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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

欲望の原点は少しの空腹と深い渇望

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   *
 後日、北垣は数ヶ月ぶりに自宅にいた。煙草を吸いながら新聞三誌に目を通す。
 あれから彼の日常は大した変化は遂げていなかった。南田とは相変らず連絡をとっているし、秋本も復帰した。実際の親兄弟同様、盃を交わした以上、どんなに厄介でも兄弟の世話する義務があるのは当然なのだった。
 一つ変わったことといえば、あの日以降聖澤とは連絡をとっていなかった。コーヒー店のバイトをクビになって以後の動向を彼は把握していなかった。学生である以上、学校には通っているだろうが、以前のように押しかける真似はしていない。秋本が仕組んだこととはいえ、組員に露見した今、これ以上の付き合いはリスクがあるのは事実だった。
 彼はこのような経験を何度もしてきたので感情の切り替えは早かった。所詮自分はヤクザであり、相手はカタギの、しかも今回は未成年である。首輪を外した以上、戻ってくるはずもないことは分かりきっていた。
 新聞を読み終えて時計を見ると、丁度昼過ぎで腹も少し減っていた。いつも通り出前でもとろうかと思案している所に、チャイムが鳴った。
 北垣は不審に思う。
 マンションの関係者は自分がヤクザだと知っているから近寄りもしないし、逆に身内で知っているものは数えるほどしかいない。
 一体誰だ?
 ロビーが映るインターフォンの画面を見て北垣は絶句してしまった。信じられない思いで通話ボタンを押す。
「何しに来やがった」
 画面越しの男は、俯き加減で表情が読めなかった。ただ、相変らずの漆黒の髪で口元には揶揄するような笑みが浮かんでいる。
 この態度に北垣は失笑した。初めて肌に触れた日を思い出して身体が熱くなり、マンション入口の開閉ボタンを押してやる。あの時と同じように男はドアが開いたことを確認すると、無言でそちらの方へ足を向けた。
 五分とたたずに玄関のベルが鳴る。北垣がゆっくりと玄関に向うと、手ぶらで私服姿の青年が嘲笑を浮かべてそこに立っていた。
 気づけば北垣は噛み付くように聖澤の唇にむしゃぶりついて、ドアの中に引きずり込んでいた。どうしてこの青年が戻ってきたのか考えるのは二の次だった。とにかくこの唇を、舌を、味わいたかった。
 逃がしたくない一心でチェーンロックと鍵を二つ掛ける。キスをしながらの器用な行動に青年が苦笑したのが分かると、北垣は顔を離して威圧するように低い声を上げた。
「出前を届けに来たんだろ小僧。モノを出すまで帰らせねぇよ」
「やっぱりアンタは相変らずだ」
 聖澤は呆れたように言うと、北垣と視線を絡めて再び唇を合わせた。今度は青年が主導で北垣の口内を蹂躙する。北垣のシャツを引っ張り、肩をはだけさせながら舌を舐め上げる。二の腕の蛇が懐かしく、首筋から肩に唇を滑らせると、抱いていた身体が少し震えた。
「ここ数ヶ月、どうせお盛んだったと思ったけどそうでもないワケ?」
 この性欲の塊のような男が数ヶ月も一人身でいるわけがないと思った聖澤の読みは実は正解で、事実北垣は青年と会う会わないに関わらず、不特定多数と関係を持っていた。北垣もそれを否定しようとはしない。飄々と目の前の青年に言ってやる。
「てめぇは別腹だ」
「へぇ?光栄だね」
 聖澤の瞳に一つ光が宿って、唇が肩から胸に下がった。既に膨らんだ突起を吸われて北垣は眉間に皺を寄せる。段々と上がってきた息を抑えるように、聖澤の黒い髪をかきむしり、頭を抱え込んだ。甘噛みされて、反対側を指でもまれて我慢がきかなくなる。
「おい、もったいぶってないでさっさと寄越しやがれ」
 いつも通りに性急に要求してきた北垣に対して、聖澤は眉間に皺を寄せた。せっかく人目もないし、時間もあるというのにこのヤクザは相変らず即物的だ。
「まさか玄関で済まそうってんじゃないよね。初めて来た時より対応が悪い」
「お前に場所を選ぶ権利があると思ってんのか?四の五の言ってないで早くしろ」
 北垣は潤んだ目で聖澤を睨みつけ、ほとんど脱げ掛けているシャツを投げ捨てる。そして青年のベルトのバックルにまで手を掛け始めたのを見て、聖澤は本気で呆れてしまった。
「アンタはどうしてそうなんだ」
 妙な苛立ちを感じて聖澤は呻くような声を上げると、力任せに北垣の半裸の身体を抱きしめた。予想外の青年の行動に北垣は身体を硬直させ、ベルトを触っていた手は所在無く下ろされた。背中をきつく抱く青年の腕に戸惑い、文句を言おうにも言葉が出てこず、鼓動は壊れそうな位うるさかった。
「馨」
 ふいに耳元でそう囁かれて北垣はぞくっと身を震わせた。身体を締め付けていた聖澤の腕が解かれ、顔が目の前に来た。釣りあがった瞳は相変らず鋭くきれいで優しく細められている。
 ゆっくりと時間が流れるような錯覚を受けた。青年は焦らすように顔を傾け唇を重ねてきた。それは今までした口付けの中でも一番優しく、染み入るようだった。離れていく体温に北垣は名残惜しさを感じた。それはいつもとは違う感覚だった。
「まさかこれで終わりじゃねぇだろうな」
「それはアンタ次第」
 ニヤリと笑いを返したその笑みは普段の青年のもので、北垣は思わず苦笑してしまった。少し思案してから顎をしゃくる。
「来い」
 案内したのは北垣の寝室だった。滅多に使わないベッドで、乱暴にベッドカバーを剥ぎ取るとふわりと風が舞う。振り返り、後ろの青年に言った。
「満足か、餓鬼」
 馬鹿にした口調の言葉を受けて聖澤は薄く笑うと、遠慮なく北垣をベッドに押し倒した。貪るように唇を味わって視線を絡めると、北垣は息を荒げながら聖澤のシャツのボタンを外していった。彼としても望むところで、北垣に跨りながらシャツを脱ぎ、全裸になった。眩しそうに見上げてくる北垣の衣服も剥ぎ取ると予想通りもう興奮していて、早く触れて欲しいと訴えるようにそそり立っていた。赤黒く充血したそれの先を指で触れると、先走りが糸を引く。
「ずいぶん濃そうだ」
 聖澤は自分に対する北垣の口淫を思い出しながら、小さな欲求の赴くまま唇を寄せていった。
「ば、や、っやめ、ぁ、ああっ」
 まさか自分がされると思っていなかったらしく北垣は慌てて青年の前髪を引っ張り上げた。ぶちぶちと何本か抜ける感触がして聖澤が顔を上げると、北垣の手にはぎょっとするくらいの量の髪が握られていた。思わず青年が抗議の視線を向けると上ずった声で一喝。
「俺の楽しみを奪うんじゃねぇ」
 呆気にとられた聖澤だったが、だったらとばかりに後ろの蕾に指を這わせた。
「こっちは俺の楽しみってことでいいわけだ」
「ぁ、ッ」
 硬く締まっている蕾を撫でるだけで北垣の腰が揺れた。今日は青年が不意打ちで訪れたために何も準備をしていなかった。どうする気かと北垣が聖澤を観察すれば、彼は枕を腰の下に滑り込ませて自分の指をしゃぶり始めた。たっぷりと唾液を絡ませながらも北垣から目を離そうとしない。ゆっくりと蕾に埋められていく指。乾いたところを無理やりこじられる感触に北垣が眉間に皺を寄せていると、聖澤が覆いかぶさってくる。舌を絡み合わせ、唾液が糸を引く。北垣は身体を奥を責められて芯が熱くなる。今日の青年の行為はよく言えば丁寧で、悪く言えばまどろこしい。まだいつもほど解れてはいなかったが、北垣はもう待ちきれないほど興奮していた。
「は、早くしろ。俺を悦ばせてくれるんだろう?」
 欲望の赴くままいつも通りに訴えると、聖澤は少し目を細めて微笑みを浮かべた。それが何かを訴えているようで北垣はガラにもなくギクリとした。
「アンタに何を言っても無駄なんだろうな」
 それは青年の諦めに似た独白で、北垣は訳が分からず眉間に皺を寄せた。
「お前、何をごちゃごちゃと、ァアッ」
 尋ねている最中に聖澤はゆっくりと一物を蕾に押し付けてきた。熱い肉棒の感触に北垣が喜んでいると、今度ははっきりとした嘲笑を浮かべて腰を進めてくる。
「ホラ、アンタの欲しかったものだよ。充分に味わえば?」
 ダイレクトに前立腺辺りを突付かれて、北垣は眩暈がした。勝手に腰が動いて聖澤のものを深く迎え入れる。
「ぁ、い、いい。もっと、もっとだ英志、ぁ、ああッ」
 もうイきそうだ、と北垣が視線を聖澤に向けると、青年の目つきが酷く冷めていることに気づいた。確かに腰つきは情熱的で全身にも高揚した汗が浮かんでいるがそれだけだ。
 北垣は奥歯をかみ締めて射精感に耐えた。何となくこのまま勝手にイってしまうとこの青年を失うような予感がした。
「どうしたの?もうイきそうなんでしょ?イきなよ馨」
 恐ろしいほど優しい声で煽るその言葉に危機感を覚える。北垣は聖澤の頬を捕まえて夢中で唇を貪った。動く腰を足で封じて、根元まで受け入れると青年を抱きしめた。
「お前は俺のもんなんだよ英志。どこにも行かせねぇ」
 急に必死な声を上げた北垣に聖澤は少し驚いたもののゆっくりと背中を抱き返した。互いの肌は熱く、汗で密着する。
「じゃあアンタも俺のものってことでいいのかな」
「ああ」
 耳元で、予想だにしない程よどみない答えが返ってきて聖澤は急速に身体が熱くなった。
「ぁ、」
 北垣は自分を貫くものが容積を増したのを敏感に感じ取り、快感に眉を寄せた。抱いていた腕を解いて改めて互いに視線を交わす。深いキスの間、青年の腰がゆっくり動き出した。ゆるやかに、段々と激しくなっていく。
「ようやく俺もアンタを独占できる」
 聖澤は吐息混じりにそう呟く。いつもは遠くを向いている北垣の視線が、今日は自分を捉えて離さない。それが心を満たしていく。
「お、前、そのツラやめ、ぁあ、っ、」
「んなこと言ったって自分の顔は分からない」
 微笑んで聖澤は再び北垣に口付けをした。目の前のヤクザの顔は真っ赤で、興奮というよりは照れているようにも見えて胸が熱くなる。
「ぁあ、馨。もうイきそうだ」
「イケよ。イって俺の中を満たしてくれ」
「そのセリフ、反則、ッ、くっ」
 聖澤はぶるっと震えて北垣の中に射精した。何度も何度も腰が痙攣した。最後の一滴まで彼は出し切り、北垣はその波に溺れながら弾けるように自分の精を放出させた。

「で、てめぇは何しにきやがった」
「は?」
 聖澤は隣で寝転びながら煙草を吸うヤクザを信じられないという顔で見返した。「今それを聞くワケ?」
「当たり前だ。俺は数ヶ月ぶりに家に帰ってきたんだぞ。偶然じゃねぇだろ。ここにいるのを知らせた馬鹿は想像できるとして、お前の意図が分からん」
「アンタを抱きに来た、じゃ理由にならないワケだ」
 からかうように聖澤が言えば、北垣は馬鹿にしたように鼻で笑った。その態度を横目で見ながら青年はため息をつく。まあいいか、とばかりに伝えようと思っていたことを口にした。
「しばらくは逢えなくなりそうだから、それを言いに」
「ああ」と北垣は合点がいったように煙を吐いた。秋本の一件がなくてもいずれそうなることは分かっていた。「そういやお前コウコウセイだったな。どこを狙ってる?」
「T大商学部」
 自分の煙草に火をつけて聖澤が答えると、北垣は満足そうに笑った。
「いいチョイスだ。法学部とか馬鹿なことを言い出さなくてよかったぜ」
 馬鹿なことねぇ、と聖澤は苦笑すると隣の北垣に視線を向ける。「てっきり反対されると思ったよ」
「はン、反対する道理はねぇだろ。これからはここの時代だよ。どんなに腕っ節が強くても一つの知識には敵わない」
「詩人だね」
「馬鹿にしてんのか」
 不満そうに鼻を鳴らした北垣に「まさか」と聖澤は微笑み、顔を近づけた。北垣は咥えていた煙草を指に持ち替えてキスを受け入れる。
「まだ一年あるから、出前の電話、待ってるよ」
「受験生がずいぶん余裕じゃねぇか」
「大学に行ったら今みたいに頻繁に逢えないからね。今のうちにヤリ貯めしておきたい」
「ふざけんな。てめぇは俺のモンだって言っただろ。どこに行こうが追っかけてやるよ。お前も俺が欲しいんだろ?」
 そう言った北垣の目は鋭く迫力があったが、暴力的なそれではない。どことなく余裕と甘えがある。やはり事務所ではなく家に押しかけたのは正解だったなと聖澤は密かに微笑んだ。
 今日は時間がたっぷりある。
「そうだね。アンタのことがもっと知りたいよ」

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