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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

お邪魔虫ですまん

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 最初に言っておくなら、俺は悪くないはずだ。
いや、確かに課長に言われていた仕事を忘れていたのは俺だが。しかし夜九時過ぎでも気づいて会社に戻ったのだから褒められこそすれ、非難される理由はないはずだ。・・・本来なら。
 オフィス街にある会社は、台風が接近していせいもあり夜九時現在照明も疎らだった。俺が裏玄関に入ると、警備室の男がのっそり顔を上げた。
「・・・こんな時間にどうしました?」
 社員証をおざなりに見て警備員は不思議そうに聞いてきた。俺は思わず苦笑し「実は明日までの仕事を忘れてて。ちょっと戻ってやりたいんですがいいですかね」と説明した。言っててウンザリしてきたんだが。
「そりゃご苦労さまです」
 同情を煽ったのか警備員の男はぺこりと頭を下げてきた。残業名簿にサインと時間を記入すると、俺の部署である十階の主電源を警備員が入れてくれる。各階ごとに電源が分かれていて、一階の守衛室で管理している為だ。残業届けを出さないと、ここから電源が落とされる。過去何度申告を忘れて未保存データを消したことか。
「たぶん十二時までには出れると思うので」
 俺は一応目安の終了時間を告げると、エレベーターに乗り込んだ。警備員が押したパネルを見たが、他の部署でも残業している連中が何人かいるようだった。ノー残業デーを設けても全然言うことを聞かん人間というのはいるものだ。まあ俺も含めて、だが。俺はこれからやる仕事の内容を思い出して苦笑した。明日の会議資料は経費節減に関する報告書で、もちろんその中にも光熱費の部分は含まれている。
 エレベーターが十階に着くと、真っ暗で非常口の緑の光だけが浮かんでいた。電気スイッチが壁にあるが、わざわざ通過する為だけに電気をつけることもあるまい。俺は手探りで壁沿いに歩き、自分の部署に入った。当然ここも真っ暗だったが、ごく稀にパソコンの電源を落とさずに帰る人間がいて主電源が入ったとたんに起動するマシンがある。数えたところ三台くらいか。
 俺はやれやれと思いながらも机の間を縫うように歩く。立ち上がっているパソコンの主を確認しながら歩いていると、ふと人の気配を感じて立ち止まった。咄嗟にしゃがみこんで暗闇に目を凝らす。
 ここから死角になっているが、応接スペースの仕切りの裏に誰かいる。
 まさか泥棒じゃあるまいな。俺が緊張しながらもゆっくりと間合いを詰めていくと、なんてことはない。暗闇の中、二人の男女が急に起動したパソコンに驚いて、ぼそぼそと何か言い合っていた。
 俺は内心舌打ちする。人が真面目に仕事をしにきてみれば、こんな場面に遭遇するとは。いい気なもんだな。いったい誰だ?あ?
 パソコンのディスプレイから放たれる光に照らされるは、一部の隙もない巻き髪、クルリと上を向いた長い睫毛。見間違えるはずなどない。なんとそれは愛しの白石さんだった。
 そんな彼女が困ったような顔で誰かと向かい合っている。
 一目で分かる高い鼻梁とスマートで足の長いシルエット。
 愛甲〜てめぇ。
 俺は嫉妬に燃えた。俺に見られているとは思ってない愛甲は辺りを見回し「大丈夫、誰もいないよ」とキモい声で白石さんを安心させている。
 俺はそのイチャつきぶりが腹立たしく飛び出してやろうかと思ったが、はたと我に返る。愛甲に対してはそれでいいかもしれないが、そんなことをしたら白石さんに恥をかかせるのではないだろうか。奴に文句を言われるのは慣れているが、彼女に嫌われるのだけは避けたい。
 なんとか愛甲だけに俺の存在を知らせる方法はないものか。
 俺が仕切りの影で考えていると、偶然奴がこちらを見た。暗がりで分かりにくいが視線が俺を向いている。きちんと見えているのか確認する為に、俺が腹いせに中指を立てると、奴は得意げににやりと笑った後、ぱくぱくと口が開いて「何しにきた?」と聞いてきた。俺が手振りだけで仕事だと表現すると、少し思案した後、奴は意地悪く舌を出した。
 ああ、そうだと思ったよ。お前がしおらしく女目の前にして退くわけないもんな。
 それからは奴の独壇場だった。ディスプレイの明かりに照らされて、二人は重なりあっていった。俺は目の前で繰り広げられる生本番ショーを指を咥えたまま眺めるはめになったのだ。
 奴は白石さんとキスをしながら器用にブラウスのボタンを外していく。はだけたブラジャーから乳房がこぼれたが、愛甲は微かに眉間に皺を寄せた。わかるぞその顔。俺の睨んだ通りCカップだったろ?次回の飲み代はお前持ちな。
 それにしても。と俺は床に胡坐を掻いてふて腐れながら暗闇に照らされる二人を眺めていた。
 ストッキングを脱がす姿も紳士だねぇ。
 ああん。
 うぁお。スーツ着たまま挿入しやがった。おい。どうだ愛甲。俺の白石さんは。いや、俺のでも何でもないんだけどさ。キモチイイんだろう?いいんだよな?
 蠢く二人の影。吐息に混じった甘い喘ぎ。 
 他の男が女性とヤッてる姿などAVぐらいしか見たことなかったが、照明が今は逆だ。デスクに寝そべる彼女の姿はほとんど見えないが、その上で愛撫する愛甲の姿はバッチリ見える。奴が彼女に笑い掛ける顔、手の動き、キスする姿。普段のアイツはセックスするときでも女性に格好をつけるようだ。いや、俺が見てるから余計に丁寧なのかね。しかし何だか随分キレイなセックスで思ったよりもつまらない。
 それじゃあ勃たねぇよ愛甲。
 俺が思わず、早く終わんねぇかな、と欠伸をしたところで奴と目が合った。
 ヤベ。
 明らかに愛甲はプライドが傷ついた顔をした。いや、お前は悪くないよ。だって肝心の白石さんの姿がね、ここじゃ見えねぇんだって。AVだって、男優だけ見てたって勃たねぇじゃん?それと一緒だって。今お前しか見えてないんだって俺。だから気にするな。などと色々言いたいことはあったが、身振り手振りで表現するにも限界があり、俺は持ち上げた両手を所在無く下ろした。すると、愛甲が微かに目を細め眉間に皺を寄せると「ぁ」と声を漏らした。視線は俺を見つめたままで、明らかに意図的なものだったが、その喘ぎで俺の一点が急速に熱を帯びた。
 淫らな腰使い。乱れて額に落ちている髪。俺はあの男の肌がしっとり濡れている感触を覚えていた。上気にする頬、濡れた瞳、震える長い睫毛。俺自身を包みこむ、熱くきつい肉の収縮を思い出す。俺は思わずズボンの上から自分の一物に手を添えた。熱く硬くなっていることを感じて我に返る。愛甲見ながら自慰にふけるなんて寒すぎるだろ。
 俺は先ほどとは別の意味で、早く終わることを切に願った。これ以上この状況が続くと、ヤツで抜きそうで怖い。だって俺の五感はどういうわけかアイツにピントが合っていて白石さんの下品な喘ぎ声より愛甲のかすれた息遣いの方がよっぽどクるものがある。
 そんな俺の敗北が愛甲に通じたのか、奴は得意げに笑みを浮かべると、再び白石さんに優しく向き合い始めた。
「あ、そこ、ダメぇ」
 いったいどんなマジックを使ったのか、愛甲が彼女に集中したと思ったら、白石さんがデスクの上でガクガクと痙攣し始めた。女性が絶頂を迎えるなんてAV以外に経験がなかったので俺は思わず前のめりになって観察してしまったが、どうやら演技ではないらしい。
 愛甲はその後紳士的に彼女をケアしていた。いろいろ睦言を言いながらアソコをきれいにし、身支度を整えていく。
 なんつー慣れた手つきだ。
 俺は感心しつつも呆れながらその光景を眺めていた。照れくさそうに制服を着る彼女に「またしようね」などと爽やかに囁ける男などこいつぐらいだろう。
 暗闇の中、白石さんをエスコートしながら出て行く奴を眺め、姿が見えなくなったところで俺は立ち上がった。硬い床に座っていたものだから尻が痛くて仕方がない。
 一つ伸びをして、先ほどまで二人がいたデスク周りに近寄ってみる。嫌な予感はしていたが、煌煌とついているパソコンの主は愛甲のもので、二人が寝そべっていたのは、通路を挟んで反対側の俺のデスクだった。
 俺はやれやれと椅子に座り、パソコンを起動する。左側に積み上げていた書類がなだれを起こしていて、うんざりしながらそれを直していると、徐に真上の電気がついた。眩しさに目を細めていると、隣には電灯の紐を引っ張りながらニヤニヤしている愛甲の姿。いかにも得意げだ。
「お前、自分のデスクの上でしろよ」
 ヤっていたことを責めても無駄なので、せめて場所を考えろと俺が言うと、愛甲は鼻で笑った。 
「お前の席の方が入口から死角になって便利なんだよ」
「あーそー」
「それより仕事だって?馬鹿だね今頃」
 愛甲は隣のデスクに尻を乗せると、脚を組みながら俺のファイルを眺め始めた。先ほどまで二人の下敷きになっていたもので、きっと生ぬるいに違いない。嫌だ嫌だ。
「明日の朝イチの会議で使うの忘れててな。早くきてやってもよかったんだが、台風のせいで電車遅れるかもしれんし」
「なるほど」
 俺のボヤキに納得した声を上げたが、愛甲は尻を上げようとしなかった。どういうつもりか分からないが、邪魔するつもりはないようなので、俺は作業を進めることにした。各部署から提出された光熱費削減案を見ながら数字を打ち込んでいると、隣の愛甲がとんとんと指でデスクを叩いているのが目に入った。
「帰っていいぞ」
 苛々しているようなので俺がそう言うと、奴はぴたりと指の動きをとめた。しかし動こうとはしない。
 なんなんだ?と思いながらも作業を再開すると、視界の端でまた指が動いている。気が散るので止めて欲しいのだが。
「おい、愛甲」
 集中できなくて声を上げると、奴は急に大声を上げ出した。いや、喚いたと表現したほうがいいかもしれない。俺がびっくりして固まると、眉を吊り上げてこう言った。
「お前にやらせてたら何時に終わるか分からん。どけ、俺がやる」
 愛甲はデスクから飛び降りるなり俺の身体を押しのけて椅子に座った。俺より三倍は早いスピードでキーボードを押す姿に立ち尽くしていると、奴はブツブツ言いながら説明してくる。
「ほらここの作業。どうしてお前はマクロを使わん?同じ作業ならその方が早いだろうが!ここのグラフの参照箇所ずれてるしよ!あと、このイルカ消すぞ。キュルキュルうるせぇ」
 最後のイルカはただの八つ当たりだと思うが、愛甲の作業は確かに効率がよかった。
「さすがは赤い彗星だな」
「ザクとは違うのだよ、ザクとは」
 愛甲はふふんと笑いながら仕事を進めていった。俺の方といえば、ぼけっと奴の作業を眺めているだけだった。全く何しにきたのか分かりゃしない。戻ってきてみれば、三流AVみたいなセックスを見せ付けられるわ、仕事はやってもらってるわ。
 気づけば俺は愛甲の耳から首筋までを眺めていた。ワイシャツから顎へと繋がるライン。夜なのに髭が伸びてない、あ、剃り残し発見。剃りにくいよな、ココ。
 俺は無意識のうちに奴の横顎の下に手を伸ばしていた。愛甲はびくと身体を震わせてこちらを振り返る。
「急に触るな」
「ワリ。珍しく剃り残しがあったからつい」
「え、どこ?」
 愛甲が自分の横顎を不思議そうに撫で出したが、位置が微妙に違う。傾けた顔に陰影が出来て、顎から唇までの完璧な角度。
「ココ」
 俺の人差し指が短い髭を捉えると、愛甲は「ああ」と合点が言ったように呻いた。しかし二の句を告げる前に俺の指が首筋を撫でたものだから、奴は言葉を飲み込んだようだった。ごくりと咽頭が下がる。
 ディスプレイに映る資料はほとんど完成していて、この分なら明日の朝でも充分間に合う。ここまで進めてくれた愛甲には感謝しきりだが、余った時間で楽しむのも一興ではないだろうか。

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