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  頭痛。



「………………うー……………」
 ふとんの中でうずくまる。

 頭が痛い。
 割れるように、という言葉があるけれど、そういう種類の痛みじゃない。
 締め付けられるような、ひどい倦怠感を伴う痛み。
 熱っぽさがないだけ、痛みだけがひどく浮き上がって感覚を襲う。

 起き上がる気になれない。眠いわけではないけれど、動きたくない。
 なにもしたくないなにもみたくないなにもききたくない。
 感性さえ麻痺しそうになる。

 
 誰もいない部屋。
 今日は何の予定も入っていない。いつものように朝から隣に行くつもりだったが、これでは行っても意味がない。多分、彼も、彼女の不在を気にしないだろう。
 だから────。

 痛みに惑わされる思考の中、それだけを考えて、身体を動かす。少しでも楽な姿勢を求めての、無意識の動きは、ただ痛みを強めただけだった。
 枕元の携帯電話の電子音が鳴って、麻衣は眉を顰める。
 音が、神経に障る。
 ほとんど本能的に携帯を手に取ってオフにしようとして───音が、目覚ましのアラームではないことに気付いた。液晶画面にうつった名前に驚く間もなく、慌てて通話ボタンを押す。
「………ナル?」
『どうかしたのか?』
 電話の向こうの低い声。
 麻衣はそのままベッドに寝直して、どうにか声を絞り出した。
「なんで?」
『朝から来ると言っていたのは麻衣じゃなかったか?』
「あ、うん…………」
 言われてみれば、昨夜帰り際に、朝から行くと言った気がする。
「ごめん。…………でもわざわざ電話なんて」
 来ないからといって電話までしてくるとは、彼らしくない。
「もしかして、何かあった?」
『……………』
 受話器の向こうで溜息をつく気配がして、麻衣は首を傾げる。
「なに?」
『お前が、ああ言った場合、こっちに来るのは遅くて9時、普通は8時。じゃないか?』
「うん」
『現在時刻は?』
 問われて、麻衣ははじめて時計を見た。
 時計の角度に、思わず仰天する。
「…………え?11時………45分過ぎてる」
『そう』
 その声が受話器から聞こえるのとほぼ同時に、寝室のドアが開いた。
 ドアを開けたまま、漆黒の青年が眉をひそめてベッドに近づく。
「どうした?」
「不法侵入」
「責任者として、スペアは預かっているもので」
 皮肉な声がさらりと返って、漆黒の瞳が、オフホワイトのリネンに埋もれたままの麻衣を見直した。
 寝乱れた淡い髪が枕に散って、下ろされたままのブラインドが縞模様の光のラインを作っている。
「……………どうした」
「………………頭痛い。動きたくない」
 冷えた指先が、額に触れる。乱れた髪を指先で梳いて、瞼に触れる。
「熱はないな」
「…………」
 答える気も起こらず、目を閉じた麻衣に、ナルは尋ねる。
「松崎さんを呼ぶか?」
「いい。頭痛いだけだから。………それに」
「それに?」
「あまり人に会いたくない感じ」
 枕に顔を半分うずめたまま、彼女らしくもない答えが口をついた。
 ナルは軽く眉をひそめ、それから抑えた口調で尋ねる。
「僕も帰った方がいいか」
「待って」
 がば、と反射的に起き上がった麻衣は、走った激痛に頭を抱える。
「………………」
「馬鹿か、お前は」
 溜息混じりに呟いて、ナルはしがみついた華奢な手を外した。
「ナルは、いて」
 いないままなら気付かなかったかもしれない、心細さ。
 今、彼に帰られたら、なにもかも潰れてしまうかもしれない。
「…………僕にも仕事があるんだが」
「……………」
 ナルの仕事に曜日はない。日曜日だろうが深夜だろうが、関係はない。そんなことはよく知っている。
 答えられずに唇を噛むと、思いがけず優しい仕草で毛布をかけ直されて、麻衣は目を開いた。目の前に白皙の美貌があって、深い瞳の奥の穏やかな光に引き込まれそうになる。

「とりあえず、寝ていろ。………多分ストレス性の一時的なものだろう。痛み止めは?」
「うちにはない………と思う……。使わないもん」
 女性ならだいたい持っているという鎮痛剤だが、幸いなことに生理痛と縁のない麻衣は、痛み止めとも縁はない。
「食欲は」
「全然………あ。でもナルは食べなきゃ駄目。朝もどうせ食べてないでしょ」
 彼は恋人の指摘を完璧に黙殺する。
「とりあえずリンに痛み止めを貰ってきてやる。ついでに何か食べるものも」
「……………………………ナルは?」
 
 至近距離。
 恋人というより、幼い子供が甘えるような、懇願。

 ナルは軽く溜息をつき、冷えた額に軽く唇を触れると、身体を離した。
「PCを持ってきてやる」
「ありがと」
 ほっとしたように力を抜いて、白い顔が綻ぶ。

 漆黒の身体を翻した彼に、麻衣は小さな笑みを向けて、それからまた枕に埋もれた。

 頭は痛い。
 ひどい、痛みは変わらない。

 でも、心のどこかに温かな灯がともって、麻衣は目を閉じた。




………死ぬほど頭が痛かったんです。(きっぱり)
この後の、ナルとリンさんの丁々発止もたのしそうだなぁ……拍手かなにかでかこっかなv
   2005.3.5HP初掲載



 
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