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「あんたと、こー、のんびりお茶を飲む関係になるとは思わなかったわねえ」 しみじみとした述懐に、滝川は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。なんとか飲み下し、派手に咳き込む。 「なにやってんのよ?」 「お前なあ、唐突に奇特なことを言い出すな。驚くだろうが」 傍らに座っている綾子は、長い黒髪をそのままおろしていて、横顔が美しい。 その美しい顔が滝川の方を向いて、笑い出した。 「奇特かしら?」 「奇特だろうよ。一体なにがどうしてそういう話が出てきたのさ」 「だって。始めて会ったときのことを考えてごらんなさいよ。今の状況が考えられる?」 初めて出会った、麻衣の高校でのはじめての、「調査」。 あの時のことは、誰もが忘れられないだろう。事件自体はありきたりなものだったし、結論も心霊には関係がなかった。けれど、あの時の出会いは、人生を変えたと言って大げさではない。価値観も生活も、交友関係も、何もかも、あのときに変わった。大切なものが増え、いろいろなことを知った。 「ああ、あんときはなあ。俺も大人げなかったよなあ」 「そうねえ」 「お前もな」 間髪入れず返されて、綾子が決まりの悪い苦笑を浮かべる。 「あのころは色々煮詰まってたのよ」 大学を出て、医学を修めなかった自分と、大病院である実家と、ままならない自分の力との間で、立ち位置を見つけられずに、突っ張っていたと、今なら言える。 「なーんていうかなー。あのときに、ナルと、麻衣に会ってなかったら、どうなってたか」 「歴史にifはないのよ」 そう言いながら、綾子は笑う。 「麻衣に会ったのが大きかったわねえ。あの子に会って、ナルに巻き込まれて、自分の視野の狭さを突きつけられたわよ。そうしたらいろんなことが見えてきて。そのうち麻衣が一人って聞いて、守ってあげたいと思ったのよね」 「ああ、それは俺もそうだな。みなしごなの、って笑って言われて、棒を飲んだような気分だった。お山で修行して、ある程度人間ってものを知ってる気がしてたからな、そんなことも………たった十五や十六の女の子のそんな孤独さえ、言われなければ気付かないのかってな」 「まったくよ。頭を思い切りぶん殴られた気がしたわ。………真砂子もそうだったんでしょうね。あの時の調査で不安定だったのは」 「まあ、あんときの調査は思い出したくない筆頭だがな」 「まったくよね」 二人して思わず温かいお茶をすすり、沈黙が落ちる。 多分、みんなが、麻衣を孤独にしたくなかったのだ。それは、ナルを含めて。 「まあ、麻衣も真砂子もいまはあんなに仲がいいし、真砂子にとっても良かったわけよね」 「そうだな。二人とも可愛い娘だからなあ」 二人のことになると、徹底的に甘くなる滝川に、綾子はあきれた視線を向ける。 「あんたもすっかり親バカ親父と成り果てるし」 「やかましい。お前に人のことが言えるか」 「あら、言えるわよー。親バカになった覚えはないもの」 ベタ甘な滝川に比べ、綾子は姉貴分だ。つまり、時には厳しいし、恋愛話もする。 「まあ、それで恋愛話もするわけだけどね。麻衣に、あんたとつき合うかと思ったと言われて倒れるかと思ったわ」 さらりと言った綾子の横で、滝川がまともに崩れ落ちた。 「失礼ね。これでも競争率高いのよ?」 大病院の一人娘である上あまりないほどの美女とあって、見合いでなくてもアプローチは多い。 「そういう問題じゃない。なんでお前とそんな関係にならなきゃならんのだ」 「麻衣がね、大学でそういう問題に行き当たったらしいのよ」 「麻衣がなんだって?」 「顔色が変わってるわよ見苦しい。………つまり、男女間に友情は成立するか否か、っていうあれね。恋愛感情じゃなきゃ友情なのか、それはありえるのかと」 「あるだろうよ」 「あの年代だとそういう話にはなりがちよ?ほら、男友達だからといって、純粋に友情かとかね」 「あー、なるほどな。ナルや少年見てると忘れがちだが、あの年頃はやりたい盛りだからなあ。………ちょっと待て、麻衣は男友達だったら友達だからと警戒心ないのか」 下品な言い回しに、綾子は眉を寄せる。 「ちょっとは言葉選びなさいよ、あの子たちの前で言ったら承知しないわよ。………麻衣に限らず、真砂子もないわ。真砂子も純粋培養だもの。まあ、真砂子の方は女子大だから問題がないといえばないわね。あの子は美少女すぎて、外から声かけるのも根性いるだろうし。麻衣のほうは、それこそあの博士サマが徹底監視網敷いてるわよ」 滝川はそれで胸を撫で下ろした。ナルの監視網とやらが気にならないわけではないが、麻衣を危険にさらすわけにはいかない。 「まあ、二人とも安全ならそれでいいが。………友情なぁ。俺とお前のことを言ったわけか?」 「そうよ。リンもだけど。ナルや安原君は年齢的に対象外としても、って言ってたわねえ」 「恋愛感情はないだろう。対抗意識ならともかくな」 「そうよねえ。出会いが出会いだもの、あれで恋愛に行くには無理があるわ」 「こいつ馬鹿だろうと思ったもんな」 「こっちの台詞よ破戒層」 綾子はそう言って、ぷっと吹き出す。 「確かに、ここまで遠慮なく言える男ってそうは居ないわね」 「まわりに男が山ほどいるお前と違って、女の知り合いは多くないけどな」 「山ほどって、人聞きの悪い。お父さまが連れてくるんだから仕方ないじゃない。あんただってバンドの取り巻きはどうなのよ?」 「あー」 滝川は軽く行きをつき、そして大仰に首を振った。 「女というより女の子が多いけどな。ファンの子たちは別、というか範疇外だろうよ」 「そうねえ。ひとりに手出したら大変よねえ?まあ、逆に考えるとハーレムだけど」 「だから最悪だろ?」 「最悪ね」 綾子は重々しく頷いて、それから笑った。 「あんた、軽いようでそういうとこは厳しいわよね」 「当たり前だろ。坊主じゃなくても、ファンの女の子つまみ食いしてる奴らはクズだ。どんなに歌が上手くても、そういう奴らは聞きゃすぐ分かる。そういうところは正直だぜ、音楽ってのは」 滝川の表情から、飄然とした余裕が消えて、苦いものでも噛み締めるような、怒りを含んだような口調が強く出る。 綾子はしばらく滝川の顔を見やり、足を組んでため息をついた。 「悪かったわよ、やなこと思い出させて。………でも、あんたとあたしの間に何かあるとしたら、友情、とか、そんな口幅ったいものじゃなくても、連帯感みたいなものだと思ったわけ。だから、麻衣にはそう言ったのよ」 「連帯感?」 「そう。リンはちょっと立ち位置が違うけど、あんたと私はそう変わらないと思うわ」 「ああ、日本組だしな。リンは結局最終的にはナル坊、というか、女史のほうだろ。あっちの保護者に頼まれてるって感じだな」 「そうねえ。最初ほど頑固じゃなくなったけどね。ナル呼ばわりするようになっちゃ、変わらざるをえなかっただろうし」 「そうだなー。ナルと呼べと言われたときの心境を一度聞いてみたいな」 ナルシストのナルちゃんで片付けた麻衣は偉大だが、いきなり「愛称」を呼ばさせられるようになった目付役も大変だっただろう。それまでは、それほど親しくはなく、あくまでナルの養父と上司を通じたつながりだったようだから。 思わず吹き出した綾子は、結局、と話を結んだ。 「結局一番割り喰ってるのってリンよねえ。かわいそうに」 「俺たちは所詮自称保護者で麻衣にくっついてるだけだもんなあ。ナルと森女史の間に立つんだろ?俺なら逃げる」 「まさに三十六計逃げるに如かず、よね。自称保護者あたりがちょうどいい立ち位置だわ。その辺が私たちは似てるのよ」 「ま、麻衣のためならたいていのことは手を組めるな」 機嫌良くそう言った滝川の顔を、綾子はわずかに沈黙して胡乱な瞳でじっと見る。 「………なんだよ」 「………私も、麻衣のためなら結構色々やれると思うけど、あんたのバカは相当だから、簡単にくめるとは言えないわ。何を言い出すか分からないもの」 「ひどい言われようだな?俺だって節度はわきまえてるさ」 「節度、ねえ?」 疑わしげに首を傾げてみせ、綾子は明るく笑った。 「まあ、麻衣が、真砂子もだけど、あの子たちが笑ってるのが一番いいわね」 「そういうことだ」 滝川は満足げにうなずき、「可愛い」麻衣の入れてくれたアイスコーヒーを満足げに掲げてみせた。 |
count30003hit、秋野ほなみさまに捧げますv リクエストは「縁側日向ぼっこでほにゃらんなぼーさんと綾子」でした。 えー。 キリ番消化はもちろんのこと、ホームページの更新、さらにいえば"tale"セクションの更新は一体いつから止まっているんでしょうか(遠い目)これの前、25000カウントの更新日が2004年の12月末、年末ということを差し引いても、2011年ですから軽ーく六年。小学校一年生が中学生になってます(乾笑) オフラインの方で手一杯だったとはいえオンライン読者さまには大変に申し訳もなく、お詫び申し上げます。作風も変わってますよねえ。オフでは色々あったし。………ごにょごにょ。いや、いいわけはよしましょう。すみませんでした。 次の更新がいつになるかは………わかりません!(きっぱり)←開き直るな。 2011.10.17 HP初掲載
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