「ンもう、ノエルってば〜。脅かしすぎよぅ、今日の」
「あれぐらいやっとけばもう今度からあんな馬鹿は仕出かさないだろ?」
「でも、可哀相なぐらい怯えてたわよ、あのヒト」
 もう深夜と言われる程の遅い時刻。ノエルが貰った仕事料を数えている横で小さな人影が一人、今日の彼の行動についてぶつぶつ文句を言っていた。
「ノエルの場合、下手に真面目そうに見えちゃったりするから余計におっかないのよね、本性分かると」
「真面目そうって何だよ、真面目そうって。俺はいつだって真面目なの」
「嘘だぁ〜。今日のは絶対楽しんでたもん〜」
 弱い者いじめなんて悪趣味〜、とにやにやしながら続けた少女の身長は僅か三十センチ程しか無かった。小さな身体を、背中に生えた半透明の翼で空中に浮ばせている。
 その羽といい、ヒラヒラした衣装といい、ツンツンと可愛らしく外側に跳ねたオレンジ色の髪といい。彼女はまるで、お話の中に出てくる妖精のように見えた。
「何とでも言え。でも、その悪趣味のお陰でたらふく飯食ってるんだぞ、お前」
 数え終わったお金を財布の中に戻しながらノエルは言う。
「でもって、これでまた、後二週間ぐらいは三食ベット付きが約束される、と」
「え、ホント!?お昼寝は?お昼寝もつく?」
「……悪趣味がどーとかって言ってなかったか、シィラ?」
 後、三時のおやつも、とはしゃぐ少女にぼそっと突っ込みを入れ、仕事料をしまい終わった財布の中から小さく折りたたんだ紙切れを取り出した。それを広げ、内容に目を通す。
「……なぁに、それ。今度のお仕事?」
「ああ。近くの海に海竜シー・サーペントが出るんだとよ。額も悪く無ぇし、竜退治ってのも面白そうじゃねぇか」
「どれくらい?」
「ま、おやつ代にしちゃお釣りがくるな」
 さらっとそう言って。
 やる気があるのか無いのか。紙をテーブルの上に置き、彼は一つ大きな欠伸をした。


「……で。一体いつ出て来るって言うのよぅ〜、その海竜シー・サーペントって〜」
「さぁな。そればっかりはお相手さんにしか分からんだろ」
「タイクツ〜。エサとかでおびき寄せたりとかって出来ないの〜?」
 次の日。早速仕事を引き受けて海竜シー・サーペントが現れるという浜辺までやって来たものの。待てども待てども一向に現れる気配が無い。待ち始めて三十分。意味の無いヒマ(彼女曰く、意味のあるヒマ、というのも存在するのだそうだ)というものを嫌うシィラが、早速しびれを切らせ始めた。
「エサ、ねぇ……。お前なんか、エサに丁度良いんじゃねぇか?」
 こぅ、ぱくっといきたくなったりするかもしれねぇぜ、とノエルは真顔で言う。
「何よぅ。竜って言うぐらいだから、ノエルぐらいの大きさの方が食べ甲斐があるんじゃないの〜?」
「あー。確かに。お前じゃ腹の足しにもなんねぇか」
 これまた真顔で返す辺り、彼もヒマなのだろう。ぼけーっと砂浜に打ち寄せては引いて行く穏やかな波を見つめている。
「……この辺りは、緑があるな」
 ぽつりと、ノエルが言った。まるで、独り言のような雰囲気だったので、どう相槌を返そうかと一瞬迷う。
「エルフェリアから、かなり離れたって事よね〜」
「考えてみたらよ。俺、緑の大地ってほとんど見た事ねぇんだよな」
 ずっと、エルフェリアで育ったからな、と波を見つめたまま続ける。
 聖都・エルフェリア。彼の育った街はよくそう表される。それは、その街に世界信仰であるところのエルフェリア教総本山がある為だ。創造神と同じ名前を持つこの街で、ノエルは育った。
 だが。エルフェリアという街には、人間が暮らして行くには絶対的に足りないものが存在する。それが、生い茂る緑。聖都と称される街は、緑の育たない枯れ果てた大地でもあるのだ。
 その荒野は、エルフェリアだけに広がっている。従って、エルフェリアから離れれば離れるほどに緑を見かける事が多くなるのだ。何故、エルフェリアだけがいつまでも緑が生き付く事が無いのか。それは、その昔、創造神に敗れ去ったと言われる破壊神が残した爪跡だとか、はたまたその破壊神自身がエルフェリアの地に封印されているからだとか言われているが、未だ原因は解明出来ないままである。
 口を閉ざして波を見つめたままのノエルから、ふっと目を逸らし。
「……あれ?」
 海とは反対方向。ノエルが言う、緑の大地の方向から近付いてくる人影がある。
「ねぇ、ノエルぅ。同業者さんかな?」
「同業者?」
 言われて、シィラの指差す方を見る。そうすると確かに、真っ直ぐこちらに向かって来る人影が確認出来た。
海竜シー・サーペント……。俺一人じゃ、不安にでもなったのかねぇ」
「俺一人、じゃないでしょ。俺達二人、でしょー?」
「……ま。ご同業者さんだったとしても、報酬さえきっちり貰えれば俺は構わねぇけどさ」
 シィラの突込みをさらりと無視して、彼はまた海の方へと向き直った。相変わらず、竜なんて現れそうに思えない穏やかな海である。
「……問題は、同業者さんじゃ無かった場合だな」
 言って、シィラに目配せをする。彼女は大きく頷いてその姿を消した。
 一人になったノエルは、急に静かになったその場所で変わらずに海を見つめている。その右手にはしっかりと例の聖書が握られていた。
 問題の人影は、女だった。まだ若い。少女と言っても差し支えないだろうぐらいの年齢に見える。
 少女は、彼女に気付かないフリをして、何も言わずに海を眺めているノエルの隣に来て足を止めた。
「穏やかな海……。波を見ているのは、楽しい?」
 「おや」と声を上げ、初めて少女に気が付いたフリをしながらノエルは振り向く。
 長く濃い紫の髪が印象的な少女だった。身につけている衣服は活動的なものだったが、この辺りではまず見かけられないような変わった形をしている。何処かの民族衣装か何かのようだ。
「ええ、楽しいですよ。僕の育った国では、海が見られませんでしたから」
 内陸部に位置するエルフェリアでは、確かに海が見られない。だから、穏やかに言ったこの言葉は彼の本心から出たものなのかもしれなかった。
「こんなもの、ただの大きな水溜りじゃない」
 少女の言葉は淡々としている。理解出来ない、と言った風な顔だ。
「そうかもしれません。ですが、触れた事の無いものを見る、というのはやはり楽しいものですよ」
 シィラが、仕事時には普段とほぼ正反対に引っ繰り返る彼の口調を称して「仕事モード」と呼ぶ、人当たりの良さそうな穏やかな口調でノエルは返す。
「内陸地から出た事の無いお坊ちゃんってところなのかしら?」
「さぁ?お坊ちゃんかどうかは知りませんが、確かに生まれ故郷から出た事はあまりありません」
「出してもらえなかったんでしょ?クビになるまで」
「その言葉には、少々語弊がありますね。出してもらえなかったのではなく、街から出るような用事も暇も無かっただけの話です」
 きゅっと聖書を持つ右手に力が入った。
「それで?貴女は僕に用事が?」
「ええ、そうよ。あたしの金ヅルさん」
「僕は、金ヅルさんなんて名前じゃないんですけどねぇ」
 思わず苦笑が浮んだ。困ったようなノエルの笑みとは逆に、少女の顔にはにっこりとした明るい笑みが浮んでいる。
「じゃ、あたしの名前を世界に羽ばたかせる踏み台さん、でも良いわ。それとも――きちんと、ノエル=セイグラント・・・・・・さんって呼んでほしい?」
「……誰の、事です?」
 一瞬の、空白。
「僕は、確かにノエルという名前ですが、姓はプラムシェイプ。セイグラント、じゃありませんよ」
「――え?」
 短く声を発して動きの固まった少女に対し、ノエルはわざとらしく深いため息をついてみせる。
「貴女――賞金稼ぎか何かですか?最近、同じ勘違いをされる方が多くてほとほと迷惑してるんですよ。よりにもよって、僕と同じ名前の元神父に史上最高額の賞金が掛けられてるとかでねぇ。全く、困ったものです」
 そう言って、ふるふると首を横に振ったりなんぞしているが、少女が言った人物はもちろんノエル本人の事である。本名はプラムシェイプなのだが、彼はもう一つの名前としてセイグラントという姓を授かっているのだ。
 そして、彼の育ったエルフェリアの街では、彼の本名の方を知っているのはノエルの知るところでは一人しかいない。だから、賞金がセイグラント姓の方に掛けられているのは当然なのである。
 少女は、ぎくしゃくとした動きでポケットから紙切れを取り出し、その紙とノエルの顔を交互に凝視した。大方、役場から貰ってきた指名手配の紙か何かだろ、とノエルはまた微苦笑を浮かべる。
「しかもその人、僕に似てるみたいじゃないですか。緑の髪で金の瞳なんでしょう?全く、偶然もここまで行くと笑うに笑えませんよ」
 少女の視線はまだノエルと紙切れの間を彷徨っている。そんな彼女を、心の中でため息をつきながら見つめ、ダメ押しにもう一声、と思った時だった。
「……ま、良いわ」
 はらり、と手に持った紙切れを捨て。
「アンタの言う事が本当でも嘘でも。とりあえず、エルフェリアに連行して行ったらはっきりする事よね」
 だから、覚悟してくれる?
 彼女の赤い瞳が、そうノエルに語りかけていた。


 ……ちょっと待て。
 何だってそういう短絡的な答えに結びつくんだよ!
 そう突っ込みたいのは山々だったが、何とかそれを堪える事に成功した。というのも、そんな文句を言う前に少女の手のひらから生み出された炎の矢が彼を襲ったからである。
「ちょっと、避けないでよ!黙ってこのあたし、リース=リーズの名前を轟かせる肥やしになりなさい!もし、アンタの言う事が本当だったら後で謝ってあげるから」
「無茶な事言うなっつーんだよ!謝って済む問題かっ!」
「……あら。化けの皮が剥がれたわね、金ヅルさん?」
 思わず素に戻って叫んだノエルに向い、リースと名乗った少女は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「アンタの言う事が本当なら、エルフェリアへ一緒に行く事だって出来るでしょ?行けないっていうのが一番の証拠じゃない。痛い目を見る前に降参した方が賢いわよ」
 自信たっぷりのその言葉に思わずノエルは頭を抱えた。
「世も末だな……。こんなガキまで賞金目当てかよ……」
 ぼそりと呟いたその言葉が彼女の耳に入ったらしい。リースはかぁっと頬を紅潮させて怒鳴った。
「失礼ね、あたしはもう十九よっ!!」
 ゴォッと再び炎の矢がノエルを襲う。先程よりも本数を増したそれはだが、目標に届く直前で見えない壁に阻まれ、パシュンと消滅してしまう。矢が当たった空間が、水面のように歪んで波紋のような円を描いていた。
 ノエルが少女の火属性魔法フレア・アローの対策にと、密かに唱えていた水属性の精霊魔法ウォーター・シールド。光魔法を使うようになってから、精霊魔法はほとんど使った事が無かったがどうやら思った通りにリースの魔法の効果を打ち消す事が出来たようである。
「ここが水辺で助かったな」
 欠片ほどもそんな事は思っていないのだろう余裕綽々の口調。それがまたリースの感情を逆撫でする。再び怒鳴り出しそうになるのを懸命に堪え、彼女は一つ深呼吸をした。
「……アンタ、属性水なのね。それは確かに、あたしの分が悪いわ」
「だったらこのまま引いてくれたらありがたいんだけどよ」
「冗談。賞金稼ぎを片っ端からあの世送りにしてる人間が言うような台詞じゃないわね」
「どいつもこいつも……。誰がそんな事までしてるってんだ」
「あら。違ったのかしら?その所為で、賞金額が思いっきり跳ね上がったんでしょ?あたしの名前を売るのに相応しいほどに」
「……まさか、お前……」
 妙にわざとらしい言い方。それが嫌に、頭に引っ掛かった。
 引っ掛かったその言葉はストンと落ちる事無く留まり続け、もやもやとした嫌な予感を増幅させて行く。
 嫌な予感に捕らわれて表情が固まったノエルとは対照的に、リースは無邪気な可愛らしい笑みを唇に乗せて、言った。
「そうよ。あたしが広めてあげたの、その噂」
 穏やかな波の音が、やけに響いた気がした。


「……何……だって?」
 声が掠れているのが分かる。
 ――今、この女は何と言ったんだ?
「びっくりした?」
「じゃ……じゃ、何か?俺が今、以前以上に賞金稼ぎと出くわすってのは全部お前の所為だってのか?お前がバラまいたガセネタの所為だってのかよ!俺がお前に一体何をしたってんだ!?」
「何にも?ただ、ちょうど目に入っちゃったのよね、貴方の手配書。だから貴方になっただけの事だわ」
「な――!ふざけんなッ!!」
 叫ぶと同時に、ノエルは聖書の中から古代武器ロスト・ウェポンを取り出していた。そのまま、流れるような動作で引き金を引く。ドゥッと腹の底に響くような重たく低い音が辺りに響いた。
 トサっと背後の砂浜に、放り投げた聖書が落ちる。
「……ワザと、外したでしょ」
「人間相手には使わない。お前がバラまいたガセネタの通りになっちまうからな」
「甘いのね。命取りになるわよ?」
 ――少なくとも。
 今ここでは、使わないと、ね。
 シャリンと金属の擦れる音が耳に届く。嫌な予感が胸を過ぎって、ノエルは反射的に身体を後ろへ退いた。
 銀色の閃きと共に、ノエルの緑色の髪の毛が数本空を舞う。
「あたしは、手加減なんてしないわよ?古代武器ロスト・ウェポンだろうが何だろうが、お金の為だったら遠慮無く使わせてもらうわ」
 リースの両手に握られているのは、大きなリングだった。両手に一つずつ、対になっている。持つ所以外は刃がついており、これが先程ノエルの鼻先で閃いたモノの正体だろう。彼の持つ古代武器ロスト・ウェポン――銃もこの世界ではまず見られる事は無い形状に使い方をしているが、リースの取り出したこのリング状の武器もまた、普通ではお目にかかる事が出来ないだろうと思える。
 だが、そんな事よりも。
古代武器ロスト・ウェポンだって……?」
 世界に七つしかないと言われる伝説の武器。
 自分がここに持っている事だって未だに疑いたくなる時があるってのに。
古代武器ロスト・ウェポン同士ってね、きっと引き合うものなのよ。そのお陰で、あたしは貴方に出会えたんだわ。感謝するべきよね、ラティスに」
「ラティス?」
 古代武器ロスト・ウェポンにはそれぞれ天使が宿っていると伝えられている。堕とされたとは言え、シィラだってその一員だった。彼女が言った名前はつまり、そのお仲間さんだって事だろう。
「分かってるクセに。貴方の古代武器ロスト・ウェポンにだって宿ってるんでしょう?呼び出して、感動のご対面でもさせてあげたら?」
「いや……止めとくよ」
 挑発的なリースの言葉には乗らず、ノエルは左手に持った銃を握り直した。
「そんなヒマは無ぇからさ!」
「ちょっとアンタ!言ってる事とやってる事が違うわよッ!」
 握り直したそばから発射された弾丸をギリギリでかわし、思わず怒鳴る。ノエルはちっと小さく舌打ちをしたが、すっと無駄の無い動きで狙いを定めた。
 銃口が、ぴたりとリースの頭に向けられる。
「あ、アンタ……やっぱり噂通りの人間なんじゃないのッ!?」
「動くなっ!コレ以上、俺の仕事の邪魔しないでくれよ・・・・・・・・・・・・・・
 ぼやきのような台詞と一緒に、ノエルは引き金を引いた。

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