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渋谷の喧噪の中、和服を着て歩いていると嫌でも目立つ。 まして、それがまるで日本人形のように美しい少女なら。 まとわりつく視線と、かけられる声を無視し続ける。 人形めいた無表情のまま精神を外界と遮断していた真砂子は、慣れた気配を感じて伏せていた睫をあげた。それはまるで突然射し込んだ光のように清浄で、よどんだ空気に疲れていた真砂子の唇が綻ぶ。 「‥‥‥真砂子!!」 思った通りの綺麗な高い声に呼ばれて、真砂子は振り返った。 「麻衣」 息を切らせて駆け寄ってきた麻衣は、上気した顔に満面の笑みを浮かべる。 「良かった追いついて!!絶対真砂子だと思ったから」 距離的には大して離れてはいなかったが、この人混みをかき分けるのは結構な労力を要する。まして今日は休日、その混雑は歩道とはいえ天下の公道とは思えない。 「あたくしが気付いたのでなくて良かったですわね。この格好ではとても追いつけませんもの」 上品な、けれど艶やかな梅の小紋に古風な羽織。 彼女によく似合ってはいるが、確かに人混みをかき分けたり走ったりするのに適した服装とは言えない。 麻衣は笑って、それから琥珀色の瞳を瞬いて少しだけ首を傾げた。 「今日はどうしたの?」 問われて真砂子は苦笑する。 「撮影ですわ」 「あ、そっか。‥‥‥これから?」 「先ほど終わったところですわ。麻衣こそ、どうしたんですの?」 麻衣が「いるべき」オフィスはここからすぐ近くにあり、平日であれば彼女がここにいても何の不思議もない。けれど今日は、休日。オフィスは休みの筈だった。 麻衣は軽く首をすくめる。 「今日は買い物。‥‥‥‥チョコレート買いに来たついでにうろうろしてるだけ」 バレンタインまであと5日。 秒読み体制に入ったせいか、渋谷はハートマークがこれでもか、というほど溢れている。 麻衣が持ち上げて見せた紙袋に視線を向けて、真砂子は笑った。 「そういえばもうすぐバレンタインでしたわね。‥‥‥‥どこかでお茶でもご一緒しません?麻衣」 立ち話をしていると、動くつもりが全くなくてもどんどん流されていく。 苦笑混じりの真砂子の提案に、麻衣は笑って頷いた。 「もう、みんな血相変えて毛糸編んでてね、ちょっと笑えるよ」 「あたくしの周りもそうですわ」 「真砂子はやらないの?」 「編み物なんてできませんもの」 真砂子はくすりと笑って麻衣にからかうような視線を向ける。 「麻衣こそやればよろしいのに」 「‥‥‥‥‥真砂子?」 上目遣いの麻衣の表情が同年齢なのに可愛らしくて、真砂子は苦笑した。 「今からなら、セーターは無理でもマフラーくらいなら出来ますわよ?」 「良く知ってるね」 「あれだけ毎日のように同じ話が聞こえてくるんですもの。覚えますわ」 「編むの?あたしが?」 「そうですわ。もちろん。────貰ってくれる方、いらっしゃいますでしょう?」 艶やかな彼女の笑み。 まっすぐな、ぬばたまの黒髪が揺れる。 「‥‥‥‥ナルのこと?」 「他にどなたかいらっしゃいます?」 当然のように返されて、麻衣は考え込んだ。 こづくりの、可憐な容貌に、困惑の色が浮かぶ。 別に、ナルにバレンタインのプレゼントをあげることには何の問題もない。内容はまだ決めていないが、何かあげたいとも思っている。 けれども。 たっぷり一分間は沈黙して、麻衣は口を開いた。 「‥‥‥‥ねえ、真砂子。ナルが、手編みの、セーターとかマフラーとか、するの‥‥‥‥?」 懐疑に満ちた麻衣の疑問を聴き取り、その内容を理解した瞬間、真砂子は絶句した。 未だ少年らしいやわらかさを残していた出会った頃ならとにかく、凄絶なまでに研ぎ澄まされた、漆黒の美貌に、手編みのセーターやマフラー。 例え黒かろうと編み地がシンプルであろうと。 「‥‥‥‥‥‥確かにちょっと怖いですわね」 似合わないのを通り越して、はっきり言って怖い。 麻衣は苦笑して頷いた。 「うん‥‥‥‥いろんな意味で」 「‥‥‥‥プレゼントも人それぞれで難しいですわよね」 「うん、そうだね」 笑った麻衣の表情が幸せそうで、真砂子は微笑む。 「14日には、皆さんお揃いになりそうですわね」 「そうかもね」 麻衣はあはは、と軽く笑って、それから一転して心配そうな瞳を真砂子に向けた。 「真砂子も来れる?」 「ええ、参ります。チョコレートケーキでも持っていきますわ」 「ナルは嫌がるかもだけどね」 「そうですわね。麻衣は気になります?」 「ならない」 即答して、笑う。 「それじゃ、チョコレートケーキに合うお茶用意して、まってるね」 「あたくしも楽しみですわ」 バレンタインは恋人たちのお祭り。 けれど、場合によっては久しぶりのティーパーティの口実になったりする。 おそらく、いや、絶対に眉を顰めるであろう所長様の表情さえ楽しみで、それぞれに魅力的な二人の少女は共犯者の笑みを浮かべた。 |
突発ショートです。思いつき5分、執筆1時間弱。1時間もかかったのは頭が死んでいるから‥‥‥(滅) たまには可愛いのも書きたいなvvバレンタイン前だしvとか思ったのですが‥‥‥慣れないことはやるものじゃないですね(苦笑) でも個人的には楽しかったです(笑) 2001.2.9 HP初掲載
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