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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。
北垣の勤める会社は市街地の中心にあった。白亜のビルには目立たないように監視カメラが設置してあり、一般企業とは少し趣が違う。ビルは四階建てで一階ではフラワーコーポレーションという金融会社があり、資金難の中小企業の融資や個人相談を行っている。二階はその会社の事務所で従業員は十名程度。皆清潔な格好と愛想のよい表情をしていて明るい雰囲気であった。いわゆる高利貸しの街金なのだが、貸し渋りの大手銀行よりよほど融通がきくと中小企業からはなかなかの評判だ。
そんな会社を取り仕切っているのが秋本という男で、華鳳会系暴力団員である。北垣の舎弟の一人で、いずれ複数企業を任される立場にあるインテリヤクザだ。
華鳳会は巨大な組織で、傘下の組は全国にごまんとある。夜の商売で上納金を上げるだけでは毎年経営が成り立たないのが実情だ。
「北垣よぉ、地産地消って知ってるか?てめぇの所で作ったものをてめぇで消費するってこった。これからはケツも自分で拭く時代だ。商才がないとヤクザもおまんま食い上げってね」
とは、北垣の兄貴分である南田の談。会話の内容が明るいのは、彼の下に北垣がいるからに他ならない。スキンヘッドに背中一面に刺青のある根っからのヤクザ面である北垣だったが、頭がよく、経営手腕もあった。上納金の折り合いから、傘下企業の経営指導などに豪腕を振るい、南田をはじめ、彼と繋がりのある組は黒字が続いている。しかも手が後ろに回らない方法で、というから彼らの笑いは止まらない。
「ニイさん。ちょっと宜しいですか」
そんな北垣のいる四階の役員室に秋本が顔を出したのは丁度十二時を回ったところで、彼は以前独立した男の経営状態をチェックしているところだった。
「なァ、秋本。この深町って男はなかなかどうしてやりやがるぜ。昨年まで赤字のどん底だったところが今年は若干ながら黒字に傾いてる。こりゃ、ウチで貸してる金も戻ってくるかもな。もう少し様子みてやれや」
秋本はドアを閉めて、北垣の座るデスクの前に立つと、静かに頷いた。
「島崎興業のことですね。前回視察にいった者からも、会社の雰囲気が明るくなったと報告を受けております。返済期限、少し様子を見ることにします」
「そうしてやれ。で、お前の用件は何だ」
北垣は煙草に火をつけて、目の前に立つ落ち着いた物腰の部下を眺めた。静と動にメリハリがある男で、金融業を管理しているとは言っても自分がヤクザだということを決して見失わない男だった。
「実は、下にその深町さんに世話になった、という若者が来ておりましてニイさんとの面通しを希望しております」
「へぇ」
北垣は灰を落とした。「名前は?」
「遠藤真二と名乗ってます。これが名刺です。調べたところによると、確かに深町さんの所属企業にそのホストクラブはありますが、名刺なんてどこぞで拾ったとしても分かりはしません」
「会わねぇ方がいいって口ぶりだな」
秋本は静かに頷く。
「ホストクラブなど源氏名ばかりで信用できません。明らかに作為的な何かを感じます」
ふぅん、と北垣はニヤついて紫煙を深く吸い込む。そして目の前の男の顔に吹き付けた。
「秋本よぉ。表面ばかり見てると足元救われるぜ。ここで考えるのは、どうして深町の傘下のヤツが俺のところに来たかということなんだよ。ヤツはここから出てから一度も顔を見せに来ねぇ。元々ヤクザを軽蔑してたところがあったから今は見事にカタギに化けてやがる。俺との繋がりも表面的には知られてないはずなんだ」
「では、一体どこから?」
「さぁて分からねぇな。まあどっちにしろ会えば分かるだろう。そろそろデスクワークも飽きたところだ。その遠藤とやら、俺の前につれて来いよ。たっぷり可愛がってやるぜ」
「畏まりました」
慇懃な態度で頭を下げ、秋本は部屋を後にした。その十五分後には同室にて、盛大な悲鳴がこだますることになる。
あるラーメン店に出前の注文が入った時、店は大変ごった返していた。安さとボリュームが人気で昼ともなればサラリーマンで込み合う。出前の電話も多く、その注文は他のものと混じってあまり目立つことはなかった。
「おい、バイト!次ここの出前に行け!」
「はい」
店の活気とは間逆の声を返したのは、黒髪の青年だった。制服である黒いポロシャツに自前のジーンズを履いている。前髪が長く、隙間から少し釣りあがった瞳が覗いていた。
「お得意様だから失礼のないようにしろ」
調理を終えたチーフスタッフが一言釘を刺してオーダー表と料理を渡すと、青年は黙ってそれを受け取った。彼は運転免許を持っていないため、出前先は近所のみに限られていた。住所は店から程近い雑居ビルで一階にある金融会社だった。
「おい聞いてるのか?」
返事もせずに淡々と岡持ちに注文の品を納め出した青年にチーフは声を荒げると、彼はちらりと前髪の隙間から瞳を覗かせ口元を歪めた。
「そんなに怒鳴らなくても、聞こえてます」
「てめェ!」
「いってきます」
激昂したスタッフを嘲うように青年は言い、岡持ちを持って店を出た。
自転車で十五分と掛からぬところにその場所はあった。フラワーコーポレーションという金融会社は、白亜のビルにモダンなデザインをしていた。青年は汚れのない壁に自転車を立てかけると、岡持ちを持って入口に入った。
店内には数名の客がいた。猫背の年配の男と作業着を着た男。ハデな格好をした女性。皆がカウンターに座り、なにやら金策について話し合っているようだった。
「ホームラン軒ですが、ご注文の品をお持ちしました」
青年は客のいないカウンターに岡持ちを置くと抑揚のない声でそう告げた。商品を出そうと蓋を開けたところで、窓口の女性の反応がおかしいことに気づく。
「あの、何か?」
青年が尋ねると、彼女は「誰か注文してたっけ?」と首を傾げながら席を立つ。そしてカウンターの向こうで困り果てていた。
この忙しいのに注文間違いか?と青年は憮然とした。女性の動きを目で追っていると、一番奥のデスクに座っている男と目が合う。
驚いたことに知っている人間がいた。
青年は相手がこちらに気づいたことを確認すると会釈をした。慇懃無礼とはこのことで、全身から揶揄した気配伝わるほど。
男は困惑している女性店員に二言三言言葉を掛けると、青年に向ってゆっくりと歩みを進めた。そしてカウンター越しに向かい合う。
「やっぱりただの運転手じゃなかったな」
青年は男に向って口元を歪めた。目の前の男の胸には金色のネームプレートが付いていて、秋本と書かれていた。以前、彼はこの男の車に乗ったことがあった。北垣というヤクザのドライバーをしていたのだが、身の処し方がただの運転手にしては違和感があって以前にもそう問うたことがあった。
「聖澤くん。話は北垣から聞いています。どうぞこちらへ」
秋本は淡々とした口調で言い、カウンターの奥へ通した。職員と客の数名は、秋本と出前の青年が一緒にいるのを不審がるような視線を向けていた。そんな居心地の悪い視線を受けながら一番奥にある不自然な鉄扉を抜けると、聖澤は思わず身震いをした。
モダンな店内とは違って奥の廊下は暗く、陰湿な空気が漂っていた。室温が数度低いような錯覚を受ける。
「こちらです」
思わず立ち止まって絶句した聖澤を秋本は即す。先程とは雰囲気が違う場所だというのに、この男の存在は空気のように馴染んでいた。改めて目の前の男が、ただのサラリーマンではなくヤクザだと思い知らされる。
「あそこにいたキレイなお姉サン達も皆アンタみたいなヤクザ者なワケ?」
秋本の後ろについて階段を上がりながら、聖澤は思わず尋ねた。先程窓口にいた女性従業員がヤクザだったら、人間不信になる。
「この扉は私しか入れません。おそらく彼らは自分達の雇い主の正体など知りはしない。なにせ裏にヤクザの事務所があって怖いと噂してましたからね」
冗談なのか分からないので聖澤が片眉を上げると、秋本は自嘲したように笑った。「事実だよ」
なるほど。だとしたら滑稽だ、と聖澤は遠慮なく笑った。事務所の扉の向こうが裏ビルに通じているなど誰も思わず、そしてこの秋本という上司がヤクザなど夢にも思っていない。これを滑稽と言わず何と言うか。
コンクリートに包まれた階段を丁度三回折り返したところで秋本は足を止めた。踊り場から裏ビル内部に通じるであろう防火扉には、四階の表示がある。
「ここ?」
聖澤は閉鎖的な上り階段にウンザリしてそう尋ねる。手が痺れて岡持ちを左手に持ち変えた。
「どうぞ」
防火扉を支えてくれている秋本に礼を言って裏ビル内部に踏み入れると、表にある店とは違って随分簡素だった。学校の廊下のような床、染みだらけの壁。長い廊下の突き当たりに、一つだけあるドア。
あそこに北垣がいるのか、と聖澤はひっそりとため息をついた。
彼の記憶の中の北垣というヤクザは、強面で暴力的で自分勝手な男だった。以前働いていたバイト先もクビになり、学校前までベンツを乗りつけたせいで教師から目をつけられ、迷惑なことこの上ない。
ウンザリしながらも覚悟を決めてドアをノックすると中から返事がした。久しぶりに聞く北垣の声は不気味に明るい。
嫌な予感がしながら聖澤がドアを開くと、目の前でくり広がれている光景に思わず絶句した。
そこは事務所で、大きなデスクが一つと来客用のコの字型ソファーがある。ファイルが収まっている大きめのキャビネット、法律関係の本。いや、現実逃避はやめよう。
目の前には折り重なった二人の影がある。
ボロ雑巾のように引き裂かれた衣類を羽織った男を、スーツ姿の北垣が犯していた。
「来たな小僧。今度のバイトはラーメン屋だってな。節操がねぇ。クビになったら今度は寿司屋か?フランス料理店か?」
息を弾ませながら北垣は言い、腰を振っている。後ろから犯されている男は長い茶髪を掴まれて呻き、顔は腫れあがり、鼻血が垂れている。床を見れば、飛び散った血飛沫と抜け落ちたにしては多すぎる髪、剥がされたらしい二つの爪。
「何やってんだ、アンタ」
ぞっとして思わず聖澤が眉を潜めると、北垣は口元を歪めて答える。
「見てわかんないか?遊んでんだよ。デスクワークに飽きたからな。暇つぶしさ」
一歩間違えれば自分もああいう風に犯されいたのかもしれないと、聖澤は冷や汗をかく。いや、過去形にするのは誤りかもしれない。
「出前、ここに置きますよ。御代はあの秋本さんって人から貰いますから」
聖澤が内心の動揺を抑えながら言い、デスクの上に注文の品を並べると、北垣が男を犯したままニヤニヤと笑った。
「どうした。珍しく可愛い反応するじゃないか」
図星をつかれて彼は北垣を睨み付けた。これで会うのは三度目だが、恐怖心が消えることはない。
早く逃げ出したい気持ちを抑えながら聖澤はドアに向った。ノブに手を掛け回すが、押しても引いてもびくともしない。鍵など掛かってないことは分かっている。答えは一つしかない。ドアの向こうで誰かが押さえているのだ。
「アンタ、どっちの味方だよ」
思わず舌打ちをして、ドアの向こうにいるであろう秋本に文句を言った。返事はなかったが。
「そんなに慌てずお前も楽しんでいけよ。ケツの穴は締まりすぎて痛いだけだが、フェラは結構イケると思うぜ。イケるよなあ?オイ」
北垣は男の髪の毛を掴んで上下に振ったが、相手は呻くだけで返事をしなかった。聖澤から見るに、反抗する意思はまだあるようだった。
「こっちからお断りですよ。アンタと同じように噛み付かれたら堪らない」
ドアを諦めて聖澤はそう言った。以前、北垣に咥えられた時、一度だけ噛み付かれたことがあった。その時はからかい半分ではあったが、今の男相手では本気で噛み千切られるだろう。
「いいじゃねぇか。お前の生意気なツラが痛みと恐怖で歪められるのを見たい」
「ふざけんな」
聖澤が唾を吐くと、北垣は目を細めた。そして背広から黒いものを取り出し、男のこめかみに向ける。それはよく昔遊んだオモチャによく似ていた。
「お前が噛まれそうになったらこいつの頭ぶっ飛ばしてやるよ」
外見通りに恐ろしいことを平然と言ってのけた北垣を聖澤は侮蔑の混じった目で見つめた。冷や汗が頬を伝い、顎から床に落ちる。
「いいね、その目つき。冷や汗だらけなのに、俺を軽蔑する余裕がある。早く来いよ。舐められるの、好きだろう?」
その台詞に聖澤は失笑した。北垣に近づき、虐げられている男を観察する。遠目からも酷かったが、近づいてより分かったことがある。後ろを犯されながら身体を支えている膝は今にも崩れそうで口は苦しそうに呼吸を繰り返していたが、目だけは爛々と怒りに燃えていた。
「誰がてめぇのなんか咥えるかよ」
男は血まみれの唾を聖澤の靴先に掛けた。彼自身、いざ男の目の前に立ったが、とてもじゃないがジッパーを下ろす勇気がなかった。
ふいにヒヤリとした硬質な物体で顎を撫でられ、聖澤は絶句する。先程まで男のこめかみにあった銃口がこちらを向いていた。銃で顎、首筋と撫でられて、乱暴に胸倉を押し開けられる。鎖骨辺りを撫でられて、北垣を見ると、明らかに欲情した視線を聖澤に向けていた。
「硬い感触は好きじゃない」
乾燥した唇で聖澤が目の前の北垣に訴えると、彼は舌なめずりして口元を歪めた。そして虐げている男に提案する。
「おい、遠藤、もしこのガキをイかせることができたら、てめぇの独立話に乗ってやってもいいぜ」
「ホ、本当か」
男は北垣が言った台詞に猛っていた瞳を和らげ、初めてまともな音量の言葉を発した。
「ああ。深町にも話をつけてやる。但し、しっかりイかせろよ」