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憂鬱な誕生日。






 梅雨のまっただ中に誕生日があるのはあまり嬉しくない、と思う。
 とくに理由はないけれど、なんとなく。
 お花を貰っても、雨降りでは色も褪せて見えてしまう。
 せっかくのプレゼントの包みも、雨に濡れたら台無し。
 中は無事でも、気持ちが萎れてしまう。

 都会の雨。
 汚れた空気を通って、ビルを、アスファルトを叩く雨。
 泥はねが服についたら絶対に落ちないから、こんな日にお気に入りの服は着れない。選ぶのは汚れの目立たない色の、できるだけ洗濯にも漂白にも強いもの。
 ほんとうは。
 この前思い切って買ったばかりの黄緑のスカートと、やわらかい生成りのフレンチスリーブのカットソーを着てきたかったのに。

 昨日まで晴れてたのに、気象庁は梅雨の晴れ間は当分続くでしょう、と言っていたのに。
 不公平だ。

 溜息をついて、どう考えてもやみそうにない暗い空を見上げる。
 降ってくる雨の筋は、途絶える気配もない。


 通い慣れた道を注意深く水たまりを避けて歩いて、ブルーグレーのドアに辿り着く。ためこんでいた息を吐き出して、置き忘れていた笑顔を取り戻して。
「こんにちは!」
 からん。
 ドアベルの音と一緒に、高い声が重なった。

「ハッピーバースデーっ!!!」
 ぱんっとクラッカーの弾ける音がして、茶髪の男がにやりと笑った。
 状況がうまく把握できずに目を、瞬く。
「え?」
「誕生日おめでとう、って言ってるのよ。何呆けてるの?」
 てきぱきとお茶とケーキを並べていた綾子が、腰に手を当てて視線をあわせてきた。
 彼女のすらりとした肢体と、笑い出しそうな瞳とを見て、ソファセットのまわりにいつものメンバーが全員揃っていることに驚く。
「…………ナルまで」
「ひきずりだしたんですわよ。褒めていただきたいですわ」
 この天候でも涼やかな小袖に身を包んだ黒髪の親友は、空いている席を示した。
「座りなさいな。主役が立ったままじゃ格好がつきませんわよ」
「あ、うん……」
 促されるままに、ほとんど誘導されるようにソファに座る。
 隣のナルの、いつにもまして表情のない白皙が、奇妙に気になってしまう。
「さてと。歌なんて歌う年でもないでしょー。誕生日おめでとう、麻衣」
 手際よくサーブし終わった綾子が、大きな包みをテーブル越しに差し出した。
「え。あ。ありがとう……」
「あとで着てみてよ」
「服?」
「そう。似合うと思うのよー♪」
 綾子の見立ては確かだ。ありがとう、と呟いて箱を抱きしめる。
「あたくしからはこれですわ」
 真砂子からは小さな箱。
「あとで開けてみてくださいませ」
 あとがつかえてますから、と艶やかに笑った少女は、視線を横にふる。
「はい、次は僕ですよー。お誕生日おめでとうございます、谷山さん。これをどうぞ」
 にこりと笑った安原が差し出したのは、明らかに本。
「…………参考書、とか言いますか?」
「違います。あとで見て下さいね」
 鉄壁の笑顔で切り返して、それに被さるように、やさしいジョンの声が重なる。
「おめでとさんです。……たいしたものがなくて。お守りです。持ってらしてください」
 銀のロザリオ。
 唯一包装されていないそれを受けとって、麻衣は笑った。
 置き忘れてきた笑顔ではなくて、心から、笑みがこぼれる。満ちる空気に、心がほころぶ。
「麻衣、おめでとう。俺からはこれな」
 掌に載るくらいの、箱。
 何だろう、と首を傾げると、滝川はにやりと笑ってひらひらと手を振った。
「後であけてみてくんろ。……リン」
「おめでとうございます、谷山さん」
「ありがとう、リンさん。………って。重い?」
 差し出された、さほど大きくない箱を受けとって、麻衣は驚いて箱を持ち直した。
「工夫茶器のセットです。欲しがってましたよね」
「うわ。嬉しい!ありがとう。中国茶も研究するね」
「頑張って下さい」
 リンの笑顔は、ほんとうに縁起がいい。
 もう、外の雨なんて忘れてしまいそうになったとき。

 最後に残っていたナルが、カップのお茶を飲み干して、立てかけてあった棒状の包みを隣の麻衣に手渡して立ち上がった。
「もういいだろう。所長室にいる」
「え?これ?」
 残された包みと、所長室の扉を見比べる。
「全員、プレゼント必須って言ったら」
「ナル、用意してきたのよ」
 くすくす笑いながら、真砂子と綾子が所長室を窺う。
「照れてるわね、あれは」
「せっかくですから、それ、開けてみたらどうですの?」
「あ、うん」
 真砂子に促されて、麻衣は細長い包みを開けた。

 包装紙の中に、細長い箱。
 それを開けると、傘が入っていた。

「傘?」
 普通のものより少し小ぶりの傘を、手に取る。
 麻のような手触りの白地が、目に眩しい。
 ほとんど無意識に、くるりと開いて、ぱっと上に開くと、蛍光照明に透けて青い花が降ってきた。

「うわ」
「可愛いですわね。………意外ですわ」
「一応晴雨兼用って書いてあるけど………日傘かな?この花、何?」
「日傘ね。ブルースターよ」
 ブルースターの名前くらいは知っている。
 something blueの言い伝えで、よく花嫁の純白のブーケに混ぜられる、可愛らしい青い花。

「麻衣には雨より太陽の方が似合うってことかね」
 茶化したように言った滝川に、綾子は笑って、付け加えた。
「ブルースターの花言葉。あんた知ってる?」
「知らない」
「あの朴念仁が知ってたかどうかは謎だけどね」
「だから、何?」
 どうでもいいと思っていたのに無性にききたくなって、綾子をまっすぐ見つめる。
 綾子は笑って、さらりとそれを口にした。

「信じあう心、よ」









 麻衣ちゃんお誕生日おめでとうSSS………。ごめんなさい忘れてました(爆破)思い出したのが既に午前一時回っていて、今二時二十分を回ったところですv
 なんか「赤毛のアン」な感じのタイトルの上に、内容が変ですが、暑いから頭溶けてるんだなーってことで許して下さい……。あう。
2004.7.3HP初掲載
 
 
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