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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。
結局俺はあれから生徒指導室に連行され、こんこんと古川に説教され解放されました。解放といっても、一週間の停学処分と反省文の提出を命じられたわけですが。
正直言ってこの処分はありがたいものでした。一週間もあれば己の気持ちの整理もある程度つくでしょうし、冷静になれるというものです。
翌日には早々に反省文を完成させて、俺は一日中部屋にこもっていました。共働きの両親は俺の今回の一件についていつも通り色々言ってきましたが、そんな薄っぺらい説教は聞き飽きておりました。彼らの言葉には中身がありません。愛がありません。視線は俺に向いていても、心の中では「面倒くさい」「厄介ごとばかり」「仕事で疲れているのに」という愚痴ばかりが聞こえてきます。幼少の頃から薄々気づいているのです。彼らには俺など必要ないのだと。彼らに必要なのは仕事であり、頑張っている自分を褒めてくれる相手だけなのだと。愛して欲しいと手を伸ばしてくる相手に構っている暇などないと。
俺は膝を抱えて嘲笑します。どうやら俺はとんだ餓鬼のようです。思い通りにならないと暴れて叫んで怒鳴って、全然成長しておりません。
それに反して男鹿は大人です。どんなに面倒な仕事も嫌な顔せず、俺という存在にもあんなに優しくしてくれて。楽しかったんです。嬉しかったんです。一緒に勉強したり、頭を撫でてくれたり、修学旅行で紅葉を見上げながら微笑みあったり。
俺はとんだ愚か者です。
やっぱり男鹿が好きなんです。
謝ったら許してくれるでしょうか。今まで通りに笑ってくれるでしょうか。
俺はそう考えましたが、あの時嘲笑を浮かべた彼の表情を思い出して、ぞっと鳥肌が立ちました。あの目は本物でした。一瞬の出来事でもあれは彼の本心でした。
もしかしたら男鹿はもう俺に二度と話しかけてきてくれないかもしれません。そう思うと悲しくて苦しくて、俺は膝に顔を埋めて泣くしかありませんでした。
一体どれくらいの時間が経ったのでしょう。俺はいつの間にか眠っていたようでした。目を覚ましたのは何かチャイムのようなものが鳴った気がしたからです。時計を見ると、もうすぐ夜の七時になろうとしている頃合いでした。
俺の部屋は玄関からすぐ階段を上がった二階にあり、トイレは真下にありました。俺は寝惚け眼でドアを開けると、ゆっくりと階段をおりてゆきました。
どうやらチャイムが鳴ったというのは夢ではなかったらしく、玄関に誰か立っているのが目に入りました。一歩一歩階段を下りていく毎にまさかと思いました。来訪者は学生服を着ていて、白い指をしていて、薄い大きな口はいつも微笑んでいるようで、左目の下に二つほくろが並んでいる、俺が一番好きな人でした。
「君は・・・彰義の友達か?」
玄関で訝しげに男鹿に尋ねているのは父のようでした。俺は不快になりながらも階段を下りていきました。途中で男鹿がこちらに気づいて目が合い、微笑んでくれました。
俺は全身が熱くなり興奮しました。嫌われたわけではなかったんだと感動して、駆け下りて抱きつきたい衝動に駆られました。
「家ではメガネなんだ?」
男鹿が微笑みながら声を掛けてきて、父はようやく俺の存在に気づいたようでした。そして俺と睨み合い、ふんと不愉快そうに鼻を鳴らして廊下を引き返していきました。
「いいの?」
男鹿は俺と父の関係を見て苦笑して、俺は「いいんだよ」と笑ってやりました。
俺は父が好きではありませんでした。会社の重役だか何だか知りませんが、家にもたまにしか帰ってこない癖に今更俺の交友関係に口を出す権利などないのです。
「俺の部屋、上、なんだけど」
俺は言っていてドギマギしてしまいました。先ほどから心臓が破裂しそうで、俺は停学になった出来事などすっかり忘れて、いや、忘れてなどいなかったけど、とにかく男鹿がわざわざ来てくれたという現実の方がよほど嬉しくて。
「いいの?」
男鹿は繰り返し俺に聞き、俺は返事をするのも億劫で彼の腕を引っ張ってやりました。性急に二人で階段を上がって、部屋に男鹿を入れると、俺はもう我慢がきかなくなってしまいました。
つまりは抱きついてしまったわけです。
あまりの勢いに男鹿はドアに背中を打って少し呻いていましたが、肩に顔を埋めた俺を突き放そうとはしませんでした。なんて優しい男なのでしょう。
「ごめん」と俺は謝りました。もう謝りたくて仕方がなかったんです。俺は今まで考えてきたことを彼に言いました。もう感情が溢れて溢れて止まりませんでした。
あんなことを言われて傷ついたこと、悲しかったこと、でもどうしたらいいか分からなくて暴れてしまったこと、家に帰って後悔したこと。そして今、男鹿に嫌われるのが怖くてしがみ付いている事。
情けない男だと分かっていましたが、我ながら酷い有様です。鼻水がダラダラ垂れてきて、目頭が熱くて、涙を堪えるのに必死でした。
男鹿はどんな顔をして聞いているのでしょうか。彼はずっと俺の背中を抱いていました。そして小さく笑いました。
「ホント、不器用な奴だな」
「・・・ああ」と俺は認めてやりました。認めざるを得ないことをやらかしましたので。
「不器用で、乱暴で、単純で。・・・皆怖がってるよ。お前がまた大声で怒鳴るんじゃないか、暴れるんじゃないかって」
「んなわけ」と俺が反論しようと顔を上げると、男鹿の瞳に居抜かれました。
「お前が理由も無く殴ったりしないって、どうして分かる?」
目の前の男鹿は正義感の塊で、俺を慰めに来たわけではないようでした。俺は都合のいい妄想を打ち砕かれて頭に血が昇りました。
「お前、俺を叱りにきたのかよ」
男鹿は俺が怒りに震えていることを理解したようでした。しかし一歩も後退する気はないようです。最初に出会った時からそうでしたが、彼は俺の好戦的な部分を恐れていても、目をそらしたり逃げ出したりしない人間でした。俺はそんな強さが憧れであり、苦手でした。
俺は彼から離れるように一歩後退しました。
「獅子原、逃げるんじゃない」
「っ、てめぇ、今なんつったァ?」
男鹿という男は本当に空気が読めない男です。こんな単純な男を煽ったらどういう結果になるかなんて分かりきったことなのに。
俺は昨日と同じように男鹿の襟首をひねり上げました。目の前の彼は相変らず抵抗もせずに目もそらしませんでした。
俺の頭の中では、あの男鹿の台詞がぐるぐると巡っていました。またあの呪いのような言葉を言われては二度と立ち直れません。そうです。そんな言葉を聞く前に殴って、殴って、殴って。口を聞けないようにすれば、彼はきっと俺の思い通りに、
「獅子原、俺はお前のそういうところが嫌いだよ」
首を締め上げられた男鹿が苦しそうに言った台詞に、俺は頭が真っ白になりました。
「でも好きな部分もある。勉強に一生懸命で、字がきれいで、消しゴムを小さくなるまで大事に使って、修学旅行のバスで俺に席を譲ってくれて、消灯後の揉め事も助けてくれて。・・・好きだよ。そういうところ」
俺は男鹿の締め上げていた手を緩めました。あまりにも具体的、かつ単純な内容に脱力してしまいました。「小学生かよ」
情けなくて苦笑した俺の目の前に、男鹿の顔がありました。左目の泣きぼくろが魅力的で薄い唇が艶かしくて。細く白い指が俺の下唇を撫で、俺は初めて男鹿が触れてきた日を思い出しました。桜の花びらを取るのに彼の手が伸びてきた、あの日。俺は初めてあなたに勃起したのです。
「キスも、好きだよ」
俺は誘導されるように男鹿の唇を塞いでいました。少し開いた歯列に舌を伸ばした時に、鼻に抜けた香ばしい臭いに俺は少し驚いて、思わず顔を離しました。
「お前、煙草吸うのか?」
「・・・嫌いになったか?」自嘲めいた男鹿の問いに「そんなわけない」と俺は即答していました。その答えに満足したように彼は微笑みながら、耳元で囁いてきます。
「キスが上手だね、獅子原。・・・上手いのはキスだけ?」
俺は目の前がくらくらしてきました。男鹿ってこんなにエロい男でしたっけ。
「お前、絶対童貞じゃないだろ?」
「・・・嫌いになった?」
「だから!」嫌いになるわけがない、と俺が二の句を告げる前に「ほんとにそう?」と男鹿は言いました。
「俺は聖人君子じゃないんだ。お前の知らない俺がいる。お前だって俺の嫌いな部分ぐらいあるだろう?じゃなきゃあんなに食って掛かったりしない」
俺は絶句しました。男鹿の嫌いなところならいくらでも出てきます。優等生ぶって八方美人なところ。俺を皆と仲良くさせようとする偽善的なところ。本音を言わないところ。空気を読まないところ。俺を一番に考えてくれないところ。
ああ、と俺は気づきました。男鹿が言っていることはこういうことなのかと。俺も百パーセント男鹿が好きなわけではないじゃないか。
それでも。
「ない」
「え?」
「全部好きだ」
俺は男鹿の目を見詰めて改めて告白しました。彼は驚いていましたが、ふいに苦笑いを浮かべて微笑みました。
「馬鹿だねお前」
一度目に告白した時と男鹿の反応は随分違っていましたが、なんとなくこちらの彼の反応の方がよっぽどしっくりきました。
俺はありったけの愛情を込めてキスを再開しました。言葉より視線より即物的な行為の方が俺には合っています。上下の唇を吸って、舌を絡めると、男鹿も受けてくれました。彼の耳が赤く染まり、瞳が少し潤んできた時に俺は唇を離しました。男鹿の硬いものがさっきから太ももに当たり、そこが気になって仕方がありません。いや、俺のもビンビンなんですけどね。
「ねぇ獅子原。俺のをここで受け止めてくれる?」
男鹿はそう囁き、俺の唇の隙間に人差し指を入れてきました。俺は興奮で頭が沸騰してしまい、乱暴に眼鏡を投げ捨てました。
俺は何度も繰り返した妄想を思い出します。
ほら。今現実になっています。
俺は彼の前に跪いてちんぽをしゃぶっています。俺を見下ろす彼の目は、さもしくしゃぶる俺を嘲笑しているようで、けれど口に頬張るちんぽからカウパー液が溢れてきて、舌は痺れ、蔑まれつつも俺の愛撫でそうなったことに純粋な喜びを感じる俺は酷く滑稽で。
俺はしゃぶりながらも忙しなく自分の股間のジッパーを下ろしました。俺のものはもうはちきれそうで、男鹿のもの以上にカウパー液でねちゃねちゃで、俺は倒錯的な感覚に囚われながら右手を動かします。
「もう、行くよ?」
男鹿の声は穏やかで、それと真逆に腰が激しく前後しました。俺の口は激しく犯され、せりあがる嘔吐感を必死で堪えました。そして彼が射精する時に口を離したのです。
目の前で、彼のちんぽの穴から白濁した液が大量に溢れてきました。
ああ俺は日々の妄想通り、溢れる精液を口を開けて受け止めました。俺自身も同時に射精していて、痙攣する全身に翻弄されながらも、口と顔に男鹿の欲望をたっぷりと浴びることができたのでした。
嫌悪感のある匂いに包まれながら、ぼんやりとその場に座り込んでいると、揶揄するような声と共に、口元を触られました。
「美味かった?」
俺がこの無粋な台詞に苦笑して見返すと、彼は空気が違うことを悟ったのか「怒ってる?」と聞いてきました。
「怒ってねぇよ」
「嘘ばかり。不満があるんだろう。はっきり言ってくれないと俺は分からないよ」
またそういうことを。彼は本当に鈍感です。
「お前、また俺を怒らせたいのか?」
俺は袖口で顔と口元をぬぐって立ち上りました。虚をつかれた男鹿はたじろぎ、そんな彼を俺は力いっぱい抱きしめてやりました。
「好きってことだよ。いい加減分かれよ、それぐらい」
男鹿はまたドアに背中を打ちつけました。彼の耳は真っ赤になっていて、ただ「そうか」と呟きました。その声は少し擦れていて、俺はようやく気持ちが伝わったと実感したのでした。
家を出て行く男鹿を見送る時、彼は一度だけ振り返ると「一週間後待ってる」と笑ってくれました。その笑顔は温かく、俺は嬉しくて離れていく彼の背中にずっと手を振っていました。
男鹿が向ける笑顔に嘘はないと俺は信じているのです。今はそれだけで充分です。徐々にその笑顔が多くなっていくように努力したり、話し合っていくのもこれから楽しみなのです。
きっとまた彼の言動に苛々することがあるでしょう。もしかしたら再び俺が爆発するかもしれません。その度に男鹿は俺の過ちを叱ってくれるに違いありません。
俺なんかのために何かをしてくれるというだけで、俺は嬉しいのです。感謝しているのです。
そんなあなたに、恋をしてるんです。
了
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おまけ↓
獅子原「好きなんだァー!」
男鹿「嬉しいよ」
獅子原「だから好きなんだって」
男鹿「うん、ありがとう」
獅子原「・・・・・・」(なんか違うと感づきはじめる)
…つづく?(笑)