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東京、渋谷、道玄坂。 完全防音の所長室で、書類を突き返された少女が両手でバン、と上司の机を叩いた。 「何がご不満なんでしょう!!」 「論旨が曖昧。報告書としてなってない。ほかに理由があるとでも?」 「あたしにはこれが精一杯だってわかってるでしょーが!無理言わないでよ!」 「僕の代理だったんだろう?」 「あんたと同じレベルをあたしに求めるなーーー!!!」 思わずわめいた麻衣は、落ち着けあたし、と呟いて、二度、三度、深呼吸を繰り返す。それからもう一度、睨むような視線を目の前の上司に戻した。 「…………あたしではもちろん、天才な所長の代理には役者不足でした。それは認めます。でも、やれっていったのはリンさんだし、そもそも、その所長が、後先考えず無茶な行動をしたのが悪いんだと思いますけど?」 文句をいえるものなら言って見ろ、という勢いで開き直った麻衣の顔を、ナルは数瞬だけ見やって嘆息した。 「…………それにしても、これは曖昧すぎる」 「これ?」 「お前が無茶をやってからの説明」 「だって、そもそも実際何が起こってるのかも良く分かんなかったし」 「きちんと説明すると聞いたと思ったのは、僕の幻聴か?」 「私に分かってることは、できるかぎり説明したよ。それはそこに書いたとおり。………でも、裏付けがとれないんだもん。仕方ないじゃん」 「……………」 「あたしが、ジーンくらい実績積んだ能力者だったら良かったんだけどね」 それなら、実績だけで「証明」の一助になり得たのに。 苦笑に、ほんの僅かに自嘲がにじむ。 少女のしろい貌を一瞥して、ナルは軽く息をつく。それから、一度突き返した書類を、手元に引き戻した。 「ナル?」 予想外の彼の行動に、麻衣は驚いて軽く首を傾げる。データに視線を落としていたナルは一瞬だけ琥珀色の瞳を見上げて、長い指先で資料をはじいた。 「お前の言い分にも一理あるからな。……データだけは確かにきれいにとれているから、もう一度突き合わせる」 「…………いいの?」 「……聞き取りもやり直すから記憶を整理しておけ」 「はい。手間かけさせてごめんなさい」 「僕の仕事だろう。分かったなら仕事に戻れ」 素っ気ない返答に、麻衣はくすりと笑って、ありがとう、と囁く。 「心配させてごめんね」 「………今回の件に関しては、お互い様だな」 「そうだね」 白い貌が、ちいさく綻ぶ。 「今度から、ああいう無茶は止めてね。怖いから」 「お前こそあれはやりすぎだ」 「ナルが無茶しなきゃあんなことしなかったよ」 「………………」 「ナルが謝ることはないけど、でも、ああいうことは、もうしないで。今回はたまたま上手くいったけど。次も上手くいくとは限らないんだから」 「善処する」 「そうして?………ほんとに、怖かったから」 囁くように呟いて、大きな机越しに、麻衣はナルの手を取った。華奢な両手で、まるで壊れやすい大切なものを包み込むようにしてゆっくりと持ち上げて、その綺麗な長い指にそっとくちづける。 「無事で、良かった」 耳には届かないほど低くささやいたのがどちらの声だったか、多分、ふたりとも知らない。 † びーどろの珠のような、優しくあたたかな小宇宙。 子どもだけでなく、誰でも持っている、自分だけの、世界。 大人になれば障壁は淡くうすく変化して、人と交わりそして離れる。 世界を含む珠はころがって落ちても強靱に壊れない。 やさしく強靱に、そして広いひろい外界にひらかれる。 時に重なり、時には離れて転がって、時には砕けて。 びーどろの珠は世界の残影を映して、きらきら燦めいて手の中に転がり落ちた。 |
お疲れさまでございました………。本にしたときは気付かなかったんですが、これ、章によってかなりのばらつきがありますね……。三章と四章の分量が三倍ってどういうことだ……(爆)かなり変わった話だという自覚はちゃんとあります(苦笑)調査もの、というよりは……うーんなんだろう??ちゃんと調査してないし。麻衣が暴走してるし。(ので本には藍さんの「胃痛にパン○シロン」なリンさんのイラストがある……。笑) 今回あえて全く改稿せず、そのままのかたちで掲載させて頂きました。今とは微妙に違うところ、とか。いろいろあると思いますが、その辺は笑って見逃して下さると幸いです。 |
2002年12月(?) サイト10万ヒット企画連載。 2003年2月 全面改稿の上オフセット本頒布。 2004年9月15日 サイト再掲載終了。 |
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