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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

プレゼントには赤いリボンを

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 正直おかしいとは思ったのだ。あの白石さんが仕事中に俺宛のポストイットをこっそり渡してきたり、そこに「昼休みに第五会議室で待ってます」なんて書いてあったり、どういうことかと彼女を見れば、目が合って「ふふっ」って笑いかけてきたらね、そりゃあ期待するってもんだろうよ。男なら!
 上手い具合に今日は愛甲が他社の打ち合わせで席を外していたもんだから、俺を遮る障害はなく、あれこれ妄想をいだきながらノコノコ会議室に行った俺を誰が責められよう。
 そこには、白石さんが椅子に座って待っていた。髪をアップにしていて、後れ毛がまた色っぽくて、「あ、ごめんね。お昼に呼び出して」と細い眉を寄せて詫びてくる。
「いや、それは構わないけど。どうしたの?」
 俺は内心の動揺を隠しながらも何気無く聞く、つもりがちょっと声が上ずったのを許して欲しい。
「実はね」
 白石さんが満面の笑みで切り出したのは、こうだ。
 実は、明日は愛甲の誕生日で、そのサプライズパーティを企画しているので手伝って欲しいというのである。パーティといっても白石さんと愛甲の二人きりの設定らしく、本日の0時を回った時に真っ先にお祝いしたいというのだ。しかも愛甲の家で。
「そ、それは無理なんじゃないかなー」
 俺は思わず目を泳がせた。本人不在のまま家に入るなんて犯罪だし、いくら俺が飲み友達とはいえ、在宅中以外に部屋に入ったことなど一度もない。第一あの秘密主義が簡単に鍵を貸すとは思えない。
「あ。相談したいのはそこじゃないの。ほら家で色々準備とかしたいから、それまで愛甲さんを引き止めておいて欲しいって話。そうだなー、九時ぐらいかな?」
「それは構わないけど」
 ちょっと待て。準備ってどうやって家に入るつもりだ。まさか愛甲の奴。
 俺の心を読んだように、白石さんは照れくさそうに笑いながら一つの鍵を俺に見せつけた。かわいいキーホルダーがついている。
「もらったの」
 へー。あー。ふーん。そう。
 俺は怒りを抑えるのに必死だった。いつの間にそういう仲になったわけ。あれか。やっぱり寝込んだ時のビーフシチューか?それとも夜中のオフィスラブか?あの後俺に貫かれて、あんあん言ってたのは誰だ。
「そ、そう。まあいいけどね」
「ホント?ありがと。高嶋さんっていい人だよね」
 にっこり笑った白石さんに不覚にもキュンとしてしまった。これで彼女が俺のことが好きならいうことないんだけどね!
 昼食時間が終わって、俺は会議室から自分の部署へと足を戻した。先ほどからムカムカが収まらない。いったい愛甲のどこがいいんだ。確かに俺よりいい男だし、仕事もできるし、人当たりも(表面的には)いいが、あいつの実態はひどいもんだ。少なくとも俺と飲むときは口を開けば下世話な話しか出てこないし、酒を飲みながら遠慮なくゲップはするし、屁はこくし、鼻くそをほじりながら俺の仕事の愚痴を聞いては、最後に「そりゃお前が悪いだろ」と嘲笑うような情のないやつだ。しかし、こいつはよくモテる。愛甲に言わせれば、俺が努力しなさすぎだというのだが、そんなことはないだろう。こいつがマメすぎるのだ。女性に対してはもちろん、上司や他の男性同僚たちにも細やかな気遣いをみせ、人を引き寄せる。
 自分のデスクに戻り、勢いよく椅子に座ると嫌な軋みが聞こえた。一ヶ月前に愛甲ともつれ合いながら床に倒れて以来どうも傾いているように感じるのは気のせいではあるまい。しかし新しいものを買ってもらうにも理由を説明できないのが辛いところだ。
「おい、眉間に皺が寄ってるぞ」
 ふいに後ろから声を掛けられてはっとした。危ない、危ない。最近生え際も気になるが、日に日に深く刻まれていく眉間の皺が悩みの種だ。
 振り返ると、出先から帰ってきたばかりの愛甲が馬鹿にしたような目でこちらを見下ろしていた。
「どう悩んだってお前の頭じゃ限界があるんだから諦めろよ」
 てめぇのことで悩んでんだよ!と文句の一言もいってやりたかったが、愛甲がモテることへの嫉妬心なので口をつぐむことにする。
「なあ、お前明日誕生日なんだって?」
 愛甲の席は俺の真後ろなので、くるりと椅子を回転させて聞けば、奴はこちらを見ずにノートパソコンを起動させているところだった。
「よく知ってるな。プレゼントはいらないぞ。明日はLCAを貸しきって皆がパーティを開いてくれるそうだ」
 LCAとは職場近くにあるクラブのことだ。あんなだだっ広いところを貸切だと?お前は芸能人かと文句を言えば愛甲はつらっとした顔で何人かの著名人の名前を挙げた。信じられないがメル友なのだそうだ。薄っぺらい関係だとしても羨ましい。
「それがどうした?」
 愛甲は取引先の情報をノートパソコンに打ち込みながら訪ねてくる。俺は奴の後頭部に向かって言ってみる。
「なあ、今日飲みにいかね?」
 手が止まり視線が動いたのに気づく。顔を傾けて「おごりなら」と口元を歪めてきた。
「んじゃ止める」
「なんだよ。いいさ。女もいない淋しい奴に付き合ってやるよ」
 最後の一言に引っ掛かりつつも飲みに誘うことに成功して俺は安堵した。第一段階は成功っと。あとは程よい時間まで飲み、いつも通りに愛甲の家に転がり込めばいい。そしてバトンタッチだ。俺は淋しく帰宅の途につき、あとは二人でお楽しみってわけだ。・・・なんだか納得いかないが、まあいい。白石さんに恩を売っておけば後日デートぐらいしてくれるかもしれないしな。
 仕事を定時で終わらせて俺たちは繁華街に繰り出した。行く店は決まっている。昔同僚だった奴が営業している居酒屋。ビールを片手にくだらないことを駄弁りながらメシを喰う。この日はモツ鍋だ。やっぱり冬は鍋だよな、などと独身同士ぼやき、仕事の愚痴を言い、上司の悪口に花を咲かせる。互いの女の趣味が悪いと言い合ったところで、俺は「あっ」と声を上げた。
 いつも通りのペースで飲み食いをしていて、すっかり忘れていたが、白石さんとの約束した九時まであと数分と迫っていた。彼女の悲しそうな顔が目に浮かぶ。いや、頬を膨らませてプンプンってやっているかな?
「ワリ。ちょっと電話」
 とりあえず遅れる旨は伝えておこうと、訝しげな視線を送ってくる愛甲を無視してトイレへと駆け込んだ。個室の鍵を閉めて電話を掛ける。
白石さんの携帯番号は社員名簿を見て登録してあったが、キモいと思わないでくれ。おかげでこうして連絡できるんだから。 
 電話に出た彼女は、番号を知っていることに少し驚いたようだったが、遅くなることに対しては想定内の出来事だったらしい。0時までには帰って来てくれればいいよ、あっさりとしたものだった。なんだか昼間の彼女と違和感を覚えたが、逆らう気は元よりない。さっさと解散しないと、最初にハッピーバースディを歌うのは俺ということになってしまう。勘弁してくれ。
 戻る前に長い小便をして席に着くと、愛甲は難しい顔をしたまま「まさかと思うが女か」と尋ねてきた。
「まあそんなようなもんかな」
 俺が曖昧に答えると、今度はゲロでも吐きそうな顔をして「物好きもいたもんだ」と温くなったビールを煽っていた。余計なお世話だよ。
 居酒屋を出たのは結局十時過ぎで、愛甲は珍しく悪酔いしていた。普段の奴ならシラフ同然でこの後バーのハシゴをするのだが。
「今日は帰る」
「そうだな。そうしたほうがいい」
 白石さんの約束云々を差し置いても帰宅した方がいいと思ったので俺は同意した。愛甲の家は繁華街の近くにある。終電まで時間もあったので家まで送るといえば「おう」と頷いた。それにしても大丈夫かコイツ。目が据わっているし、一人でまともに歩けないのか妙に身体を寄せてくる。図体がデカいんだから俺じゃあ支えきれんのだが。
 愛甲のアパートに着き、奴と二人で階段を上がっている時にどこかで嗅いだような匂いが漂ってきた。ビーフシチューだ。彼女、また作ったのかと呆れていると、酔っ払った愛甲がドアノブに鍵を差し込んでいるところだった。
 俺は愛甲の家の窓に視線を向けた。射光カーテンっていうのは問題だね。人がいても明かりが漏れないんだから。それにしても、彼女気づいているかな俺たちが今帰宅したこと。連絡いれるの忘れちゃったけど。
 愛甲がようやくノブを回してドアを引くと、明かりが外に漏れてくる。そして俺たち二人は目の前に広がった光景に絶句してしまった。
 玄関からの見えるリビングには、誕生日ケーキと大きなプレゼント。台所にはビーフシチューが入っているであろう大きな鍋。いや、それらは想定内だったのでよしとしよう。問題は白石さんの行動だった。
 彼女は愛甲を笑顔で迎えるでもなく、サプライズで驚かすこともなく、こちらに尻を向けていた。いや、誤解がないように言っておこう。正確には、四つんばいになって、リビングの更に奥にあるベッドルームで、その下にあるものを取ろうと必死に手を伸ばしているところだったのだ。ところがふいに我々が帰ってきたもんだから、実に間抜けな格好で振り返り、視線を合わせることになった。
 俺は隣の男が怒りに震えているのを感じ取った。見るのも恐ろしい。そりゃそうだ。本人不在の時に家捜しされている上に、もう少しで例のグッズがバレるところだもんな。
「なにをしてるんだ」
 愛甲がようやくその一言を呟いたとき、白石さんはイタズラが見つかった少女のように舌を出しながら立ち上がり、そして壁の時計で0時を回ったと知るや否や「お誕生日おめでとう!」とクラッカーを鳴らしてきた。ぱん、という乾いた音とカラーテープが飛び散って、彼女は楽しそうに手を叩いたが、俺は内心必死に叫んでいた。空気を読め、と。
 どう考えても今の愛甲は君を歓迎していないじゃないか。このピリピリした空気がどうして分からない?
「いったい、何をしているんだ。人の家で」
 愛甲はすっかり酔いが覚めたらしく、低い声でもう一度彼女に尋ねた。「いない間に入るなんて。犯罪だぞ?分かっているのか?信じられない」
 奴は、信じられないとうわ言のようにもう一度呟き、改めて白石さんに聞いてきた。「いったいどうやって入った?」
 俺は聞き捨てならなかった。もごもご言いにくそうにしている彼女に代わって言ってやる。大丈夫だよ、白石さん。家捜ししていたことはフォローできんが、君のサプライズ企画はフォローしてあげよう。
「お前、自分のしたことを棚にあげて何言ってんだ。合鍵を渡している以上、お前がいなくても家に入るのを許したってことだろう。それを今更」
 そう文句を言うと、愛甲ははぁ?と不愉快そうに顔を歪めて首を振った。
「どうしてお前にすら渡してないのに、付き合ってもいない彼女に渡す必要がある?ちょっと考えれば分かるだろう馬鹿が。それよりお前は知っていたのか、彼女が家にいること」
「え?ん?ま、まあ。え?渡してない?」
 俺は混乱して素っ頓狂な声を上げた。ちょっと待て。つまり愛甲は白石さんに合鍵は渡していなくて、でも彼女は実際に奴の部屋にいるわけで、それはつまり彼女が勝手に鍵を作ったということか?いつだ。まさか発熱で看病しているときにか?こいつが熱にうなされているときにこの女はそんなことをしてたっていうのか?
「し、信じられない。なんて女だ」
 俺は白石さんに対して軽蔑した視線を送った。かわいさ余って憎さ百倍?違うか。ドン引き?
 白石さんはうつむきながらも上目遣いで俺たちの反応をうかがっていた。なにその態度。そんな子猫ちゃんみたいな甘えた顔したってダメだから。俺は許してもたぶん愛甲には通じないから。この男、手を出すのは早いが、見切りも早い。そりゃあもう手のひら返したように。
「出てってくれ」
 能面のような顔をして愛甲は言い放ち、犬でも追っ払うかのように手を振った。彼女も今は退散した方がいいと悟ったらしい。しぶしぶ玄関で靴を履き出す。
 俺はドアを開放して彼女が出て行くのを見送ろうとした。いやー、女っていうのは怖いね。自分が悪いって言うのに、さも俺のせいだとばかりに睨みつけてくるんだもの。ま、怒った顔もキュートですけど。
 彼女が帰った後は何とも言えない空気が漂っていた。俺は玄関に突っ立ったまま、さて帰ろうか帰るまいかと思案した。愛甲はそんな俺を無視して部屋に入り、お気に入りのソファーに身体を埋めると盛大なため息をついた。

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