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SPR日本支部所長であるオリヴァー・デイヴィス博士は、所長室の扉を開いて、一瞬瞑目した。 例によって例の如く────その事実がそもそも問題だとは思うのだが────レギュラー、イレギュラーともに、フルメンバー揃っている。人間が集まるのは既に諦めたが、本部からまどか以外の査察が入ったら呆れるのではないだろうか。 事務担当の安原と麻衣がオフィスにいるのはともかく、リンまでがいるのはどういうことだろうと思う。言うだけ無駄なことはたっぷり学習したから今更強く言うことはしないが、少々の頭痛は禁じ得ない。 オフィスの立地が悪すぎたのだ、と内心に諦めを多分に含んで呟いて、皮肉をたっぷり含ませた冷たい声を、硬質な唇から押し出した。 「今日も皆さんお暇なようで」 「今日もご機嫌ね、ナル」 紅い唇の女が嫣然と笑ったのを皮切りに、つぎつぎにおざなりな挨拶が続く。 「ナル、お茶?」 ひとしきり静まるのを待って、データの打ち込み作業をしていたらしい麻衣が、たん、とキーを叩いて立ち上がった。 「それとも資料?」 「お茶を。………明日休むからには、それは終わるんだろうな?」 「うん、平気。夕方までには絶対終わる」 「わかった」 「お茶、ここで飲むよね」 白い貌がにこりと笑って、麻衣は給湯室に姿を消した。 ふわりと揺れた栗色の髪の残像をほんの一瞬目で追って、彼はソファの定位置に優雅に腰掛けた。 センターテーブルに、明らかにショッピングバッグと分かる袋がいくつか置いてあって、ナルは秀麗な眉をわずかに顰めた。 「松崎さん。………こんなところまで来て、お買い物のご披露ですか」 「違うわよ。麻衣に休みとらせたの、なんのためだと思ってんの?」 「お話が見えませんが」 冷然と返した、明らかに不機嫌なナルに、真砂子が薄青の袖を掲げて遮った。 「ナル。………明日から、松崎さんは麻衣とあたくしをお誘い下さったんですわ」 「ホテルの、女性専用サマープランらしいですよ。詳しいことはよく知りませんけど、ホテルのプールとかエステ、それに食事なんかがパックになったものみたいです。リラクゼーションブームで、流行みたいですね」 デスクに座ったままかたかたとキーボードを叩いていた安原が振り返って、真砂子の言葉を補った。 「………ホテルの集客努力も大変だな」 一言、冷たい感想を漏らして、闇色の瞳が年上の巫女に向けられる。 「それで?松崎さんは麻衣と原さんを誘われたわけですか」 「そうよ。だって二人とも、学校以外で泳いだことなんてここ数年ないっていうのよ。聞けば、水着もスクール水着以外持ってないっていうじゃない。……ちょうど三人のプランもあったし、三人で行くのもいいかと思ったの。問題ないでしょ?所長さま?」 「お好きにどうぞ。麻衣の休暇申請は受けましたので」 あとをどう過ごそうが、それは麻衣の自由だ。 凪いだ声に重なるように、明るい少女の声が響いた。 「お待たせ〜。ついでに全員分入れ直してきました。安原さんも休憩にしませんか?」 綺麗な笑顔で、まず所長の前に磁器のカップをおく。そして、リンとジョンの前にはナルと同じカップを、安原と綾子の前にはアイスティー、滝川の前にはアイスコーヒー、そして真砂子の前には冷煎茶をことんと置いた。トレイと、残ったアイスティーのグラスを持って、あいていたナルの隣にすとんと座る。 「あ、ナル。明日綾子がホテルのプールに連れてってくれるって言ってたんだけどね、真砂子とあたしに、水着プレゼントしてくれたの」 「当たり前よ。スクール水着であんなとこ連れていけるわけないわ」 ナルの返答の前に、綾子が間髪入れず釘をさした。 ───水着の値段はさまざまだが、そこそこ良いものを買おうと思うと結構高いのだ。問答無用でプレゼントしたのはそういう理由もあったのだが、多分ナルはそれに気付いているだろう。 硬質の唇から軽い溜息が漏れて、それで、と言葉を接ぐ。 「それで、この袋の山が水着というわけですか」 「そうよ。見たい?ナル」 「結構です」 にこりと笑った綾子に、にべもなく答えて、綺麗な指先がカップを持ち上げる。 興味などない、と態度で示したナルに、綾子は嫣然と笑った。 「そう?だって、明日いくのは女三人だし、結局男たちは見れないのよ?麻衣のも真砂子のも可愛いのに、勿体ないわねえ」 くすり、と笑った女の顔にはわずかながら毒がある。 完全無視したナルが紅茶に口をつけるのと同じタイミングで、ようやくキリをつけた安原がソファに落ち着いた。 「どんな水着なんですか?……まさかここで着ていただくわけにはいきませんから」 「当然ですわっ!!!」 安原の言葉が終わらないうちに、和服の美少女がきついまなざしで彼を射た。 安原は端正な顔に笑みを浮かべて軽く頭を下げる。宥めるような視線を向けられて、真砂子はふいと横を向いた。 「ええ、ですからそんなことは言いません。デザインだけでも伺いたいなと」 そつのない、としか形容のしようのない笑顔で、綾子に尋ねる。 「麻衣のはひまわり柄のセパレーツ、真砂子のは青い小花散らしたオフホワイト系のワンピースよ。可愛いわよ、とっても。似合うもの、熟考したんだから私」 着せてみるのが楽しみなの♪と笑った綾子に、滝川が挙手して発言を求めた。 「何よ破戒僧」 「娘たちのは分かった。………三つあるってことは自分のも買ったんだろう。お前のは?」 「ボルドーのビキニよ」 「………お似合いにならはるでしょうねえ」 一瞬の空白を埋めようと焦ったのか、ジョンが衒いのない笑顔で口を挟む。 「当然よ」 「…………綾子はともかく、娘たちの水着姿は見たいなあ………折角夏だし」 呟いた滝川に、あはは、と麻衣が笑って首を振った。 「でも、もう休暇許可でないから駄目だよー。真砂子、海は駄目っていうし、プールは芋洗いだもんね。………それに、仕事いっぱいだし」 「その通りです。うちはそれほど暇ではありませんので」 ひやりと、冷気さえ漂わせた声が空間を凍らせて、漆黒の青年はカップをおいて立ち上がった。 「所長室に戻る」 「あ、待ってナル。データで、ちょっと見て欲しいとこが」 「もってこい」 これ以上オフィスにつき合う気はない、と断言して、漆黒の青年が分厚いドアの向こうに消える。 慌ててファイルしてあったデータのプリントアウトを持って、華奢な少女がその後を追った。 「それにしてもわからんなー。見てみたいと思わないもんかね、麻衣の水着姿」 ぼそり、と呟いた滝川に、リンは明後日の方角を向き、安原は苦笑した。 「馬鹿ね。見たいに決まってるじゃない」 「じゃあなんであんなに無関心なんだ?」 「………別に無理しなくても、麻衣が見せびらかすでございましょ」 真砂子が淡々と応えて、綾子が首を竦めた。 「そ。麻衣、大喜びだったし、きっとあとで二人になったら見せるでしょ。それで充分じゃないの奴にとっては。余計な外野に見られることもないしね」 「まあ、そうでしょうね」 表情のない声で同意したのはリンで、滝川は溜息をついてソファに轟沈した。 |
というわけで(………)残暑お見舞い申し上げます。涼しくなるかどうかは謎ですが、溶けた頭は時々変なものを生み出すようです(遠い目) 15万ヒットお礼企画で復活。 2002.8.17 HP初掲載
2003.8.24再掲載 |
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