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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

夢ならどうか醒めてくれ

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 世の中は不公平にできていて、顔も良ければ仕事もできるという種族が確かに存在する。
 俺の知っている愛甲という男がそんな人間で、この日もヤツは俺の目の前で胡坐をかき、ビールを煽り、げっぷをし、目の前に広げている青年紙に載っているグラビアの胸の形が悪いと文句を言っていた。
「なんだ、じろじろ見て」
 愛甲は俺の視線に眉を寄せると、傍らにあるいびつな形のアルミ灰皿を引き寄せて煙草を咥えた。
「お前がなんでモテるのか分からん」
 俺がぼやくように言うと、愛甲はふふんと得意そうに唇を歪めて火をつける。
「周りに見る目があるのさ」
「私生活、最悪なのにな」
「ほっとけ」
 そう、愛甲は外面がいい。モテるように努力をしていると置き換えてもいいかもしれない。人の目を常に意識していて、部屋もフローリングの1DKで家具は白と木目調で整えられている。ソファーはカバーが掛かっていて肌触りのいいクッションが置いてある。しかしながら、今我々がいるのはそのリビングダイニングではない。隣のベッドルームだ。ぴかぴかに磨き上げられている床に二人で胡坐をかいて、缶ビールを片手にグラビア雑誌を肴に駄弁っている。
「あのよ、いい加減ベッドルームで飲むの嫌なんだけど」
「なんだ今更」
 あまりにもきょとんとした顔で言われたので、俺は呆れてしまった。
「今更じゃねえよ。お前もどうしてあの立派なソファーに座らねえの」
 俺がビールを持ったまま人差し指をリビングに向けると、愛甲は頭を乱暴に掻きながらふて腐れたように言う。
「俺、床の方が落ち着くんだよな。元々貧乏暮らしだったから、椅子の生活って慣れなくて」
「だったらなぜ買ったんだよ?」
「女が好きだから」
「は?」
「ソファーのない部屋だとウケが悪いんだよ。あとフローリングな。パンツが反射してみえるくらいピカピカの」
 ぱんつ…、俺は床に反射された女性の足と下着を思い浮かべた。あまりに悪趣味な表現だったので「鏡でも置いておけ」と吐き捨ててやったが、愛甲は気にも留めず続ける。
「その点ここだとヤルことは一つしかないから多少汚れていても女は気にしない。まあシーツと枕カバーは小まめに洗濯するけどな。以前、長い髪の毛がシーツに付いてて、ショートカットの女とひどく揉めてね」
「聞いてねえよ」
 いつの間にか自慢話になったのでぴしゃりと言うと、愛甲は口元を歪めてビールを煽った。
 つまりはこういう努力をしてこそモテるのでると奴は言いたいのだ。いつも「モテない」と愚痴を言うたびに愛甲は俺に言う。努力が足りない。意識が足りない、と。確かに俺は努力してないと思う。積極的にコンパに参加したりもしないし、正直女性と一緒にいるよりも友人たちと馬鹿話をしながら酒を飲んでいる方が楽しい。
「だから駄目なんだよ、お前は」
 既にその飲み友達である愛甲は、この日も俺を馬鹿にしたような目を向けたのだった。
 愛甲との酒盛りはいつも通りグダグダのダラダラだった。仕事の愚痴から女の尻の形まで一通り喋り、奴は腰を上げた。床には飲みに飲んだビールの缶がずらり。それでも飲み足りなくて焼酎を取りにダイニングに行く。俺はそんな愛甲の後ろ姿を見送り、何と気なしにベッドルームを眺める。ベッドにはきっちりカバーが掛かっていて皺一つない。もちろん俺がこの上に腰掛けるなどご法度だ。一度凄い剣幕で怒られたことがあるので背もたれにすることもない。今は蛍光灯がついていて明るいが、きっと事に及ぶ時は枕元にあるオシャレな室内灯をつけるに違いない。もしかしたらBGMも流すかもな。そこまで考えて、ぷぷっと可笑しくなった。愛甲はいつも取り澄ました顔をしているから、きっと女を抱く時もキザに違いない。本当はだらしない男なのにご苦労なこった。
 最後のビールを煽りながらそんなことを考えいたからだろうか、口からビールが溢れて床を濡らしてしまった。
「はは、失敗。失敗」
 俺は一人で笑って口元を拭う。そしてティッシュを探した。女を抱く為のベッドだと公言するからには常備しているはずだと思ったが、はて見当たらない。
「おーい、ティッシュどこだ?」
「ティッシュ?ああ、ベッドの下だ。それより前来た女が甘ったるいカクテルを置いていったのを忘れていた。焼酎じゃなくてこっちでいいか?お前、甘いの好きだろう?」
 俺はベッドの下に手を突っ込みながら「おー」と返事をした。大きめのベッドカバーのせいでベッドの下が見えないので手探りでそれっぽい箱を探りあてて引っ張りだした。出てきたのは確かに大きさはティッシュボックスに似ているが上に穴がない。
「ん?」
 俺は首を傾げながら蓋を開けた。愛甲のことだからティッシュ自体に細工がされていてもおかしくないと思ったのだが、出てきたのは、ぶどうのような色をした球形の7連飾りだった。愛甲には似合わず随分可愛らしい飾りだなと思って手にとって眺めていると、持ち主がリビングから戻ってくるところだった。
「丁度よかった、これ・・・?」
 口からほとばしったのは悲鳴なのか怒号なのか分からないが、奴は何かを喚きながら俺から飾りを奪うと、慌てて箱の蓋を閉めた。
 俺は唖然とした。「なに慌ててんだ?」
「お、お前って奴は恥知らずな奴だなッ」
 愛甲は顔を真っ赤にしながらそう俺を怒鳴りつけた。この態度から察するに、あの飾りはただの飾りではなかったらしい。俺がどうしたものかと考えている間に、奴の方が赤い顔をしたまま不審そうに眉を寄せた。
「お前、まさか、今持ってたのが何か分かってないのか?」
 俺が肯定すると、愛甲は大きく安堵のため息を付いた。そしてやれやれといった風に改めてベッドの下からティッシュを取って俺に渡してきた。「ほら」
「すまん」
 俺は素直に当初の目的のものを受け取って、零したビールを拭いた。目の前の愛甲はすっかり落ち着いたらしく、煙草を咥えているところだった。
「なぁ」
「なんだ」
「あれ何だったんだ?」
「忘れろ」
 煙を吐き出す愛甲は容赦ない。
 俺は面白くなかった。愛甲があそこまで動揺する姿を初めて見たのだ。簡単に引き下がりたくなかった。
「へー。じゃあ誰かに聞いてみよう。ぶどう色してて二センチぐらいの球がついた・・・」
「うぁああぁ」愛甲がまた喚き出した。そして唇をわななかせて睨みつけてくる。「お前、卑怯だぞ」
「卑怯って」俺は呆れた。
「理不尽なのはお前の方だろ」
 うっと愛甲は声を詰まらせてまた顔に血を昇らせていた。俺はそんな珍しい光景をカクテル缶片手に楽しんでいたが、ふとここが何の為の部屋だったか思い出した。
 もしかして。
「あ、分かった。もしかしてあれ大人のオモチャ?」
 どうやって使うのか想像つかないが俺が当てずっぽうで言うと、愛甲は箱を抱えたまま顔を伏せて肩を震わせていた。見れば耳まで真っ赤だ。
「当たりか?・・・おま、その反応はないわ。
人前で平気で屁をしたり鼻くそ掘ったりするのになに今更照れてんの」
 俺がドン引きして言うと、愛甲は顔を上げて睨みつけてきた。
「普通性癖を知られたら恥ずかしいだろうが!」
「女抱く度に、緩かったキツかったと俺に報告する男が何を今更」
 俺が呆れると、愛甲は赤い顔をしたままフンと鼻を鳴らした。そして煙草を灰皿に押し付けながら聞こえるか聞こえないかの声で言う。「知られるのと言うのとは違うんだよ、アホ」
「は、はは。それにしてもお前さすがだな。やっぱりお前ぐらいになると普通のセックスじゃ満足できないわけ?」
 努めて俺は明るく言ったつもりだったが、愛甲の顔はますます真っ赤になっていき可哀想なぐらいだった。
 虐めすぎたかなと俺は少し反省した。愛甲は機嫌を損ねると結構尾を引く。職場でもプライベートの出来事を引きずるのだ。面倒くさいことに。大体、この男は俺にだらしない格好ばかり見せる癖にやっぱりプライドが高いやつで恥をかくのが大嫌いで。俺が道化を演じた方がうまく行くのだ。
「なあな、俺こういうの見たことないんだよ。ちょっと見せてくれよ」
「な、」
 赤い顔で驚いた愛甲から箱を奪うと、俺は蓋を再び開けて飾りを手に取った。愛甲はバレた以上俺にヘタな小細工をしないほうがいいと腹を括ったのか、口を真一文字に結んでふて腐れたように腕を組み出した。
 俺はその飾りをぷらぷらと振りながら改めて眺めた。そして球に触る。弾力がある。プラスチックとも違うが、シリコンというやつかもしれない。
「お前、汚い手で触るな」
 眉を潜めながらそう注意してくる。そうか、大人のオモチャだったらアソコに使うのだからベタベタ触るべきではなかったのかも、と思ってから首を傾げた。
「あれ、これって動いたりしないよな?」
「見て分かるだろう。電動式なワケあるか」
 馬鹿にした声が聞こえて俺はむっとした。
「俺はお前と違って遊び慣れてないんだよ。どうやって使うんだコレ」
「そ、」と言いかけて愛甲は絶句した。目が泳いでいる。「入れて使うに決まってるだろう」
「でもよ、女抱くだろ?アソコは自分のナニで埋まってるじゃないか。ん?入れる前に使って遊ぶわけ?」
「そ、そうだな」
「ふぅん。でもこんなんで本当に気持ちいいのかねぇ。バイブとかだったら何となく気持ち良さそうな気はするけど」
 俺が感想を言うと、愛甲はほっとした笑みを浮かべた。どうやら俺が半分興味をなくしたことに気づいたらしかった。そこで奴は気が緩んだらしい。得意げにこう口を開いた。
「だからお前は駄目なんだよ。これは抜く時がイイんだ。背中がぞくぞくして今まで味わったことがないくらい気持ちがいい」
「え?」
 あまりにもリアルな感想に俺が驚いていると、愛甲はまだ気づいていないらしく不審そうに片眉を上げてこちらを見ていた。

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