【新世界エヴァンゲリオン・外伝】

 

 

 

 

 

<広がる草原、遙か頭上には空の代わりに天井がある>

 

『マナ、実は君に話さなくてはならないことがあるんだけれど聞いてくれるかい?』

『…なに?』

『たぶん、君が知りたがっていることさ。そして僕が無意識に避けていたことでもある』

『………』

『でも、これを話しておかなければ僕は…いや、僕たちはこの先に行けないんだよ、きっとね』

『…わかったわ。話してみて』

『さすがの君も驚くと思うよ?』

『さぁそれはどうかしら?』

 

 

 

<三度、虚空に相対する銀色の髪の少年二人>

 

「これは?」

“彼”は“彼”を振り返り尋ねた。“彼”はいつものように制服のズボンのポケットに手を入れたまま答える。

「僕の記憶さ。人が生きていく上で積み重ねていく足跡、過去と現在とを定める時の指標」

「でも、この記憶はとりわけ深く君の心に刻み込まれているようだね?」

「当然だよ、記憶の内容に応じて刻まれる度合いは変化するからね」

「それだけ重い記憶というわけかい?」

「“重い”というのとは少し違うと思うよ。これはとても大切で忘れられない記憶なのさ、僕にとってはね」

「それはどういう法則に乗っ取って区分されるものなんだい?」

「そうだね…この記憶は僕がリリンとして新たに生を受けてからもっとも心の強さを必要とした記憶の一つであり、同時にもっとも歓喜に満ちた記憶の一つでもあるからかな?」

「…見たところ彼女の方も同様のようだね」

再び視線を“彼”の記憶に戻し“彼”は言った。

「心は自己と他者との交流で作られていくものだからね」

「なるほど自分がそうであり、また相手もそうであれば…」

「幸福に値するよ…幸せってことさ」

“彼”の記憶の中で一組の男女が抱き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【外伝第九話 途切れることのない何か】

 

 

 

 

 

 

 

 

<キッチン2−A>

 

汐トオルと泉フミエはなし崩し的に働いていた。

「Aランチ3つ! 日替わり1つ!」

「了解!!」

「はい、カツ丼定食あがったわよ!」

「はい!」

キッチン2−Aは今日も戦場だった。テーブルの間をフミエが駆けずり回り、トオルとヒカリがキッチンで戦っている。そして…

「………」

シュルシュルシュルシュル

相変わらずどうやっているのかわからないが器用にジャガイモの皮をむくミチル。

無論目が見えない(はずの)子供であるミチルに手伝わせる気は毛頭無かったのだが、ミチルは手伝うと言って頑として譲らず、3人がかけずり回っている間に終わっていた下準備の数々を見るに当たりその仕事ぶりを認めざるをえなかった。

「それにしてもミチルちゃんって器用よねぇ」

二人と違って余裕のある…なにせ元はたった一人でこなしていたのであるから当然だが…ヒカリが料理の合間に話し掛けた。

「目が見えていてもできない人も結構いるのよ」

「オトコだったらできなくてもやる。もちろんできることならやるのはトウゼン」

「…トウジね」

誰が吹き込んだか瞬時に見抜くヒカリ。

ヒカリの紹介で近くのアパートに引っ越した3人だが、食事は店で取る方が手っ取り早いし、普段ミチルを一人にしておくわけにもいかない。結局ミチルも日中は店にいることになった。トウジも非番の際は食事を店に取りに…というかヒカリに手伝いに呼ばれるのだが…来ることが多く、ミチルの相手をしていることが多い。

(子供でも一人前の男扱いするところはトウジらしいというかなんていうか…だいたいまだ…あれ?)

オムレツをひっくり返しながら考えるヒカリ。

(ミチルちゃんっていくつだっけ?)

そこで思い出す。歳を聞いた時トオルとミチルがなにやら困ったような顔をしていたのを。何か込み入った事情がありそうなのでそれ以上は聞かなかったが…

(ま、いいか。とりあえずまだ小学生って歳でもなさそうだし…)

それですませてしまうから一番の親友からお人好しなどと言われてしまうのだがヒカリにも言い分はある。

(…あなたの亭主ほどじゃないわよ)

無論、ヒカリとて世間知らずではないから特務機関であるネルフのよりにもよって総司令なんて職についている友人が綺麗事ばかりやっているとは思っていない。だが、それでも…

(反論できるものならしてみなさい)

「はい、日替わり上がったわよ!」

すぐさまフミエが皿をかっさらっていった。

 

ドアが開く気配に反応してそちらへ笑顔を向けるフミエ。ちなみに条件反射でそうするようになるまで三日とかからなかった。

「いらっしゃいま…」

フミエの声が急に途切れたので顔を巡らすヒカリ。

軍服…といってもヒカリになじみのあるアイボリーの制服ではなく濃緑色の…に身を包んだ3人組を見てフミエが身を縮めている。

(あら…)

先頭の人物の眼鏡を見て誰か気付く。

「相田君じゃない! 久しぶりね」

そう言いながらパスタを鍋に放り込んでいるヒカリを見て苦笑するケンスケ。

「ああ久しぶり。元気そうでなによりだね」

「身体が資本だもの」

今度はフライパン片手に答えるヒカリ。

「同感だ」

うなずくケンスケから身を縮めていたフミエに視線を移すと奥のテーブルを片づけて席を空けているのが見える。

ヒカリの知り合いと知ってほっとしたのだろう。

(何かしらね?)

フミエの態度になにか引っかかるものを感じながらも会話を続けるヒカリ。

「今日はそんな格好でどうしたの?」

(そういえば相田君の軍服姿って初めて見たわね)

もともと会う機会が少ないし会ってもプライベートの時だけなのだから当然といえば当然だ。

「仕事の帰り道だよ。日頃ろくな物を食べてない部下達に人間が本来取るべき食事という物を思い出させてやろうと思ってね…こんな服装で申し訳ないけど失礼するよ」

「あらあら」

フミエに案内されるままケンスケは二人を引き連れて奥のテーブルに座る。

「さてと…なんだ?」

メニューを手に取った所で部下達の視線に気づくケンスケ。

「ひどいですよ、たいちょーっ」

「こんないい店を知ってるならもっと早く教えてもらいたかったですな」

波佐間の泣きそうな目と谷口の冷たい視線に怪訝そうな顔をするケンスケ。

「まだ何も食べてないだろう? ……いや、そういうことか」

視線をヒカリの方に向けて頷く。

(やれやれ…)

「…言っておくが彼女は所帯持ちだぞ」

「「え?」」

「俺の親友の連れ合いだ」

ケンスケの言葉に目に見えてがっくりと肩を落とす二人。

「あら、どうかしたの?」

せっかくなので自ら注文を取りに来たヒカリが不思議そうな顔をする。

「気にしないでいいよ。戦自も人手不足でね、疲れているのさ」

「そうなの?」

のぞき込まれてがばっと顔を上げる二人。

「大変でしょうけどがんばってね」

「「あ、ありがとうございます」」

美人に気遣われ優しい言葉を掛けられて復活する二人。ケンスケは苦笑するだけだった。

 

 

戻ってきたヒカリにフミエが声を尋ねる。

「ええと、お知り合いなんですか?」

「え? ああ、私と旦那の同級生なの」

「なるほど」

こちらもなぜかほっとした様子のトオルがうなずく。

(二人ともどうしたのかしらね?)

カウンター内のキッチンに戻って視線を足元に転じるとミチルが黙々と皮むきに興じている。

(ミチルちゃんはいつも通りよね)

 

 

「やはり状況は芳しくないですな。これ以上無闇に捜索範囲を広げても無意味でしょう」

谷口が手元の端末を見ながら言った。

「まさか我々が突入する前に自力で脱走した後だったとはねぇ。いったいどうやったんだか」

「…ミスはミスだ。厳粛に受け止めよう」

「「はい」」

ケンスケの言葉に神妙に頷く二人。

「問題は我々に残された手がかりが非常に少ないということだ」

「監視カメラの映像からして外見上の特徴は既にカモフラージュされています」

「その他の一目でわかる身体的特徴はありませんねぇ」

「顔写真があるのがせめてもの救いか」

「しかし子供一人が単独で逃げているにしては情報が少なすぎます」

「どこからもそれらしい目撃情報は入っていません」

「第三者による干渉があったと見るべきだろうな。そうなるといくら狭い日本とはいえ子供一人探すのは…おっと」

「はいおまちどうさま」

ヒカリが料理を運んできたので慌ててテーブルの上を片づける三人。

「ありがとう委員長」

「「委員長?」」

「気にするな」

「ふふっ、じゃごゆっくりどうぞ」

 

 

 

ドアが開く気配に再び条件反射で行動するフミエ。

(さすがにまた戦自の人だったりはしないわね)

女性の二人連れを見て安心するフミエ。

「あ、いらっしゃ…」

ぐっと言葉につまるフミエ。

同性から見てもそれほどまでにその二人は美人だった。

「あら、いらっしゃいアスカ、マナ」

「!?」

(この人たちも店長のお知り合いなんですかぁ!?)

と心で叫ぶフミエ。

ヒカリも確かに美人だがその上をいく美人が更に二人も加わると相乗効果がすさまじい。

「やっほーヒカリ」

「いらっしゃい、なんにする? …あれ、マナどうかしたの?」

マナはちょっと気落ちしているように見える。

「え? ああ気にしないで下さい、別に何でもありませんから」

「あぁマナってば、彼氏が行方をくらましたんで落ち込んでのよ」

「ちょ、ちょっと!」

「あ、そういえばトウジがなんだかそんなこといってたわね」

和気あいあいと話す三人に無論ケンスケは気付いていた。昼食時、混んでいる店内のためさすがに話の内容までは聞こえないが。

「相変わらずだねぇ…ん?」

彼の優秀な部下達はケンスケのわずかなつぶやきも聞き逃さなかった。

「な、なんだ?」

険悪な視線に心持ち身構えるケンスケ。

「たいちょー」

「まさか…」

「お、おい俺は何も…」

 

「あ、そうそう珍しいお客さんが来てるわよ」

「ん? 誰です?」

「相田君」

「あいだー?」

顔を巡らせて戦自服を発見するアスカ。見つけた途端、席を立つとそのままケンスケ達のテーブルに向かう。

「珍しいじゃない」

開口一番あいかわらずの口調に思わず笑みをもらすケンスケ。

(これで一児の母なんだからな)

「まぁな、休み無しでこき使われてるし、かといって仕事中に戦自の服着てここをうろうろするのもなんだから遠慮していたわけさ」

その答えにアスカも口元に笑みを浮かべた。

「あんたがそんなに気を使うヤツとは思わなかったわね」

別段、第三新東京市には国境線があるわけでも検問があるわけでもない。ただの一兵士なら幹線道路沿いであるこの第三新東京市に寄っていくのは大したことではない。せいぜい旧世紀の日本で駐留米軍の兵士が東京で買い物をするのと大差はない。アスカが言ったのはそういう意味合いである。だが、軍事的かつ政治的に物事を見る者達にとってはそうではない。ネルフ本部の作戦本部長であるアスカは間違いなくその集団に属しており、そしてアスカは知らないだろうがケンスケもまたその集団に属しているのである。幹部達と知り合いということもありネルフの諜報部門ではそれなりにランクの高い要注意人物だろう。

「やれやれ善意は常に誤解の対象というわけか」

肩をすくめるケンスケ。

「あんたたちもこいつの部下じゃ大変でしょ」

アスカの言葉についうなずきかけて思い留まる二人。

「…いえ」

「…ええ、そんなことはありません」

笑いをかみ殺しながらケンスケの方に視線を戻すアスカ。

「ま、うちにちょっかいかけるわけでもないだろうし、そんなに気を使わなくてもいいわよ」

「惣流の許しがあるなら鬼に金棒だな」

「とうぜん」

しばし二人の視線が絡み合う。

「「ふっ」」

アスカはじゃあね、と言い残しマナ達の所に戻っていく。ケンスケも軽く手を振ってそれに答えると元の姿勢に戻った。

途端に陰気な視線が降り注ぐ。

(こいつら…)

「たいちょぉ!!」

「ひどいですな。我々にはそんな時間はないというのに」

「…誤解しているようだが、あの二人は単に学生時代のクラスメイトというだけの関係だ。一人は親友の彼女、もう一人も親友の女房で子供もいるぞ」

その言葉に一斉に落胆した後で妙な表情を浮かべる二人。

「なんだその顔?」

「いいんです隊長。何も言わないで下さい」

「隊長もおつらいんですね」

「…お前ら」

「だいじょうぶそのうちきっといい人が現れますよ」

「もちろんもう少し仕事を減らさないと無理でしょうが」

言いたい放題いいながら食事をはじめる二人。

(こいつら…)

こめかみをぴくぴくさせながらも二人にならうケンスケ。なに、借りはいずれ返せばいいのだ。

「そうそう相田、マユミが最近連絡がないから生きてるのか死んでるのかって心配してたわよ!」

思わず手を止めたケンスケにギン、と鋭い視線を向ける二人。

「お、おい」

「たいちょー」

「まさか…」

「勘違いするな。俺と山岸は別に…」

「山岸さんって言うんですか」

「きっとあの人たちみたいに美人なんでしょうね」

「それは否定しないが…そうじゃなくて!」

「「たいちょーのうらぎりものー!」」

(…だから、誤解なんだがな)

どっと疲労を感じながらケンスケはスープをすすった。

 

 

<しばらく後、高速道路上>

 

「それにしてもネルフっていうのはあんなに神経質なんですかねぇ?」

帰り道、波佐間がそうもらした。

「ん?」

「そうだな。あの店に入る前後から市外に出るまでかなりの“目”があった」

ハンドルを握る谷口も同意する。

「たかが戦自の兵士数人にあんなに人員割いてどうするんだか」

「そういえば隊長はネルフ関係にお知り合いがいたそうですね。なにかご存じですか?」

「お前ら…少しはネルフのことも勉強しとけ」

あきれたように答えるケンスケ。

(霧島と委員長はともかく惣流の顔くらい覚えとけ)

とはいえ私服姿のシンジやアスカを一目見てそれと見抜ける人間は少ない。

(そんなことよりも…)

あれこれ話している部下達を見つめる。

ヒカリの店に入った時から年相応の若者らしい言動が続いている。一晩寝ればまた“彼の部下”に戻るだろうが…それにしても

(あの店の力は偉大だね)

 

 

 

 

 

 

NEON WORLD EVANGELION

Side Episode9: Endless waltz

 

 

 

 

 

ミチルの眼前に十字や長方形の石版がいくつも並ぶ場所が広がっていた。

 

ミチルは日課にしてある散歩の途中だった。始めは心配して隠れてつけたりしていた一同であったが相変わらず目が見えているとしか思えない(とはいえ瞼を閉じているのも確かなのだが)行動ぶりに程なく過保護をやめた。

 

(…ボクはいったいなんなのだろう?)

ミチルがそんなことを考えながら歩いているのを彼らは知らない。

ひょっとしたら知りたいと思っているのかも知れないが、ミチルは…

ミチルはそこで思考を打ち切った。

今の自分に出来ることと出来ないことがある。

所詮、自分は子供でしかないのだから、たとえ…

 

ふと気付くとその場所にいた。

周囲を取り囲む木の柵の内側に入ってみると、ちょっと奥まった所に屋根のてっぺんに十字の飾りのついた白い建物が建っていた。こちら側に扉が無い所を見ると…くどいようだがミチルは瞼を閉じており見ているわけではない…どうやらミチルはその建物の敷地の裏手から侵入したようだった。

あたりには草が茂っていて町の中にぽっかり別の空間があるような感じがした。

「…ここは?」

そこに漂う初めての感覚に思わずミチルは口を開いていた。

「どうした少年?」

声のした方を振り返るミチル。

黒い衣装の人物がそこに立っていた。

 

 

特務機関ネルフ、本部総司令執務室。ネルフという名称が付けられる以前から、それこそこの部屋が造られた時から現在も過去も世界の行く末に大きく関わる、あるいはそのものを左右する決定がなされている部屋である。

とはいえ現在、そこにいるのはそろそろ肌の衰えが気になり…
 

バキッ!
 

…今も昔も美しい女性が一人である。

プシュー

厳重に管理されている扉が開いた。女性は顔を上げもしない。彼女の了解なしにここに入室できる人物は地球上には現在一人しかいない。

「ただいま帰りました」

そこで女性はやっと顔を上げる。

「あ、お疲れさん」

どっちが司令でどっちが副司令かわからない会話をかわすシンジとミサト。

「それで環太平洋地区歴訪はどうだった?」

「まぁ特に大過なく終わりましたよ」

シンジは荷物を置くと自分のデスク、すなわちネルフ総司令の椅子に座る。

ミサトはいくつかの書類を手に取るとその前に立つ。

シンジは肘をつき顔の前で手を重ね合わせる。そして手で隠れた口元を開いた。

「…報告を聞きましょう」

 

 

「どうした少年?」

その人物は問いを繰り返した。男性のような口調のハスキーボイスだがミチルにはそれが女性だとわかっていた。

「…どうした?」

問いの意味がわからずミチルが問い返すと相手が説明を加えた。

「最初の問いはこんな所で何をしているのか、二つ目の問いはなぜ目を閉じているのか、だ」

ミチルは少し首をひねると答える。

「…サンポのトチュウなんとなく。あと、メはいつもとじているから…」

「そうか」

これといった感慨もないように女性は言い、続けて三つ目の問いを発した。

「さて唐突だが少年、神を信じているか?」

「カミ?」

「そう神だ。まぁ主でも父でもいいが」

「カミ…カミってなに?」

「ふむ。君は見所がある。そういう質問をする者は案外少ないものだ」

笑みを浮かべた気配がしたが別にからかっている様でもないらしい。先ほどから自分は子供扱いされていないことにミチルは気付いていた。そういった年齢とか性別とかなにがしかの区別を行わない人物のようだ。ミチルの心に興味がわく。

「あなたは?」

「私は…まぁ神父のアルバイトだな」

「シンプのあるばいと?」

「名前はクリス・ランバート。ランと呼んでくれ」

 

 
 

 

<総司令執務室>

 
報告途中で何度か各部署の責任者が呼び出されて報告に参加する。作戦本部長のアスカが加わり、最後にカヲルの一件が報告された。

「そうですか」

あっさりと言うシンジ。それを聞いてアスカがぴくりと眉を動かす。とはいえアスカは立場的に口出しできる状態ではないので…特にシンジとミサトがこの「総司令&副司令モード」に入っている時は、アスカも「たかが本部の作戦部長」に格下げされる…黙って二人の会話を聞いている。

「本件に関する情報部からの中間報告署です」

ミサトの差し出す書類をざっと一読するシンジ。

「ふむ。わかりました」

「どうする?」

ミサトの言葉に考え込むシンジ。

「現状維持とします」

「それはつまり放置するってこと?」

「ええ、捜索は続行するとしてそれ以上の措置は必要ありません」

「エヴァのパイロットが一名行方不明なのにも関わらず?」

それに対する返答はミサトを沈黙させるに足り報告はそれで終わった。

 

シンジはわずかに笑みを浮かべると言った。

「…問題ありません」

 
 
 
 
 
 
 

 

「ボクはミチル」

「ミチルか、よい名だ」

「そうなの?」

「あぁそうだ」

なぜ良い名なのであるかについてはランは説明しない。

「さて話を戻そうか。私なりの解釈で言えば、神とはまぁ人の心の拠り所、あるいはその代用といった所かな。人は何かを願う時、何かを祈る時、そのとりあえずの対象として神を持ち出す訳だ」

ランの説明を聞いて考え込むミチル。

「…みたことがないからわからない」

目が見えない人間の言うことではないがランは気にせず話を続ける。

「ふむ、もっともな意見だな。だが、君は見たものしか信じないのか?」

「え?」

「たとえば…そうだな、君の家族は今君のために夕食の支度をしている。そう私が言ったら君は信じるか?」

「…しんじる」

「見た訳ではないのになぜ信じる?」

少し考えた後答えるミチル。

「いつも…マイニチそうだし…きっとそれがホントウのコトだとおもうから」

「そういうことだ。まぁ、言葉遊びはこのくらいにしておこう。神も同じようなものだ。実在するのかしないのか必ずしも確かめる必要はない。皆がそれぞれ好きなように信じればいいのだ。であるからして神が1つの個性を持っているのか、全知全能であるのか、そういったことはこの際どうでもいいと私は考えている。ただ信じるか否かだ」

「わかった」

ミチルは素直にうなずいた。

「さて、せっかく教会に来たのだ。なにか悩みがあるなら話していくがいい。ここはカウンセラーと違って無料だ」

そう言うとランは建物の方へ歩き出した。慌てて追いかけるミチル。

「キョウカイ?」

「そう、ここは教会という文字通り神の教えを説く場所だ。もっとも最近は結婚式で使われることの方が多いが…」

肩をすくめるラン。

「ま、めでたいことはいいことだ。文句を付ける筋合いはないな」

意味はよくわからないがミチルはなんだか可笑しくなった。

 

 

<総司令執務室>

 

シンジが重ねていた手を崩すと肩の力を抜く二人。

「ま、シンちゃんがそう言うならいいけど…なーんか隠してない?」

というかまず間違いなく隠していると確信しているミサト。

「嫌ですよミサトさん、僕がミサトさんに隠し事をしたことがありましたか?」

そう言うとシンジはにっこり微笑んだ。

(うっ…とても30前の男とは思えない…じゃなくて)

「い、いろいろあったような気がするわよ」

「気のせいです」

きっぱりと答えるシンジ。

諦めたのかふぅっとため息をつくミサト。

「やだやだ、昔はもっと可愛かったのに…アスカの教育が間違ってるんじゃない?」

矛先を変えるミサト。

「お義父様の血でしょ、きっと」

あっけらかんと答えるアスカに眉間を押さえるミサト。

「やめて…説得力がありすぎるから」

 
 

教会の中を珍しそうに見ているミチル。無論、目を閉じたままであるが気にした様子もなくランと名乗った女性はミチルに言った。

「さぁ何でも話してみるといい」

そう言われてもどうしていいかわからないミチル。

「ここで話したことはすべて私の胸の中にだけ留める。だからどんなことだろうと話して構わない」

「どんなことでも?」

「ああ、そうだ。君がどんな荒唐無稽なことを話そうと私はそれを信じよう」

「どうして?」

どうして信じれるのか、と問うミチル。

「では君は自分の話を信じてくれないとわかっている相手に話す気になるか?」

首を振るミチル。

「そうだろう? だから私は最初に君の話を信じると神に誓うわけだ」

「わかった」

納得したようにうなずくミチル。

「さぁ話してみろ。どんなことでも口に出して話してしまえば案外すっきりするものだ。自分の中に抱え込んで悩むだけよりは少しはマシだと思うぞ?」

その言葉にミチルはしばらく逡巡した後話し始めた。自分のことを、自分のまわりのことを。
 
 


<総司令執務室>

 

久しぶりに家に帰れる、と言いながらミサトが出ていき二人きりになった。

「お茶でもいれましょうか?」

口調を変えてアスカが言った。

「そうだね、紅茶にしてくれるかい?」

「わかりました」

アスカは席を立つと静かに歩きティーセットの所に向かう。

シンジは書類には手をつけず手を組むと目を閉じている。

二人だけの静かな時間だ。シンジは気をゆるめ、アスカも日頃身に纏った鎧を脱ぎ捨てる。

「そうそう、マユミに分けてもらったお菓子がありました」

そう言って菓子箱を取り出すアスカ。

久しぶりに聞いた友人の名前にシンジがやや目を開く。

「彼女は元気?」

「ええ、とっても。仕事が合っているんでしょう」

「それは良かった」

シンジは再び目を閉じる。

「あなたが見つけてきたんですものね、あの診療所は」

「…あそこの先生が彼女を気に入っただけだよ」

「そうですか、クスクス」

紅茶をティーカップに注ぎながら笑うアスカ。

「その笑い方、綾波にそっくりだよ」

「あらそうですか? 似てきたのかもしれませんね」

シンジのデスクにカップとお菓子を置くとアスカはミサトの椅子を持ってきてシンジの隣に座った。そしてティーカップを取るとシンジの左肩にもたれて目を閉じる。

そのまましばらく時間だけが流れていった。

ややあってアスカは口を開く。

「…私にも内緒ですか?」

責めるような気配はなく口元には笑みが浮かんでいる。

「………」

「理由、くらいは聞かせてもらえますよね?」

「…やれやれ」

器用に右肩だけをすくめるシンジ。

「クス」

アスカの髪に右手を伸ばすシンジ。

「…アイは元気かい?」

「ご自分で確認して下さい」

「………」

「しばらく家を空けられましたからね、ちゃんとご機嫌取りして下さいね」

「それはアイのかい? それとも君のかい?」

髪をすいていた手を顔にのばす。

「わかりきったことを改めて聞くものではありませんよ」

「…了解」

シンジは最愛の妻をそっと抱き寄せた。

 

 

ランはミチルの告悔を全て聞き終えると口を開いた。

「ちょうどいい言葉がある。私の友人の言葉だ。これを君にあげよう。

『君は不幸を嘆く前に自分がどんなに幸せなのかに気付かなくちゃいけない。生まれた時には両親がいてもそれを小さい頃に失った人はたくさんいるんだ。君は彼等に比べ、実の両親でないにしろ両親と呼べる人たちが存在し、離れ離れになることなく暮らしている。これは素晴らしいことなんだ。そして、人は常に悩み続けて生きていくものなんだよ。君と同じように自分が何なのか誰なのかとね。だけど君にはそれを論じ合える相手がいる。こんなに幸福なことはないんだよ。そういうことを君は忘れてはいけないよ。一度無くしたものを取り戻すのはとてもとても難しいんだから』

 …少しは参考になったかな?」

ミチルはわかったのかわからないのかわからないような表情を浮かべる。

「…むずかしくてよくわからない」

結局正直にそう答えた。

「ならばよく考えてみるといい。焦ることはない。時間はたっぷりあるからな。生きている限り」

「うん。わかった」

「さて、そろそろ日が暮れる時間だ。家に帰るといい」

ミチルはうなずくと立ち上がり外へ向かったが、扉を開けたところで立ち止まり振り返る。

それを見越していたのか背中を向けたままランが言った。

「何かあったらまた来るといい。迷える子羊に神の家の扉は常に開かれている。もし私がいなくとも君の話を聞く者が必ずいるはずだ」

ミチルはしばらく立ちつくしていたが前に向き直ると教会を出ていった。

 

ややあってパチパチと手を叩く音がランの耳に入る。

「見事なお説教だったなクリス」

パイプオルガンの影から現れた男がそう告げる。

ランのことをクリスと呼ぶ者は一人しかいない。

「からかうなクリス」

そしてその人物をクリスと呼ぶ者もラン以外にはいなかった。

「だいたい最後のあれはシンジからの伝言を伝えただけだぞ」

そう言いながらランは首の後ろに手を回すと髪をまとめていたリボンをほどいた。綺麗になびいた髪が夕日を浴びて輝いた。

「ま、それはそうかも知れないがな…しかし、こういう仕事もたまにはいいもんだな」

そう言うとアーチャーはレコーダーをポケットにしまい、代わりにサングラスを取り出し目を覆った。

「…それに関しては同感だ」

 

 

 

 

 

<新三陸海岸>

 

数十年にわたり眼前の海…といっても二十数年ほど前まではもっと沖だったが…で魚をとり続けていた老漁師。彼はたまの休みということもあり船ではなく岸壁に腰掛けのんびりと釣り糸を垂らしていた。

「やぁ釣れますか?」

その声に顔を向けるとちょっとこのあたりでは見ない風体の若者が立って微笑んでいた。

「ん? おぉ大漁よ」

答えながら漁師はキセルの灰を空き缶に落とす。

「それはなによりだね」

そう言うと若者は海を眺めながら目を閉じる。海からの潮風に身を任せているようだ。

「ま、セカンドインパクトやなんかが起こってわしらの土地は狭くなったが、魚らにとっちゃ縄張りが広がったということじゃからな。元気なもんじゃよ」

「なるほど」

漁師は予備の釣り竿を取ると若者に差し出した。

「どうじゃあんちゃんも釣ってみるかい」

「どうもありがとう。お言葉に甘えるよ」

そう言って若者は漁師の隣に腰を下ろす。

「あぁその前に一つ聞いてもいいかい?」

「なんじゃ?」

「第三新東京市へ帰るにはどう行けばいいかな?」

 

 

 

 

 

 

こりずにチルドレンのお部屋 −その9−

 

 

レイ 「無様ね」

トウジ「…綾波、しょっぱなからそれはきついで」

レイ 「そう?」

アスカ「やっぱりアタシの『あんた馬鹿ぁ!?』の方が良かったんじゃない?」

シンジ「でも、綾波の方がきついと思うよ」

アスカ「ふぅん」(じっとシンジを睨む)

シンジ「あ、いやアスカ、別にアスカがどうとか綾波がどうとかじゃなくてね」

(慌てて言い訳モードに入る)

トウジ「上の夫婦モードとは別人やな」

レイ 「そうね」

トウジ「そういえば渚がおらんな」

レイ 「まだ道に迷ってるわ」

トウジ「しゃあない、たまにはわしらで説明するか。何が無様っちゅうかと言うと…」

レイ 「4話で終わらせる予定だった今回の外伝が4話じゃ終わらないかもしれないわ」

トウジ「なんや作者は10話で終わったらきりがええやろとか言っとったけどの」

レイ 「まだ終わらないと決まったわけでもないけど」

トウジ「…ひょっとして、わしらまさかの時のための言い訳係かいな?」

レイ 「さぁわからないわ。けれど実は外伝をそれで打ち止めにするつもりだったようね」

(なにやら部屋の室温が一気に下がる)

トウジ「…綾波。まさか新世界の本編みたいになんやしたんやないやろな?」

レイ 「…どうしてそういうこと言うの」

(絶対零度の視線を向ける)

トウジ「いや、なんでもない…すまん、わいが悪かった!」

レイ 「そう、よかったわね」

 

 

カヲル「10話の次を最終話にするという手もあるね」(ぼそり)

 

 

つづく

 

 

予告

 

心のカタチ、人のカタチ

それは一人一人によって異なり

確固としたカタチが定まっている人間など誰一人いない

そして幸せのカタチもまた同じである

人々の望む幸せのカタチ

それは一体どんなものなのだろうか?

 

 

次回、新世界エヴァンゲリオン

外伝第拾話 ただ、ありふれた風景を

さぁて、この次もサービスサービスぅ

 

 

 

 

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