【新世界エヴァンゲリオン・外伝】

 

「さてと」

動きやすい服装に着替えて戦闘準備を整えるリツコ。

そろそろ40代に手が届こうかという年齢だが依然として外見に衰えはな。

右手に持った掃除機がなんとも頼もしい。無論、巷にあふれる市販品などではありえない。リツコのお手製だ。リツコの製品にしては珍しく加持家及び碇家で好評を得ている優れものである。

 

シャッ

カーテンを開けると日光が部屋に差し込み低血圧に苦しむ愛娘の顔を直撃した。

「む〜〜〜」

一度目が覚めて血液が元気に回り始めると非常に活動的な女の子である碇レイ(当年きって8歳)なのだがいかんせん朝には弱かった。このあたりいつも(外見上は)ぼーっとしていた某少女に似ている。それでも身に付いた習慣か懸命に目をこすり目を覚まそうとしている。

「さぁレイ。こんなにいい天気よ。さっさと起きて顔を洗ってらっしゃい」

「ふわぁぁ〜い」

パジャマ姿でトコトコ歩いて洗面所に向かうレイ。

だがドアのノブに手を掛けたところでふと立ち止まり振り返る。

「…おふぁよう、母さん」

「はい、おはようレイ」

リツコはにっこりと笑った。

 

日々のあいさつを忘れる。

碇ゲンドウ宅においてそれは非常に危険な行為である。

 

 

「おはよう父さん」

「あぁ…おはよう」

パジャマ姿のまま食卓につきトースターに食パンをセットするレイ。

ゲンドウはのんびりと新聞を読んでいる。

家にいる限りは必ず一緒に食事をすることをモットーとしている碇家ではあるが土曜ないし日曜の朝は特例として免除を認められている。誰だって眠れるときくらい休日の朝は寝ていたいものだ。

やたら時間をかけてジャムの蓋をあけるレイ。顔を洗ったもののまだ目は完全に覚めてはいないようだ。

静かな一時。

リツコが掃除機をかけている音がかすかに聞こえる。もっとも掃除機自体は全くと言っていいほど音を発していない。邪魔な荷物を移動させている音だけだ。とことん静音設計にこだわった傑作である。そばで掃除機をかけていても気がつかない、が歌い文句である。おそらくまた多額の特許料が舞い込むことだろう。

パリッ

トーストをかじりながらコーヒーを入れるレイ。

行儀作法に関して碇家は無頓着である。名より実を取る。両親の薫陶よろしくというところだ。

 

 

掃除機をかけ終わるとリツコは部屋の中を見回した。ごくごく平凡な女の子の部屋だ。もっともぬいぐるみのそばに小学生が読むには難しそうな本が並んでいたりするが。

乱雑な机の上がふと目に付いた。

「あらあら」

(…この辺は誰に似たのかしらね?)

そう思いながら机の上を片づける。

トントンと音を立てて教科書を整理していたリツコの目が一枚のプリントに止まる。

「………あら?」

 

 

「ごちそうさまでした」

きちんと両手を合わせるレイ。ちょうどゲンドウも新聞を読み終わった所だ。そこへリツコが戻ってきた。

ふとリツコの顔を見た瞬間レイとゲンドウの身体に緊張が走る。

特に何の変わりもない表情。だが、それがいかに恐ろしいものか二人は身にしみて知っている。そう、そのたびにこの家の真の実力者が誰か思い知らされるのだ。

 

「あなた」

「なっ、何だ?」

声がうわずるゲンドウ。レイはそれを情けないなどとは思わない。自分なら飛び上がっているところだ。

「ちょっとこれを見ていただけませんか?」

一枚のプリントを差し出すリツコ。

「あ、ああ」

リツコからプリントを受け取り目を通すゲンドウ。

 

レイの頭は緊張でかなり覚めてきていたがいまだ完全に回ってはいなかった。それゆえ彼女は深刻な危機が迫っていることに気がつけなかった。

げに罪深きは休日セービングモードを備えたヒトの肉体か…

 

「………」

ゲンドウはそれを読み終わると無言でリツコにプリントを返した。おもむろに両肘をテーブルにつき顔の前で手を組む。リツコがその傍らに立ち顔をレイに向ける。

「!?」

(…ま、まずい。この体勢は)

レイの頭がようやく事態を察知する。

(…この体勢になったということは…)

 

ゲンドウの眼鏡が光を反射して妖しく光る。

「…レイ、どういうことだ?」

「え、ええ!? な、何のこと父さん!?」

そう言いつつも無意識に背筋を伸ばすレイ。

「こういうことよ」

リツコが手のプリントをレイの前に放った。

目にした瞬間レイの背筋が凍る。

「あぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

(…しまったぁぁぁぁっ! この前机の上に教科書と一緒に出してそのまんまだったぁ!!)

 

プリントにはこう記されていた。

 

参観日のご案内

期日は明日の月曜日だった。

 

 

 

 

【外伝第弐話 本日は晴天なり】

 

 

 

 

観念したレイはおとなしく全てを白状した。

尋問モードに入った彼女の両親は悪の秘密組織の親玉と幹部並に容赦なく、抵抗は全くの無意味どころか逆効果と知っている。

 

尋問を終えたゲンドウとリツコはおもむろに自分の携帯を取り出した。

「…ああ冬月か。明日の予定だが…」

「…マヤ? 私よ。明日のことなんだけど…」

「ああ待って! 父さん母さん!!」

恐れていた事態に両親を止めにかかるレイ。

だが、二人とも聞く耳は持っていないらしい。

「…MAGIの定期検診? そんなの2、3日遅らせても大丈夫よ」

「…国連事務総長? そんなもの放っておけ、私は知らん」

(…あぁマヤさんが悲鳴を上げてる! 冬月さんが怒ってる!)

「もう! ちょっと待ってったら!!」

バンバンと机を叩きながらレイが出した大声にやっと顔を向けるゲンドウとリツコ。

 

 

事の起こりはレイが小学校に入学した年にさかのぼる。

初めての参観日。レイがうっかり知らせるのを忘れていたため両親がそれを知ったのは参観日の数日前だった。そのとき両親はなんとも苦い表情を浮かべていたのだが、今ほど事情を知らかったレイは無邪気にも、

「とっても楽しみ! 父さんも母さんもちゃんと見に来てね!」

と言ってしまった。

参観日にはちゃんと二人とも姿を見せ何事もなく過ぎたのだがその後でこってりと怒られたとの事である。

姉からその話を聞いたレイはそれ以降よほど重要と思われる時以外は学校の行事内容を両親に知らせることをやめた。

知らせなくても普通の親なら行事が妙に少ないと不思議がるはずなのだが生憎と彼女の両親は普通ではなく、学校側もネルフの幹部相手とあって特別扱いしていたため結局気づかずに今日に至る。

 

 

「父さんや母さんがとっても大事な仕事をしてるのはあたしだって知ってるんだからちゃんと仕事をしてよ。二人が来なくたって参観日くらい平気だから」

「………レイ」

「………」

「いい? 二人とも明日はちゃんと仕事するのよ」

人差し指を立てて力説するレイ。

 

ゲンドウとリツコは無言で視線をかわす。

(…リツコ。)

(…ええわかっています。今後は中学の卒業式まで完璧にスケジュールに組み込んでおきます。)

(…ああ頼む。それはそれとして)

(…ええ明日どうするかですね。今まで1年以上もまったく…)

(……)

(…シンジくんに似て困った子ですね)

(…ああ)

(…今までの分もこめて明日はなんとかしないと)

(…ニヤリ)

(…何か思いつかれました?)

(…ああ)

 

驚くほどの短時間、それもアイコンタクトのみで相談を終えたゲンドウが口を開く。

「わかったレイ。明日はちゃんと仕事をしよう」

「それでよし」

内心ちょっと悲しいのだがうなずくレイ。

「だが、参観日にはちゃんと家族が行かなければな」

「…へ?」

ゲンドウの口元がゆがむ。

(…ま、まずい。また何かとんでもないことを!?)

 

再び携帯を取り出すゲンドウ。ワンコールで相手が出た。

『俺です』

「…あぁ私だ。休日にすまないな」

『いえいえどういたしまして。休みの日があるだけマシですよ』

例によって飄々とした声で返す電話相手。

「ところで現状は?」

何の件についてかは言わないが相手は簡単に察する。

『はぁ、まぁ膠着状態って所みたいですね』

「そうか、なら問題ないな」

『は?』

「いや、気にしないでくれ。邪魔をした」

『いえ、それじゃ』

別の番号にかけなおすゲンドウ。

「…私だ。葛城一佐につなげ」

しばらく間があってミサトの声が返ってくる。

『…葛城です。おはようございます』

「緊急事態だ。至急、セカンドとサードを本部へ戻してくれ」

『緊急事態!?』

思わず声を大きくするミサト。

「極秘の任務だ。非常に機密性を要する。それに従って行動してくれ」

『しかし、フィフス一人では戦況の維持に問題が生じますが』

「やむをえん。セカンドとサードが帰還次第フォースを派遣させよう」

『了解しました』

「では後を頼む」

ゲンドウは電話を切るとニヤリと笑った。

レイは事情がわからずキョトンとした顔をしている。

リツコは天を仰いだ。

(…ごめんなさいミサト)

 

南米で内乱の調停中に突然の戦力移動を余儀なくされ、戦況の建て直しに始まり各種作業のため奔走したミサトは後に事態を知り、

「あんの親バカ共がぁ!!」

と怒り狂ったということである。

 

…もっともリツコがビールを10ケース送りつけたらあっさりと許したそうであるが。

 

 

NEON WORLD EVANGELION

Side Episode2: Its fine today

 

 

翌日、レイはまだ事情を知らなかった。

何かあるだろうとは思ってはいたのたが、『あの父親のたくらむ事は予想がつかないし、どうせ思い悩んだところでどうなる訳じゃなし』とあっさり割り切っていた。

昼休み。弁当を食べ終わり何とはなしに友人とのおしゃべりに興じていたレイの耳に騒ぎが飛び込んできた。

「おい! あれ見ろよ!」

男子の一人が言ったのを手始めに騒ぎは瞬く間に教室中に広まった。

「何かしら?」

「さぁ?」

とりあえず窓から外を見るレイ。

その視線がある男女に止まったときにレイは思わず叫んだ。

「ああああああああっ!!」

 

視線の先の男女はその声に気づいたのか顔を上げ、そして微笑んだ。

碇シンジ・アスカ。

言わずと知れたレイの兄姉夫婦である。

 

 

「まったく父さんもリツコさんも無茶するなぁ」

そう言いつつもシンジの顔は笑っている。

「ホント親バカよねぇ。やっぱりシンジの時の反動じゃない?」

アスカも笑っている。

さすがに参観日ということで二人とも地味なスーツを着ているのだが、もとがもとであるため目立つことこの上ない。おまけに二人一緒なのだから余計に目立つ。小学校だからまだしも思春期まっただ中の中学高校だったら授業の進行に多大な影響を及ぼしたことだろう。

 

 

緊急事態ということで帰ってきてみれば、

「明日の午後レイの参観授業がある。両名には定刻までに第壱小学校に出頭することを命じる」

冬月の額に青筋が立っていたのは気のせいではあるまい。

 

 

(…う〜、父さんの馬鹿)

レイは緊張のあまり心の中で父親に八つ当たりしていた。

参観授業を見に来てもらえたのは極上の喜びなのである。それは間違いないのであるが…

大好きな兄であると同時に最愛の男性であるところのシンジ。憧れの女性であると同時にスパルタ教育をモットーとする姉でもあるところのアスカ。この二人に見られていると思うとたまったものではない。

授業が始まる前はクラスメートにやんややんやと騒がれていたのだが当のレイはそれどころではなかった。

(…まったくみんな人の気も知らないで)

「…り、碇?」

「はいっ!?」

教師の声に気がつかなかったため慌てて立ち上がるレイ。

(…あちゃ〜。お兄ちゃんに恥ずかしいところ見せちゃった。ああお姉ちゃんに後でおしおきされるかも〜)

「次の問題を解いて見ろ」

「は、はい!」

席を立って黒板に向かう。

チョークをとった所でちらりと視線を向ける。

シンジとアスカは微笑んでいた。

その暖かいまなざしに包まれると自然に緊張が消えた。

黒板に向き直る。

カリカリカリ

チョークの音が静かに教室の中に響いた。

 

「正解だ。難しい問題だったが、よくできたな碇」

「はい!」

文武両道。共に学年トップの実力は伊達ではない。面倒見のいい姉の教育の賜物だ。

(…サンキュお姉ちゃん。)

 

 

 

 

 

両手をつないでもらってあたしはご機嫌だった。

三人でのんびり歩くのは久しぶりだ。

(…お兄ちゃんもお姉ちゃんも忙しいからね)

それをつらいとは思わない。

前に加持さんに頼み込んで聞いたことがある。二人がどんな風な子供時代を送ったか、父さんや母さんがどんなに大変なことをしているか。あたしは子供だしちゃんと理解できたかどうかわからないけど自分がどれだけ幸せなのかはわかった。少なくともわかった気がしたと思う。

(…そういえば加持さんあの後でこっぴどくミサトさんに叱られたんだよね)

くす。

あたしがもらした笑いに気付いてお姉ちゃんが声をかける。

「何、レイ?」

「えへへ、思い出し笑い」

「やめときなさいよ。思い出し笑いをするのって余程の善人か悪人のどっちかって言うわよ」

「ふーん。じゃ、父さんの子供だから悪人かな」

「はは、そりゃひどいや」

お兄ちゃんが苦笑する。

「えーだって父さんって見るからに悪の組織の大幹部でしょ?」

「あんたねぇ…」

ピシッ

おねえちゃんが指であたしの額を弾く。

「あいたっ」

「ばーか。シンジとアタシの妹なんだから善人に決まってるでしょ」

「…そっか」

あたしとお姉ちゃんが見つめ合ったところでお兄ちゃんが水を差す。

「…アスカの妹って善人なのかな?」

「なんですってぇ!?」

「はは、ごめんごめん。冗談だよ」

「いーえ聞き捨てならないわね!」

お姉ちゃんがお兄ちゃんにかみついてお兄ちゃんがあしらう。たまに見ることがある光景。たぶん二人の愛情表現の一つなんだろうと思う。だっていつも二人とも目が笑ってるもの。

…なんていったらお姉ちゃんにマセてるって言われるかも知れないけど、お姉ちゃんのせいだもんね。こういうことを考えちゃうのは。

「さて、と。せっかくだしこれから三人でどっか行こうか?」

お兄ちゃんがそう言って喧嘩は終わり。あたしとお姉ちゃんは目を輝かせる。

「「ね、ね。どこ行くの?」」

お兄ちゃんは優しく微笑む。

今日もいい天気だ。

 

 

 

おわり

 

 

チルドレンのお部屋 −ひとまずその2−

 

アスカ「…ねぇ」

シンジ「なにアスカ?」

アスカ「あの馬鹿、じゃなかった作者だけど…たしか外伝にはチルドレンの部屋は書かないって言ってなかった?」

シンジ「うん、前に僕たちを集めて言ってたね」

トウジ「まぁええかげんわしらもチルドレンって歳でもないしの」

レイ 「へーここがそうなん…モガモガ!!」

アスカ「アンタはここに来ちゃ駄目って言ったでしょ!!」

レイ 「だって…ムグムグ!」

アスカ「まったくもう! ほらレイ続きをしゃべりなさい」

レイ 「?」

アスカ「さっきのはアンタがちょっと気が動転してうわごとを口走ったの! わかった?」

レイ 「そう? わかったわ」

カヲル「彼女もいろいろと大変なようだね」

シンジ「アスカは面倒見がいいからね」

カヲル「まぁそういうことで外伝にはチルドレンのお部屋は書かない予定なんだけど…」

レイ 「結構好評だからってついつい書いたくせに…むーむーむーっ!!」

アスカ「いい加減にしなさい!」

レイ 「…どうかしたの?」

カヲル「…さて?」

トウジ「ほな、また外伝か、もしあったらこの部屋で会おうやないか」

 

 

 

 

 

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