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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

欲望の代金は5万円と冷めたピザ

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 北垣は社会的に見れば、道を外れた男だった。
 両親の離婚から不良たちの仲間入りを果たし、その筋からの誘いに乗って今や華鳳会という暴力団員だった。人相が悪い上にスキンヘッドで益々迫力がある。背中の彫り物は天女と蛇。
 喧嘩も強く、頭もよかったので、幹部達には大層かわいがられた。おかげで彼はそれなりの地位にいる。しかし、地位があがれば上がるほど、彼の悩みは大きくなっていった。
「つまりケツを貸す相手がいなくて困ると」
「そうハッキリ言われちゃ、みも蓋もありませんが」
 北垣はサウナでハハッと笑った。隣に座った兄貴分である南田には自分の性癖はばれていた。ある日自慰をしているところを見られたのだ。ケツの穴に指を突っ込んでいるところを。
「それにしても分かんねぇもんだな、お前みたいな男が野郎が好きなんて。女はいいぞ、優しくて強い」
「ハハ、そりゃ俺だって女の魅力ぐらい分かってますよ。ただ、やっぱり違うんスよ。あの気持ちよさを知っちまったら、ああ、俺はこっち側の人間なんだって気づかされましてね」
 北垣があっけらかんとそう言っているのを見ながら、南田はふうとため息をついた。
「舎弟の誰かにイイ奴いねぇのか」
「ダメですよ、兄貴。俺は組の中でそういうヤツは作らないって決めてるんです。いつタマとられるか分からないような世界で、ケツまで預けちゃあいけません」
 南田はぷっと笑った。「冗談か?」
「まァ、半分半分ってトコですか」
 北垣も笑顔を返して立ち上がる。「すんません、先失礼します」
 南田に挨拶をして、北垣はサウナ室を出た。顔に当たる空気が気持ちいい。水風呂で水を汲んで、軽く身体に掛ける。
 北垣は一度だけ舎弟と関係を持ったことがある。内部抗争が起こった時に、一度それをネタに脅しを掛けてきていた。自分を抱いたことで優位に立てると勘違いした行動だった。北垣は情けも情もかけることはなかった。結局男は今、指を二本なくして、刑務所にいる。
 少し昔のことを思い出して、北垣は苦笑しながら浴場をあとにした。

 北垣はレンガ作りのマンションに住んでいた。セキュリティはしっかりしていて、ロビーの入口では暗証番号が必要だ。入居に対して北垣は身分は伏せたのだが、一見して分かるその顔つきと態度でかなり手間取った。しかし彼なりの誠意と態度で管理人はついに折れる。最上階の角部屋で、売れ残っている部屋ならOKということで北垣は迷うことなく購入した。もちろん現金一括だ。オーナーと管理人は、支払いの時、目の前に積みあがった札束に目を白黒とさせていた。
 北垣は群れるのを嫌った。ほとんどが組事務所で過ごすのだが、休日ともなればきちんと家に帰り一人の時間を過ごした。世話を焼きたがる舎弟たちを追い払い、自宅にこもる。何をするでもない、取っている新聞三紙に目を通し、ネットで情報を仕入れる。ワイドショーと視聴率のいいバラエティ番組を見る。彼の長年している習慣で、休日の過ごし方はいつもこうだった。
 私服らしい私服はない。ネクタイを外して、いつも着ているワイシャツのボタンを二つあける程度。掃除と洗濯はわりと好きで、いつも部屋は片付いていたが、苦手なのは料理だった。ほとんど家にいないので、冷蔵庫もビールやミネラルウォーターくらいしか入ってない。
 この日も北垣は出前を頼んだ。たまたま新聞広告で見たピザ屋に電話する。オススメを適当に頼んで電話を切ると、三十分後にはロビーのチャイムが鳴った。
 テレビカメラ付きのロビーの応答電話を取ると、画面にピザ屋のユニホームを着た青年が映った。北垣は無言で入口の開閉のボタンを押す。ピザの店員はロビーの扉が開いたのを確認すると、そちらへと足を向けた。五分とたたず玄関のチャイムが鳴り、北垣はドアを開けた。
 ピザを片手に持っていた青年は、保温材のケースから箱を二つ出すと、下駄箱の上に置く。
「三千百五十円です」
 愛想のない声。帽子の下で俯き気味。身長は百七十を越えているくらいで、北垣とは頭一つ分低い。緑色の色あせた制服のボタンが多めに開けられていて、形のいい鎖骨が見える。顔が小さく、先程開閉していた唇は乾燥して皮が剥けていた。帽子の下からはみ出している髪は、今時の若者には珍しく真っ黒で、光の加減か青光りしているようにも見える。
 北垣は、尻にさしていた財布を取ると、千円札を四枚、青年に差し出した。無言でそれを受け取ろうと彼が手を出した時に、北垣はその手を払った。
 青年は少し顔を上げて、北垣を見た。睫毛が長く、少しつり上がった目とぶつかった。
「おまえ、生意気なツラしてるな」
 北垣はそう言って、青年の顎を掴んで上を向かせた。きめ細かい肌の上に切れ長のつり上がった瞳がある。唇は少し歪んで、それは挑発しているようにも笑っているようにも見えた。
 北垣は少し下半身が熱くなった。
「三万やろう」と北垣は提案してみた。「おまえのをしゃぶらせてくれないか?」
 青年は少し眉毛を動かして不審そうな顔をした。「なにをですか?」と北垣に尋ねる声は低く落ち着いている。
 北垣は掴んでいた顎から手を離し、青年の乾いた唇を人差し指で撫で、「ここと、ここさ」と股間を握った。
 青年の北垣を見る目が明らかに蔑んだ色を見せた。「アンタ、変態?」
 北垣はその言葉が出るか出ないかのタイミングで青年の頬を平手打ちした。その勢いに青年は少しよろける。赤くなった頬を北垣に向けたまま、血の混じった唾を玄関に吐き出す。
「今配達中ですので、店長に怒られるんですが」
 青年は北垣を見据えてそう言った。萎縮したわけでも怒ったわけでもなく、青年は冷静だったが、挑発しているような態度は相変わらずだった。
「いらん心配はするな」
 北垣はそれだけ言った。彼にとって青年がクビになろうが関係なかった。
 青年は北垣に分かるか分からないかぐらいの小さな反応をした。吐息に似たため息をついて、少し視線が動く。それを北垣は了承と捉えて「入れ」と青年に告げた。
 青年は無言のままスニーカーを脱ぐと、式台に上がり、リビングへ進んだ。北垣はドアにチェーンとロックを掛けてから青年の後に続いた。
 青年はフローリングの上で突っ立ったまま、視線だけで室内の様子を観察していた。そして北垣が真正面に立つと、帽子を脱いで視線を合わせる。
 北垣は舐めるように頭の先からつま先まで青年を眺めた。つり上がった切れ長の目は、冷たく、刺激的だ。
「そのままでいい。リラックスしてろ」
 北垣はゆっくりと青年の頬に触った。若い肌で、しっとりと手のひらに吸い付いてくる。その感触に満足していると、ごくりと青年の喉が鳴った。
「怖いのか?」
 北垣が額の髪をかきあげると、額には少し汗をかいている。青年の瞳が北垣を見上げて言う。
「お客さんのことを怖がらない人間なんていないと思いますが」
 態度と声のトーンと目つきが全てバラバラなことを言っていた。一番北垣が気に入ったのは、その目つき。「おまえの目はいい。きれいで鋭くて、氷のように冷たくて、刺激的だ」
 北垣はそう言うと、目を閉じて青年と唇を合わせた。反射的に青年の顔が引いたので、後頭部を押さえつけ、抵抗するように綴じた唇にキスをする。下唇にしゃぶりつく。苦しそうに少し開いたところに舌をいれて口中を探る。ゆっくりと角度を深くし、強引に舌を絡ませて、青年の細い腰と尻のラインを堪能した。
 長い愛撫とキスを解放すると、青年は赤く湿った唇になっていた。つり上がった目は相変らず生意気だったが、充血して潤んでいる。
「なんか言いたげだな」北垣は鼻で少し笑った。「舌出せよ」
 青年は言われた通り舌を出した。お互いの目を見詰めながら、舌を舐めあった。絡ませてしゃぶりついた。
 上がった息を整えながら、北垣は青年のベルトに手を掛けた。青年を睨むように見詰めながら、ベルトを外してズボンを下げた。そしてフローリングに膝をつくと、青年のボクサーパンツの上から股間の膨らみに顔を寄せた。布越しに少し甘噛みすると、ぴくりとそれは震える。北垣はボクサーパンツの下から両手を入れて直に青年の尻を触ると、今度は膨らみに噛み付いた。
「・・・ッ」
 青年は北垣の肩を突っ張り、腰を瞬間的に引いた。眉間に皺が寄って怒りの混じった目を北垣は受け止める。本当に怒っている青年の視線を見上げて、北垣は鼻で笑いながらボクサーパンツを下げた。青年の膨らみは先程の痛みで少し縮こまっていたが、それを手で握って刷り上げ、ゆっくり口に含んで北垣は味わう。ほのかに感じる塩分に酔い、根元から舐めあげると、青年の竿が筋張ってきた。北垣が見上げると、歪んだ口元が見えた。
 北垣はそんな嘲笑する視線に満足しながら頬張り続けた。目の前の大きく膨らんでいく肉棒が己の涎と先走りの液でぬらぬらと濡れて固くなるのを見ていると途端にそれが欲しくなる。口いっぱいに太くなったそれを咥えながら北垣は提案してみる。
「なあぁ、五万やるから、くれないか」
 返事は無言。北垣は夢中でしゃぶり続ける。先端から少しずつ垂れる粘りのある青臭い液をすする。
「それ、返事いるんですか」と震えの混じった声が北垣の耳に届く。舐めながら上を見ると、つり上がった目には少し余裕のなくなった感情が映る。
「縛り付けて、殴りつけて、勝手に突っ込めば」
 北垣は涎に濡れた口を肉棒から離して、青年を見上げた。どうやら勘違いをしているらしかったが、北垣自身に余裕はなかった。口から出たのはたった一言。
「俺を犯せって言ってるんだ」
 その言葉を受けて青年の目は丸くなった。しかしそれは一瞬のことで、すぐに細められる。
「へぇ?」
 北垣の肩に添えられていた青年の指に力が入り、後ろへ押される。北垣はその勢いに逆わらず、背中を強かに床に打ちつける。痛みが背中から走りぬけたが、それすらも気持ちがいい。上から見下ろされる青年の目が自分を嘲り、蔑んでいる。そしてふいに青年の足が北垣の股間を踏みつけた。
 声にならない声が北垣の喉奥から漏れたが、青年は楽しそうな顔のまま足をどけようとしない。その嘲笑を浴びながら北垣は息を荒げた。
「ずいぶん余裕がないんだね。ほら自分で脱いで」
 北垣は青年の言うとおりにした。寝転がったまま尻を上げてスーツのズボンと下着を脱ぐ。硬くなった一物が震えながら上を向いている。
 青年は鼻で笑いながら北垣を見下ろし、その顔に唾を吐きかけた。冷たい飛沫が北垣の頬を濡らした。
「ハハッ、いいザマ。犯してあげるから、自分で股を広げて俺に見せてよ」
 北垣は興奮した息を隠さず、膝を立てて太ももを持ち上げた。自分の肛門を相手に晒す。刺激が欲しくて蕾は震える。それは色づき、触らなくても少し開いて青年を誘う。
 男の圧倒的な質量のものがもたらす快感。それを北垣は思い出し、恋焦がれる。
「早く入れろ」
 擦れた声で懇願すると、青年は嘲笑しながら中腰になると、北垣の足首を持った。そして北垣の蕾に一物をあてがったが、意外なことに青年は北垣の様子を伺うような素振りを見せた。
「心配するな、早く来い」
 北垣は命令した。そして青年の額に掛かった長めの前髪がゆらりと揺れたかと思うと、蕾の中に長く太いものが一気に押し入ってきた。
 北垣は嬌声を発した。久しぶりの圧迫感と重圧感。
「ああぁ、いい。いいぞ、動いてくれ」
 青年は北垣の足を肩に担いで、眉間に皺を寄せていた。
「動け」
 早く奥の刺激が欲しかった北垣は、自分を見下ろす青年を叱咤した。蕾をわざと締め上げる。
「くっ」と苦しそうに青年は呻き、目は睨みつけるように見開いていた。唇を噛んで圧迫に耐える様を見ながら、北垣は「おい、さっさといきやがったら承知しねぇぞ」と脅した。
 ゆっくりと慎重に青年の腰が引き、急激に奥に打ち付けられる。
「ぁぁあっ」
 自慰では絶対に味わえない快感。眩暈がした。
北垣は大きく引いては急に突く青年の緩慢な動きに興奮した。全く的外れな場所を突いてくるが、それがまた焦らされているようでいい。
「いいぞ、いい。そこをもっとっ」
 北垣は目の前の青年に言う。青年は目を細めて呼吸を荒げながらも北垣の言うとおりに動いた。しかしそれは、段々北垣の意思を離れていく。リズミカルに腰を揺らし、角度を変えられる。
「あッ、アッ」
 いつしか形勢は逆転した。青年は少し余裕のある顔で腰を打ち付けて、純粋に行為を楽しみ始めたようだった。北垣の方も指示する余裕がなくなり、いつしか目を閉じ、青年のリズムに翻弄された。
「ァ、あ、いいッ」
 満足しながら自らも腰を振る。深く、もっと深く迎え入れる。青年もそれに倣って肩に足を担ぐ。二人の身体がより密着する。北垣は、想像より近くに寄った青年の顔に内心動揺した。
「調子に乗るなよ、小僧」
 北垣が上がっている息を誤魔化しながら言うと、青年は目を丸くした後、にやりと笑った。
冷たく光った瞳に見惚れている時に、ふいに下半身に触れられた。先走りで滑っている亀頭を包む大きな手は最後の刺激には十分で。
「てめぇ、ふざ、けん・・・な」
 北垣は声を震わせて青年を睨みつけた。せり上がる快感に耐えたが、それは無駄な抵抗だと分っていた。長い長い射精の間、北垣は青年から目を外さなかった。震えた声が知らず知らずのうちに唇の隙間から漏れ、何度も痙攣した。 
「こっちも、も、イきそうだ」
 呻くように青年が言い、痙攣して締め付ける刺激に耐えていた。北垣の射精が終わって脱力したところで、いきりたった肉棒が身体から引き抜かれた。北垣が急な喪失感に戸惑っていると、次の瞬間、顔に生暖かい飛沫が掛けられた。
 独特の異臭が北垣の鼻を刺激する。一瞬彼は何が起こったのか分からなかったが、青年の満足そうな顔と嘲笑を見るや否や、状況を理解した。
 自分に跨っている青年を足蹴にし、後ろに吹っ飛ばした。鳩尾に蹴りが入って、青年は壁際でうずくまったまましばらく咳き込んだ。
「ずいぶん、元気だ、こと」
 苦しそうに顔を歪めながら、青年は北垣に向ってそう嘲笑した。
「調子に乗るな、と言ったはずだ」
 北垣は上半身を起こし、顔の汚れをシャツで拭うと青年を睨み付けた。着たままのワイシャツは汗で濡れて背中に張り付き、気持ちが悪かった。抜けた腰を叱咤して立ち上がると、ふらふらとした足取りで脱いだズボンを手に取る。
「さっさと出て行け」
 財布から出した五枚の万券を青年に撒き散らした。花吹雪のように、俯いた青年に降り注ぐ。
「ドーモ」と青年は嘲笑を浮かべたまま北垣を見上げている。そんな視線を無視して北垣は浴室に向った。早く汗を流したかった。
「アンタ、本当にヤクザだったんだ」
 少し低い声が北垣の背中に掛けられて、彼は青年を振り返った。床に座ったままの青年の視線は己の肩越しを見つめていた。
 刺青は上半身と二の腕にある。汗で透けているのか、と北垣は気づいた。
「早く消えろ」
 北垣はそう言い放つと、青年を無視して浴室のドアを閉めた。
 熱いシャワーを浴びて浴室を出ると、青年の姿はどこにもなかった。バスローブを羽織って煙草を咥えながら玄関に向う。置きっ放しのピザの箱を手に取り、リビングのソファーに座った。
 煙草を灰皿に一旦置いて蓋を開けると、丸いはずのピザが一つ掛けていた。犯人は一人しかいない。
「あの野郎」と北垣は苦笑いすると、一切れ口に放り込んだ。トマトベースのそれは程よい酸味で、想像以上に美味く、彼は満足した。
 なにげなく青年が渡したレシートを見詰めると、製造担当者と配達担当者の名前が記されていた。今日の青年の名前が聖澤ということが分かったが、北垣はピザを咀嚼しながらレシートを丸めてゴミ箱に捨てた。

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