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追想




 居心地がよい程度に散らかった部屋の壁際に据え付けられた本棚には、二種類の本がある。
 
 一つは、本業がらみの、もう一種類は副業の。
 副業がらみの本が固まっている部分を、ふ、と見て。
 目に入った本の背表紙に、苦笑した。

 タイトルは、
 「超常現象のシステム」。
 そして、著者名は。
 「オリバー・デイビス」

 そう記された本を、何度読んだことか、と思い返せば、苦笑を禁じ得なかったのだ。

 数年前、翻訳が出版されてすぐに入手して、驚きをもって読んだのを、今でも鮮明に覚えている。
 たいていの場合、超心理学関係の専門書というものは、同業の自分が読んでも、「うさんくさい」としか評しようのないものが、多い。目に見えない、そして見えてもごく一部の「能力者」にしか見えない現象を説明しようとするのだから、それは当然といえば当然なのではあるが。
 その、決して安価ではない本を手に入れたきっかけは、単純に、見覚えがある名前だったからだった。「オリヴァー・デイヴィス」の名は、強力なPK保持者として知られて始めていたし、能力保持者がサイ研究者であることはそれだけでも珍しい。読む気になった理由は、すでに覚えてはいないが、その程度のものだっただろう。

 それが。
 一読して驚いたのだ。
 しかし、その明晰な論旨と非常に説得的な論理展開は、「結局はアウトサイダーな研究領域だから」という、サイ研究そのもののどこかにある甘えを許さないもので、彼ならば、サイ研究を本当に「科学」にできるのではないかという希望まで抱いた。


 読み込んだ、その本の隣には、開いたことはあっても読んだことはない洋書が二冊並んでいる。
 一冊は、著者の上司がくすくす笑いながら差し出した「超常現象のシステム」の原書、もう一冊も同じ著者による本で────こちらは著者本人から渡された。



  +  +  +


 数年前───そう、この本を手に入れてからそれほど間をおかずに、たまたま降ってきた調査依頼が、それからの自分の人生を変えたといっても過言ではないのだろう。

 行った先の高校で最初にかち合った同業者が巫女だという確かに美人だが派手な女だったときにも確かに驚いたが、さらに向かった調査場所で先に調査を始めていたのが思わず息をのむような白皙の美少年だったことにはもっと驚いた。
 「渋谷サイキックリサーチ」所長の「渋谷一也」と名乗った、そこで学ぶ生徒たちと同年代の彼は、全く関係のないはずの自分たちを含めてあっというまに調査の主導権を掌握した。なぜか彼に使われていた少女の持つ求心力も相まって、彼は調査全体の中心となった。そして、紆余曲折はあったものの、結果的には鮮やかに事件を解決してしまった。
 ともすれば彼の傲岸不遜な部分ばかりが目に付きがちなのだが、実際は、彼の慎重きわまりない調査手法と客観的な状況分析には舌を巻いたし、不本意ながら、あの事件は彼がいなければ解決したとは思えない。

 その偶然をきっかけに、彼の調査に時折呼ばれるようになった。絶好の立地に渋谷サイキックリサーチのオフィスがあることを良いことにして頻繁に出入りするようになった。
 そして、数年。
 当時高校に入学したばかりだった少女は、すでに高校を卒業し、成人も近い。


 出会って一年半で、「渋谷一也」が、「オリヴァー・デイヴィス」だと知った。
 ………いや、気づいた、と表現した方が事実に対してより忠実かもしれない。
 
 かの高名なデイヴィス博士が、ようやくハイティーンにさしかかったばかりの天才少年だということにも驚いたし、すでに慣れ親しんでいた彼が、敬愛してきた研究者だったことに対して、何とも言えない複雑な感情を味わったのは確かだ。
 けれど、白皙の美貌を誇る、本名など明らかにしなくてもその天才を遺憾なく発揮していた「彼」は、その時点ですでに自分の中で完全に定着していた。
 「渋谷一也」でも「デイヴィス博士」でも、まして「SPR所長」でもなく、ただ「ナル」として。
 驚愕すべき、そして実際に驚愕した事実を知ってからでも、その位置は変わらない。
 
 そういうふうに、まっすぐにナル自身を見れたのは、麻衣のおかげだ、と思う。
 無表情、無感動、無愛想の三拍子そろった彼の仮面を突き破り、まっすぐに「ナル」を見つめる彼女の影響は、おそらく自分を含めてあのオフィスに出入りするメンバー全員に波及している。
 
 こう言えばナル自身は怒るか呆れるか────もっとも確率の高い可能性としては無視するかするだろうが、いつの間にか彼を弟のように、その成長を微笑ましくも喜ばしくも見ている自分に、気づいた。
 そして、それはおそらく、自分だけでなくオフィスの年長者全員がそうだろう、と奇妙な確信がある。

 時を経て、研ぎ澄まされていく美貌と。
 経験値を積み、明晰さを増す彼の研究と。
 そしてなによりも。
 大切な光を裡に抱いて、彼の纏う空気が余裕を深みを増していくのを。

 その成長が、楽しみだと思う。

 彼の、精神的な成長の源は。
 オフィスでも、そして、おそらくはプライベートでも、彼のパートナーとなりつつある少女の存在。

 レギュラー、そして自分を含めたイレギュラーの、渋谷サイキックリサーチに関わるすべてのメンバーの、ある意味で中心である彼女は、自分にとっても妹のように、あるいは娘のように愛しい存在で。
 その彼女が、一人の女性として彼と向き合っていくのは複雑でもあり寂しくもあった。
 それでも、心を彼女にとらわれていくほどに、深みを増していくナルの瞳の色と、精神の成長も、見守っていたいと思う。
 すべての大切な………本来そばにあるべき時期に、大切な存在から引き離されてしまった二人が、お互いによって、心の空隙を埋めて、幸福になってくれればいいと、願うのだ。
 そうなるにはまだまだ時間とプロセスは必要だろうけれども。

 見守っていたいと思う。

 偶然の悪戯によって出会った、不器用で、みていると歯がゆさのあまり苛立つばかりか時には腹が立ってくる、大切な子供たちを。

 兄として?
 友人として?
 それとも「父親」のような存在として?
 とにかく、自分は二人を愛しているし、二人ともがこれ以上傷つかないでいてくれると良いと思う。
 何かあったときに、年長者として頼れる存在でありたいと思う。

 ナルにとってはまず、頼る、ということを学ぶ方が先かもな、とは思えば笑えるのだが。


 
 「超常現象のシステム」の翻訳と原書、それにもう一冊の、最近出たばかりの本。
 それに挟み込まれていた、的確なのだが翻訳は今ひとつ稚拙な、手引き的な要約。
 おそらくその要約の原文はナルが書き、それを麻衣が訳したのだろう。
 その配慮をうぬぼれの根拠にできるかどうかは知らないが、とりあえずうぬぼれることにする。

 時間を無駄にすることを極端に嫌う彼が、英語が読めない自分のために要約を作ってそれを麻衣に訳させようと思う程度には、自分のことを重視しているのだ。………もしかしたら、麻衣に翻訳させることが主目的だったかもしれないが。

 そんなことはどうでもいい。
 やはり、可愛がっている、あるいは大切にしている存在の「成長」は嬉しいものだ。
 それがどんな動機をもっているにせよ。

 
 凄絶なまでの美貌に、天才。それに、人間的余裕まで加わった上に大切な存在まで得てしまったら、それはもはや人類の敵かもしれないが、たまには存在しても良いだろうし、それも楽しい。

 そうなった彼を想像しつつ、明日もまた、あの天才博士と、彼の、そして自分たちの光である少女を取り巻く渋谷のオフィスに向かうのだ。
 明るい少女のほほえみと、あからさまに迷惑そうに顰められた美しい漆黒の瞳を、みるために。






 count100hit、聡子さまに捧げますv遅くなってすみませんでした!(滅)
 頂いたリクエストは、ぼーさんの、話。………ぼーさんの話なのは確かなんですが(爆)求められていたであろうものとはずれまくっているような(滅)返品可です(涙)すみません………。
2001.4.6 HP初掲載
 
 
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