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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

桜サク

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 高校二年にもなって、初めて恋をしました。うーん、たぶんこれがそうだと思います。相手を知らないうちに目で追っていたり、会話しただけで何か嬉しくなってしまうのは、たぶん相手のことが好きだからだと思うんです。
 ちょっと前まで、世の中の音楽は恋愛がテーマのものが多すぎて、他にないのか他に!といきり立っては、一昔前のアリスのチャンピオンなんか聞いちゃって「カッコイイ」なんて思っていたものなのですが。恋をしてしまった今となっては、世界が変わって見えるとはよく言ったもので、ちょっとしたことでウキウキしてしまうものなのだと気づきました。
 まあ一方的なものだから楽しいっていうのもあると思うんですが、如何せん、人間というのは欲深い生き物で、相手も自分のことを好きになってくれたらなぁ、なんて都合のいい妄想ばかりを繰り返します。そして、相手の言動に一喜一憂してしまうのです。告白する勇気なんて無いくせに。
 特に俺なんて、恋している相手が男だから尚更です。しかも明らかに俺は敬遠されてます。なるべく関わりあいたくないと思われてます。視線と態度で分かります。こっちがラブ光線出してるのに、ガン飛ばしてると思われてます。
 俺としては一緒に宿題とかやったり、くだらないことを駄弁ったりしたいんですが、無理みたいなので、机に突っ伏して寝たフリしながら、彼が友達と話す会話をこっそり聞いては、心の中で参加したりしてます。
情けないです。
 どうしたら俺は彼と仲良くなれるのかいつも考えます。たぶんこの外見が一番の障害なのではないかと思ったりしてます。なにせ、俺は中学生の時から自分にコンプレックスがあって、なめられないように派手な格好をしています。頭なんか茶髪を通り越して金髪です。耳と瞼にはボディピアスがあります。これは若気の至りです。ホントやるんじゃなかった。だって穴がでかくてもう塞がらないんですよ、数日では。放っておけばいいかもしれないんですが、その間穴だけ開きっぱなしっていうのも何かヘンなので、結局フープのピアスを付けっぱなしです。高校受験もこれで受けました。私立の進学校だったんですが、どういうわけか面接通りました。金髪とピアスについて、精神論を混ぜて演説したのがよかったのでしょうか?未だに謎です。
 話が脱線したので元に戻すのですが、とにかくそんな外見で俺は高校に入ったわけですが、一年の時はそれはもう皆から奇異な目で見られておりました。進学校だったので皆びっくりするほどの没個性で、そんな中での金髪です。そりゃ目立つってもんです。しかも自分は成績がよかった。ただの馬鹿な不良だったらよかったのかもしれませんが、頭がよかったものでヘンに悪目立ちする形で一年を過ごし、そして二年の春、男鹿という男と出会ったのです。
 男鹿は正直普通の外見をしています。特に美男子というわけでもありません。少し長めの黒い髪は癖毛なのかいつもウェーブが掛かっていて、丁度耳の下でくるんとなっています。左目の下に泣きボクロが二つ並んであって、目も垂れ目気味です。唇は薄くて大きくて、少し口角が上がっている為かいつも微笑んでいるように見えます。しかし彼が愛想がいいかといえば、少し違っていてどこか人を馬鹿にしているような瞳の色をしているようにも思えます。
 そんな男鹿と初めて会話したのは実に偶然の産物で、たまたま隣の席だった彼のシャープペンの芯が切れたらしく、かちかちと忙しなくノックする音が聞こえたのが切っ掛けでした。その時俺は珍しくまともに起きていた授業中で、視界の端にその姿が映ったので余分にあった芯を彼に渡そうとしました。彼は突然無言で伸びてきた腕に驚いたようで絶句していましたが、俺が手を引く気がないと悟ると「あ、ああ、ありがとう」と目を丸くしたまま受け取ってくれました。俺としては、よいことをしたと満足したのですが、小さな親切大きなお世話だったのかもしれません。なぜなら、翌日男鹿は机の前に来ると、生真面目に一本の芯を自分に返してきたのでした。
「昨日はありがとう」
 俺は口を開けて男鹿を見返しました。そして思わず言ってしまいました。
「いらねぇよ」
 俺はたかだか一本の芯を返されることに酷く傷ついていて、思わず立ち上がると、教室から逃げ出してしまいました。
 俺としては男鹿の普段の態度があまりにも堂々としていたので、自分とも対等に話してくれるのではないかと密かに期待していたわけでして、それなのに周りの連中と同じように自分に遠慮の入った態度をとってきたことに酷く傷ついたわけです。まあ俺の勝手な感傷なんですが。
 そんな風に飛び出した俺でしたが、どのツラ下げて教室に戻ればよいか分からなくなり、屋上へ行って煙草を吹かして時間を潰したのでした。こういう態度が誤解を招くのだとは分かっているのですが、なにせ小心者でして。結局授業を全部サボって俺は帰宅しました。一体何しに登校してきたのか分かりやしない。
 数日経つと、神様は俺に試練を与えてきました。この日は丁度予習の時に家で解けなかった部分の授業でして、俺は真剣に授業に耳を傾け、きちんと板書も行っていました。そこでです。転がってしまったわけです。消しゴムが男鹿の方へ。
 小さくなった消しゴムを後生大事に使っていたのが仇となりました。それはコロコロと転がり、男鹿の足に当たって止まりました。つまり、位置としては男鹿の椅子の真下辺りで、手を伸ばすには微妙な位置でした。
 俺はどうしようかと途方にくれました。窓の外の桜の木を眺めながら、もう消しゴムなんて無視しようかと考えました。ところが俺は無駄に丁寧な板書をする男で、字も丁寧に書いて、誰に見せても恥ずかしくないようなノートを作り上げていたのでした。ここで誤った部分を乱暴に横線で消そうものなら今まで作り上げてきた綺麗なノートが水の泡になります。いや、誰に見せるもんでもないんですが。
 俺は窓の外に向けていた顔を戻して、男鹿の方を向きました。彼はつまらなそうに頬杖をつきながら授業を聞いていましたが、俺の視線に気づいたのか、一度だけちらりと横目でこちらを見てきました。
 これはチャンスかも、と俺は思い、無言で彼の足先を指差しました。なぜまた無言だったのかと言えば、そりゃ授業中だったからですが、それがいけなかったのか、彼は俺のジェスチャーに首を傾げました。足元を指差しているのは分かったようで、彼自身の周りを見る動きをしてくれたまではよかったのですが、なにせ俺の使っていた消しゴムは極小で、彼にしてみればただのゴミにしか映っていないようでした。まさかそれを拾えなんて夢にも思っていません。
「男鹿、さっきから何やってる?」
 あまりにも不審な動きが続いたせいか、教師がついに彼に声を掛けました。俺は自分のせいで注意された彼に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
 で、思わずやってしまったわけです。
 机の脚を乱暴に蹴飛ばして大きな音をたてるという、また誤解を招く行為を。
「な、何かね。獅子原・・・くん」
 教師はオドオドしながらこちらを見、横からは男鹿の「?」という視線がありましたが、俺は無視して立ち上がり、教科書、ノートを鞄に詰めると、また教室から立ち去ったのでした。
 えー、つまり、恥ずかしかったわけです。
男鹿に気づいてもらえないほどの消しゴムを使っていた自分だったり、自分のせいで男鹿が怒られそうになったり、大きな音をたてたりして注目されたことが、全部恥ずかしくて消えてしまいたかったわけです。本当に小心者です。
 ところがこの話は翌日まで続きます。俺が登校すると、男鹿が近づいてきて机の上に小さな白い物体を置いて言うのです。
「昨日はすまなかった。気づかなくて」
 俺のその時の羞恥をどう表わせばいいのか。目の前には薄汚れた小さいゴムの物体がコロンと乗っていました。昨日はあれほど求めたものだったのに、今となっては存在すら許せぬものでした。俺の中で羞恥が何かの形に変換しました。そのゴムの物体を摘み上げると、開いている窓から放り投げ言いました。
「なんだって?」
 なんだってってなんだよ。って感じですが、俺の口から飛び出たのはその台詞でした。俺の態度に男鹿はまた不思議そうな顔をした後「あれじゃなかったのか」と呟きました。それは独り言のようでもあり、こちらへの問いかけのようでもありました。
しかし俺が何も言わないでいると、彼は苦笑に似た笑みを浮かべて「すまなかった」と言って席を離れていきました。
 俺はその後机に突っ伏して一日を過ごしました。頭の中ではぐるぐると羞恥心と後悔と男鹿に対する懺悔が渦巻いてました。まるで餓鬼の態度です。分かっているんです。ああ、誰か俺をどうにかしてください!
 そんな感じで俺は男鹿という男に誤解されていると思いながらも何もできずに毎日を過ごしていました。それから二週間が過ぎ、クラス内で委員長を決めようということになりました。推薦されたのは男鹿で、彼は慣れているのかあっさり了承しました。
 俺にしてみれば嫌な展開でした。今までの傾向からして、委員長というものと自分との相性は最悪だったからです。きっと男鹿も自分に対して益々当たり障りのない態度になるに違いないと思いました。ところがそれが真逆となりました。
 彼は責任感が強いのか逆に自分に話しかけてくるようになりました。クラスに溶け込ませたいという狙いなのかどうなのか本心は分かりかねましたが会話は増えました。まあ、俺は恥ずかしくて、そっぽを向いたまま「ああ」とか「そう」とか言っていたわけですが、内心は嬉しくて楽しくて仕方がなかったわけです。
 俺の席は窓側の末席で、男鹿は隣席でした。彼は机に座ったまま話しかけたり、わざわざ近くに寄ってきて世間話をしたりしましたが、俺の視線はいつも外の桜の木に向けられていました。そんな態度に彼は誤解をしていたようです。ある日の放課後、こんなことを言い出しました。
「獅子原は本当に桜が好きなんだな」
 俺は放課後だというのに席に座ったままぼんやりと夕日で赤く染まった正門付近を眺めていたのですが、ふいに言われたその台詞に首を傾げました。
「あ?」と意味が分からなくて男鹿を見ると、彼の顔は独特の影が出来ていました。下校しようと思っていたところなのか、片手には学生鞄を持ったまま俺の横に突っ立っていました。
 そこで初めてどきっとしました。まあ想像よりも近くに彼がいたことで驚いたのもあるのですが、陰影の出来た彼の顔が魅惑的に見えたというのが正直なところでした。
「なんだって?」

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