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いくつもいくつも降ってくるキスがいつもよりずっと優しいことに、麻衣は気づいた。 ナルなりに、謝罪の意思表示をしているのだろうけれど、そんな必要はないのに、と思う。 目を抉るように加えられた力は、本物だった。 抉りたかったのか、潰したかったのか。 それは分からないけれど──────。 もう、数える気にもなれないほど繰り返した口づけがまたほどけて、やわらかい吐息が漏れた。 「ナル」 ささやけば、漆黒の瞳が、深い色を湛えてまっすぐに麻衣を映す。 「………謝っているつもりなの?」 小さく笑ってささやくと、驚きが一瞬だけ美貌をよぎった。 表情の揺らぎは一瞬だけで、白皙は無表情を取り戻す。 「何故?」 「優しいから」 「何が?」 「キスが」 「嫌か?」 問われて、麻衣は微笑った。 「嫌なわけないけど。でも、謝ってるつもりなら、そんな必要はないよ、て言いたかっただけ」 「………おまえは訊かないのか」 何故、あんな害意を自分が見せたのか。 興味がないからか、一時の気の迷いだと信じているからか、それとも、何もかも分かっているのか───? 言葉に出されない問いかけも、伝わる。 麻衣は華奢な手を伸ばして、ナルの頬を包み込んだ。 まっすぐに闇色の瞳を見つめる。 「ナルが本気だったことは、分かるよ。…………どうしてかは、気になるけど。でも、無理にききたくないから」 「それでいいのか?」 「うん。ナルが話す気になったら教えて?」 ふわりと微笑って麻衣は手を離して、表情を変える。 悪戯っぽく恋人の闇色の瞳をのぞき込むように見上げて、付け加えた。 「ナルが気になるなら─────ペナルティつけてもいいけど」 「ペナルティ?」 「そう、罰」 「どんな?」 「聞いてくれる気、あるわけ?」 驚いて見上げた瞳に、ナルは答えない。 けれど、ナルの場合、完全に無視しているのではなく返答がないことが意味するのは、肯定または了承で。 麻衣は笑って口を開いた。 「それじゃ、キスして?」 「………は?さっきからしてないか?」 「………………そうだけど」 「それにクレームをつけておいて、それか?」 「クレームなんてつけてないよ。…………あまり優しいからちょっと不安になっただけで」 僅かに頬を染めた麻衣に、ナルは微かな笑みを上らせた。 「つまり、優しくないキスがご希望ですか?」 「そんなこと言ってないでしょ!!」 「それなら何が言いたい?」 からかうような漆黒の瞳。 耳元まで赤くなっているのが自分でも分かったけれど、麻衣は視線を逸らさずに、華奢な手を伸ばして。 囁いた。 「いつもみたいに、キスして」 優しくてやわらかいのに、狂おしいほど甘く。 「それが、ペナルティになるのか?」 「なるの!」 「ほとんど詐欺だな」 「あたしがいいって言ってるんだから、それでいいの。そうして、欲しいの。………嫌?」 それとも。 今は、そんなキスをする気がないのか。 縋るように見上げてくる琥珀色の瞳に優しいキスを一つ落として、ナルは麻衣の腕を強く引いた。 無抵抗の華奢な体は難なく引き起こされ、軽く抱き上げられて、片膝の上に下ろされた。そのまま腕の中に閉じこめられて、状況が飲み込めないまま麻衣は目を瞬いた。 「え?」 「ご希望のペナルティには、体勢に無理がありすぎるので」 ソファに引き倒した麻衣を上から見下ろしていた体勢には、実は相当の無理がある。 軽いキスならともかく、それ以上のことをすれば確実に、麻衣はソファから落ちる。 「ナル?………………あたしが、してっていったのは、キス、なんですけど?」 裏の意図を確実に読みとって、上目遣いに見上げた彼女に、完璧な微笑が返った。 「それが?」 「………それ以上のこと、するつもりでしょ………」 ナルは苦笑した。 「嫌ならしない」 「……………いっつもそう言って、嫌だって言えないとこまで追い込むくせに………」 「そんなつもりはないんだが?」 「嘘つき」 打てば響くように断言されて、ナルは苦笑を深めた。 「今日は、本当にしない。麻衣が嫌なら」 やわらかな髪にキスして、囁いて。 華奢な顎を捉えて仰向かせ、ゆっくりと、掠めるように唇を触れさせる。 混じる吐息の中に、聞き取れないほど小さな麻衣のささやきを確実に耳に捉えて。 「分かった」 苦笑混じりに答えて、ナルはやわらかな唇を優しいキスで捕らえる。 麻衣が、望んだように。 ペナルティは、ここまで。 その後は。 花闇に紛れて、夜に、沈む。
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花闇があんまりにあんまりだったので、せっかく探してくださった人に申し訳ないので……いらないおまけです(滅)こんなんで埋め合わせになるとは思いませんが………(遠い目) 2001.4.14 HP初掲載
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