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Have a nice Christmas!




「もーうね!信じらんないんだよ!」

 憤然と言った彼女は、銀色のフォークで慎重にいちごのタルトを攻略にかかった。綺麗な白いファーのついた真っ白のセーターを汚さないように、慎重に。ひざ丈のバーバリーチェックのプリーツスカートには多少くずが落ちたが、その程度はご愛嬌というものだろう。
 口調と動作のギャップに吹き出しつつ、深紅のスーツに長い黒髪を流した美女が口を開く。

「今度は何なの?よくネタが途切れないわねあんた。感心するわよ」
「まったくですわね」
 珍しく洋装、しかも華やかなワンピースの真砂子が、くすくすと笑う。

「だってさ。信じられる?クリスマスプレゼント。大学で話に出たんだけど」
「クリスマスプレゼント、ね」
 まさに今日はクリスマスイブ、これから自分たちもパーティーだ。………メンバーはいつもの面々だから新味はないが、今憤然としている彼女へも、それこそ山のようにクリスマスプレゼントが集まるだろう。
「何か問題がありますの?麻衣だって貰うでしょう?」
「そういう問題じゃないの!クリスマスプレゼントそのものはいいんだけど。内容がね。………今日大学で話しててさ、中に三人くらい彼氏が社会人の子がいて」
 麻衣は大学三年生になる。その年齢なら社会人の恋人がいても不思議でもなんでもない。
「それがどうかしましたの?」
「どんなものをもらうかっていうか、どんなものが欲しいかって話してて。………ええとなんだっけ、いろいろ出てたんだけど、グッチのバッグ?ヴィトンの財布?ティファニーの指輪にネックレス、あとなんとかってブランドのコート。………実際、その社会人の恋人がいるっていう子、今日は横浜のホテルでディナーに誘われてるらしいんだけど、そのときにって渡されたリングしててさ。ピンクゴールドにダイヤモンドが入ったティアラの形で」
「あらかわいい」
「四万だか五万だかしたって言うんだよ。あとコートも買ってもらうのとか言ってたし!信じらんない」
「羨ましいんじゃありませんの?麻衣」
 真砂子はくすくす笑い、そして言葉を続けた。
「確かにそういうことは感心しませんけど、他人は他人ですわ。………学生の身で、十数万円のプレゼントを要求する常識は疑いますけれど」
「まあね、女の物欲ってそういうものよね」
 綾子は苦笑して、綺麗に整えられた指先でテーブルをコンコンと叩いた。
「でも、真砂子じゃないけど、ほんとうは羨ましいんじゃないの?麻衣」
「別に羨ましくなんてないけどね」
「そう?」
「うん。そういうものを要求される男の人が気の毒だなあって思うだけ」
「確かにお気の毒ですわよね」
「そういう真砂子は何も欲しくないの?」
 麻衣に問われて、美しい少女はにこりと笑った。
「欲しいものがないわけではありませんけれど。聞かれもしないのにあからさまにねだるほどたしなみがないわけではありませんわよ」
「そうよねー。本命にあからさまにねだるのは、ちょっとどうかと思うわよね」
「………………本命でもないのにプレゼントだけはもらうのもどうかとおもうけど……………」
 妹分の呟きに、百戦錬磨の美女は婉然と笑って答えた。
「あら。それはくれたくてくれてるんだからいいのよ。良い女の証拠じゃない」
「………………」
「………………まあいいけどね。あたしにはそんな物好きな人いないし」
「麻衣の場合単に気付かないだけかもしれないわよ?」
 綾子の笑みに、真砂子が妙に真剣な顔で首を振った。
「その方が平和でいいですわよ。麻衣の場合」
「まあ、麻衣の場合は別に男に貢がせなくても良いんじゃないの。真砂子もだけど」
「………別にそんなことはおもってもないけど、なんで?」
「真砂子は経済力自分であるでしょ。欲しいものがあれば自分で買うタイプじゃない?麻衣は、自分で買わないでもまわりが買うし」
「それはそうですわね。麻衣の服、ほとんどプレゼントじゃありません?」

 確かに麻衣のワードローブは、ほとんどがプレゼントで構成されている。
 麻衣がねだるわけではなく、幼い頃から経済的に恵まれなかったために、服飾関係の優先順位が限りなく低いため結果としてあまり気を使わない彼女には、着飾らせたい複数の人間から不定期に大量に服が送りつけられてくるのだ。
 その中には真砂子も綾子も入っているのだが。

「感謝してるよー。自分では買えないんだもん………」
 服というのは、高い。
 ちょっといいなと思うと、たかがタンクトップやキャミソールでも馬鹿みたいな値段がついていて、経済観念が邪魔をして手が出なくなってしまう。結果、日常的に着る実用的な普段着だけを買うことになる。

「それに、麻衣の場合、高いものが欲しければ別に他の男に貢がせなくても本命で足りるでしょ」
「……………いやべつに高いものは特に欲しくは………」
「そうですわね。確かに経済力はありますものね」
「十数万くらいなら痛くも痒くもないでしょ、奴の場合」
「………………綾子も真砂子も。ちょっと言い過ぎ。怒るよ」
 かちゃりとフォークをおいた、麻衣の瞳が彩を変えている。

 確かにナルの経済力はその年齢としては群を抜いていて。友人たちが欲しがったようなものを自分がねだったとしても、彼は特に困ることもなく買うだろう。
 ───けれどそれは、何も考えずに与えられるもの。
 何も思わず、何も考えず、理由もなく与えられる贈り物など、砂漠の砂粒ほどの価値もない。

 琥珀色の瞳の彩に、はっとしたように綾子と真砂子は口を噤んで。
 そして、一瞬目を見合わせて、唇をかんだ麻衣の顔を見た。
「…………ごめんなさい、麻衣。言い過ぎましたわ」
「悪かったわ。………………そうね、欲しいのは高いバッグでもアクセサリーでもないわね」

欲しいのは。
 心から欲しいのは。

「……………………………ごめん。怒るようなことじゃなかった。まどかさんもぼーさんたちも待ってるだろうから、いこ」
 かたり、と、席を立つ。
 タルトを半分残したまま背を向けた麻衣に、綾子は静かに問いかけた。

「どうして行かなかったの?」
「仕事あったから」
 振り向かないまま。
 今はいない彼がうつったように、平坦な声に感情は見えない。

「行こ」
 伝票に後ろ手に手を伸ばしかけた麻衣の手からそれをとって、綾子が先に歩き出した。
「私が払うわ。行くわね」
「ごめんなさい、麻衣」
「謝らないでよ、真砂子。余計…………羨ましくなるじゃん…………」
 泣き笑いのように、麻衣は苦笑を浮かべた。
「羨ましい?大学の方たちが?」
 いぶかしげな真砂子をおいて、麻衣は一歩踏み出す。
「ブランドのバッグとかアクセサリーとか。そんなもので満足できる子たちが羨ましい。……………あたし、そんなのいくらたくさんもらっても嬉しくない」
「…………麻衣」
「欲張りだから、ね。あたし」
 泣きそうな表情を一瞬で払拭して、悪戯っぽい笑みを、白い貌に浮かべる。
「はやく、真砂子」
 そう言って、麻衣は華奢な身体を翻した。


 高額なプレゼントを求める彼女たちに腹を立てたのは、分不相応で非常識だというからというだけではない。
 ティファニーのリングにヴィトンのバッグ。ブランドもののコートやワンピース。
 きらびやかなプレゼントは、どれもいくら高価でも、お金で購えるもの。
 お金を出せば、誰でも、手に入れられる、もの。
 だから、それだけで満足できる彼女たちが羨ましかった。そうなりたいとは思わないけれど、それでも羨ましかった。

 
 自分が欲しいのは。
 
 頭をよぎる思考に、目を伏せる。

 欲しいのは、絶対にお金では購えないものだから。
 だからこそ、どうしても行きたい想いよりも仕事を優先した。届かないからこそ、自分のできる精一杯のことをしようと思った。
 だから。

 目を閉じる。

 まだ、イブの朝になったばかりのかの場所へ、誰よりも早く、祈りという名のプレゼントを。
 他には何もいらないから、クリスマスを迎えた彼からも、同じものを受け取れることを、切ないまでの願いを、こめて。







 クリスマスSSです。セルフ設定がでばってますねー。解説はそのうちってことで。
 2004年12月25日24時まで限定掲載。25万ヒット御礼で復活掲載。
2004年12月24日 HP初掲載
2005年6月11日 再掲載



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