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a piece of cake




 目の前に置かれた、見たことも聞いたこともないくらいに大きなケーキ。
 クリームの上には、溢れるくらいにふんだんに、フルーツが山盛りに載っている。
 甘いものが苦手な片割れも驚いているのが伝わってくる。小さな手をぎゅっと握りしめて、ジーンは養母の紫色の瞳を見上げた。
「ルエラ?これって」
「あなたたちのバースデーケーキよ?今日だって聞いていたけれど、間違いだったかしら?」
「あってる、けど………」
 なかば呆然としたまま、ジーンは片割れとケーキを見比べた。
「オリヴァーは甘いものが苦手でしょう?だからフルーツ中心にしたの。フルーツは好きでしょう?」
 言ったこともないのにこともなげに言い当てられて、双子の片割れは僅かに目を瞠った。
「なんで、わかったの?………ナルがけっこうくだもの好きなの」
「あら。見てればわかるわ。まだ何ヶ月かしか経っていないけれど、私お母さんですものね?」
 ルエラはくすくす笑って、二人に椅子に座るように促した。
「さあ、お座りなさい」
 まだ少し高い椅子に座ると、ケーキを挟んだ向こう側でマーティンが微笑していて、双子はラインをつなぐのも忘れてちらりと互いの顔を見た。
 
 ────誕生日を祝われたことがないわけじゃない。
 けれど、これから何がはじまるかは、ふたりがかりでも、ぜんぜんまったく見当がつかなかった。
 ただ、解るのは、ルエラとマーティンが楽しそうなことだけで。

「もうすこし大きくなったらシャンパンを開けるけれど、まだ、今はお茶ね」
 言いながら、ルエラが紅茶を配る。
 たぶん、「とっておき」のお茶なのだろう。いつもより、特別にかおりがよくて、ジーンは湯気を吸い込んだ。琥珀色の波紋を見つめるナルの瞳には、相変わらずあまり表情は浮かんでいない。
 ルエラがお茶を配り終わると、マーティンが穏やかな笑顔を浮かべて口を開いた。
「誕生日おめでとう、ユージーン、オリヴァー」
「おめでとう、ふたりとも」
「………ありがとう。………ナル」
 戸惑いながら応えたジーンは、肘で弟をつつき、ラインをつないで強く言った。
『ちゃんとお礼言わなきゃ駄目だよナル』
 片割れから伝わってきたのは憮然とした空気だったが、それでも彼は口を開いた。
「────ありがとう、マーティン、ルエラ」
 幼い二人の、戸惑いながらの小さな声。
 二人の顔に、満面の笑みが浮かぶ。
「プレゼントがあるのよ」
「開けてみなさい」
 テーブルの、二人の席の横に置かれていた包みを目線で示されて、双子は一瞬顔を見合わせた。
 申し合わせたように───実際、ラインはつなげていたわけだけれど───ふたりは、小さい方の包みを先にとりあげる。
 慎重な手つきで包装を剥がすと、新しい服とカードが出てきて、二人は同時にルエラを見た。
「あら良く分かったわね?それは私からよ。似合うと思うわ」

 真新しい、色違いのベストとネクタイ。
 紺と深緑をベースにしたベストは、大人びてはいたけれど、この二人には似合うと思ったから選んだ生地だった。ふたりとも、こどもらしい服を着せるには、あまりにも美しすぎるように思えたし、漆黒の瞳は深すぎるのだ。

「ありがとう、ルエラ。……でも、この前」
「スクールの制服をもらったばかりだけど」
 珍しくナルが口を開いて、ルエラは微笑した。
「あれは必需品でしょう?これはプレゼント。ぜんぜん別のものよ」
 確かに名門といわれるパブリックスクールの制服は安物ではない。仕立ても生地も上質のものだ。
 けれど、それとこれとは本当に別、だった。
「さあ、ふたりとも、もう一つを開けてごらんなさい。マーティンが待ちかねているわよ」
 くすくす笑った養母の顔を見て、双子は同時に養父を見る。穏やかな微笑は変わっていなかったが、なんとなく促されるような雰囲気を感じて、ふたりとも手に持っていた包みを置くと、もう一つの包み───というよりは、箱を取り上げた。
 ジーンのものはほぼ立方体、ナルのものは直方体だ。
「重いから二人とも気をつけなさい」
 穏やかな注意が聞こえて、ふたりはテーブルの上の、ティーセットの隙間に箱を置くと、丁寧に包装紙を開いた。
 ジーンのものは黒い紙箱、ナルのものは茶色の木箱がでてきて、二人は一瞬だけ目を見交わした。

 先にナルが木箱の掛けがねを外すと、ぱたんと片方の板が倒れて、テーブルに開いた。───幸い何もない場所だったが、ナルは掛けがねをかけ直して、慎重に何もない場所に移動してから、もういちど開き直す。
 美しい、白と茶色の升目のボードが現れて、スライド式で外せるようになっていた箱には、白と黒の駒が入っている。美しい細工のそれは、持ち運びのできるチェスボードだった。子どもがもつには上質過ぎるほどの。
「…………チェス?」
「そう。本を読むのもいいが、そういう遊びもいいものだ。お前は頭がいい。すぐに大人ともできるようになる」
 チェスは、高度な知的遊戯だ。年齢的には早すぎるかもしれないが、頭のいいナルはすぐにルールを飲み込むだろうと思ったし、それにマーティンには、ひとりになりがちな彼を、コミュニケーションの場に出させないかという思惑もあった。
 養父の思惑に気付いたのかどうか、黒い瞳にはなにも顕さずに、幼い少年はただまっすぐに顔を見て口を開く。
「ありがとう」
「ルールの本は私が持っているから、あとで私の書斎に取りに来なさい」
「はい」
 ナルが頷いて、ボードを片付け直す。
 それと並行して、ジーンは黒い紙箱を開けた。中から、丸い球体のスタンドを取り出す。

 真鍮らしき台に、黒い球体がおさまっている。形状としては地球儀に限りなく近いが、地球儀ではない。青くはないし、陸地の絵もない。ひたすら真っ黒な球体に、ジーンは首を傾げた。
「……………?」
「天球儀だよ、ジーン」
 マーティンは言って、真鍮の台座の裏を示した。
「これがスイッチ。ここにコードが入っているよ。あとで部屋を暗くして試してごらん。この前、興味を持っていただろう?」

 たまたま遊びに行ったマーティンの友人の家で、地球儀と月球儀、それに天球儀が並んでいて、ジーンは珍しい天球儀をずっと眺めていた。もちろん触ったりはしなかったけれど、それをマーティンは見ていたのだ。
 あの天球儀には、星が銀色のポイントで示されていたが、これは小さくあけられた穴から光で星を示すもので、このほうが子どもは喜ぶだろうと思った。

「私は法学を専門にしているし、二人ともSPRにつれてきたが、別にその方向にとらわれることはないんだよ。これはオリヴァーもだが、いろいろな分野に興味をもつのはいいことだし、それに必要なものがあればいつでも言いなさい。………天球儀は、気に入ったようだったからね」
 笑ったマーティンに、ジーンは言葉を失うようにしてじっと見つめて───天球儀をそっと指先で辿って、そして。
 ぱっと、花火が開くように、笑った。
「ありがとう、マーティン。大切にする」
「喜んでくれて私も嬉しいよ、ユージーン。オリヴァーも」
 マーティンは頷いて、並んで座り直した子どもたちに穏やかな微笑を向けた。
 
 そこへ、きらきらしたルエラの声が降る。
 立ち上がって、ケーキナイフを準備していた。
「さあ、ケーキを切りましょうね。多分上手くできたはずよ」
 綺麗な笑顔の養母を、二人の美しい少年は、眩しそうに見上げた。



「ナル、ナル。ナルってば!」
 片割れのはしゃいだ声が追いかけてきて、マーティンの書斎から自室に戻ろうとしていたナルは煩そうに振り返った。
「僕のとこ来てよ!すごいよ!………ってそれチェスの?持ってきてね」
「……………」
「あ、僕が行った方が確実だね♪はいるよナル」
「ジーン」
「なに?」
 ドアを開けかけた兄に咎めるような声をかけても、効果はない。
 溜息をついた弟を置き去りにして、兄は嬉々として部屋にはいると、デスクの上に置いてあった木箱を抱えて先に部屋を出た。小走りの彼を追うように、不機嫌なナルが続く。
 すぐ隣のジーンの部屋はまだ昼間だというのに真っ暗になっていて、一瞬驚いたナルが扉口で足を止めた。
「おいでよ。大丈夫」
「別に気にしてない」
「……いいけどね」
 くすくす笑ったジーンは、ナルの腕を引いてベッドに座らせると、デスクにおいた天球儀のスイッチを入れてナルの隣に座った。
「ほら、見て」
 
 目の前で、暗闇の中、光の粒がきらきらとまたたく。
 星座を描く、灯り。
 星の光。

 天の、光。

「きれいだよね」
 ジーンが、囁く。
「こんなの、もらえるなんて、思ってもなかったよ。僕」
「…………」
 隣から、伝わるのは、肯定の気配。
 ナルも十分以上に驚いているのだろう。ジーンはくすりと笑って、片割れの手に自分の手を絡める。
「チェス、僕もルール覚えるから、ふたりでやろうね」
「………………ひとりではできないからな」
「そうだよ。………ケーキ、おいしかったよね」
「……………」
「僕たち、ここに来れて幸せだよね」
「…………」
「ナル?」
 問いには、ラインを通じて肯定が帰ってきて、ジーンは満足して目の前の星を見つめた。

 伝わる手のぬくもりと、目の前の昼の星。
 想像もしていなかった、幸福のかけら。

 与えられた光も愛情も、絶対に変わらないものだったから。
 その時、 ふたりとも、一片の疑いもなく───。
 その光が失われることは、きっとないと、信じた。






 2004年双子誕生日特設ページで期間限定掲載でした。25万ヒット御礼で再掲載。
2004年9月19日 HP初掲載
2005年6月11日 再掲載


 
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