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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

すべては熱のせい

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 男なら誰でも夢見るシチュエーションというのが存在する。自分が急病になったときに看病してくれる可愛い彼女だったり、エロい看護婦だったり。「おかゆ作ったんだぁ」とか言っちゃって、傍らでふうふうしてくれて「あーんして(はあと)」なんていうのが理想だ。その後彼女のはちきれんばかりの太ももを撫で上げて、ぬるぬるになった穴に指を・・・。
 おや、おかしい。いつのまにポルノになったんだろう。まあいい。とにかく俺はそういうシチュが好きなのだが、どういうわけか今現在、男の見舞いの為にコンビニで買い物をしている自分がいる。それというのも、あのバカが夏風邪をひいた為だ。
 俺がバカと罵った愛甲という同僚は、イケメンで仕事ができて、女にモテて、けれど男からも嫌われていないというまさに理想像の男だった。スーツを着ていると華奢に見えるのに、脱ぐと結構いい身体をしているのも嫌味で嫌だ。と、まあ思わず愚痴ってしまったが、そんな男は同期であるのを切っ掛けとして今や飲み友達である。友人となって分かったことは、愛甲は外面がいいだけで普段は非常にだらしのない男だということだ。平気で人前で屁はするし、鼻くそはほじるし、会社の女たちが知ったら卒倒するような行動をする。俺が嫌味なイケメンと付き合っていけるのもこの本性を知っているからと言っても過言ではない。
 そんな愛甲が風邪で休んだと聞いて、同僚の女どもは色めきたった。お見舞いメールを基本として、ヤツが溜め込んでいた仕事を代わりにやるコまで現れた。俺のを手伝ってくれよ、と密かに思いながら仕事を終えて帰る頃になると、実際に見舞いの算段をしているコたちに遭遇した。それは逆効果だ、と俺は頭を抱えた。ヤツは自分が弱っているところを見られるのを極端に嫌う。主導権を握られるとプライドに傷がつくタイプだ。
 俺は逡巡したが、やれやれとため息混じりにそのコたちの説得を開始した。アイツのためというより、彼女らをとめなければ後日何の嫌味を言われるか分かったもんじゃない。
 ようやく説得を終えて一息ついたところで、メールを受信した。どうやら一足遅かったらしい。愛甲から来たメールは、たった一言。
「部屋にいる女を追い出してくれ」だった。
 そんなこんなで俺はコンビニ袋をぶら下げて愛甲の家に向っている。白亜のモダンなアパートの階段をのぼっていると、何だかいい臭いが漂ってきた。どうやらどこかの家でビーフシチューでも作っているらしい。やれやれ、俺もそんな料理を食べたいもんだよと苦笑いを浮かべながら歩いていたが、愛甲のドアの前に立ってもその匂いは薄まるばかりか濃くなる一方だった。
 まさか病人にビーフシチューなんか。
 はは、と半笑いを浮かべながらベルを押す。もし匂いのもとがこの部屋だったら、そりゃあ追い出したい女なのかもしれない。愛甲に同情していると、「はーい」と可愛らしい女の声と共にドアが開かれた。きれいな下ろしたてのエプロンをしていて普段下ろしている髪を後ろで束ねていた。目が大きくて睫毛が長くて、唇はグロスでぬらぬらと輝いている。つまりは俺のよく知っている女だった。
「あれ、白石さん?来てたんだ?」
 俺はすっ呆けてそう笑った。
 愛甲め。俺が白石さんが好きだと知っていてこの仕打ちか。なんだよ、可愛いぜ、ちきしょう。何が不満だ。白石さんが見舞いに来て、ご飯作ったよ、なんて言われてるのか。ふうふうしてあげる、なんて言われているのか。もう太ももに触ったか、あそこに指突っ込んだか?
 俺は内心愛甲に対する憎悪を募らせたが、部屋に上がって鍋いっぱいのビーフシチューを見た瞬間、一気にテンションが下がった。
「なんだ高嶋か。何しにきた」
 自分で呼び出しておいて飄々と言い放つ声の主を見れば、嫌味な発言とは間逆な顔色をしていた。上体を起こしてはいるが、本当は横になって眠りたいはずだ。しんどくてもああいう体勢でいるのは明らかに白石さんに対する見栄でありプライドだった。
 くだらねぇ意地はりやがって。
 俺はコンビニの袋をテーブルに置くと、軽く白石さんと会話をした後に説得を開始した。社内でも俺と愛甲が友人であるのは有名であったので容易い作業だった。要するに、君に風邪がうつるといけないし、愛甲はプライドの高いやつでこんな姿を君みたいな美人に見せたくない男なんだ、云々。最後には愛甲自身がとどめを刺す。
「ごめんね?」
 弱々しい声で愛甲に謝られたら、女はイチコロ。白石さんは「ううん」と首を振ってエプロンを取ると「早く元気になってね」と腰をくねらせながら言う。
「うん、君のビーフシチューを食べたら元気百倍だよ。今日はありがとう」
 精一杯の虚勢が眩しい。愛甲、お前震えてるぞ。自覚あるか?
 白石さんはそんな愛甲の姿に気づくこともなく、結局大量のビーフシチューを残して部屋を立ち去っていった。ドアが閉まり、俺が鍵を掛けるのを見届けるなり、愛甲はありったけのデカい声で「あーッ、もうッ」と喚き出した。
「捨ててくれ、匂いを嗅ぐだけで吐きそうだッ」
 そして頭から布団を被る。さっさと寝たかっただろうにお前はよくやったよ。
 俺はベッドルームに入って布団をめくってやった。じとっとした目つきの愛甲がこちらを見た。頭にのっている冷却剤はもう温くなっていて、俺は額に張り付いている前髪を掻き分け、コンビニで買ってきた新しいものと取り替えてやった。
「お前、今日は妙に優しいな」
「俺は普通。お前が弱ってんだよ」
 苦笑して言ってやると、愛甲はそうかと呟いてもぞもぞと布団を手繰り寄せていた。
 ベッドサイドのテーブルには、白石さんがふうふうしていたであろうビーフシチューの小皿が置いてあって、その隣には薬袋が置いてある。
病院嫌いの愛甲が受診したのを知って俺は眉を潜めた。よほどしんどかったと見える。
 薬袋の中身を確かめると、解熱剤として坐薬があり開封した形跡もある。薬をきちんと使っているなら明日には熱も収まってくることだろう。
 しばらく愛甲の様子を眺めていたが、時計を見るともう八時で、腹の虫がぐうと鳴った。何となく隣の部屋に行くのがはばかれたので、俺はベッド脇の床に座り込み、置きっぱなしになっているビーフシチューの小皿に手を伸ばした。持ってみると結構な重量だ。ささったままのスプーンで具材をすくい、口に運ぶ。美味い。俺は空腹も手伝ってあっという間にその皿を平らげると、いつの間にか寝返りを打っていた愛甲と目が合った。
「お前、うつっても知らないぞ」
 言われて思い出した。そういえば愛甲の食べかけだった。「美味かったぞ」
「そりゃよかったな。鍋いっぱいくれてやる」
 軽口を叩く顔は真っ青で寒そうに身体を丸めている。俺はその姿を見るに見かねて立ち上がると、愛甲のすがるような視線を浴びながら辺りを見渡した。予測をつけてクローゼットの扉を開けると、上段の方にきれいに畳まれた毛布がある。少しは寒気が収まるだろうかとそれを引っ張り出して愛甲に掛けてやると、ヤツはぼそりと呟いた。
「あー分かった」
「分かったって何が?」
「人間ってしんどい時に優しくされると、すげぇ泣けてくるのな」
 見ればホントに愛甲の目が潤んでいて、横を向く自虐的な笑顔と共に目頭から涙が流れていった。
「ば、っか」
 俺は動揺してしまって絶句したが、突っ込みを入れるのもどうかと思いなおし、よしよしとヤツの頭を撫でることにした。やわらかい髪の毛をかき回されて愛甲は気持ち良さそうに目を閉じたが、次の瞬間言いにくそうに口を開いてきた。
「なぁ、こんなことホモみたいで言いたくないんだが、ちょっとの間ここにいてくれないか?」
 どうやら本当にこいつは弱っているらしい。もともと一人が嫌いなタイプではあるのだが、こんなに露骨にアピールする人間ではない。
「しょうがねぇな」 
 俺は何だか弱々しい愛甲が可愛くてそう言ってやった。いつもの生意気で偉そうな男とは思えない。
「心配しなくても今日は泊まってってやるよ。熱に浮かされたお前を肴に酒でも飲んでる」
「病人に言うセリフかよ」
 目を閉じたまま弱々しく笑った愛甲の涙を拭ってやり、俺も笑った。「さぁ寝ちまえ」
「ああ」
 愛甲が頷きながら布団から手を出してきたのを見て、俺は何も言わずにその手を握り返してやった。ずっと見詰めているのも気まずいだろうと思い、ベッドに背中を預け後ろ手に握ることにした。指だけが引っ掛かっている状態だったが、繋がっている部分が燃えるように熱かった。不思議なことにヤツが寝息を立て始めるまでの数十分、俺は全く暇だとは感じなかった。
 しんと静まり返った部屋に愛甲の静かな寝息が聞こえてくると、俺はこの状況のおかしさにようやく気づいた。急に息苦しくなってネクタイを緩めると、愛甲の手を振り払って立ち上がった。毛布が入っていたクローゼットを開け、スーツとネクタイをハンガーに掛ける。隣には普段愛甲が着ているグレーのスーツが掛かっていて、奴のいつものキザな仕種を思い出し、俺は少し笑うと、静かに観音開きの扉を閉めた。
 愛甲が寝ているのをもう一度確認して、パンツ一丁でリビングに向うと、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。腰に手を当てて一気に煽り、いつもは座ることを許されていないソファーに勢いよく腰を下ろす。
 そーか、そーか。こんな座り心地か。
 俺はガキのように飛び上がりソファーの弾力を楽しむと、バラエティ番組を見て笑いながら酒を飲み続けた。飲まずにいられなかったというのが本音だが。
 缶ビールが二本空いたところで眠気が出てきて、時計を見ると十二時を回っていた。そろそろ寝ようかなとソファーから腰を上げる。リビングの電気を消してベッドルームに戻ると、淡い光の室内灯に照らされた愛甲が眠っていた。相変らず背中を丸めて猫の様に寝ている姿を見て心配になった。
「まだ寒いのか?」
 俺の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、愛甲は呻くように「ん」とだけ言って一つ寝返りを打った。その時布団がまくれ上がって背中が丸出しだ。
「ばかじゃねーの」
 寒い、寒いと言って背中をさらしていたんじゃどうにもならない。
 俺は全身を巡るアルコールと眠気のせいもあって、何の躊躇もなくベッドに上がり込むと、愛甲を背中側から抱きしめてやった。奴の身体はやっぱり燃えるように熱くて、けれどカタカタ震えていて、何だかホント保護欲が沸いてくる有様で。
「あぁあ、あったけぇ」
 寝言なのかどうなのか愛甲が幸せそうに呟いたのを聞いて、俺も何だか嬉しくなり、奴の体温と汗の匂いを嗅ぎながらいつの間にか深い眠りに落ちていった。

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