※このページは郁カイリのホームページの一コンテンツです。
以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

上司と部下とガーベラと

1/4

 昔から人に嫌われていた。こういうと非常に被害妄想的であるが、残念ながら今だ未婚であるのと友人らしい友人がいないことから、それは真実であると言わざるを得ない。しかしながら、勉学と職務というのはコミュニケーション能力をほとんど使わない為、自分でいうのも何だが好成績を収めてきた。社会というものは、一日中仕事ばかりしても真面目だと捉えてくれて、決してそれ以外の能力が欠落していると思われない。実に私にとって居心地のいいところである。特に、伝票と帳簿ばかり一日中眺めている経理職は私の天職ともいえた。しかし、それが私一人で回る規模の支社であれば、の話であるが。
「鏡、君のとこの迫田くんから退職届けが出たよ。いい加減、部下が辞めていけば自分が大変だってことに気づいたらどうだ?」
 総務部長が私に電話を掛けてきた時、私は丁度迫田が入れてくれたお茶を受け取ったところだった。彼女は無口で私が言うことにも「ハイ」と言って黙々とこなす女性だった。私も色々経験して、失敗しても怒らないように努力してきたつもりだった。今までで一番巧くいきそうな予感がしていた矢先でこの始末。一体どうしたらいいのかまるで分からなかった。
 私は電話を切って、迫田が入れた茶を飲んだ。薄くてまずかった。
 色々と彼女に聞きたいことがあったが、とりあえず目の前の仕事を終わらせることに集中することにした。結局考えたところで私が出す結論は間違いだらけだということなのだ。それなら裏切らない仕事に力を注いだ方がいい。給料を貰っている以上、私は企業に雇われ、結果を出すことが全てなのだから。
 私が課長をしている総務部経理課は、給料計算、経理事務を行っている。決算期以外は、本当に毎日毎日伝票ばかりを書き、請求書を眺めるだけの仕事だ。
 部下は三人いる。
 一人は篠塚という役立たずの優男で、簿記というものを分かっているかも疑問な男だった。専務の甥っ子で、誰もが腫れ物に触るように扱うために増長して手を焼いていたところ、人材不足の我が部署に放りこまれた経緯がある。徹底的に叱りつけ鍛えているところだが、おかげで最近は返事もしなければ目も合わせない。最もいなくなって欲しい人間の一人だが、どういうわけか全くやめる気配を見せぬまま五年目に入った。
 もう一人は、三年目の酒見である。大舞台には全く向かない気の弱い男で、私が叱りつけると、まるでネズミのごとく小さくなって小刻みに震えてしまう。だったら失敗をしないように注意すればいいものの、毎回似たようなミスを犯す。私の血圧は上がりっぱなしで、いつか酒見の為に血管が切れそうな勢いである。この男もどういうわけかやめる気配がない。
最後の一人は、退職届けを直属の上司を無視して上層部に持っていった紅一点の迫田で、この経理課の中では一番仕事ができた優秀な部下だった。外見は地味で陰気だったが、私語が少ないのは非常によかった。彼女には本当に頑張って欲しかったのだが、一年ともたずいなくなることになる。
私はもう一口まずい茶を飲むと、仕事を黙々とこなしている迫田を見た。口元が歪んで震えていた。笑っているようにも見えたが、退職届を出して私を馬鹿にしているのか、それとも何か思い出し笑いをしているのか、はたまた元々ああいう口の形をしていたのか、皆目検討がつかなかった。おそらくこういうところが部下が離れていく原因なのだろうと思う。私はデスクの上の書類ばかり見すぎているのだ。部下の扱いが巧い人間というのは、きっと数字や書類より人間を観察するのが好きに違いない。
私は脳の端でそう思いながら、この日も篠塚を三回怒鳴り、酒見に書類を叩きつけ、迫田の入れた茶を残した。相変わらず仕事は進まず、今日も残業になるのは確実だった。命令したところで残ってくれる部下などいやしない。私は次々と遠慮なく退社していく部下の背中に「お疲れさん」と乾いた声を掛け、またデスクに視線を下げたのだった。
 
「鏡?」と、名前を呼ばれて顔を上げると、壁の時計が深夜十二時を示しているのが目に入った。思わず窓を見ると、暗闇のガラスに自分の顔が映っている。
 今日もまた気づけばこんな時間である。その割には思った程仕事は進んでいない。請求書の発行は毎月二十日。パソコンから打ち出したままで放置されているものを一枚一枚封筒に収め、郵便料金後納の判子を押し、総務の郵便用の箱に放りこまねばならない。
「お疲れ様です」と私は内心うんざりしながら反射した自分の顔に向かって言った。本当は経理課の入口に立つ男に言ったのだが、自分自身への慰めも兼ねて。
「おい、自分に向かっていっているのか?」
 苦笑の混じった声を発したのを聞いて、私はようやく男に顔を向けた。
 総務部の部長である椎名に。
「さあどうですか・・・」と私が曖昧に答えて眼鏡を上げると、椎名は相変わらずの余裕に満ちた瞳を湛え、手にぶら下げているコンビニの袋を私に見せた。
「毎日ご苦労だな。どうせまだ帰らないのだろう?ちょっと休まないか」
 椎名はこちらの意見も聞かずに経理課に入ってくると、近くのデスクから椅子を持ってきて、私のデスクの前につけた。
 うんざりしているのは仕事のこともあるが、この部長の椎名もかなりやっかいであった。応援しているのか、邪魔しに来ているのかよく分からないが、毎日私の残業中に現れては、一緒に夜食を食べていく。私より少し上の四十後半で、一番の出世頭といえた。機転がよく利き、よくいえば頭がよいし、悪く言えばずる賢かった。人の使い方が巧く、私と違って部下の評判もよかった。迫田が彼に退職届けを出しにいったのも納得できなくもない。
「まあ喰え」
 椎名はそう言って、コンビニのおにぎりを私の手に押し込んだ。鮭といくらで、少々塩分過多な組み合わせだった。私が不服に思いながらも一つにかぶりつくと、椎名は苦笑しながら煙草に火をつけていた。
あたりは精密機器の稼動音と椎名の紫煙を吐き出す吐息ばかりが響いていた。私はそれらをBGMに、おにぎりを腹に収めて仕事を続けた。椎名は私の仕事に手を出してこない。ただ静かに見詰め、ただひたすら私を待ち続ける。捕らえ方によっては酷く嫌な上司だが、彼は私の作業が遅かろうが早かろうが一言も文句を言わなかった。ただ、いつも深夜一時を過ぎると口にする言葉がある。私に向かって囁くように。
「もう終電は過ぎてしまったよ」
確かに私は電車通勤で、この時間を過ぎれば家に帰れないことは決定するが、わざわざ時刻を教えてくれているわけではあるまい。一体どんな謎かけなのかこの日も全く理解できずに、ようやく請求書の封筒詰めに入った時はもう一時半を過ぎていて、椎名は五本の煙草を吸い、私は目の疲れを覚えて眼鏡を外すと目頭を押した。
「好きだ、鏡」
 ふとそんなことを言われて視線を向けると、彼は困ったような悲しそうな複雑な表情で私を見つめていた。
「・・・ありがとうございます」
 冗談なのか本気なのか私には判断がつかなかったのでとりあえずそう返事をした。きっと椎名も疲れているに違いなかった。部下の扱いも知らず一人仕事を抱えて膨大な残業代が掛かっている男がきっと哀れに思えてそう口走ったのだろう。似たような年月を仕事に費やして、どうしてこうも立つ場所が違うのか。椎名は要領よく出世コース。私は右往左往してようやく課長どまり。しかもやっていることと言ったらヒラの時と少しも変わらない。何をやっているのか。私は知らず知らずのうちに自嘲していた。緩む口元を隠すことなく、私は封筒の口を全て閉め終えたのだった。
「そろそろ終わりそうだな」
 椎名は私が封筒を束ね始めたのを見て椅子から腰をあげた。短くなった煙草を空いたコーヒー缶に入れ、椅子を元通りの場所に戻す。喰い散らかしたコンビニのゴミを分別し、背広についた煙草の灰を払う。
 私はお疲れ様でした、と彼の背中を見送り、後片付けをし、ニ時には事務所の電気を消して鍵をかけ、近くの漫画喫茶で仮眠を取る。
 そう、いつもなら。
「部長」と、どういうわけか私はこの日、彼の背中に声を掛けた。姿勢のいい上背が一瞬強張って、ゆっくりと彼は振り返った。
「なんだ?」
 光の加減だろうか。出入口付近で振り返った椎名の顔には少し影ができていて表情が読みにくかった。
「部長は電車ですか?」
 一瞬なんのことか分からなかったに違いない。彼は少し目を丸くすると、ようやく私の言葉の意味が分かったのか「いや、車だよ」と言った。「電車通勤は君だろう」
 そう。私だ。
「部長は明日公休ですか?」
 椎名は珍しく饒舌に質問を繰り返す私に不審感を覚えたのか、少し気難しい顔をした。「休みは君の方だろう」
 そう。私だ。
「どうした?何がいいたい」
 ポケットに両手を突っ込んで、私に対して斜に構えているその姿は相変わらず飄々としていて、先程口走った言葉が幻のように思える。私は一体彼から何の言葉を引き出したくて声を掛けたのか。
 私は眼鏡を押し上げると、ようやく椎名に向かって「お疲れさまでした」と頭を下げた。
「ああ」
 彼は少し小首を傾げてそう頷き、立ち去りかけたが、ふいに「ああ、そうだった」とまたこちらを振り返った。
「今日の夕方、迫田くんから色々話を聞いた。今度時間ができたら話しよう」
 色々、という言葉に私は少し引っかかりを感じた。何だか聞きたくないような気もした。それが私の行動を遅らせたようで、こちらが口を開く前に椎名の背中はドアの向こうに消えてしまっていた。
 
 朝を迎え、私はいつも通り漫画喫茶の個室で目を覚ました。毎日のように利用している為に顔なじみになった店員に「おはよう」と挨拶し、勘定を払って外に出た。外は少し肌寒かった。こういう風に迎える朝というのは本当に複雑な気分で、朝まで酒を飲んで店から出た時のそれに似ていた。決して爽やかなものではなく、疲労と高揚と後悔が体内を駆け巡り、凛とした朝の空気と太陽はそんな私を責め続けた。
 重い足を引きずり駅のホームに立ち、私は自分の家への電車が来るのを待った。こんなビジネス街の始発に乗る様な人間は私と同じような仕事馬鹿か、アルコール漬けの人間だけのように思われた。
一陣の風を載せて一つの電車がホームへと入ってきた。出勤にはまだ早い時間なので人の入りはまばらだった。私は電車に足を踏み入れ、空いている席に座ると、また泥沼のようにずぶずぶと睡眠をむさぼるのだった。
夢を見た。
いつものように机に座って伝票を整理し、目の前には煙草を吸っている椎名がいる見慣れた光景だった。夢なら夢らしく、違うことでも起こればいいのに、と私は夢の中で思っていた。いや、逆だ。夢だからこそ聞けることもある。
「部長、どうしてあの時あんなことを言ったんですか?」
「あんなこと?」
「私のことを好きだとおっしゃった」
「なにいってる。おれはそんなことは一言も言ってない」
 日焼けした快活な笑顔が瞬く間に歪んでいき、私はどういうわけか少し、傷ついていた。

 ふと目を開けると、目の前には多くの人間がつり革につかまって揺られていた。私はこの見慣れない風景に動揺したが、平静を装って自分の腕時計を見た。確か電車に乗ったのは六時半くらいの始発だったはずなのに、驚いたことに針は七時を指していた。私の降りるべき駅は当の昔に過ぎていて、あろうことか折り返していた。
 空気が淀み、色々なニオイがしていた。酸素自体が足りないのではないかと思えるほど息苦しかった。皆、無表情で電車に揺られていた。どの顔も疲れていて、この一日に何の喜びも楽しみも期待していないようだった。
 私は少し眼鏡を上げて髪を撫でると、また再び目を閉じた。先程一瞬見た夢が気になって仕方がなかった。椎名はあのとき、確かに私に向かって「好きだ」と言ってきたはずだったが、今となっては自信がない。実は夢だったり、妄想だったり、何だかその方がよっぽど真実味があるような気がした。結局今度は一睡も出来ずに私は降りるべき駅に降りた。
 朝の九時近くになって私はようやく帰宅することができた。万年締めっぱなしのカーテンで薄暗い部屋は妙に心地よかった。少し湿って肌寒い、そんなコンクリートのような冷たさが私にはお似合いだった。
 スーツを脱ぐと私はそのままベッドに横になったが、電車内で質の悪い睡眠を取ったせいかちっとも眠気がわいてこなかった。私は時間を持て余し、昨日読み損ねた新聞を隅から隅へ目を通して、普段見もしないワイドショーをぼんやりと眺めた。仕事中毒になっている人間というのは大抵趣味というものがないに違いない。結局仕事以外にすることがないから、それに依存し、それにしがみ付く。きっとプライベートが充実している方が、仕事も何もかもがうまくいくような世の中なのだ。例えば、椎名のように。
「私はおかしいな」とぼそりと呟いた。なんだか先程から彼のことばかり頭に浮かぶ。
 私は眼鏡を外してテーブルの上に置くと、思わず笑った。そして着ているものを全て脱ぐと、シャワー室に入って頭から熱い湯を浴びた。
 私は昨夜から浮かれていた。自分が見上げてきた相手に好かれていることに純粋な喜びを感じていたのだ。夢心地というのは大げさではなく、明らかに彼の一言で私の心は浮ついている。私は結局人に飢え、愛情に飢えてきた人間なのだと痛感する。相手が女だろうが男だろうが、結局は自分を愛して欲しかったんじゃないか。頭を撫でて欲しかっただけではないか。私は自分の単純さに行きつき、また自嘲し、そして切なくて顔を手で覆い、しゃがみこんでしまった。背中から後頭部にかけて降り注ぐシャワーは温かいはずだったが、まるで雨のごとく私の心と身体を冷やし、そして私を孤独のどん底にまた叩き落としたのだった。
 翌朝は想像通り最悪の目覚めだった。習慣となっている寝酒の量は変わらないはずだったが、昨日は相性がよくなかったらしい。私は髭を剃りながら、目の下に浮かんだクマを眺めた。元々よくない血色が益々悪くなり、病人のようだった。
 いつもより一本早い電車で会社に向かったが、この時間帯は利用者が少ないらしく大層楽だった。席に座ることもできたし、新聞も読むことが出来た。道を歩いても人通りはまばらで、実に爽快だった。目覚めの最悪な気分が一転した。
 私のそんな感情に影を指したのは、二十四時間営業の牛丼屋の前を通った時だった。もともと胃弱な私は、早朝から牛丼を平らげる人間の気が知れなかった。今日も胸焼けをおこしながらもチラリと店内に視線を走らせた時だった。見慣れたスーツの男がいた。
 椎名だった。
 狭いカウンターで小さく折った新聞を眺め、口には煙草。真剣に記事を読んでいるらしくこちらに気づく様子がない。
 私は迷った。声を掛けるべきか。いや、掛けてどうする。私は一昨日の言葉にまだ翻弄されていた。ゆっくりと歩は進めていたが、視線を椎名から離すことができなかった。心の中で気づけ、と念じている自分がいた。彼が私に気づけば、私は仕方なく彼に挨拶にいける。そう思った。しかし彼は私が店を通り過ぎても気づくことなどなかった。
 なにをしているのか。
 私は眼鏡を押し上げると、何度と分からない自嘲をした。どす黒い感情が胃に溜まっていくのを感じた。それは蛇のようにトグロを巻いて確かにその存在を私に示したのだった。
 会社に着き、いつもは施錠するために使う鍵を今日初めて開錠に使用した。誰もいない所内は冷たく一昨日と同じだったが、日の光がブラインドから差しているだけ気分が違った。私は真っ直ぐ経理に向かって、いつもの席に腰掛けた。すっかり私の形になった椅子に身を任せるのは苦痛どころかリラックスできた。私は完全に仕事中毒らしい。くるりと椅子を回転させて、座ったまま真後ろのブラインドを空けると、いつもの日常がそこにあった。違うのは真っ先に来ているはず椎名が隣の部屋で煙草を吸っていないことだけだった。
 私は早速パソコンの電源を入れ、その起動の間に伝票と領収書を眺めた。決算期は三月。それまでに伝票の入力と試算を出すのが経理課の仕事だった。上層部は毎月のデータを出せと言い、各部署は書類の提出期限を守らない。この支社の規模が拡大するにつれて、私は自分自身の能力の低さを実感する。仕事の処理能力もそうだが、何よりも部下教育。今いる人間が私と同等、いやそれ以上の動きを見せればきっと回るのだ。計算上は。
 私は伝票書きをしていた手を止め、眼鏡を外した。こめかみを指で刺激して、目頭を押す。最近、偏頭痛に悩まされることが多くなった。寝不足が原因か、それともまともに横になって寝ていないからか。いや、その両方かもしれない。そもそもただの頭痛だという楽観的な発想が出来る年でもないから、もしかしたら大病かもしれない。私はそんなことをうだうだ考えながらも椅子から立ち上がった。
 どちらにしても心配してくれる人間などいやしないことにふと気づいて、私はまたやりきれない思いになった。やれやれ、我ながら救いようのない性格をしている。
 洗面所で顔でも洗おうかと事務所を横断している時に、何か聞こえた。一瞬パソコンの起動音かと思ったが時計に目を向けて納得した。誰かが出勤してきてもおかしくない時間だ。私は気にせず廊下に出るノブに手を掛けた。その時。
「マジで気づいてないのよ、毎日飲まされてるのが雑巾の絞り汁ってさ。ホント、ああはなりたくないったら!」
 そんな甲高い笑い声と共に、私の手からノブが消え、ドアが向こう側に動いた。
 この空気を何とあらわしたらよいのだろうか。目の前には笑いを張り付かせてこちらを見上げる迫田の顔と、ぎょっと目を見開いている他の部署の女性がいた。私は至極冷静に彼女達を見下ろしていた。彼女の顔は段々白くなっていき、口は酸素を欲する魚のように動いていた。
「なんでこの時間に」とその形は言っていた。
 私はどんな顔をしていたのか分からない。ただやたらと頭の芯が冷えていて、ゆっくりと彼女達の脇を通り過ぎ、予定通り顔を洗いに行った。長く感じる廊下を歩き、洗面所の蛇口を捻る。冷たい水が勢いよく出、排水口に吸い込まれていった。私はただそれを呆然と眺めた後、視線を上げた。少し汚れた鏡に目の下に隈を作った痩せた男が映っていた。私がじっと見詰めていると、彼は不思議と笑みを浮かべた。私が訝しげに眺めていると、彼はなおも笑っていた。
 その達観したような顔が腹立たしくて、私は思い切りその顔に拳をたたき付けた。彼の笑みはひび割れ、赤い飛沫が舞った。私の拳はじんじんと痛み出し、その痛みに私は腹を抱えて笑い出しそうになった。

template by AZ store