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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

欲望の代金は5万円と冷めたピザ

2/2

 秋も深まり、落葉が路肩に積もっていた。寒さも本格的になり、そろそろ北国では雪の知らせも届こうかというある日のこと。スモークガラスのベンツが某高校の前に停まっていると噂になった。
 下校している学生達が、足早に帰っていく中、一人の青年だけが立ち止まる。彼の隣にいた友人がどうしたのかと青年を即した。
「よう」とスキンヘッドの男がベンツに背中を預けて青年に声を掛けた。
「何しに来たんだ」
 侮蔑に似た表情で青年は言う。北垣はそんな彼を新鮮な思いで見つめた。詰襟の学生服の上に乗っている顔は、確かにあの時の店員だった。
「まさか十代のガキだとは思わなかったよ」
 吸いかけた煙草を地面に落として踏みつけると、北垣は笑った。「お前頭良かったんだなァ」
 この学校は有名な進学校だった。聖澤と一緒にいる学生は、いかにも優等生然としていて、彼と北垣との関係を不気味そうに眺めている。
「俺、これから塾なんで失礼します」
 聖澤は北垣を無視して友人を即すと、ベンツの横を通り過ぎようとした。
「待てよ」
 北垣が笑いを含んだ声で言い、二人の前に長い片足を伸ばした。
「おい、そこのお友達」
 北垣は聖澤ではなく、彼の友人に声を掛けた。
「俺は、こいつに用があってわざわざこんなところで待ってたんだ。お前さんは事を荒立てずにさっさとどっかに行ってくれねぇかな」
 そんな北垣の牽制に、学友である彼は震える身体のまま、北垣に向かい合った。精一杯の睨みを利かせて口を開く。
「あなたこそ、聖澤くんに何の用ですか。ぼ、ぼくは暴力に屈したりしません。もし、どうにかする気なら、け、警察に・・・」
 言いかけた途端、北垣の平手が彼の頬を叩いた。呆然と頬に手を当て、よろける学生。
「さっさと消えろと言ってるんだ。これ以上騒ぎになると、進学に響くぜ。将来のことを考えろ」
 青年は聖澤に視線を向ける。意見を求めるというより助けを求めるような視線に、彼は内心呆れ、顎でさっさと逃げるように伝えた。
 そんな仕草を北垣は笑った。
 へっぴり腰で逃げ出す学生を見送りながら、「てめぇも友人は選んだ方がいいんじゃねえか」と言ってやる。
「あれが普通だ」
 ため息と一緒に聖澤は呟いた。無駄だと分っていても彼はもう一度主張してみた。
「これから塾があるんですが」
「乗れ」と北垣は言い放ち、反対側のドアから車に乗り込んでしまった。聖澤は、相変らずこちらの都合を考えない北垣に腹を立てながら、しぶしぶシートに腰を下ろした。運転席と後部座席を仕切っている黒い板を北垣が叩き、ベンツは動き出す。窓から見る景色は、スモークガラス越しで、いつもとは違って見えた。
「塾なんか行ってるのか」
 世間話なのか、北垣が聖澤に聞く。
「アンタに関係ない」
「バイトはやめたのか?」
「アンタに関係ない」
「なんでバイトなんてやってた?」
「だから、アンタには」と聖澤が窓の外を向きながら答え続けていると、下半身に触れられる感触がした。黙っていると、構わずジッパーが下げられ、一物を取り出される。
 このまま無視してやろうかと聖澤は思ったが、視線を北垣の方に戻した。彼はさっそく取り出した一物を口に含んでいた。
「アンタにはそれしかねーのか」
 身体を斜めにして窮屈そうにしながらも、聖澤のそれをしゃぶる北垣の後頭部を眺めながら、彼はため息をついた。気を紛らわそうと再び窓の外に目を向けたが、自然と神経がそこに集中してしまう。舐めあげる感触、甘噛みする感触、しゃぶる時の唾液の混じった音。
 高ぶってきて、思わず北垣の肩を掴むと、察して彼は口を離す。そして上がった息を誤魔化すように、ゆっくりシャツを脱ぎだした。
「車だぜ、ここ」
 完全にその気になっている北垣を嘲笑したが、彼は臆することなく全裸になる。腕にある蛇の刺青が生々しく。
 北垣は聖澤に向かい合い、跨った。
 まさかという聖澤の戸惑いをよそに、北垣は腰を下ろしていく。慣らしてきたのか、ぬめりのある感触とともに聖澤の一点が肉襞に包まれた。
「く、ァっ」と眉間に皺を寄せながら北垣の口から吐息が漏れる。自分で腰を揺らし、上下に動く。
 聖澤は目の前で勝手に興奮して動いている男を侮蔑の表情で眺めていた。最初会った時も勝手なヤクザだと思ったが、今回はそれ以上だ。先程から目を閉じてこちらを見てない。ただ欲望のままに動く自慰行為が、聖澤にとって面白くなかった。
 腰に手を当てて北垣の動きをさえぎるように上に持ち上げると、自らの腰を突き上げた。
「ぁぁああッ」
 睨むような目が聖澤に向けられる。ようやく視線が合って満足する。目を合わせたまま、ゆるゆると腰を揺らす。北垣は快感に翻弄されたように焦点の合わない目を宙にさ迷わせる。
 また勝手に。
 聖澤は舌打をして、北垣と唇を合わせると、目が見開かれて再び焦点があった。
「アンタ、何の為に俺を呼んだの」
 下唇をそっと舐めて北垣の神経をこちらに向かせる。北垣は戸惑った顔つきで聖澤を見つめた。
「ほら気持ちいいだろう?俺をもっと感じたら?」
 腰を打ち付けて、北垣も自らそのリズムに合わせて動く。呼吸が合ってきて、聖澤の中にも快感が生まれてくる。段々と北垣は背中を仰け反らせて、胸の突起を聖澤に晒してきた。
「おねだりが巧いね」
 硬く立った乳首を口に含むと、下の蕾がきゅっと締まった。腰が小刻みに揺れ、仰け反らせた顔からは遠慮のない声が漏れる。
「ほら、こっち向いて」
 仰け反った背中を支えて北垣をこちらに向かせ、唇にむしゃぶりついた。互いの舌を絡ませて、腰の動きを激しくする。目を合わせながら舌を絡ませていると、北垣の目つきが先程とは違うことに気づく。
「気持ちいい?」
 嘲笑しながら聖澤が聞き、北垣が素直に「ああ」と答える。
「俺としたかった?」
「ああ」
「だったら勝手にいかないでよ」
「ああ・・・、ァッ」
 北垣が返事しようとした時に、聖澤は奥へと突き上げた。
「てめ、調子に、」と北垣がかすれた声で言いかけた時、聖澤は言った。
「俺はアンタのこと嫌いじゃないよ」
 北垣の顔はみるみる赤くなった。何か二の句を告げようとした時に、再び聖澤が口を塞いだ。激しいキスの合間にも腰は動かされ、翻弄される。酸欠になるほどの快感で眩暈に襲われている時に、無粋な声が後ろから掛かった。
「ニイさん、そろそろ着きますが」
 運転席との仕切りが半分くらい開いて、運転手が低い声でそう尋ねてくる。北垣はぼんやりした頭のまま、荒い呼吸で「あと三十分走らせろ」と告げた。目の前の聖澤はそんな痴態を嘲笑しながら腰を揺らして運転手に告げる。
「大丈夫、この人ここ弱いからすぐに終わるよ」
 聖澤はそう言うが早く、北垣の竿に触れる。ぬるりとした感触を竿全体に伸ばして擦りあげる。
「て、てめぇ、また・・・あああァッ」
 北垣は運転手が聞いている目の前で絶頂に達した。学生服に白い飛沫が飛び、急激に収縮した蕾のせいで、聖澤も射精した。北垣は身体の中でそれを受け止め、互いの痙攣がおさまるまで自然と抱き合っていた。呼吸が整ってきたところで、また無粋な声がかかる。
「ニイさん。到着です」
 運転手は冷静な声で最後の時を告げると、間の仕切りを再び閉めた。二人は互いに視線を合わせると、どちらともなく唇を合わせた。そして北垣は何事もなかったかように聖澤から離れて身支度を整えた。
 車が停まり、運転手が車を降りた音がした。しばらくすると、スモークガラスの向こうからノックされる。準備はいいか、ということらしい。北垣は最後にネクタイを閉めると、開け放たれたドアから車を出た。
 聖澤は眩しい外に、大きな日本家屋の玄関を見た。黒服のいかめしい男達が列をつくって北垣を迎えている。周りには似たような外車がつらなり、人相の悪い男達が次々と降りていった。
 北垣はドアを閉めた後、運転手に何か告げ、屋敷の入口に向って歩き出した。聖澤はそんな後姿を不思議そうに眺め、学生服のポケットから煙草を取り出した。
「いけません」
 火をつける時に、車に戻ってきた運転手が聖澤をとめた。
「ヤクザが何いってんの」
 嘲笑しながら煙草に火を点けると、運転手は席から身を乗り出して煙草を奪い取った。
「ガキが粋がるな」
 運転手の視線はヤクザのそれで、十分に威圧感があった。逆らわない方がいいと本能的に察知する。
「分かったよ」聖澤は降参とばかりに両手を上げると、男は最後に一睨みして席についた。
「ニイさんがご自宅まで送ってやるようにと。ご住所はどちらですか?」
 再び丁寧語に戻り聖澤は苦笑した。運転手の顔は北垣のように強面ではない。むしろ整ったハンサムな作りだが、それゆえにドスの効いた声にはギャップがあって恐ろしさを倍増させた。
「ねえ、アンタ本当は運転手じゃないんじゃないの?」
 運転手より北垣の身分の方が上なのは明白だったので、聖澤の口調は軽い。自分はこの男に攻撃されない自信があった。けれど。
「調子に乗るなよ、ガキが」
 不愉快そうな声が返って来て聖澤は閉口した。
「ニイさんは君の身体に用があるだけで、君が特別というわけではない。勘違いしないほうがいい」
 聖澤はその丁寧な口調の辛辣な言葉を聞いて、ぐったりとシートに身を委ねた。そして独り言のように呟く。
「分かってるさ」
 視線を窓の外に向けて、運転手に自宅近くの公園までのルートを告げる。制服は精液で汚れ、白くなっていた。北垣から受け取ったウェットティッシュで拭いても痕が消えない。
 過ぎ去っていく景色を眺めながら、気だるく心地よい気分に身を任せる。
 今日は以前のセックスとは少し感じが違っていた。いや、強引に自分が変えてしまった。あのまま自慰を手伝っていれば、ただの性処理として、またヤクザにやり逃げされたと勘違いできたのに。
 -------最後にキスなどしなければよかった。
 車は市街地を抜けて、聖澤の自宅近くに到着した。近所の目を気にしながら彼は車を降り、胸に少しの後悔を引きずりながら、運転手に礼を言う。そこで封筒が渡させた。
「これが今回の分です」
 聖澤は冷や水を浴びせられたかのように、震えた。思わず「いらない」と言っていた。
「そういうわけには」
 運転手が強引に手に押し込もうとした時、妙に腹が立った。力任せに封筒を払いのけると、何枚かの札が飛び出し、車内に散った。
 運転手は静かに怒りのこもった顔を聖澤に向けたが、彼は凛とした顔で首を振る。そして学生鞄から紙を出すと、携帯番号を書き記して運転手に渡した。
「これは?」
「今度来るとき学校はやめて欲しいと伝えてよ。電話くれたらその場所に行くから」
 運転手は眉間に皺を寄せると、揶揄するように口元を歪めた。
「君はこういうことが二度三度あると思っているか?」
 ただの遊びに決まっているとその声は暗に言っていたが、聖澤は再び首を振った。
「それはアンタが決めることじゃない」
 運転手はその言葉を受けて絶句した。聖澤の顔つきは絶対的な自信に満ち、口元には笑みが浮かんでいた。氷のように射抜く視線の強さに運転手は圧倒された。
「こいつはまた」と運転手は呻いた。「タチの悪いガキだ」
「ドーモ」と聖澤は自嘲するように笑い、運転手に再度送ってくれた礼を言った。そうして彼は一度も車を振り返ることなく、堂々とした足取りで、公園の向こうの路地へ姿を消したのだった。

読了ありがとうございます!

実は王道の新聞勧誘と迷ったんですが、ピザ屋にしました。
本当は北垣が行きずりの関係を続けまくる短編連載にする予定が、なぜかツンデレハッピーエンドに。幸せになって欲しかったのかもしれません(笑)

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