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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

桜サク

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 俺は自分の感情に戸惑いながらも再度問いかけました。すると、男鹿は微笑みながら「ほらいつも桜の木を眺めているだろう」と言いました。
 ああ、と俺は勘違いしていることに気づき「そんなんじゃねぇよ」とまたそっぽを向いて答えました。すると苦笑まじりに「また間違えたか」と呟きが聞こえてきました。俺はあの時のことを言われたのだとすぐに気づきました。
 これはチャンスではないのか。
 俺は実はまだ例の一件を引きずっていました。男鹿に悪いことをしたとどこかで思っていたのです。幸い今は放課後で、周りには誰もいませんでした。
 俺は意を決してあの時のことを詫びようとした瞬間。
 風が吹きました。
 開いていた窓から数枚の桜の花びらを乗せて一陣の風が吹き、俺の目に砂埃が入ったのでした。なんてこった。
「砂入った?」
 痛くて目を擦っていると、男鹿が声を掛けてきました。俺はまた羞恥とタイミングの悪い風に対しての苛立ちから声を荒げました。「見てわかんねぇか」
 隣でため息に似た呼吸音が聞こえて俺は内心慌てました。またヤッたよ俺は。なんて学習能力のない人間なんだ。嫌になるな、ホントによう!
 俺が頭の中で己を罵倒している時に、ひやりと唇に何かが当たりました。痛みを堪えて薄めを開けると、なんと男鹿の指が自分の唇に触れているところだったのです。
 俺は思わず仰け反りました。
「な、な、なんだよ!」
「なにって。桜、ついてる。唇」
 男鹿は俺の動揺ぶりに目を丸くしながら、唇を指差して言いました。俺は大げさに驚いた自分が恥ずかしくて消えてしまいたかったのですが、そんなことはできようはずもなく、慌てて唇を乱暴に手で払いました。
「とれてないよ」
 男鹿は微笑んで、俺の動揺をよそにまた唇に指を伸ばしてきました。爪で突付かれたような感触の後、彼の指が離れていきます。
「ほら」
 そう言って見せられた指の上には確かに桜の花びらが一枚乗っていて、俺はその光景に目を奪われました。少したわんだ桜のピンクと白くて長い男鹿の指がひどく艶かしく目に映りました。
「なあ、花びらの感触って気持ちいいと思わないか?ベルベットみたいで」
 男鹿は指先の花びらを少し玩ぶと、ふいに唇にその花びらを当てて笑いました。
 俺は明らかに顔に血が昇っていて、きっと顔が真っ赤になっているに違いないと自覚するほどでした。こういう顔をしている時は、そっとしておいて欲しいというのが本音でして、しかしこの男鹿と言う男は俺の心情など知りようはずがありません。ふいに「どうした、顔すごく赤いけど」とデリカシーのない一言を言い放ったのです。
 小心者で餓鬼な俺の反応はワンパターンで例外などありません。こういう時は怒鳴って逃げます。
「うるせぇよ!」
 唾を飛ばす勢いで俺は男鹿を怒鳴りつけ、訳も分からずポカンとした彼を尻目に立ち上がると、脱兎のごとく逃げ出したのでした。
 廊下を早歩きで進む俺の頭は混乱し、心臓は壊れんばかりに高鳴っていました。しかも股の間にぶら下がっているはずのものは隆起していて歩きにくくて仕方がありません。そうです。不覚にも俺は勃起してしまいました。男相手に。
 言い訳をするなら、中学生とか高校生の男子というのはよく分からないタイミングで勃起をするものです。授業中になぜか勃ってたりするんです。ムラムラしている自覚がないのにそうなっているので、自分で見つけてびっくりしたりするんです。いや、ホントに。
 確かに俺はあの時の男鹿の行動にドギマギしましたが、それとこれとは話が別です。自分は男でオカマではありません。自分が彼を押し倒す想像はできませんし、彼にホラれることも間違っても想像できません。ただ、エロかっただけです。あの男の仕草が。
 で、今現在、俺はトイレの個室の中にいます。
 和式トイレの壁に背中を預けてそっと下を向くと、ああ、勘違いじゃありませんでした。やっぱり勃起してました。ベルト外してズボン下ろしてパンツ下ろしてみました。見慣れている俺のちんぽが勃ちあがっていました。え、表現が下品ですか。だって何ていうんですか。チンコ?男根?肉棒?どうでもいいんです。表現なんて。
 俺は大きくなった自分のものに触れてみました。自慰なんて何度もやったことがありますが、さすがに学校のトイレでやったことはありません。しかもこんな煌煌とした蛍光灯の下でなんて。
 しかしまぁ、これがいい。
 俺の手淫は激しくなりました。興奮して頭が沸騰しそうでした。自然と息が上がってきます。ここまで盛り上がっていると実はネタなんてもう必要ないもので、俺は下半身の欲求に従って右手を動かしていました。本当は乳首を触ったほうが感じるんですが、今日はやめときます。何となく、こういう達しそうで達しない感じを長く感じていたかったからです。
 蛍光灯の下で晒される下半身。こんな公の場で自慰をする背徳感が気持ちよく。
 先走りに触ると、糸を引き、ねっとりしています。ねちねちその感触を楽しんでいる時に、誰かがトイレに入ってきました。
 俺はぎく、と固まりました。個室なのでバレることはないのですが、ドア一枚隔てたところに誰かいるというのはやはり緊張します。
 ここのトイレは実は教室から一番近い場所で、誰が来てもおかしくない位置ではありました。しかし今時分校舎に残っていてしかも一般教室近くのトイレを使う人間など限られていました。大抵は部室に近いトイレを使うはずですから。
 まさか男鹿か?
 俺の頭によぎったのは彼でした。なにせ先程まで二人っきりで教室にいたのですから。
 俺の下半身が急激に熱帯びてきました。思わずぎゅっと握りしめてしまいます。
 ドアの向こうで少しすり足気味に歩く足音が聞こえ、止まりました。ジッパーを下げる音。そして放尿する音が聞こえてきました。
 ああ。俺は変態だったようです。
 もう頭の中では男鹿しか浮かびませんでした。あの男の下半身を想像し、彼の穴から小便が出るところを想像してしまいました。俺の右手は急速に動きだしました。もう立っているのもやっとなぐらい足がガクガク震えました。興奮がせり上がって爆発する時に、ドアの向こうの小便の音がじょろっと一際大きな音をたてました。
 ああ、もう駄目です。
「っ、く」
 俺は思わず鼻から声を出して達してしまいました。右手にはべったりと今までにないほど濃い精液が出ました。
 俺はなるべく静かに呼吸をしようと思ったのですが、如何せん興奮しすぎて息が上がってしまい、努力も空しくはぁはぁと肺が酸素を欲してしまいました。もうドアの向こうに遠慮する余力も気力もありません。ただ気だるい余韻で俺の全身は痺れていました。
 その時です。
 コンコン、とドアがノックされました。
 俺はビクっと身体を固まらせました。力が入ったせいか、またびゅっと精液の残りが出てしまったくらいで。
「おい、大丈夫か?」
 ドアの向こうで男鹿の声が響きました。俺は現実に彼が、この板一枚隔てた向こうにいることに驚き、動揺し、興奮しました。どうやら彼は誰かが具合が悪くてゼイゼイいっているのだと勘違いしているようでした。
 俺はといえば、ぶるっとまた大きく痙攣してしまいました。先程イったはずなのに、ジジイの残尿よろしく、びゅくびゅくとまた精液が溢れてきました。その快感はもう表現できないくらいで。
「ぁ、ぁあぁ」と俺はそれが出ている間、か細い声を上げてしまいました。もう思わず出てしまいました。意志に反して止まらない精液にどうしたらいいのか分からなくなりまして。
「獅子原?」
 ああ、さすがだな男鹿は。と俺は快感に浸りながら感心しました。声を聞いただけで俺だと分かるあたりがさすがです。そう思ったのは数秒で、俺の頭の中にはすぐに現実の波が押し寄せてきました。
 つまりは羞恥です。
 鼻腔に独特の生臭い匂いが届いてきました。きっと男鹿の鼻にも届いていることでしょう。
 俺は思わずドアを乱暴に蹴飛ばしました。
びくとドアの向こうの気配が緊張したのが分かりました。俺は口を開いて怒鳴ろうとしましたが、喉から出てきたのは擦れた声でした。
「・・・てけ」
「え?」と男鹿が聞き返してきました。どうしてこいつは思いやりってもんがないのでしょうか。もう大声で言うしかないようです。俺は腹の底から声を出しました。
「出てけっていってんだよ!」
 ああ我ながら凄い怒鳴り声でした。自分が悪いのに八つ当たりもいいところです。
ドアの向こうの男鹿はそんな俺の態度に困惑したようで、しばらく立ち去る気配はありませんでした。俺はといえば、手についた濃い精液と汚れて頭をたれた己のちんぽを眺めながら、情けない気分で一杯になりました。なにやってるんだ俺は。
「具合が悪いんなら保健室行くんだぞ」
 しばらくたって聞こえてきたのはそんな男鹿の低い声で、俺は顔をあげました。
 もしかして本当に具合が悪いと思ってるのか?
 とんだお人よしだ、と俺は苦笑しました。いや、学校のトイレで自慰をしているという発想自体がなかったのかもしれません。 
 立ち去る足音を聞いて、俺はようやく動き出しました。丁寧にトイレットペーパーで後始末です。この行為が一番空しい。
 個室を出て手を洗い、トイレの入口を出たところで廊下に誰かいることに気づきました。
 男鹿です。
 廊下の壁に寄りかかってズボンのポケットに手を突っ込んで立っていました。彼は俺が出てきたことに気づくと、眉をへの字に曲げて近づいてきました。
「大丈夫か?」
 信じられない。俺はまた顔に血を昇らせました。恥ずかしくてたまりません。俺の全身には、まだ気だるい余韻が残っていて、頭の端には男鹿をネタにしたという罪悪感と、学校のトイレで自慰行為という背徳感がありました。
 こうなれば俺の行動は一つです。
「うぜぇんだよ、バァァカ!」
 俺は餓鬼丸出しでそう男鹿に怒鳴ると、また呆気に取られて立ち尽くした彼に背中を向け、猛ダッシュで逃げ出したのでした。
 あーあ。

続?

読了ありがとうございます!

外見と中身の小心ぶりのギャップを楽しんでいただければ幸いです。

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