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境界





   愛してるとどれだけ囁いてもきみには永遠に伝わらない。


 愛してる愛してる愛してる。
 世界中の誰よりも、きみだけを、ずっとあいしてる。

 けれど、きみにはぼくのそんな心は意味がない。
 ふたごなんかじゃなければよかった。
 どうしてわかれてしまったのか、どうして君と僕でなければいけなかったのか。
 僕たちを棄てたマムに恨みはないけれど、ひとつだけ言いたい。
 どうして、ふたごにうんだの?
 別れたくなんて、なかったのに。

 ばかげてる?
 そんなことはわかってる。
 もし別れて生まれなかったら、君も僕もいない、知らない誰かがうまれただけだ。
 ぼくもきみもない。
 そこに価値があるかなんてわからない。

 だけどね、ナル?
 本当に意味があることなんて、ほとんどないんだよ。



 初めてのサイコメトリを、覚えている?



「初めてのサイコメトリ?」
「うん。覚えてる?」
「………一応は」
 ナルの表情はあまり芳しくなかったけれど、麻衣は一応尋ねてみた。
「何をみたの?」
「ジーンの服」
「は?」
「あの頃はラインがかなり強かったから、サイコメトリなのかどうかは微妙だが、ジーンの服、で、 生まれる前まで遡行して………途中であいつが無理矢理切った」
「は?」
「多分三歳かそのくらいだったはずだ。途中で僕の意識が飲み込まれそうになった、んだと思う。ジーンが泣いて、それでラインの方で引き戻された。あの頃はジーンも自分もあまり区別できていなかった、んだと思う」
「感覚が?」
「そう。シンクロ率の高い双子は、別にラインなんてなくてもそうだと思うが、幼い頃はあまり自分と相手を区別しない傾向がある。僕たちは感覚の共有がとにかくひどかったから、無茶苦茶だったな」
 ナルは軽く苦笑した。
「ジーンの霊視はそれこそほとんど意識ができるようになるかならないかからだった。が、あれだけは違和感があったな」
「違和感?」
「そう。自分が見ているものとは違う。ジーンと自分が違うものだという認識は、たぶんそれがきっかけだったんだろうと思う」

 見るものも、感じるものも、記憶も感情さえも共有していた双児。
 けれど、視界だけは、完全には共有できなかった。
 ジーンが見るものを、ナルは見ることができなかった。

「ポルターガイストをいつから起こしていたかは分からないが、それも、ジーンがストップをかけていたから、向こうも自分じゃないと思っていたんだろうな。サイコメトリも、もっと早くからしていたかもしれない」
「……………」
「いつも二人一緒に置いておかれて、食事も二人分一緒に置いておかれた。何でも分けるしかなかった」
 いつから、母親が自分たちを忌避しはじめたのかは覚えていない。
 育児放棄、というよりも、自分たちに対する恐怖の方が勝っていたのだろうとは思う。
 母が死んだのか失踪したのか、放置された自分たちが孤児院に引き取られるまで、少なくとも食べるものだけは死なない程度に与えられていた。
 抱きしめられることも、触れられることも、話しかけられることさえなかったけれど、言葉を覚える程度には母親の日本語を聞いていた。彼女が最も怖れていたのが、自分たちのどちらかが起こしている、何もかもを壊す力だったのは間違いない。
「ポルターガイストがとにかく怖かったんだろう」
 淡々と振り返るナルに、麻衣は言葉が見つからなくて、そっと首に腕を回して抱きついた。
「…………ごめん。やなこと聞いたね」
「いや、別に。仕方がないだろう。普通は、あんなふうに回りのものが砕け散ったら怖い。当たり前だ」
「………マーティンやルエラも?」
「二人は知っていたからな。それでも最初は驚いたようだった。リンは気功の腕を買われて、マーティンが声をかけた」
「コントロールのために?」
「そう。制御は、ジーンではできなかった。自分でもやり方が分からなかった、というより、どうして回りのものが壊れるのかがわからなかった、というほうが正確だな。自分の感情や精神の流れを意識して制御するために、気功という手段を試したわけだ」
「マーティンが?」
「そう。コントロールできないままでは、僕自身も困るだろうと言われたな。年齢が上がれば安定するだろうとは言われていたが、僕自身なんとかしたかった」
「なんとかしたかったの?」
 麻衣は、抱きついたまま尋ねる。
 ほとんどぶら下がっていた細い身体を腕に座らせるように抱えて、ナルは苦笑する。
「迷惑だと思ったからな。………孤児院では何とも思わなかったが、ガラスや、カップを割って、そのたびに気にしなくていい、というルエラに申し訳なかった」
「そうなんだ………」
「リンの訓練は食事制限と瞑想、それに気功の訓練だったが」
「お肉とお魚を断った?」
「そう。特に、肉を口にするなとしつこく言われたし、ルエラもかなり気をつけるように言われたらしい。気が、濁るそうだ」
「濁るの?」
「詳しくは分からないが。実際、動物性のものは身体に対する影響力が強いらしい。ミルクやバター、卵なんかも断たせたかったようだが、成長期だったからな。栄養面で問題が出るということで、とりあえず肉と魚の制限になった」
「ふうん………ミルクもいけないの?」
「そうらしい。考え方の問題だな」
「ジーンは?」
「ジーンは必要なかった。ポルターガイストを起こしたこともなかったし、能力の暴走で何か起こしたこともなかったから」
「普通に食べてたんだ?」
「僕につきあったり、普通に食べたり、バラバラだったな。………いや、僕が大きなサイコメトリをすると、つきあってたか」
「ライン、つながっちゃうから?」
「そうだろうな、多分。聞いたことがないから分からないが」

 自分が、ジーンの霊視について、ジーンに対して何も言ったことがなかったように。
 ジーンも、増幅器の役割を果たしながら、ナルのPKやサイコメトリについて何か言うことはなかった。
 特に、サイコメトリについては、見た内容を含めて、一切口にしなかった。
 それは、ジーン自身の線引きだったのだろうけれど。

「サイコメトリは、ジーンは見れないのかと思っていたくらいに何も言わなかった」
「見れないわけじゃなかったみたいだね。あたしに中継したとこを見ると」
「そうだな」
 ナルは一瞬苦い顔をした。
 こればかりは、ジーンを締め上げても何故そんなマネをしたのか問いつめたい。
 絶対に答えないのが分かっているから、時間の限られているコンタクトのときには聞かないけれど。
「あいつが今までやらかした馬鹿なことの中でも筆頭で馬鹿だ」
「そう?あれがなきゃ、あたし寝てても役立たずのままだったと思うけど?」
「普通は精神回路が焼き切れる。か、心の方が支障をきたす。麻衣はたまたま上手く流す方法を知っていただけだ」
「あたしは恨んでないからいいよ」
 麻衣は苦笑して、ナルの顔を見つめた。
「そうしてくれなかったら、あたし、なにもわからないままだった」
「普通はそれでいい」
「普通はね。でもあたしは普通でいることより、ナルのそばにいれるほうが嬉しい」
「………それは、結果的な問題じゃないのか」
「結果的でもなんでも、それこそ結果的に嬉しくて幸せならいいんじゃない?」
 麻衣はくすくす笑う。
 ナルの罪悪感や、ジーンに対する複雑な感情は知っているけれど、それ以上に、この温もりに触れられることが嬉しい。
「ジーンは、ずっと言いたくて、言えなかったことを伝えたいだけ。だから、あたしは適任なの。それでもって、適任になれたことのほうがずっと幸せだから、だいたいのことはいいかな、って思う」
「言いたくて言えなかった?」
「うん。聞きたい?」
 麻衣は、くすくす笑う。
 その頭をくしゃりと撫でて、ナルは憮然とした声で応えた。
「聞きたくないと言っても言うつもりだろう」
「うん」
 麻衣は、極上の笑みを浮かべて、ナルの頬にそっとキスした。

「愛してる、ナル。忘れないで」

 密やかで、けれど切実な想い。
 囁くようで、けれど強い声。

「ナルには意味がないかもしれないけど、世界中の何よりずっと、ナルが大切」
「…………」
「愛してる。そのことを、忘れないで」
 甘い、甘やかな、囁き。
 からみつく、やわらかな腕。

 それだけなら、きっと、ナルは麻衣の身体を抱きしめただろうけれど。

「…………………麻衣。条件付けが悪すぎる」
「え?」
「ジーンが言いたくて言えなかったことと言わなかったか?」
「言ったよ」
 麻衣は吹き出して、それから、付け加えた。
「ちなみに、あたしが言えて大満足。勝った♪」

 勝敗の問題とは激しく違う。
 おまけに、双子の片割れと恋人に競って欲しい内容でもない。

「どうしてお前たちはそう………わけの分からないところで競争意識を燃やすんだ」
「だって。ジーンに勝てるとこなんてそんなにたくさんないんだよ?とりあえず一歩リードしてるところは主張しとかなきゃ」
「その発想自体が間違っているとは思わないのか?」
「思いたいけど思えないんだもん」
「ジーンに言っておけ」
「なに」
「麻衣に馬鹿なちょっかいを出すな」
「………………………じさつこういはきらいだなー」
 はー、と、溜息をついて、麻衣はナルの顔を見つめる。
「まあね。そばにいれるだけで幸せだし、それこそ直接言えるだけでも感謝しなきゃいけないんだけどね」
「…………欲がないな」
「ものすごく欲張りだと思うけど」
 はてしなく平行線を辿っていた会話に、にっこり笑った麻衣が終止符を打った。
「でも、いいの。ね、ナル」
 見つめる瞳に艶が増す。
 ナルはその瞳に、まぶたに唇を落として、馬鹿者、と囁いてから、やわらかな唇をとらえた。







2008年博士お誕生日、企画と書きたいところですが企画になり損ねたので普通掲載……。しかも一日遅れ。ちなみに、これの一部はオフ発行の「遠い日の花火」に掲載されますが、こちらのほうが完全版です。
怖いくらい久しぶりのtale更新。どれくらいぶりなのかは既に考えたくありません。ごめんなさい……(吐血)
2008年9月20日 誕生日でHP初掲載



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