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手が、無意識に、髪に触れる。 ナルは、ファイルのページをめくろうとして、片手がふさがっているのに気付いた。 自分が完全に無意識に栗色の髪を梳いていたことに、彼は驚き────その表情は綺麗に隠匿して、見上げる麻衣の瞳を見返す。 ナルのすぐ足元の床にぺたりと座り込み、軽く睫をふせてされるままになっていた麻衣は、彼の手が止まったのに気付いて漆黒の瞳を見上げた。 「ナル?」 「‥‥‥‥何故ソファに座らない?」 無表情の漆黒の瞳と、平坦な声。 麻衣は二度、三度、戸惑ったように瞬いて─────やや上目遣いで美貌を見上げる。 「‥‥‥邪魔?」 琥珀色の澄んだ瞳が、まっすぐにナルをとらえた。 色違いの視線が絡み合ったのは数瞬。 ナルは溜息を付く。 「別に邪魔だといった覚えはない」 溜息混じりの声は、ひどく静かに静寂に溶けた。 確かに麻衣は邪魔にはなっていない。 麻衣がそこにいることは気付いていた。けれども、全くといっていいほど気にはならなかった。 ただ──────無意識にでも彼女の気配を無視できない自分がいるだけで。 「それじゃ、ここにいても良い?」 「‥‥‥‥お好きにどうぞ」 受容の答え。 少女の可憐な容貌が、輝く。 「ありがと」 「‥‥‥どういたしまして」 ナルは苦笑して、ファイルに視線を戻した。 時間にしてどのくらいになるのかは分からない。 ファイルに集中していたナルは、強い視線を感じて顔を上げた。 見上げてくる麻衣の視線を受け止める。 「麻衣?」 「‥‥‥‥‥‥‥‥駄目?」 疑問にすらなっていない麻衣の言葉。 ナルは軽く苦笑した。 「一体お前は何をして欲しいんだ?」 「‥‥‥良いの?」 望んでも、願っても良いのかと問う麻衣の瞳の端に指先で軽く触れ、ナルは軽く笑って見せる。 「とりあえずは聞くだけなら」 「なにそれ」 「いやなら別に僕はかまわないが?」 相変わらず表情を、感情を全く伺わせない声で切り返されて、麻衣は一瞬言葉に詰まった。 「邪魔、してもいい?」 「‥‥‥‥‥もうしてるだろう」 だから何なんだ、と促すナルに、麻衣は小さく笑って首を傾げた。 「うん。‥‥‥‥髪撫でて」 「は?」 「髪。さっきしてくれてたみたいに、撫でて」 「‥‥‥‥頭を、撫でて欲しいのか?」 あまりにも予想外の要求に、思わずナルはおうむ返しに問い返した。 「‥‥‥‥駄目?」 「子供か?お前は」 ナルは声に意図的に呆れた響きを滲ませて。 そして、しなやかに長い指を伸ばした。そのまま指先で淡い色の髪をすくい上げる。 綺麗に細い艶やかな髪は指先からこぼれ、空気をはらんでふわりと落ちた。 麻衣は琥珀色の瞳を瞠き──────小さな笑い声を立てた。 小さな子供にするようにゆっくりと髪を撫でる手をつかまえて、甘えるように頬を寄せる。 恋人に対する少女のものと言うよりは親に甘える幼い子どものようなその仕草に、その表情に、ナルは溜息を付いた。 しばらくの間はファイルを忘れることにして、ページ数だけ記憶してファイルを閉じる。 「ナル‥‥‥‥?」 何かを伺うようにナルの闇色の瞳を覗き込み─────表情を伺わせないそこから何を読みとったのか、麻衣は笑って彼の膝に頭を預けた。 ふわりと落ちた髪の後を追うようにしてナルの手が麻衣の髪を梳く。 ゆっくりとした、規則的な優しい感覚のなかで麻衣は目を伏せて、呟いた。 「あのね。髪撫でて貰うの、好きだったの」 「だった?」 答えた、低い声に皮肉な響きはなかった。抑えられた声はただやわらかく心に触れていく。 「うん。‥‥‥‥おかーさんに、撫でて貰うの好きだったの」 「‥‥‥‥そう」 「ちょっとでもね、撫でて貰うとすごく安心できたから。‥‥‥‥子どもっぽいって馬鹿にする?」 「しない」 穏やかな、けれど即答がかえって、麻衣はくすくす笑った。 動じず、ただ規則的に髪を梳く感触が、嬉しい。 「ずっと忘れてたんだけど。‥‥‥さっき、思い出した。ありがとう」 囁くような言葉に、ナルは応えなかった。 反応がないのは予測済みで、麻衣は微笑んで顔を上げる。 「でも、不思議だね」 「なにが?」 見返す白皙の美貌は相変わらずの無表情のまま、ただ漆黒の瞳だけがいつもよりも深い色を湛えて、麻衣をとらえる。 「髪を撫でて貰って。同じように安心するのに‥‥‥‥‥ナルだとちょっとどきどきする」 くすくす笑う麻衣の言葉に溜息を付いて、ナルは髪から頬へ手を滑らせた。 「‥‥‥‥その程度はしてもらえるとありがたいな」 「ナル?」 まっすぐに見上げる澄んだ瞳。 透明な視線に苦笑を返して、ナルは自分を見つめる彼女の額に軽いキスを落とす。 「母親と全く同じでは割に合わない」 「割?」 「そう」 さらりと返ってきた答えに麻衣は眉を寄せ、そして花が開くように、笑った。 「たしかにおかーさんはこんなに心臓に悪くなかったもんね」 どきどきするから心臓に悪い。 麻衣がかなり大まじめで付け加えた言葉に苦笑して、ナルは溜息を付いて彼女の髪を梳いていた手を、離す。 「ナル?」 ────どうしたの? 軽い問いかけに、彼は白皙に完璧な微笑を浮かべる。 「麻衣、お茶を」 聞き慣れすぎたフレーズを耳にとらえて、麻衣が一瞬固まった。 「‥‥‥‥‥‥この状況でそういうこというわけ?」 「交換条件でも欲しいか?」 ナルはくすりと笑った。 珍しすぎるほど珍しいやわらかな表情に、麻衣は目を瞠いて何も言えなくなる。 「お前が帰るまで‥‥‥‥あと1時間ほどだな。その間仕事のことは一時的に忘れる」 ナルの口からでたとは、目の当たりにしてもにわかには信じがたい台詞だった。 たっぷり一分近く沈黙して。 可憐な少女は琥珀色の瞳を限界まで円くする。 「ど、どうしたの?ナル」 「別に。‥‥‥‥いらないのなら別に僕はかまわないが?」 美貌に浮かぶ、妍麗とでも形容したくなる笑み。 麻衣は慌てて首を振って立ち上がった。 「いる!すぐ淹れてくる!!‥‥‥リクエストは?」 「ダージリン系なら何でもいい」 「ダージリン系ね。了解。‥‥‥‥‥約束は守ってね?」 「当然」 麻衣の貌が綻ぶ。 綺麗な動作で身を翻した彼女は最上級の笑顔をのこしてリビングから出ていった。 その表情が見たかったのだと、絶対に口にも顔にも出すつもりのないナルは、掠めるようなやわらかい笑みで彼女の気配を辿る。 すぐそばにあるファイルへの興味を今だけは失っている自分に気付いて、彼は苦笑した。 |
count700hit、理津さまに捧げますv えっと。頂いたリクエストは「ナル×麻衣激甘」でした。‥‥‥どこが!?というつっこみは‥‥‥‥覚悟済みです(涙)。ええ、でもこれでも頑張りました‥‥‥(吐血)許してください‥‥‥(涙) 冒頭1行で「え?」と思ってくださった方へv‥‥わざとですv(笑顔)ホワイトバージョンなのv(自爆) 2001.3.3 HP初掲載
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