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tea time with...who?




 かたかたと、軽いタッチでキーを叩く音が、響いていた。
 空調の音に混じって、消えるか消えないか、軽やかな一定のリズムを持つ音は、一定の緊張感を保ってオフィスの空気に溶解する。
 
 タン!

 最後のキーを叩いて、軽い溜息をついて。
 麻衣は、注視していたパソコンのモニタから、傍らに置かれた時計へと視線を滑らせる。
 予測とほぼ違わない時計の針に微かに首を傾げて、もう一度モニタを確認してから立ち上がった。
 きい、と動いた椅子を華奢な手で押しやって、淡い色合いの視線を資料室と所長室、双方に交互に向けて。くすりと笑って一歩を踏み出した。

 華奢な手が、まず最初に叩いたのは資料室の扉。
 返事を待たずに部屋にはいると、同僚の隻眼が穏やかに向けられて、麻衣は綺麗に微笑む。

「すみません、リンさん。もうすぐ安原さんが来る時間なんですけど、ついでですからお茶にしませんか?」
「ああ、もうそんな時間ですか。ありがとうございます」
「お茶、何かリクエストは?」
「そうですね………谷山さんのお薦めで」

 「縁起の良い」柔らかな笑みに、麻衣はにっこり笑ってうなずいた。

「はい♪それじゃ、安原さんが来たら呼びますね」
「ええ。区切りがついたら行きますよ」
「ありがとうございます」

 綺麗な動作で軽く会釈して、麻衣はもう一度にっこり笑って、資料室の扉を閉めた。

 彼女はそのまままっすぐ所長室に向かう。
 軽いノックは申し訳程度で、完全防音の扉を開けても、凄絶なまでに研ぎ澄まされた美貌は揺るぎもせずに闇色の瞳はファイルに向けられたまま、微塵たりとも動かない。
 それは、いつものことだ。

 麻衣は軽く溜息をついた。

「ナル?」

 応えは、返らない。
 無視は、いつものことで─────こんなことで感情を揺らすようでは彼のそばには居られない。とうに慣れたし、彼が自分の存在をきっちり認識していることも知っている。だからといって腹が立たないわけではないが、そんなことよりもなお腹が立つことは、ここで怒っても彼には何の影響も与えずに、無力感に陥れられるのは自分だけだという厳然たる事実。
 
 諦めた訳じゃないからね!

 内心だけで宣言して、麻衣は自分をみていない美貌の上司に、にっこりと営業用の笑みを向けた。
 見えていないのは百も承知だが、それは敢えて無視した自己満足的な報復。
 
「所長。安原さんがもうすぐ来ますから、時間もちょうど良いしお茶にしますが、所長はどうなさいますか?」
 
 ことさらにスクエアな口調なのも、ちょっとした腹いせだ。見えていない表情よりも、聞こえてくる声の方がより積極的なものだから、報復というよりは、罪のない脅迫かもしれない。
 これを無視したらナルのためのお茶は淹れないと固く決意して、麻衣はまっすぐに白皙を見据える。

 漆黒を纏う美貌の青年は軽く溜息をついて、華奢な少女に視線を滑らせた。

 ─────日本語の、敬語表現はそれほど嫌いではないが、彼女のこれは単なる慇懃無礼。
 慇懃無礼な態度は彼自身の得意技でもあるのだが、麻衣のそれは好きではなかった。

 まっすぐに澄んだ、光のような少女を歪めるなにものも、赦せない。

 ちらりと頭の隅を過ぎった、けれどどこまでも本心である自分の思考。イメージに過ぎない、けれど明確なそれに闇色の瞳に僅かな苦笑をのぼらせて、彼はゆっくりと口を開いた。

「麻衣。嫌味を言いに来たのか?」
「そうじゃないけど!」

 漸く返った極力抑えた低い声と。
 常と変わらない澄んだ口調と。
 どちらがどちらに、より安堵したのか────?

「そうじゃないなら?」
「無視されるのは気持ちのいいものじゃないの!!」
「仕事中に邪魔されるのも気持ちのいいものじゃないな」
「ほっとくと二十四時間仕事中にする人間にそんなことを言う資格はない」

 きっぱり言い切って、麻衣は笑ってみせる。
 綺麗に、挑むように──────琥珀色の瞳は、まっすぐに漆黒を射た。

「それで。どうするの?来る?来ない?」

 高く澄んだ声は、降伏勧告と言うよりは最後通牒で、漆黒の青年は溜息をついた。

「………安原さんが来たら呼べ」
「お茶のリクエストは?」
「何でもいい」
「了解」

 麻衣は笑って華奢な身体をくるりと軽やかに、翻した。


+
+
+


 予定の時間ぴったりにオフィスの扉が開いて、快活な挨拶が響く。
 空気の変わる、瞬間。

「こんにちは」
「こんにちは、安原さん───と、真砂子!?」

 同僚の隣に、紫陽花色の白紬を着こなした艶やかな黒髪の少女を認めて、麻衣は目を見開いた。

「お邪魔でしたかしら?」
「まさかでしょ!!お茶、準備してないよ………ごめんすぐするね!」
「紅茶は余りませんの?」
「余るけど。大量にダージリンのファーストフラッシュ淹れるから」
「それならそれを頂きますわ。たまにはよろしいでしょう?せっかく季節のものですし、そういうのもよろしいですわ、たまには」
「もちろんあたしは良いけど。あ、ごめん、二人とも座って」
「ずいぶん用意がいいですねえ、谷山さん」

 お茶の支度の済んだテーブルを、安原はくすくす笑って見やり、麻衣に視線を戻した。麻衣は軽く苦笑して肩をすくめる。

「ちょうどいい時間だったから、ついでにお茶にしたらいいだろうなと思ったんですよ」
「そして所長に休憩させたかったんですね?」

 ごくごくさらりと切り返されて、麻衣は言葉に詰まった。
 それに気付かない振りをして、安原はうんうんと頷いて続ける。

「そうですよねえ。昨日資料が揃ってから、所長と来たら資料とラブラブですからね。谷山さんも心配ですよね」
「安原さん。…………その表現、おやめ下さいません?」
「………表現、ですか?」

 黒髪の美しい少女は柳眉を顰めて袂で口元を優雅に覆う。
 故意にか他意なくか。何を言われたのか分からない、というポーズを取った理知的な青年に応えたのは、彼女ではなく同僚の少女。

「資料とラブラブ!!違うとは言わないけど!!」
「不気味ですわね」

 力一杯同調した麻衣に、真砂子がきっぱりと同意する。
 それぞれ魅力的な二人の少女の、滅多にみられない剣呑な視線を殆ど同時に向けられて、安原は軽く吹き出して謝罪した。

「すみません。ええ、あまり適切な表現じゃなかったですね。………お茶にしましょう谷山さん」
「ちょうどお湯沸く頃ですしね。ちょっと支度してきます。悪いんですけど、リンさんとナル、呼んでおいてもらえませんか?安原さん」

 年下の同僚の綺麗な笑顔に苦笑して、安原は返事の代わりに資料室に向かった。




 ふわりと漂うダージリンの香気。
 このメンバーでは安原一人がいくら頑張ったところで話が弾むはずもなく、それでも優しい気配が満ちて、春摘み特有の鮮やかでやわらかな香りと溶けて、ゆっくりと拡散して。
 そして、空気に、心に浸透する。

 珍しくオフィスにおりたやわらかな沈黙を、高く澄んだ少女の声が拓いた。

「あ。そうだ真砂子」
「何ですの?麻衣」
「今度、午後いつか時間ある?」
「………ええ。確か明後日の午後は………何ですの?」

 可憐な少女の容貌がぱっと輝いて、真砂子は美しい黒い瞳を瞬いた。

「大学の友達に、甘味のお店、聞いて。日本茶と和菓子が美味しいんだって。一緒に行かない?」
「………誘われたのでしょ?どうしてその方と行かなかったんですの?」
「真砂子と行きたかったんだもん。真砂子が嫌なら無理にとは言わないけど」

 ほんの僅か、自嘲の混じった苦笑混じりの真砂子の問いかけに、隣に座った安原は微かに眉を顰めたが、麻衣は澄みきった瞳でまっすぐに親友を見つめる。
 その、強い、綺麗な────けれど願うような縋るような、それなのに疑いの翳りもささない視線。
 その瞳に逆らえるはずも、その望みを無碍に出来るはずもない。

 真砂子は苦笑して、斜向かいで外界を遮断するような無表情のままティーカップを手にした漆黒の青年に一瞬だけ視線を向ける。

 ────お互い、逆らえませんわね?ナル。

 内心だけで呟いて、真砂子はゆっくりと微笑む。

「ご一緒しますわ」
「いいの?ありがとう!」
「いいえ。あたくしこそ、誘って頂けて嬉しいですわ、麻衣」
「僕もご一緒しては駄目ですか?なかなかそういうところには縁がなくて」
 興味はあるんですけどねえ。どうにも男一人では行きにくくて。

 にこにこ笑って割り込んだ越後屋の異名を取る同僚に、麻衣は綺麗に笑って見せた。

「駄目」

 きっぱりと、語尾に音符でもつきそうな声で言い切られて、安原は目を瞬く。
 拒絶はあまり予測していなかったのだが、あまりにも悪意のない麻衣の声に、抵抗できない。驚いたのは安原だけではなく、リンばかりかナルまでが、その漆黒の凪いだ瞳を一瞬だけ傍らの少女に滑らせた。

「だめ、ですか?」
「うん。駄目」
「参考までにお聞きしますが。これが所長やリンさんだったらどうします?」
「ナルやリンさんがそんなことを言うとは思えないけど」
「仮定の話です。どうします?」
「どっちにしても、駄目」

 麻衣は、笑う。

「女の子のお茶会話に、男の人は入れないの♪」
「それがたとえ恋人でも?」

 半ば意地悪く安原に問われて、麻衣は再び一瞬だけ自分に向けられた闇色の視線に視線を絡めて、そして笑う。

「勿論。ね、真砂子」
「だからこそ、とも言いますわね」
「あ、それ言えるかも」

 悪戯っぽく共犯者的な視線を交わした二人の、小さな澄んだ笑い声が、お茶の香気に溶けて、拡がった。
 
 少女たちの無敵の笑顔の前に残された道は、全面降伏しかない。
 漏れた溜息が何人分のものだったかは。
 きっと、誰も気付かない。




最近タイトルが思いつきません………(汗)もともと苦手なんですがどうしたものでしょう(遠い目)
女の子同士のお茶会は男子禁制vで、麻衣のきっぱり「駄目」が書きたかっただけ、です(おいおい)。妹が、これなら気持ち悪くならないでしょと買ってきてくれたあんみつを食べつつ、何でこんな話が浮かんだかは私にも判りません………(爆)まあ、馬鹿話ということでvv(吐血)少しでも楽しんで頂ければ………。
本当はこのあとに、麻衣のバイト休み奪取を巡って一幕あったのですが(爆死)何の意味もないので切りました……(遠い目) 
2001.6.9 HP初掲載
 
 
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