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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。
北垣はそう告げると、目の前の聖澤に笑いかけた。黒髪の隙間から覗く瞳は冷たく、嘲笑が浮かんでいる。互いに睨み合い、見つめ合いながら、青年は自分のものを取り出して男に咥えさせた。その行為が淫らで。
「アンタは何をしてくれる?」
北垣は立場が逆転していることに気づいていなかった。好戦的に言われたその一言で手にしていた銃を手放した。間にある男の胴体越しに乱暴に青年の唇にしゃぶりつく。聖澤はその性急な口付けを受け止めて、自分も身を乗り出した。一物を男の喉奥にまで突っ込み、目の前の北垣に深くキスをする。
言葉を発せず二人はお互いの唇を貪りあった。いつしか北垣の目に余裕がなくなり、キスの合間に呼吸が乱れてきた。激しく腰を振り、欲情に溺れた顔をさらけ出す。そんな表情を視姦するように聖澤は眺め、北垣と舌を絡ませる。
「ッ、くっ」
北垣の眉間に皺が寄って大きく腰が痙攣した。熱い吐息を出して射精した彼は、息を荒げながら目の前の青年の反応を見る。聖澤は嘲るように微笑んでいた。
「秋本ォ」
青年の意思を確認すると、北垣は一物を抜いてドアの向こうにいる舎弟を呼んだ。穴から精液を漏らしている尻を蹴飛ばして、床に転がす。
「お呼びでしょうか」
秋本は目の前の状況に動揺することなく、北垣の脇に立つ。
「裏道にでも捨てておけ。深町に拾わせろ」
目の前の男は立ち上がる力もなく、腫れあがった顔に怒りに満ちた表情をのせていた。それを汚物を見るような目で秋本は見下ろす。
「断られましたらいかがしますか?」
「断らせるな」
「畏まりました」
秋本は頭を下げると乱暴に男の髪を掴み上げた。ぶちぶちと何本か髪が切れる音がしたが、構うことなくずるずると床を引きずっていく。その間、恐怖に怯えた悲鳴が男の口から発し続けられた。視線は唯一の部外者である聖澤に向けられ、助けてくれと手が向けられる。
彼はそんな姿を眉を潜めて見送った。止める権利などないことは自覚していた。いつしか悲鳴がドアの向こうへ消えていき、北垣が目の前に立っていることに気づいた。
「なぁ、お前、あの時勃ったのか?」
聖澤は咄嗟に何を言われているのか分からなかった。
「あの野郎の口で大きくなったのか?」
そこまで言われて彼は理解した。先程の3Pの件だ。こんな時に、と聖澤は呆れたが、北垣にとって今のやり取りは日常茶飯事なのだろう。
「ああ、気持ちよかったよ」
わざと揶揄するように言えば、北垣は鼻で笑った。
「はっ、嘘つくんじゃねえ。あんな野郎の舌テクでてめェが勃つかよ」
北垣はそう言うと自ら膝をついて、聖澤の一物に触れた。縮こまっているそれを嬉しそうに口に運ぶ。
口に含まれてたっぷりの唾液で濡らされて、聖澤は息を飲む。自然と膨らんでいくそれを見下ろせば、強面の男が夢中で舐めあげている。美味しそうにしゃぶる姿は滑稽であり、倒錯的な快感がある。
わざと喉奥に聖澤が押し込みと、ぐっと苦しそうに北垣は眉間に皺を寄せた。先程の男の時とは違い、完全に勃起している一物を差し込まれて相当な圧迫感に違いなかった。
「気持ちいいよ」
思わず聖澤が本音を言うと、咥えていた北垣が口を離して見上げてくる。上がった顎を撫でると、目を閉じて息を荒げる。少し伸びた舌から涎がしたたり、顎を濡らした。
「まるで狗だ」
聖澤が嘲笑すると、北垣は自らスーツを脱ぎだした。全裸になって先程男がしていたように膝をついて尻を上げる。射精したはずの竿は再び立ち上がり、ぬらリと濡れたまま。背中の天女の絵はおごそかで二の腕と腰を取り巻く蛇の絵は隠微であった。ゆっくりと聖澤がその刺青の入った背中を撫でると、震えた声が漏れ、鳥肌が立った。
聖澤は堪らなくなって服を脱いだ。肌を合わせたいと思ってしまった。
吸い込まれるように背中に顔を寄せて舐め上げると、びくびくと北垣が震えた。
「は、早く、」
性急に自分を求める声は正直で少しかすれていた。それをじらすように腰の辺りに舌を走らせ、蕾に指を入れる。いつものように抵抗なく入ってしまう。締め付けているのは反射ではなく、明らかに意志があり、視線に気づいて顔を上げれば、北垣が顔を傾けてこちらを伺っていた。
「ぁ、ァ」
聖澤が蕾に唇を寄せ、舌を入れて粘膜を撫で回す。手を伸ばして立ち上がっている竿の先端に爪を立て、尿道を虐める。
「ぐ、ャ、やめ、あぁッあッ」
痛みに呻きながらも絡み付いてくる蕾に聖澤は欲情を煽られる。目の前のヤクザは気づいているのだろうか。先程自分が辱めた相手と同じ痴態を晒していることを。
「アンタのせいで、またクビだ」
自嘲して聖澤は北垣に覆いかぶさった。肌が合わさって感じる体温は熱く優しい。首筋に吸い付きながら北垣を貫くと、悲鳴と嬌声が混じった声が上がった。
聖澤は自分の欲情に忠実になって腰を振った。北垣の穴はいつも女のように柔らかい。きっとこの男は準備してから己を呼んでいるのだ。どんな顔で穴を広げているのか想像して可笑しくなった。
「なァ、アンタここにいつも何入れてるの」
肌が当たる音、鼻から抜ける北垣の喘ぎ。床に爪を立てて快感に耐える北垣の手は先程から震えていた。その手を聖澤が上から握り締める。
「な、」
戸惑ったような声を出されて首筋を舐めると、快感を即すように蕾が緩んだり締まったりして絡みつく。
「今度は何もしないで俺を呼びなよ。狭いアンタに突っ込んで悦ばせたい」
「そんな状態でキモチイイ訳ねぇだろ、知識のねぇガキだな」
息を弾ませて北垣は笑う。
「いいんだよ。痛がるアンタが見たい」
「この変態が、ッあ、ッ」
「どっちが」
腰を深く進めて聖澤は苦笑した。周りには先程の男の髪の毛や血が残っている。そんな床に先走りの液を零して喘ぐ男こそ変態ではないか。
「アッ、あ、」
北垣は喘ぎながら腰を振って聖澤を受け入れていた。重ね合わせた手は相変らず爪が立っていて、大きく身体が揺れた時に床材の溝に引っ掛かった。気づいたのは聖澤の方で、当の本人である北垣は夢中でそれどころではないようだった。隙間に挟まった爪は割れ、中指の爪のまわりから赤いものが染み出てくる。
「爪が割れた」
眉を潜めて聖澤は言い、腰を動かすピッチを下げた。
「急に緩めるんじゃねぇ、よ、せっかくイきそうだった、のに、ッ、ぁはあっ」
文句を言いつつも感じているらしい北垣の声に聖澤は笑うと、胸の中で何かが疼いた。ゆっくりと背中に圧し掛かると、北垣の耳元で囁いてみる。
「ねぇ、アンタを抱きたい」
背中と胸を密着させて言われた台詞に北垣は動揺し、混乱した。しかし、ゆっくりと聖澤が腰を引いて繋がりを解くと、自然と仰向けに身体を返している自分がいる。
北垣の目の前には一人の青年。青光りするほどの黒い前髪の向こうで、凛として鋭く、艶やかな目がこちらを見下ろしている。
手を伸ばして頬に触れようとすると、爪から伝う血を丁寧に舐めあげられた。視線は北垣を射抜いたまま。
背中を駆け上がる衝動。
「早く、来い」
思わずそう口走っていた。
両足を抱くように聖澤が持ち上げて、柔らかくなっているそこに再び楔を打ち込まれる。
「ああ、」と北垣は目を閉じた。激しい快感ではないが、気持ちがいい。
北垣は聖澤の動きに酔った。ゆっくり味わうように動く腰。快感を求める種類のセックスじゃない、これは何だ。
聖澤の真意が知りたくて目を開ければ、予想していなかったような表情が目の前にあった。いつも会うたびに蔑んだ目をしていた男が、微笑みながら見下ろしていた。
「な、何て顔してやがる」
呆れ、動揺し、北垣が言うと、聖澤は目を細めて言った。「気持ちいいよ」
「ば、っか野郎」
悪態をついた北垣の唇を聖澤がゆっくりと犯していく。唇を舐められ、舌を吸われて、腰の動きが急に激しくなる。
「ア、っ、てめぇ、もう、」
緩急のついた動きに翻弄されて、せり上がってくるそれに北垣が眉を寄せると、聖澤も息を詰まらせた。痙攣するように腰が震えて青年の精が先に放たれたのが分かった。眉を寄せる切なそうな顔を見ながら、北垣も二度目の射精をした。快感に酔いしれるというより、不思議な気だるさを北垣が感じていると、聖澤はそんな彼の上に倒れこむ。全体重が北垣に掛かったが、聖澤の体重は想像していたよりもずっと軽かった。黒い髪が頬に当たり、しっとりと汗で濡れた肌が吸い付いてくる。
北垣は思わず聖澤の髪の毛に触れていた。艶やかで弾力のある感触だった。しばらく撫でていて、ふと彼の頭に浮かんだイメージがある。聖澤が白いシャツに黒い蝶ネクタイを締めていて、カップにコーヒーを注ぐ姿だ。
「お前、バリスタになれよ」
頭に浮かんだ光景を北垣は口にした。
「きっと似合うぜ。俺も美味いコーヒーが飲めるし一石二鳥だ」
「なんでバイト先までアンタに指示されなきゃならないの」
「麺類のところはヤめろ。今回みたいに伸びちまって喰えたものじゃなくなる」
「だからなんで」と聖澤は失笑した。全く人の話を聞かない男だ、と身体を起こして北垣を見れば、視線は自分を通り越して天井に向けられていた。
「そうしろよ」
聖澤に視線を合わせた北垣の目には光と鋭さが戻り、狂ったような熱は引いていた。
「もし俺がバリスタになったら、こんな風に呼びつけないと約束してくれるワケ?」
返事の予測はついたがあえて聖澤がそう聞くと、北垣は笑った。
「いやだね。てめぇの都合に合わせるのなんか真っ平ごめんだ。俺の呼び出しを断りやがったら、その店をぶっ壊して、店主と店員に借金負わせて首が回らないようにしてやる」
「アンタならやりそうだ」
聖澤は苦笑しながら繋がりを解くと、脱ぎ散らかした衣服から煙草を探して一本咥えた。
「まさかアンタまで喫煙禁止っていうんじゃないよね?」
以前秋本に煙草を注意されたことがあったので北垣にそう聞くと、彼は「まさか」と笑った。
「俺なんか小学生の時から吸ってたぜ。俺にも一本寄越せ」
指を二本伸ばして要求されて、聖澤は煙草をそこに挟めてやった。二人分の火をライターで点けて、互いに紫煙を吸い込む。しかしすぐに北垣の眉間に皺が寄った。
「なんだよ一ミリか?軽くて吸った気しねぇな。ガキの吸う煙草かよ」
「悪かったね」
聖澤が文句を言った時に顔をしかめた北垣と目が合った。紫煙を吐き出しながら何かを待つように見られて、聖澤は察したように北垣に唇を寄せた。
電話が鳴る。
無粋に響き渡るベル音に北垣は小さく舌打ちをすると、立ち上がってシャツを羽織る。デスクチェアに腰掛けて電話をとった姿は、下半身は裸のまま、上半身も前が開いていて、扇情的というより威圧的だった。目つきは先程にも増してギラついていて、正直、聖澤はヤクザであるこの男は苦手だった。
「おい、どこに行く」
聖澤が身支度を整えてドアに向うと、電話中であった北垣から声が飛んだ。振り返ると、受話器を手で押さえてこちらを睨んでいる。
「今日はまだ時間があるんだ。勝手にどっかに行くんじゃねぇよ」
その言葉に聖澤は眉を寄せて笑った。
「仕事中のアンタは苦手なんだよ」
床には無造作に銃が置かれたままで、黒い穴が靴先を向いていた。何気なく手を触れると、ぞっとするほどの重量感で鳥肌がたつ。オモチャのような質感であることは変わりないが、明らかに詰めれられているのはプラスチックではなく鉛だった。
北垣に近づいて聖澤がその銃をデスクの上に置くと、押さえつけられるように手を重ねれられた。立ち上がった北垣が噛みつくように聖澤の唇を奪う。激しいキスの間、電話からは怒鳴るような声が聞こえ、彼の尻から白い液が漏れて内腿を濡らした。
キスを終えて視線を絡ませると、北垣の目が再び光を取り戻す。聖澤の肩を乱暴に突き飛ばした。
「いけよ小僧。仕事中の俺は嫌いなんだろう?」
そう言って黒い銃を向けてきた北垣に聖澤は嘲笑を浮かべた。行くなと言ったり行けと言ったり、「そうやって脅して何人殺したことあるの」
「お前には関係ない」
「どうして?言ったほうがビビってアンタに従うかもよ?」
目を細めて聖澤が北垣を挑発すると、彼は顔を歪めて言う。その音域は限りなく低く。
「本当のことを言おうが嘘をつこうが、その答えにお前はきっと去っていく。俺はお前を失う選択はしない」
銃身の黒い穴は微かに震えているのに、北垣の瞳は殺気と恐怖が入り混じった複雑な色をしていた。それはまるでタイトロープのように不安定で。
「今日はやっぱり帰るよ」
聖澤は優しく笑うと軽い口調でそう言った。銃を持った北垣の胸に唇を寄せて丁度乳首の上辺りで強く吸い付く。
「っ、」と北垣が痛みで息を詰まらせると、青年の唇が離れた。赤く色づく華。
「電話出なよ。怒鳴っているくらいだから上司なんでしょ?」
デスクに置いた岡持ちを持ち上げて聖澤は北垣に笑いかけた。その台詞に北垣が未練がましく聖澤の頬に触れると釣りあがった綺麗な瞳と目が合う。吸い込まれるようにキスをして舌を絡ませる。
「今度は電話に出ろよ、英志。言い訳して出なかったら承知しねぇからな」
聖澤は急に名前を呼ばれて驚きながらも、苦笑した。
「アンタのほうこそ授業中に掛けるのやめてよ。アンタ社会人、俺学生。もう少し考えてくれてもいいんじゃないの」
「ふざけんな。誰がてめぇの都合に合わせるかよ」
「全くアンタらしいよ」
呆れながらドアの向こうに消えていった青年の影と足音を北垣は追いかけ、ようやく先程から怒鳴り散らしている電話を耳に当てた。長々とした南田の説教を聞きながら北垣は言い訳をする。
「許してくださいよアニキ。ようやく見つけた男引き止めるのに必死でしてね」
そして新しい煙草を咥えてブラインドの隙間からビル下を覗く。秋本に誘導されて裏口から出てきた青年の姿は背がピンと伸びていて美しい。
「大目に見て貰えませんかね。なにせ、久しぶりの恋なんっすから」
了