<碇家 食卓>

 

「今日は特別寝起きが悪かったわね。どうかしたの?」

彼女の母親、碇リツコがお味噌汁の入ったお椀を渡しながら聞いた。

朝に弱い少女碇レイ(ちなみに13歳。中1)ではあったが今日は特別起きるのに時間がかかった。この母親のことだから娘が覚醒するのに要する時間の平均値を秒単位で記憶しているに違いない。ちなみにもう一人の親、碇ゲンドウは朝刊を読んでいた。

「ゲンドウさん?」

「ああ…わかっている」

そういってゲンドウが新聞をたたむとリツコが席に着く。

『いただきます』

手を合わせて行儀良く挨拶する3人。これ無しで食べようものなら母から恐ろしい制裁が下される。齢40を越えて未だ美貌の衰えない彼女の母親はその他の面でも20代の若さと勢いを保っている。

かくて朝食を食べながら母娘の会話が続く。父親は日常会話については口下手なのであまり発言しない。

「…それでね、真っ赤な湖で白い大地がずーっと広がっているの」

「……前に同じ様な話を聞いたことあるわね…誰だったかしら?」

「そう? …でね私にそっくりな女の子が出てきたの。あっ、そうは言っても最初は自分に似てるってわかんなかったんだけどね。案外自分の顔ってわからないものよね。それでその子ったら髪の色も変わってるし、染めてるのかなあれ? そうそう目が赤くて、でも肌は白かったな…私もあれくらい白かったら………どうかしたの母さん?」

合いの手が入らなくなったので母親を見ると何やら難しい顔をしている。横目で父親を見てみるがこちらはいつもどおりだ。もっともポーカーフェイスの得意な父親のことだから本当の所はわからない。

「あ、なんでもないわ。それでレ…彼女と何か話した?」

我に返ったリツコが尋ねる。

「うん。でも、何だか難しいことばっか話すのよね。哲学みたいなこと。あ、そうそう名前言ってたっけ。たしかあや…綾波レイだったかな?」

ガチャン

びくっとしたレイが音のした方をみるとゲンドウが床に落ちた湯飲みを拾うところだった。

「すまん。入れ直してくれ」

「あ、はい」

そそくさと立ち湯飲みを持って台所に消えるリツコ。ゲンドウは台拭きで撒けたお茶を拭き取ると何事もなかったかのように食事に戻る。

「???」

 

やられた、とレイが気付いたのは学校でHRが始まった瞬間だった。

 

 

 

 

<ネルフ本部 ゲート前>

 

「う〜〜〜ん」

レイはゲート前まで来て悩んでいた。

今朝の両親の様子はあからさまにおかしい。(ちなみにゲート前でうろうろしているレイもかなり怪しい。警備員はレイの顔を知っているのであえて見ない振りをしている)

かといってまともに聞いて白状するような相手でないことは重々承知している。

(…だから、娘の私の性格がひねくれるのよ)

と、そこまでは考えないが普通の両親で無いのは確かだ。

こういう風に困った時の相談相手は決まっている。決まってはいるのだが…

「お兄ちゃんって絶対忙しいのよねぇ…」

彼女の敬愛する…というか、兄妹じゃなくて既婚でなければ迷わずお嫁さんに立候補するだろう…兄はこのネルフとかいう組織の総司令である。ちなみに非常に多忙である。はっきり言ってこの程度の用事に構っている暇はこれっぽっちも無い。

だが一言言えば必ず相談に乗ってくれる。無論、仕事に支障をきたすことなく。

それはそれですごいのだが、そうすると兄の疲労は一段と増し、ついでにレイにとって姉代わりの女性からきついお叱りの言葉をいただくこととなる…兄がだ、念のため。

そのもう一人の相談相手たる義理の姉。彼女に相談するのも手だが…彼女は単刀直入というか、文字通り突っ走る。おそらく父と母を問いつめて白状させることになるだろう。それはそれで問題があるような気がする。

 

そんな具合にうんうんうなっていたレイの肩にぽん、と手が置かれた。

「ひゃぅっ!」

思わず飛び上がるレイ。

「あらあら相変わらずレイは元気ね」

「ミ…ミサトさん?」

振り返ると妙齢の美女が微笑んでいた。

 

 

重役出勤…実際重役なのだが…どころかお昼のチャイムもどこ吹く風といわんばかりの時間に出勤する葛城あらため加持ミサト。そんなことで仕事はいいのかという気もするのだが“昨日”家に帰ったのは“今朝”の8時だったからたぶんいいのだろう。

本部ゲート前で獲物を見つけて軽く遊んだミサトは上機嫌で仕事場に向かっていた。

「あの〜ミサトさん?」

遠慮がちな声がかかる。

「なーに?」

「勝手に入っちゃっていいんですか私?」

「あたしがいいって言ってるんだからいいのよ」

「はぁ…」

(…なんだかなぁ)

レイは彼女をミサトさん、と呼ぶ。

母親と同年代の人をこう呼ぶのも何だが、ミサトさん曰く

「あたしはシンジくんのお姉さんなんだからレイのお姉さんでもあるのよ」

と言い張っていつもレイの母親とからかい合っている。

兄が総司令をつとめるこの組織の副司令をやっているとかいないとか。

(…でも全然偉そうに見えないのよね〜。胸はあるんだけど。)

見慣れていてもミサトのプロポーションには憧れる。本当にこの人4(ピーッ)歳?

自分の胸を見下ろしため息をつく。決して不満があるわけではない…のだが…スレンダー…と言えば聞こえはいい…のだが…彼女のまわりにはあまりにもプロポーションの良すぎる女性が多すぎる。乙女の悩みは尽きない。

「で、用があるのはどっち? アスカ? やっぱりシンちゃん?」

「へ?」

間の抜けた声を出すレイ。

「だってレイがネルフに来る用事なんてそれくらいしかないでしょ?」

「そ、そうなんですけど。実はどちらにしようか迷ってて…」

「ふーん…」

そういうとミサトは携帯を取り出しどこかに連絡をする。すぐにつながり相手と二言三言話す。

「……そう、ちょうど良かったわ。じゃこれから行くから」

携帯をしまうとミサトはレイの手をとった。

「さ、行くわよ」

「え?」

そのままずるずると引きずられていくレイ。

「ちょ、ちょ、ミサトさーん!」

「いいからいいから」

とかくレイの回りの女性は強引だ。

 

 

 

<ネルフ本部 司令執務室>

 

「入るわよ〜」

そんな声一つで本部でも随一の重要な部屋に入っていくミサト。

部屋の主が奥のデスクで顔を上げる。その傍らにいた美女が顔をぱっと輝かせると言った。

「あらレイじゃない。珍しいわね」

彼女の姉たるネルフ作戦部長惣流アスカラングレーである。以前よりぐんと大人の魅力が増し彼女の姉代わりから引き継いだジャケットがよく似合っている。これで一児の母というのだから世の中は奇跡に満ちている。

それから一呼吸置いてデスクの男性が声を掛けた。

「よく来たねレイ。そんな所に立ってないで座って」

そう言って彼女の大好きな微笑みを浮かべる。20代も終わりに近づこうとしているのに父親から受け継いだ黒い制服は未だに似合っていないと嘆いている。もっともネルフの女性職員でそんなことを考える者は一人もいない。好感度ワースト1だった父親と対象的に好感度ベスト1を飾っている。

「アスカ、コーヒーでも入れてくんない?」

「しょうがないわね」

そう言ってアスカは部屋の隅にあるテーブルに向かう。シンジが司令に就任した際にあちこちからもらったコーヒーメーカーやらティーセットやらが鎮座している。

ミサトはゆっくりとシンジの左隣に立つ。

コーヒーの準備をしたアスカが右隣に立つ。

ネルフのトップ3の通常の位置だ。

(…うっ)

なにやら威圧感を感じるレイ。なんとなく部屋の床やら天井やらに描かれた樹の模様も光っているような気がする。ありとあらゆるものがレイを押しつぶすかのように…

「コホン」

シンジが一つ咳払いした。

「アスカ、ミサトさん、報告を聞くんじゃないんですから…」

「あらやだつい習慣で」

「これも職業病かしらね」

「いやよね〜」

「ほんとやだやだ」

ぶつくさ言いながら椅子やテーブルを整え直す女性二人。シンジの対面にレイ。右側の席にアスカ、その対面にミサトという配置で先程とあまり差がない様な気がするのだがなぜか温かく感じてしまうレイ。

(…不思議。やっぱりお兄ちゃんの人徳ね。)

なんとなくそう結論づけるレイ。あながち間違いでもない。

「それでどうしたんだい?」

「え?」

「何か用があったから来たんでしょ?」

「え、えぇと……」

「二人のどっちかで悩んでたから一度に話せば問題ないと思ったんだけど」

「あ、あぁそうでした」

レイは気を落ち着けると話し出した。

「実は…」

 

 

「なるほど…」

「………ねぇ」

納得するシンジとアスカ。

「?」

よくわかっていないミサト。

無理もない。ミサトにとって綾波レイは14年前に消えているのだ。

「どうするシンジ?」

アスカはやや困った視線を向ける。シンジもやや迷っているようだ。

「…そうだね、言わなくても綾波が全部話しちゃいそうだし…」

「あの…」

「たしかにあの子のやりそうなことよね」

ふぅとため息をつくアスカ。

「悪気はないと思うんだけど」

「いきなりは驚くわよ、やっぱり」

「ねぇ…」

「綾波、時々少しずれてる所があるから」

「あ、今度言ってやろ」

バン!

「きゃっ!」

いきなりミサトが机を叩き驚くレイ。

「ちょっとシンジくん、アスカ! 話が見えないんだけど!」

「あぁ…ミサトさんには話してませんでしたね…」

「そういえばそーね」

「だからなに?」

「綾波なら生きてますよ」

あっさりとN2爆弾発言をするシンジ。

 

「へ?」

 

「ま、生きているっていうか…とりあえず存在はしてるわね」

眉間にしわを寄せるアスカ。

「???」

頭の中で?マークが乱舞しているミサト。

「えーと、つまりですね、綾波の…少なくとも肉体は消滅してます。ただ、魂というか思念というかそういうものは残っていて、たまに遊びに来るんですよ」

「魂って、えーと…」

そういってレイの方を見るミサト。

レイは話がちんぷんかんぷんで3人をぼーっと見てる。そのレイを指さすミサト。

「だって…でしょ?」

「そう。そのはずだったんだけどリリスの魂っていうかえー綾波レイの魂っていうか…よくわかんないけどとにかくいるのよ!」

結局自分もわかっていないアスカ。

「普段はリリスですから存在してないんですがときたま思念が夢の中に、場合によっては実体化して現れるんです」

シンジも自信なさげに言う。

しばし考え込んでいたミサトはぽつりと口を開き、

「………ま、いいわ」

「ミサト…面倒くさいから考えるのやめたでしょ?」

「な…何の事かしら?

 と、とにかく、リリスはリリス、レイはレイ、でありながらレイ…えーと綾波レイもいるってことね?」

「まぁそんな所ですか」

一段落したところでレイが質問する。

「あのーお話を聞く限り綾波レイって子は実在しているみたいですけどどういう人です?」

うーんとうなる3人。

無論三者共通及び三者三様の答えがないこともないのだが迂闊にしゃべっていいことでもない。

「ま、手っ取り早く言うと…」

アスカが口を開く。

「はい」

「あたしの恋敵」

「ゴホッ! ゴホゴホ!」

珈琲が気管に入ってせき込むシンジ。

「何よ?」

「い、いや何でもないよ」

「もてる男はつらいわね〜」

アスカの視線が痛い。

「そんな! お兄ちゃんのことでお姉ちゃんと対等に戦える人がいるの!?」

(…そんな馬鹿な!?)

おーまいがー、とでも言った具合に仰天するレイ。レイの知る限りそんな真似ができるのは姉の親友である霧島マナ以外に思いつかない。それにしても対等とは言えないし、第一マナには既に別の相手がいる。

「そうよ。もっとも、同時にあたしとシンジにとって誰よりも大切な人でもあるわ」

そう言い切るアスカはどこか誇らしげだった。

「アスカ…成長したわね。お姉さんはうれしいわ」

よよよと泣くミサト。

「…嘘泣きはやめなさいよ」

「たはは、まぁうれしいのは本当だけどね。さすがに一児の母は強いわね」

「ふふん。アイの為ならあたしは無敵よ」

「…すごい人なんですね」

姉妹のかけあいを見て落ち着いたレイは珈琲をずずずと飲む。

そこへシンジが静かに呟いた。

「…いい子だよ綾波は」

 

その一言…正確にはその言葉の響きに込められた想い。

それは確かにレイにも伝わった。

レイは綾波レイという人物がシンジの心の中においてどれだけ大きい存在かを悟った。

(…お姉ちゃんだけじゃないんだ。私がかなわない人は。)

「で、どうするの? 話すわけ?」

「父さんとリツコさんは話したがらないでしょうね」

「そうね。でもいずれわかることなんだからここで話しておくべきよ」

「でも、レイには辛い話ね」

「大丈夫よ、あたしたちがついてるもの。ね、シンジ?」

「そうだね…レイ」

「はい」

「話してあげるよ…綾波レイという女の子の話をね」

 

 

 

 

 

 

NEON WORLD EVANGELION

Side Episode4: Rei W 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダダダダダダッ!!

プシューッ

執務室の扉が閉じられ通廊から響いていた甲高い足音が消える。

ずずず

冷え切った珈琲を飲み干す司令と副司令。

カップを置くとため息をつく。

「…つくづくアクティブな子ね。あのレイとは大違いだわ」

「それが良いことか悪いことかは本人の気持ち次第ですか…」

シンジとミサトは部屋を駆け出していった少女の心をおもんばかって言った。

「追いかけなくていいの?」

「アスカが先に追いかけましたから、女同士の方がいいという事だと思います」

そう言ってシンジはデスクの上の書類に目を戻す。ミサトも席を立つと自分のデスクに戻る。もっとも冷やかしは忘れない。

「相変わらず心が通じ合っているカップルは違うわね〜」

「…ミサトさん、そんなこと言ってるとこっちの書類も回しますよ」

バン、と積み上がった書類の束を叩く。無論、束は一つではない。

「たはははは…勘弁して」

何はなくとも二人は超多忙なのである。

 

 

「はぁはぁはぁはぁ…」

レイは草原に手をつくと酸素を吸い込み荒い息を整えた。

いつの間にかジオフロントまで出ていたらしい。

「まだまだね、この程度で息を切らすなんて」

「!?」

頭上から聞こえた声にずざざっと後ずさるレイ。

「十代からこれじゃ後が大変よ」

そういって仁王立ちするアスカ。

「そ、そんなお姉ちゃんは2…」

はっと気付いて両手で口を塞ぐ。

おそるおそる見上げるがアスカはかるく眉を上げていただけだった。

「ま、今回は聞かなかったことにしてあげるわ。ただし次は…」

コクコクとうなずくレイ。

(…この人にだけは逆らっちゃ駄目。)

常々そう思うレイであった。

「前にも言ったでしょ、たとえ指揮する様になっても私はまずパイロットなの。同じ現役でもおいおい前線に出るわけにはいかないシンジと違って私はいつでも戦場に行けるよう体を鍛えてるの」

「そうか、それでアイを生んだにしては相変わらず見事なプロポーションを…」

「当然でしょ、この私を誰だと…って話が違うっ!!」

「ひゃい!」

ぴょんと立ち上がるレイ。

「ぷっ」

その動作が可笑しかったのか吹き出すアスカ。

「ま、いいわ座りなさい」

そういって自分も座る。

 

「………」

「ま、昔のシンジみたいに暗くなってないことは褒めたげるわ」

「暗い?」

「そうよ。今でこそシンジはあんなにいい男だけど、昔はそれはそれは暗くて弱気で内罰的で超鈍感でおまけにバカだったのよ」

「信じられない…」

顔に信じられないと書いてある。

(…本当に表情の豊かな子ね。)

もう一人の彼女と比較してなんとなくおかしくなるアスカ。

「そうでしょうね…あたしもバカシンジって言わなくなってどのくらい経つのかしら?」

「バカシンジなんて言ってたんですか!?」

「あら? 別にあたしもシンジも生まれた時から美男美女でお似合いで熱々の恋人だったわけじゃないわよ」

「な、なんか引っかかるけど、はい」

「一時期なんか憎んでたもの」

「へぇ〜〜〜」

普段の姿からはとても想像できない。

「レイ…綾波レイのことも大っ嫌いだったわ」

「………」

「さっきの話は要点だけだったからね。もっと話してあげるわ、聞く?」

コクンとうなずくレイ。

 

 

「綾波…レイ、か」

ミサトの呟きにふと手を留めるシンジ。

「ミサトさん?」

「…ううん。なんでもないわ」

僅かに口元をゆるめて答えるミサト。

「さ、ぱっぱと片づけちゃいましょう。今日こそは日付が代わる前に帰るわよ!」

シンジもまた僅かに口元をゆるめて答える。

「…そうですね」

 

 

 

「そうねぇレイ…紛らわしいわね。よしファーストでいきましょ」

「ファースト?」

「そ、ファーストチルドレン。あたしがセカンドチルドレンでシンジはサード。鈴原がフォースで渚がフィフス。エヴァのパイロットに選ばれた順番でそう呼ばれているの」

「エヴァ…エヴァンゲリオンでしたっけ?」

レイはそれがなんであるのか詳しくは知らない。内戦や紛争地域に派遣され調停にあたるための人型のロボットのようなもの。別に軍事オタクでもないレイには興味がない。

ただ、それが彼女の家族が出会うきっかけになったものでありその人生に大きく影響を及ぼしたものということは知っていた。

「そ、ファーストはエヴァンゲリオン零号機のパイロット。あたしとシンジの戦友…三人だけの仲間よ」

「………」

「あたしがファーストを嫌った理由。嫌いだった理由はあの子が命令通りにしか動かない人形みたいな子だったから。少なくともあたしにはそう見えた。まぁあの子には感情がなかった、というか知らなかったからね」

「作られたから…ですか?」

聞いたばかりの話を思い出す。まだ子供の自分にはどういうことかよくわからない。でも酷く辛くて…そしてとても哀しい気がする。

「…そうかもね。でも、戦っていくうちにそのファーストにも感情が芽生えてきたの。たぶんバカシンジのおかげでね」

「お兄ちゃんの?」

「そう。誰とも接触をもたない、ネルフでもエヴァのパイロットとしてか扱われないファーストにシンジは初めて普通の女の子として接したの。もっともシンジ自身も人付き合いが死ぬほど下手だったから最初は散々だったらしいけど…でも、シンジの存在がファーストを変えていった」

 

 

『ごめんなさい、こんな時どういう顔したらいいかわからないの』

『何を言うのよ…』

『碇君が!』

『ありがとう…感謝の言葉、初めての言葉』

『これは涙…泣いてるのは、私?』

『これが私の望み…碇君と一つになりたい』

『駄目、碇君が呼んでる』

 

 

「シンジを守るために自爆したり…」

「自爆!?」

「そう…あの子はシンジとのこれまでの記憶を失っても自分という存在がなくなってしまうとしても、シンジが生き残ることを望んだの。今のあたしにはよくわかるわ…」

どこか遠い目をするアスカ。

(…きっとお姉ちゃんも)

「…それだけお兄ちゃんが好きだったんですね」

「そうね。そして最後の最後でもやっぱりシンジを選んだ。自分が生まれてきた意味を、自分の存在意義すらも捨ててシンジの望みを叶えようとした」

「………」

「誰が何と言おうと綾波レイは碇シンジを愛したただの女の子。ただそれだけよ」

「………」

そこでアスカはレイの正面に移動した。

「それで、レイは何が気に入らないわけ? お父さんがひどいやつだったってこと? 自分がお母さんと血がつながっていないってこと? それとも自分がシンジを好きなのもファーストのせいだって考えてしまうこと?」

「…それも全部あります、たぶん」

「あんたのお父さんはシンジのお母さんをそれだけ愛したというだけよ。リツコと血がつながっていないからってあんたが娘であることにかわりはないわ。そしてファーストが何もしなくたってあんたがシンジを好きになったのも間違いないわね」

「………でも、みんなにとって私はその人の代わりなんじゃ…」

パシーーーーーーン!!

「………お姉ちゃん?」

「うぬぼれんじゃないわよ! あんたにあの子の代わりはつとまらない! アタシとシンジそしてあの子の絆の間に入れる奴なんかいやしないの! あんたがアタシたちの妹であってもそれは変わらないわ!」

「………」

うつむくレイの顔にそっと両手をそえるアスカ。

「お姉ちゃ…」

顔を上げたレイははっと目を見張った。そこに今まで見たことのない姉の顔があった。

自分に勉強を教えている時とは違う、兄にべたべたしている時とも違う、みんなとわいわい騒いでいる時とも違う。

ひどく大人びていて微かに憂いと哀しみを浮かべそしてどこまでも慈愛に満ちている…そんなきっと自分の知らない真実の姿の一つ。

「…そんな哀しいことをいうのはやめなさい。あの人も私も、そして彼女も喜ばないわ」

「…綾波さん?」

「そう。彼女はあなたのことを心配して出てきたのよ。あなたもいずれ大人になる。時がたてば真実を知る機会もやってくる。その時にあなたが悩んだりすることのないように、自分と同じように苦しんだりすることのないように、その前に彼女の口から話したかったのよ。あなたと彼女は違う。あなたは碇レイとして、そして彼女は綾波レイとしてみんなに愛されているということを伝えたかったのよ」

「私と…彼女は違う」

「そう。あなたにも彼女にも代わりはいない。この世界に生きている人は一人一人誰も代わりはできないわ。だけど代わりがいないからこそ自分を、そして他人をきっと好きになることができる」

「自分を…人を好きになる?」

「そう。それが私があの人から教えてもらったこと。だから私は今もこうしてここにいる。あの人と、あの人と私の子供と、そしてあなたという妹を愛することができる。そうして生きていける。そしてきっと彼女もあの人から学んだであろうこと」

「………」

「彼女はあなたにもそれを知って欲しかったのよ。だって彼女は…

 …シンジに似てお節介だからね」

最後にそう付け加えた時の表情はいつもの姉のものだった。

 

 

 

「そうか…」

『大丈夫だよ父さん』

「………」

『レイは父さんとリツコさんの娘だよ?』

「そうだな…すまんなシンジ」

『もう…後で行くからってリツコさんにも伝えておいてね』

「ああわかった。問題ない」

『じゃ、また後で』

カチャン

受話器を置くとゲンドウは振り返る。

「…ということだ」

「ゲンドウさん…」

ゲンドウは眼鏡を持ち上げた。

「我々は子供達に恵まれたな」

「…ええ」

リツコはそっとゲンドウによりそった。

 

 

プシュー。

扉が開くとシンジは微笑んだ。

腕組みしてゲンドウが立っていた。隣に何事もなかったかのようにリツコが立っている。

「………」

リツコが口を開く。

「…お帰りなさいレイ」

バシン、とアスカがレイの背中を叩いた。

アイがきょとんとした顔で見ている。

「…ただいま、父さん母さん」

シンジは視線を父に向ける。ゲンドウはゆっくりと口を開いた。

「…ああ、お帰りレイ」

 

 

 

Go to dream???