンに映す。

「各国も援助を申し出ているけどそれも中国政府の承認を待ってからでは時期を逃すことになるわ」

「…でしょうね」

シンジは唇を噛む。

トウジも妹が怪我したときの事を思い出したのか顔が厳しい。

「というわけでネルフの特務権限を行使する」

「ひらたくいえば職権乱用ね」

身も蓋もないことを言うリツコ。

「中国政府の意向は無視してエヴァ2機を投入。中国支部を拠点として人命救助を主な目的とした救援活動を行う」

「出撃するのは鈴原君の六号機及びシンジくんの伍号機よ」

「コアの書き換えは?」

「もう終わってるわよ」

リツコが微笑む。トウジとシンジをミサトが指定したときにこうなると読んでいたらしい。

「おっしゃあ! さすがはネルフや!!」

右の拳を左の掌で受けて気合いを入れるトウジ。

ネルフが超法規組織であるがゆえにこういう真似ができる。

戦いならいざ知らず人助けとあって張り切るトウジ。

(…もっとも世論効果を狙っているんだろうけど)

とシンジは冷静に推測する。

ネルフの人気を高め、エヴァに対する大衆の恐怖を和らげ逆に好感をもたせる。中国政府に貸しを作るのはまぁおまけというところか。

(…それでも結果的に世のため人のためになるならいいか)

そう結論づける。

だが、シンジはまだ甘かった。

彼の父親は一石二鳥程度で満足する人物などではないということを忘れていた。

それがわかるのは少し後の事である。

「現場の指揮は僕が取る。サポートとして伊吹一尉にも同行してもらう。もうすぐ到着するはずだ。その他本部から輸送機2機分のスタッフが随伴する」

「シンジ君と鈴原君はエヴァにて輸送機に追随して。飛行訓練を兼ねているから」

「エヴァが空飛ぶちゅうて聞いたら、ケンスケ辺りが飛び上がって喜びそうやな」

「はは、そうだね」

「S2機関が作動すれば電源供給の心配はないからな。二人には体力の限界まで働いてもらう」

「任せといたって下さい! そういう仕事なら徹夜でやったりますわ!」

 

 

 

 

<南シナ海上空>

 

「日向一尉! 人民軍機からの通信です!」

通信士の言葉を聞いても資料を見たまま顔も上げない日向。

「…中国支部からの連絡は?」

「まだです」

「…なら、中国政府はまだ了承してないと言うことだな」

「そうなりますね」

「よし無視しろ」

少しして再び通信士が声をかける。

「今度は警告です」

「無視と言ったら無視だ。何せ非常事態だからな」

そう言って顔をあげた日向は笑っていた。はっきり言って目が危ない。

そのとき、輸送機の前方を火線が斜めに走った。

「あれは?」

「威嚇射撃みたいですね」

パイロットがのんきに言った。

「短気はよくないな。気の短い奴にパイロットはつとまらないということを教えてやらないと」

マイクを取った日向の眼鏡が怪しく光る。伊達に長年ミサトの補佐をやっている訳ではない。

「シンジ君聞こえるか?」

『はい。大丈夫ですか?』

「大丈夫だ。ただ邪魔だからちょっと脅かして追い払ってくれ」

『いいんですか?』

「ああ構わない」

『了解』

戦闘機のパイロットは龍を見たと言ったが信用されず、後方勤務送りとなった。

 

 

日向が有能な指揮官であるのに疑いを挟む余地はない。ただ、ミサト程に柔軟でかつ大胆な発想ができないだけである。ミサトの才能とも呼べるものは一言で言って他人が思いもしない作戦を考えつくという所にある。

中国支部に居を構えた日向はすぐさまエヴァ両機を投入した。まずは軍の車両も入れなくなっている地点への通路確保のための瓦礫の撤去を行いつつ人命救助。その一方で強弱緩急織り交ぜて軍と交渉し協力体制を取り付ける。この時点で中国政府との交渉は中国支部に任せて無視している。形式より実をとる。これがあってこそ超法規組織の存在意義がある。

軍車両の進入路を確保した後、エヴァは人命救助により集中してあたらせる。表の目的と裏の目的を果たすために。トウジが瓦礫を撤去しシンジが救助を行う。ミサトの人選はさすがである。シンジを除けば一番体力がありおよそ人助けのためなら労力を厭わないであろうトウジ。最高のシンクロ率を誇りパイロット自身も一流のレスキューでデリケートな作業もそつなくこなすシンジ。結果的に残ったアスカとカヲルのコンビはシンジには及ばないが個人の能力も冷静な判断能力も本部の防備を任せるに足る人材だ。

 

 

かくして作業は順調に進んでいた。

必死で働くエヴァではあるが知っている者には畏怖され知らない者もその姿にはつい後ずさる。それが現実というものなのだ。しかし怖いもの見たさという心境か、作業が順調に進み気が緩んできたのか、エヴァを遠巻きに見る人間が増えてくる。特にどこの国でもいる元気で好奇心に溢れた子供達がおもしろそうに見ていた。

「トウジ」

六号機の通信ウィンドウにシンジの顔が映る。

「何やシンジ?」

少し手を休めるトウジ。

「どうも見物人が増えてきたみたいだ」

「どこの国にもケンスケみたいな奴はおるからな」

「はは、そうだね。まあ軍がそのうち規制してくれるとは思うんだけど一応まわりに気を付けて」

「わかったわ」

そういってトウジは通信を切った。

シンジも画像を切り換える。リツコが即席で作った建造物の構造チェック用のプログラムだ。エヴァが収集したデータを基にどこを動かしたらどちらに倒れるというようなデータをリアルタイムで表示する。シンジならエヴァの操縦をしていても余力があるだろうからと組み込まれ、今のところ崩壊中の建物から怪我人を救助すると言った局面で役に立っている。

「!?」

小さな男の子が視界に入る。その背後には今にも崩れそうなビル。作成者に似たのかリツコのプログラムはあくまで淡々とそのビルが男の子の上に倒壊する様を表示した。

 

 

最終パート