【新世界エヴァンゲリオン】

 

 

 

「シンジ、シンジってば」

ゆさゆさと揺さぶられる感触。

心地よいその声。

シンジはゆっくりと目を開けた。

開けた視界に彼が誰よりも愛する少女の顔が映る。

「…アスカ? …おはよう」

アスカは心配そうな表情を浮かべている。

「おはようじゃないわよ、大丈夫?」

「え?」

ゆっくり身を起こすシンジ。

辺りを見回すとクラス中の視線が集まっている。

ごく普通の火曜日。

現在時刻午前9時45分

教科は世界史。

 

そう、俗に言う授業中である。

 

 

 

 

【第弐拾四話 秋風に歌う】

 

 

 

 

 

 

 

シンジは事もあろうに授業中に居眠りをしてしまったらしい。

「シンジ、大丈夫なんか?」

「訓練のしすぎか?」

「駄目よ碇君、無理をしちゃ」

「そうですよ」

「しっかり食べてる?」

心配そうに声を掛ける友人達。

「やっぱりエヴァのパイロットって大変なのね」

「まぁ命がけの仕事だからな」

「碇君て繊細そうだし」

「地球の命運を背負ってるんだもんな」

クラスメート達も心配しかしていない。

「碇、どこか具合が悪いのなら保健室に行ったらどうだ?」

教師からしてこの言い様である。シンジの信用度合いがわかるというものだ。シンジが授業中に居眠りをするなどということはありえないのである。

「…すみません。少し休ませてもらいます」

無用の心配を掛けるのも何なのでおとなしく従うシンジ。

「あぁ惣流ついていってやれ」

「はい」

言われなくても、といった風情で立ち上がるアスカ。

 

 

 

<保健室>

 

保健医と話した後、シンジはおとなしくベッドに入った。

椅子を引き寄せアスカが傍らに座る。

(…教室に帰って、といっても聞かないだろうな)

元々授業を受ける必要のないアスカが従うはずもない。

「…大丈夫なのシンジ?」

「うん。ちょっと眠いだけだよ」

「………」

一日や二日寝なくても平気なシンジの言うことである。

アスカはシンジを睨んだが、シンジは気付かない振りをして目を閉じた。

 

 

 

<職員室>

 

「あーやっぱりシンジくん寝不足か」

マヤの報告を聞いたミサトは言った。

どこか予想していたらしい口調に眉をひそめるマヤ。

「ええ、みんな心配してますよ」

もちろん私もですけど、と付け加えるマヤ。

「うーん、あたしも気にはしてるんだけどね」

当然のことながらミサトはシンジの体調も把握している。さすがのシンジといえどもそろそろ限界が来るのはわかっていた。

「アスカにも隠してるのにあたしがあれこれ言うのもね〜」

「でも、葛城さんが言わなきゃ誰が言うんですか」

ぷんぷん、という擬音が飛んでいるマヤを見て頭をかくミサト。

「うーん…」

はっきりしないミサトの態度にどこか釈然としないものを感じるマヤ。

「…何かあるんですか?」

「えーと……もうすぐでしょ」

「何がです?」

ミサトの顔が赤くなる。

慣れないものに戸惑うマヤ。

「な、何です?」

「だからさ、あたしと加持の…」

「ああ、結婚式ですか」

納得するマヤ。

 

 

 

加持とミサトは今度めでたく式を挙げる運びと相成った。

ようやくネルフもサードインパクトとそれに先立つ使徒との戦いから一段落ついたという証拠だろう。マヤ自身も結婚式の招待状などというものを随分久しぶりにもらったので楽しみにしている。

「でも、それがシンジ君とどう関係するんですか?」

「………ここから先はトップシークレットよ」

ミサトの声色が落ちたのに合わせてすばやく辺りを探るマヤ。

他の教師達は次の授業の準備にかまけていてこちらの話には気付いていない。

無論、職員室内の盗聴器はすべて殺してある。

「…わかりました」

二人の口調が改まる。

「なんといってもあたしと加持の結婚式だからテロの目標になる可能性は非常に高いわ。嫌がらせ程度も含めてね」

「そうですね…」

ネルフの作戦部長と特殊監査部長。表裏の世界にそれぞれ名前が轟いている二人である。式の規模を小さくできただけでも奇跡だ。まして加持が結婚するとあってはジョークで爆弾を贈り物にする古い友人の一人や二人いてもおかしくない。

「当然、保安部のガードもあるけどやっぱり加持の所の手がいるわ」

ネルフの諜報及び防諜活動の真の実力は諜報部や保安部でなく特殊監査部に依存している。加持が淘汰した組織は世界中の諜報組織に対して日夜激しい戦いを繰り広げている。今回のケースはまさにその典型だ。

「…なんだけど、式を挙げる本人が指揮をとるというのもなんでしょ、って話になっちゃってさ」

「はぁ、それもそうですね。自分で自分の警護をするというのも妙な話ですし…」

「…さて、ここで問題になってくるのはそこよ。まがりなりにも加持の代わりなんてものが出来る人材は本部にはシンジくんくらいしかいないのよ。後は碇司令が直接指揮するとでもしないと」

「……まさか」

「そう。今、特殊監査部はシンジくんが取り仕切ってるの。ネルフの他の部署にはまったく悟られずにね。知っているのはごくごく少数よ」

敵を欺くにはまず味方から…ということは極力日常の生活は変えないということだ。自然、シンジが動くのは深夜から明け方になる。

「あの、シンジ君いつから?」

「もう3週間くらいかな? シンちゃんタフだからあたしも最初の10日くらいは全然気が付かなかったわ」

あっけらかんとしたミサトの態度に軽い頭痛を覚えるマヤ。

「…シンジ君、いつ眠ってるんですか?」

「えーと、先週白状させたときに言ってたのは、アスカが起きる1時間前からと授業中みんなに気付かれないよう目を開けたまま寝るのが合計で1時間くらい。そいでもって誰にも見られない状況下をうまく作って1時間、だったかな?」

「…睡眠時間3時間ですか?」

「うん」

「…もう3週間も?」

「そう」

「………」

こめかみを押さえるマヤを見て苦笑するミサト。

「まぁマヤの言いたいこともわかるんだけどね」

確かに自分が考えつくようなことをミサトが思いつかないはずはない。

「いくらなんでも…」

「シンちゃんて一度決めたら頑固なのよね。おまけにそれをやりとおしちゃうとこがすごいんだけど」

「碇司令や先輩は?」

「司令はノータッチよ。シンジくんの好きなようにさせてるみたい。実際の所、加持が指揮をとれないからって他にとれる人間もいないってのも問題だしね」

「………」

将来、加持に何かあってもいいようにとの配慮である。

元々ネルフにはミサトやリツコのように代わりのきかないポストが多い。

もっとも使徒もゼーレも片づいた昨今ではミサト程の指揮能力は必要ないし、リツコもマヤを代行として育てているため余程の事態が起こらなければ問題ないだろうが加持のポストはそうはいかない。

「リツコも最初は睡眠薬とか飲ませようとしてたんだけどね。10回位かな? 失敗したら諦めてスタミナドリンク調合してるわ」

「せ、先輩の攻撃を10回もかわしたんですか!?」

「そう、見てておもしろかったわよ。あれはもう加持が本気を出して止めにかからないと無理ね」

「で、でも」

「シンジくんも自分のしていることをわかった上でやってるのよ。だからタチが悪いんだけど。そうなるとまわりは何にも言えないわ」

「それでシンジ君大丈夫なんですか?」

「始めたからにはあたし達が新婚旅行から帰ってくるまでやり遂げるわ。あの子はそういう子よ」

一転して真剣な顔で断言するミサト。

一瞬、不本意にもマヤはうらやましい、と思ってしまった。

だがそれもつかの間のことでミサトはすぐに表情を崩す。

「まあ実際の所、後はアスカ次第ね。アスカが裏事情を知ったら事態が多少変動すると思うんだけど」

 

 

 

 

<保健室>

 

久しぶりに清々しい目覚めを感じるシンジ。

目を開けるとアスカが眠っていた。シンジを見ている内に眠ってしまったらしい。時計を見ると昼前だった。少なくとも2時間近くは熟睡できたらしい。

(…これで数日は無理ができるな)

不健康なことを確認するシンジ。アスカが熟睡しているのを確かめてから携帯を取り出す。

留守電が入っていた。短縮を押す。コール1回で相手が出る。

「…僕です。報告を」

 

 

 

「う、うーん」

アスカの意識が醒めてきた。同時に心地よい感触が体を包んでることに気付く。

(…あぁふかふか、起きたくないな…ってぇ!!)

瞬時に意識が冴え渡りアスカは勢い良く上半身を起こした。

「…何でアタシがベッドで寝てるわけ?」

状況を見て呟くアスカ。顔を横に向けるとその原因が腕を組んで眠っている。

(…この男は)

怒るより呆れるアスカ。アスカが寝てるのに気付くとさっさとベッドに放り込み自分が椅子に座って眠るという真似に出たのは間違いない。

「しょうがないやつね」

微笑むアスカ。

シンジを起こさないようにして顔を近づける。

つん、と鼻を指でつつく。

「…またアタシに隠してなにかやってんだろうけど、そうそういつもいつもおとなしくしてると思ったら大間違いよ!」

 

 

 

 

「なぁセンセ」

「なにトウジ?」

聞かれる内容はわかってはいるが一応確認するシンジ。

「なんぞ喧嘩でもしたんか?」

「うーん。ちょっと違うかな? とりあえず自分が怒ってるという意志表示をしてるみたいなんだけど」

「けったいなやっちゃな。怒るんなら素直に怒ればええやろ」

昼休みである。

アスカはヒカリ達を連れてシンジ達とは離れた席にシンジに背中を向けて座っていた。トウジの言葉にぴくぴくと肩が震えているがとりあえずこらえるつもりのようだ。アスカの正面に座ったマユミの青ざめた表情からしてアスカがどんな顔をしているかが伺い知れる。

「普通怒ってるなら、弁当も渡さずに教室を出ていかないか?」

「それはきっとあれだね。怒っているんだから許して欲しかったらさっさと謝れ、ということだよ」

カヲルが核心をつく。シンジも困った顔で答える。

「わかってはいるんだけどね」

「シンジにも事情があるということか…」

理解を示すケンスケ。

「ま、男には男の都合ってもんがあるしの」

うんうんとうなずくトウジ。

「彼女もそれがわかってるからこの程度で許してくれてるんだね」

「とはいえさすがにこのままにもしておけないかな」

居心地の悪そうなクラスメートの視線が突き刺さる。夫婦喧嘩をするなら家でやってくれということらしい。

 

 

 

「ねぇアスカ?」

「だーめ。ちゃんとしつけとかないといつまでたっても一人で抱え込む癖が治んないわ。本当に、いつもいつもいつもいつもいーっつもワンパターンな奴なんだから!」

ぷんぷんと怒っているアスカ。

「あ、シンジ」

ピク。

マナの声に振りむきかけて思いとどまるアスカ。

(…駄目よ! ここでしっかり教育しておかないと!)

「ごちそうさまアスカ」

弁当箱を返すシンジ。

「………」

「ちょっと話があるんだけどいいかな?」

「………しょうがないわね。聞くだけ聞いてあげるわ。食べ終わるまで待ってなさい」

そう言って弁当を口に放り込む。

本人はわざとのんびり食べたつもりだったがまわりの証言は今までで最速の早食いだったという意見で一致している。

その後で出ていった二人はしばらくして帰ってきたが、アスカはとても上機嫌でシンジはどことなく困った顔をしていたという話である。

 

 

 

<リツコの研究室>

 

「あら、ミサトいらっしゃい」

「おーす」

リツコが出勤した日は必ずと言っていいほどミサトが現れる。

そのためリツコも最近はコーヒーを常に二人分作るようにしている。

(…でも、いつもいつもここに来てるけど学校は大丈夫なのかしら?)

ちらりとミサトを見るがいつもと変わりない。

「それでその後、シンジくんはどう?」

「あー、あの件ならもう心配いらないわよ。アスカに話したみたいだから」

「あら問題があるんじゃないの?」

喧嘩の一つもするんじゃないかと思っていたリツコ。

「その逆。さっさと家に帰って、アスカの膝枕で寝ることになったみたいよ」

「あらあら」

確かにアスカが連れ回さない限りシンジは放課後はすることがないため安心して眠れる。

「でもシンジくんがよく了承したわね」

シンジを思いとどまらせるために苦心した日々を思い出す。

ニヤリと笑うミサト。

「『だったら一緒に起きてるわよ!』ってアスカが脅迫したみたいよ」

「ふふふ。やっぱりいいコンビね。あの二人」

「そーね」

「で、もう一組のいいコンビさん。準備はどう?」

「あははははは」

笑ってごまかすミサト。

「…ミサト」

「やーねリツコ。目が怖いわよ。大丈夫よ、加持君がちゃんとやってくれてるから。あいつ今仕事がないから暇なのよ」

「…加持君もかわいそうに」

 

 

 

 

 

NEON WORLD EVANGELION

Episode24: LOVE SONG FOR YOU. 

 

 

 

 

 

 

<葛城家リビング>

 

「はい、加持さん」

「お、サンキュ、アスカ」

加持はアスカからティーカップを受け取るとクッキーに手を伸ばす。

「珍しいわね。加持さんがこんな昼間から」

「シンジくんのおかげで失業中でね。仕事がないのがこんなに暇だとは思わなかったよ」

「加持さんはミサトと違って働きすぎだからちょうどいいのよ」

アスカは笑ってそう言った。

突然の来客も気にせずてきぱきと文字通り午後の紅茶を用意する手腕は女子高生のものとは思えない。

(…ちょうどいい花嫁修業期間だったわけだ。)

そんなことを考えつつ加持は言葉を返す。

「そんなものかな? それで、シンジくんは?」

「リツコにもらった睡眠薬でぐっすり寝てるわ」

「よくシンジくんが了承したね」

「紅茶に盛ったのよ」

首を傾げる加持。

「…その程度の事に気がつかないシンジくんとは思えないが?」

「全部飲み干さなきゃ泣くわよって脅したの」

にっこり笑うアスカ。

「いやはやさすがのシンジくんも泣き落としには弱かったか」

にやにやと笑うアスカ。

「だってあいつっていくら言っても昼寝1時間が精一杯なのよ。しかも、ちょっとしたことですぐに目を覚ますし」

「…もともとシンジくんはそういう世界に2年間いたからな。いつでも警戒を怠っていないのさ」

「…全然わからないけど、加持さんも?」

「さぁどうかな?」

加持は笑ってごまかした。

この一見だらしない男が世界屈指の工作員なのだ。こんなポーズをとっていてもおそらく無意識下では周囲に気を払っているのだろう。そしてシンジも…

「…ところで来週ね?」

「ん? ああそうだな」

結婚式は来週の日曜日に予定されている。だからこそシンジは尚忙しい。反面、何故加持が暇かと言えば準備を全部終わらせてしまってすることがなくなってしまったからである。

「うふふふ」

「どうしたんだアスカ?」

「その無精ひげをそってちゃんと正装した加持さんが見れるのよ。楽しみじゃない」

「おいおい、花嫁の方はどうなんだ?」

「あら、ミサトのウェディングドレスを選んだのはこの私よ。もう見飽きちゃったわ」

「葛城も可哀想に…」

「私もちゃーんとドレスアップして行くからね。ま、ミサトより目立っちゃ可哀想だから控えめにして上げるけど」

「そういうことはシンジくんに言ってやるんだな。…どれちょっと様子を見に」

「駄目よ加持さん」

アスカは腰を浮かした加持の腕をつかんで引き戻した。

「どうしてだい?」

「加持さんが来て警備計画を調べようとするかもしれないけど絶対仕事をさせないようにってシンジに頼まれてるの」

「…だからシンジくんは寝ないのか?」

「そう、だからおとなしくアタシに付き合ってね」

アスカはにっこり笑った。

 

 

 

<式当日>

 

二人の式はこじんまりとした教会で行われた。

サードインパクト前に作られた白塗りの教会で先の戦いにも巻き込まれることはなくその姿を留めている。

出席者も極力絞った。来賓は一切なし。身内だけの式だ。

花嫁の家族としてシンジ、アスカ、ペンペン、

花婿の親族代わりとして友人の碇ゲンドウ・リツコ夫妻。

作戦部と技術部の主な面々。これにはマナも含まれる。

その他のパイロット2名。

花嫁の教え子達の代表としてヒカリ、マユミ、ケンスケの三人。

 

 

「あらあらだらしないわね加持さんたら。あんなにそわそわしちゃって」

神父の前に立つ加持を見てアスカが小声で言った。

「加持さんだって緊張くらいするよ」

「クエッ」

蝶ネクタイをつけられたペンペンが同意する。ペンギンとは思えないほど落ち着いて座っている。逆にきれいにひげをそられタキシードを着せられた加持は落ち着かない様子である。こちらの方がペンギンに見えなくもない所が哀しい所だ。いつものようにひょうひょうとしていればさぞ格好いいことだろうが人間慣れないことをするときはうまくいかないものらしい。

「それにしても遅いわねミサト。慣れない物着て転んだのかしら?」

そういって入り口の方を窺うアスカ。

「アスカ、お行儀が悪いよ」

「シンジは気にならないの?」

「ならないわけじゃないけど…」

シンジには耳の中に仕込んだ超小型の通信機から刻一刻と状況の報告が入ってくる。当然ミサトがどこにいるかもわかっていた。

ちなみに実行前に潰した計画が13件。計画段階の組織を6組排除。不審人物の拘束は3桁に上る。

当然マスコミも一切シャットダウン。はっきりいって今この教会が爆発したらネルフは終わりなのだ。シンジも今度ばかりはまったく容赦しなかった。

 

 

 

「落ち着いたかね?」

冬月は優しく言った。

「はい…ありがとうございます」

ミサトは涙を拭うと言った。

「なに気にすることはない…では、行こうか。彼が待っているよ」

「はい」

 

 

 

扉が開き父親役の冬月に連れられた花嫁が姿を現す。

『………』

しばし沈黙が降りた。

(…これがあのミサトか?)

一同の心中はその一言に尽きる。

「…うそ」

アスカが思わずそうもらす。

葛城ミサトが美女であることは今更疑い様のない事実だ。だが、軍人としての葛城ミサト、プライベートでの葛城ミサトを知る者にとっても今のミサトはあまりにも美しかった。純白のウェディングドレスに身を包み結い上げた髪にケープを垂らし、合間から覗く顔にはわずかながら赤みが差している。純真な少女の様にも見え同時に大人の魅力にあふれた女性にも見える。それはまるで…

パチパチパチパチ

拍手の音に驚いて隣を振り向くアスカ。

シンジが笑顔を浮かべて手を叩いている。

アスカは一瞬視線を合わせると自分も微笑み拍手を始めた。

二人の拍手に我に返った一同も拍手を送る。

 

冬月がミサトを促しゆっくりと歩き出した。

ミサトはわずかにうつむき冬月は胸をはって真正面を見つめている。

 

 

「ありがとうございます」

「いや」

神父の前まで花嫁を連れてきてくれた冬月に礼を言う加持。

冬月は役目を終えるとゲンドウの隣に座る。

神父の前に立つ花婿と花嫁は照れくさいのか顔を合わせない。

その光景を一同が微笑ましく見守る中で誓いの儀式が行われた。

 

 

「では指輪の交換を」

神父が言うとテトテトテトテトと小さな両手に指輪ケースを乗せてレイが歩み寄る。

「ありがとうレイ」

「ありがとう」

「どういたしまして」

にっこりと天使のように微笑むレイ。

レイから指輪を受け取り加持がミサトの手にはめた。

「父と子と聖霊の御名において二人を夫婦と認めます」

 

 

 

教会を出た二人は散々からかわれ冷やかされそして祝福されて新婚旅行へ向かう車に消えた。どちらが運転するかでひともめしたがさすがに今回ばかりは加持の運転だった。

 

 

花嫁のブーケはマヤが受け取った。

ミサトの配慮なのかみんなが気を使ったのかどうか不明だがマヤは満面の笑みを浮かべて喜んでいた。

 

 

 

 

「副司令、大役お疲れ様でした」

みんながわいわい騒いでるのをよそに木の陰で休んでいた冬月にシンジが話しかけた。

「なに、死ぬほど緊張はしたがいい想い出になったよ。それにお疲れ様というならシンジ君の方だろう。最後に眠ったのはいつだね?」

「………」

シンジは頭をかいた。

(…参ったな。すっかりお見通しらしいや)

これが年季の差っていうものだろうか?

「若いからと言って無理をしてはいかんぞ。君がそんな事では彼らもおちおち旅行をしていられんだろう」

「加持さんに言われましたよ。式が終わった時点で仕事は部下に引き継げって。僕や加持さんがいなくても後の始末ぐらいは出来るようにさせろだそうです」

「そうでなくては困るよ」

苦笑する冬月にシンジもならう。

「実のところ一昨日から眠っていなかったんで助かります」

「なんですってぇーっ!?」

突如現れたアスカが叫ぶ。

例によってドレスの腰に手を当ててポーズをとっている。

「ア、アスカ。いつのまに…」

「なるほどシンジ君はアスカ君の気配は察知できないという話は本当だったんだな」

他人事のように納得する冬月。実際、他人事だが。

「あんたがこんな美人を放っておくからよ!

 それより一昨日から寝てないですって!?

 じゃあ昨日は寝た振りしてたのね!?」

「そ、それはその」

しどろもどろになるシンジ。

「はははは。まあアスカ君、今日はめでたい日だ。新郎新婦二人に免じてその辺で許してやりたまえ」

さすがにアスカも冬月の前で痴話喧嘩をするつもりはないらしく矛を収める。

「…副司令がそう言われるなら。…そのかわり帰ったらおしおきよシンジ」

(…おしおきって何かな? デートとか…)

シンジはそんなことをぼんやり考える。激務から解放された反動でやや思考が鈍っているらしい。

「さて、次は君たちだな。式は神式かね? それともやはり教会かな?」

「え?」

とたんに真っ赤になるアスカ。対照的にシンジは落ち着いたもので

「まだ、決めてないんですけどね」

と、答えを返した。

「なんですってぇーっ!?」

デ・ジャヴ現象かな、と振り返るシンジ。いつのまにかそばに来ていたマナ以下友人達が顔にうそほんと? と言った表情を浮かべている。

(…するといつものパターンだな。)

大音量にそなえて耳に手を当てるシンジ。だが、予想された大音声は来ない。

(…すると二番目に多いパターンかな?)

ちらりとみるとヒカリが心持ちうつむき加減で口を開く。

「…アスカ、碇君」

「「な、何?」」

シンジはアスカの顔を見た。やや青ざめている。

(…たぶん僕も同じ様な顔色なんだろうな)

いいかげん慣れたのだろう。妙に冷静な自分が分析する。

(…でも、こんなものに慣れたくない)

心で嘆息するシンジ。

「……結婚……するの?」

「え、えーと…」

「そのヒカリ、何て言うか…」

「どっちなの!?」

憤怒の表情で顔を上げ二人をにらみつけるヒカリ。

思わず後ずさる二人。

「お、おちつけ委員長」

わずかながらも事情を知るトウジがなだめようとする。

「鈴原は黙ってて!!」

 

 

「あら、おもしろくなってきたわね」

「いいんですか先輩?」

「いいんじゃない? ミサトがいないのが残念ね。あ、相田君。撮影よろしくね」

「え? あ、はい!」

慌ててカメラを持ち上げるケンスケ。

 

 

「そ、そのなんというか…」

「ほ、ほらシンジ。しっかりしなさい」

「ア、アスカ…」

「どっちでもいいからさっさと答えなさい!!」

「「………」」

顔を合わせる二人。観念すると後ろを向きなにやらごそごそとやっている。

「何してるの?」

マナが怪訝そうに言った。

「二人とも!!」

ヒカリが爆発寸前になったとき二人が振り返った。

シンジがアスカの左手を持ち上げその横に自分の左手を添えてヒカリに示す。

「へ?」

二人の左手の薬指にはしっかり指輪がはめられている。

「「…実はもう結婚したの(したんだ)」」

 

くらっ

「ヒ、ヒカリ!?」

倒れかかるヒカリを抱き留めるトウジ。

(…やっぱり)

ややあって立ち上がったヒカリは予想通りの言葉を発した。

「ひどいわひどいわ二人とも!!

 そんな大事な事を隠しているなんて!!」

「ヒ、ヒカリこれには事情が…」

「なんだと! シンジ貴様という奴は!!」

レンズを構えたまま叫ぶケンスケ。

「ちょっと落ち着いてよケンスケ」

「いつ!? いつ結婚したのよ!?」

半狂乱で問いつめるマナ。

「えーと、僕の誕生日から一週間後くらいかな?」

 

「わーおめでとうございます」

「いや、なんとも幸いなことだね」

「なるほどな、あん時にはもう結婚しとたっちゅうわけかいな」

 

マユミはともかく落ち着いているカヲルとトウジに矛先が向けられる。

「ちょっとカヲル! あんた知ってたの!?」

「聞いた覚えはないけど? なんでも日本人は察しと思いやり、と言うそうじゃないか」

「すーずーはーらー!!」

「お、おちつけヒカリ。わしも聞いとらん。ただ、こん前の戦いんときの二人の様子を見てそうやないかなってな…」

 

 

「あらばれちゃったんですね」

満面に笑みをたたえ嬉しそうにマヤ。

「なるほどね」

「へぇやっぱりなぁ」

「マヤは知ってたの?」

「ええ。葛城さんから。もちろん先輩は知ってたんでしょ?」

「ふふ、これはネルフの最高機密なのよ」

「きみちゅ?」

レイが聞き慣れない言葉に父を仰ぎ見る。

「………」

ゲンドウは眼鏡を持ち上げるとニヤリと笑った。

 

 

「…と、そういうわけなんだ」

懸命に説得を続けるシンジ。だが状況は刻一刻と悪化していく気もする。

(…こういうのをマーフィーの法則とかなんとかって) 

「そう、それで納得がいったわ。ミサト先生が結婚して出て行くのに二人が家のことを何も考えていない様子だった訳が…」

ぶつぶつとつぶやくマナ。

「ああ、ミサト先生があの部屋を出て行ったら二人っきりなんですね」

「ああ、そういえばそうだね」

何でもないかのように話すマユミとカヲル。

「なんやとシンジ!!」

「許せん!! 高校生のくせにそんないい思いを!!」

「そんなこと天が許してもこの私が許さないわ!!」

「不潔よ不潔よ! 二人とも不潔よ!!」

「ちょ、ちょっ、ちょっと待って!!」

『何!?』

シンジはアスカと自分を指し、

「あの…僕たち一応結婚してるんだけど」

『……………』

「そ、そういえばアタシたち、ふ、夫婦なのよね」

真っ赤になったアスカが思い出したように言う。

『……………』

…確かに夫婦が二人暮らしをするのに文句を言われる筋合いはない。

『う〜〜〜〜〜ん』

それは確かにそうなのだがなんとなく納得できない一同。

「と、とりあえず文句ないでしょ」

多少強気になるアスカ。

『う〜〜〜〜〜ん』

「い、一応卒業するまでは内緒ということになってるんだ。だから式も卒業の後…」

『う〜〜〜〜〜ん』

ばれたら問題のはずだが、ばらしたのはネルフの副司令である。文句をつけれるものならつけてみろというところか。

「………ヒカリ、喜んでくれないの?」

「………」

(…そうよね。内緒だったのはちょっと腹が立つけど。)

「ううん。…本当によかったわねアスカ」

そういってヒカリは微笑んだ。

何かに失敗して落ち込んだアスカが立ち直った時いつも見せてくれる笑顔だ。

「うん。ありがとうヒカリ」

アスカはヒカリを抱きしめた。ヒカリもアスカを抱きしめる。二人はそのまま涙を流し抱き合っていた。

「うーん。女同士の友情っていいね。絵になる」

「そう言う問題なんか?」

 

 

「マナ」

カヲルがぽんっとマナの肩に手を置いた。

「カヲル?」

カヲルはうなずくと心配そうにこちらを見ているシンジの方に顔を向けた。

(…そう…そうね、今度こそ本当の本当に決着をつける時。)

マナは意を決するとしっかりした足取りでシンジの前に立つ。

それに気付いたアスカとヒカリが心配そうに二人を見る。

一同の視線も二人に向けられる。

「あたし、…私は」

口調が変わる。初めてシンジと会ったときのように。そう、あの頃のように。

…思えば私はずっとアスカの影響を受けていたのかもしれない。シンジが好きなアスカに。

「…私、シンジが好きでした。ずっとずーっとアスカよりも好きなつもりでした。

 だから、シンジが帰ってきたときとても嬉しかったけど、

 アスカを恋人だと言われてとても悔しかった。

 あの時は諦めるなんて言ったけど、それは嘘。

 諦める事なんてできません。

 私はシンジが好きだから。

 アスカの事も好き。

 親友だと思ってる。

 だから二人の幸せを喜ぶ気持ちもある。

 でも、それでも譲れません。

 私はシンジが好きだから。

 だから、シンジに振り向いて欲しかった。

 いつか振り向かせて見せるって思ってた」

シンジは静かに聞いている。

「…でも、今度こそ本当におしまい。

 二人がお互いをどれだけ大切に思っているのか私もわかってます。

 だから、私は…シンジを好きな私とお別れします」

「…マナ」

「今から言うことも本当の私の気持ち。

 …おめでとうシンジ、アスカ。幸せになって」

「…マナ」

アスカがマナに呼びかけた。

だが、マナは後ろを向き駆け出した。

いや、駆け出したはずだった。

「…シンジ?」

がっしりとマナの腕をつかみシンジがマナを引き留めていた。

(…シンジ?)

アスカが目で問いかける。

「マナ。

 まず、ありがとうって言わせて。

 僕を好きでいてくれてありがとう。

 そして、ごめん。

 マナを受け止めてあげられなくて。

 僕が一番大事な女性はアスカだから」

「………」

マナはうつむいたまま聞いている。

「碇く…」

あらためて事実を突きつけられるのはとてもつらいこと、そう思ったヒカリは止めようとした。

「鈴原?」

トウジがヒカリの肩に手を置いて止める。

そのまま黙って首を振るトウジ。

(…碇君に任せろってこと?)

 

「ただ、これだけは忘れないで欲しいんだ。

 僕の勝手なお願いかも知れないけど、

 …これからも僕を好きでいて下さい」

「!?」

マナがはっと顔を上げる。

「シンジ!?」

アスカが思わず叫ぶ。

「僕は…碇シンジは霧島マナが好きだ」

「…シンジ?」

「カヲル君、トウジ、ケンスケ、委員長、山岸さん、みんな友達として好きだけど、マナのことは一人の女の子として好きだ」

「で、でもアスカは?」

「アスカが一番好き、一番大事。それは変わらない。だけど、だけど人間は…」

…たった一人の人を好き、それも真実。だけど、それだけじゃ心が狭くなる、それだけじゃ満足できない、たくさんの人が好きでいられる、きっとそれが人間だから。

うまく言葉にはできない想い。だけど、それはきっとみんなの心にも伝わる。

「…僕はマナが好きだ。

 そして好きな人には自分を好きでいてもらいたいんだ。

 だからこれからも僕を好きでいてほしい。

 …やっぱり身勝手かな?」

反応がないので少し弱気になるシンジ。

…これが、アスカと私が好きになった…いいえ、好きなシンジ。

「…勝手です」

「やっぱり?」

「本当に身勝手です」

「うん、ごめん」

「お返しに私も勝手にします」

「うん」

「…霧島マナは碇シンジが好きです。これからもずっと」

「………マナ」

「………」

赤くなってうつむく二人。

それを見てツカツカツカと歩み寄るアスカ。

「あ、あかん!」

「待ってアスカ!」

血の雨が降る! …二人の見解は一致していた。

が、アスカは自分の方を振り向いた二人を見た後、ドン、とマナの背中を押した。

「きゃっ!」

「わっ!」

慌ててシンジに抱きつくマナ。シンジはシンジでマナを受け止めようとしたため二人は抱き合う形になる。

「あ、ごめ…」

「そのまま!」

マナを離そうとしたシンジに命令するアスカ。

「「ア、アスカ?」」

「勘違いしないで。敵に塩を送るってやつよ。一応、今日はおめでたい日だしね」

「アスカ…」

マナの頬を涙が伝った。

その涙から目をそらしアスカは続ける。

「言っとくけど私はシンジを譲るつもりなんて毛頭ないわよ。それにはっきり言ってマナなんか敵じゃないわ。アタシにはもっと強力なライバルがいるんだから」

「「ライバル?」」

(…マナはともかくシンジまでそりゃないんじゃない?)

とりあえずそれはおいておくことにするアスカ。

「どうせその辺から見てるわよ。いずれにしろ最終的な勝者はこの私。マナにはもう既に勝っちゃってるしね。なんたって夫婦だもん。ね〜あ・な・た」

「………」

返答はない。見ると全身真っ赤である。さすがに免疫がないだけあって初めて『あなた』とよばれたのが余程恥ずかしいらしい。

(…あら、効果バツグンね。今度からこの手でいこうっと)

新兵器を手に入れてご満悦のアスカだったがそう長くは続かなかった。

「あら、アスカなんかに負けません。シンジ、アスカに飽きたらいつでも言って。私はいつまでも待ってますから」

「な、なんですってー!!」

「やっぱり少しくらいきれいなだけじゃ毎日見てると飽きるわよね」

「ちょ、ちょっとやっぱり離れなさい!!」

「駄目です。愛し合う二人を引き裂くことは誰にも出来ません」

「シンジが愛してるのは私でしょ!」

「あら、時間の問題です。ね、シンジ」

 

 

「残念ね、ミサトに生で見せたかったわ。あ、相田君、アップでお願いね」

「お任せ下さい!!」

「何や結局いつも通りかいな」

「だって碇君達だもの」

「せやな」

「シンジ君うらやましいな」

「あら、青葉さんだってもてるんじゃないですか?」

「ははは、そう見えるから逆にもてないんだよ、こいつ」

「うるせぇ」

「お前に似てもてるな、碇」

「ふっ、問題ない」

「おねーたんたちなんでケンカしてるの?」

「ふふふ、あれはケンカじゃないのよ」

「仲良きことは美しきかな、だね」

 

 

『………ライバル? ……わからない。碇くんを好きな人のこと?』

 

 

 

 

チルドレンのお部屋 −その24−

 

トウジ「しかしセンセも大変やな」

シンジ「はぁ。なんだかその台詞を年中聞いてるような気がするよ…」

カヲル「心配はいらないよシンジ君。僕は何があっても君が好きだからね」

シンジ「カ、カヲル君?」

カヲル「さぁもっとお互いのことを知り合おうじゃな………」

    カキーーーーーーン!!

    赤い発光現象と共に弾かれるハンマー。

アスカ「ちっ!!」

カヲル「何度も同じ手をくう僕じゃないよ。オリジナルのロンギヌスの槍でもない限りはATフィールドの強度さえ十分なら問題ないよ」

レイ 「…そう、よかったわね」

カヲル「………リリス。一つ質問があるんだが…その…胸に突き刺さっているものはなんだい?」

レイ 「オリジナル」(胸にささった槍がぴくぴくと震える)

アスカ「………よく生きてるわねアンタ」

シンジ「大変だ! すぐに抜かなきゃ!!」

(思わず槍に手を掛けるシンジ)

一同 『あっ!』

ヒト、それは18番目の使徒。

ちゅどーん!!

シンジ「サ、サードインパクト!?」

シンジとレイを残して全てが消失。

レイ 「………(ごめんなさいアスカ。でもあなたはライバルだから)」

シンジ「ど、どうしよう?」

レイ 「………(これで碇くんと二人っきり)」

つづく

 

予告

ミサトの結婚式から数ヶ月

第二の故郷とも言うべき場所で

式を挙げることとなるシンジとアスカ

だが、超々重要人物の二人にとって

新婚旅行など夢のまた夢

そんな二人にネルフ結婚サービスセンターが

…あり?

次回、新世界エヴァンゲリオン

第弐拾伍話 安息の時

さぁてこの次もサービスサービスぅ!!

 

 

 

 

 

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