第一章・賞金と神父
 ――ひやり。
 男が懐から取り出したナイフが、少女の首に押し当てられる。その冷たい感触と恐怖から、少女は叫ぶ気力すら失っているようだった。
「おら、さっさと金目のモン出しやがれ!コイツぶっ殺すぞ!!」
 ……やれやれ。
 全くもって、お決まりの台詞だねぇ。
 もうちょっとはアレンジした言葉を言えないモノかね、強盗ってのは。
 ……でもま、これも仕事ですか。
 そう、心の中でぶつぶつと呟いた後。
 ノエル=プラムシェイプはやっと重い腰を上げた。かれこれ一時間程、強盗さんと村人さんの遣り取りを見物して来たけれど、いー加減に飽きてきたし。
 人垣の間をすり抜け、強盗の方へと歩み寄る。もちろん、脅迫を始めて一時間もお預けを食っている強盗の方からは「近寄るな!」とこれまたお決まりの言葉が吐き出されるわけで。
 とりあえず彼の言葉通り、ノエルは足を止めた。
 そんなノエルを見て、男は理解出来ないモノを見るかのように眉をひそめる。
「お前何だ?別に俺は神になんて救ってもらう気はねぇぞ」
「僕も別に、貴方を救ってあげようとは思ってないんですけどね」
 そう、苦笑を浮かべてさらりと返したノエルの格好は、確かに神に仕える職に就いている者の姿に見えた。小柄な身体を黒いコートに包み、その上には赤いラインの入った黒いケープ。胸から下げた金色の十字架。右手には、分厚い聖書が一冊。
「でもね。人助けを頼まれると断れないんですよ、職業柄。分かります?ですから、話を聞くフリだけでもして下さるとありがたいんですけどねぇ」
「てめ……っ。ふざけてんのか!?」
「まさか。ふざけていられるような状況に見えます?この状況」
 肩を竦めて首を振る。
「大真面目ですよ、大真面目」
「……なっ……」
 どう対処したら良いか分からなくなったのだろう。男は目を点にしたまま絶句した。
 ノエルはにっこり笑って声を潜める。
「それに……僕だってお金が欲しい。だから貴方の説得を引き受けた。結果はどうあれ、説得するフリぐらいさせて下さっても良いでしょう?」
「……おいソレ……。コイツにも聞こえてると思うんだが……」
 困ったように言い、視線で少女を示す。自分がナイフを突きつけているのに、まるでそんな事を忘れてしまっているかのように申し訳無さそうな哀愁のたっぷりこもった視線だった。
「まぁ、そりゃあそうでしょうねぇ。それだけ近くにいるんですから」
「……い、いたくて……っ」
 いるんじゃないわよ。
 少女はきっと、そう続けたかったのに違いない。ナイフが喉に押し付けられているため、彼女は実に一時間ぶりに発した言葉を中途半端で止めざるを得なかった。話すという、ただそれだけの行動をしただけでも喉に冷たい感触を残しているナイフがいつ自分の首を傷つけるか、それを想像して恐ろしくなったからである。
 あんた、一体何頼まれたのよ。
 自分が助かる事を期待して良いのか悪いのか。そんな複雑な気持ちを込めて目の前の、丸眼鏡を掛けて優しい顔に笑みを浮かべた神父の格好の男を見やる。
 見た目は温和な神父サンってとこだけど、言ってる事は悪魔よね、と少女は心の中で呟いた。
 ……ってゆーか。
 もーちょっと頼り甲斐がありそーな人間はいなかったわけ?
 少女がそんな事を考えているとは露知らず。ノエルは、他の村人に会話が聞こえないように声を潜めたまま話し続ける。
「まぁ、お金が欲しいって言う気持ちは良く分かりますよ。でも、だからってこんな事をして何になります?手に入るのなんて、結局は雀の涙程度のお金じゃないですか」
「……は?」
 またまた目が点になる男と、村をぐるりと眺めるノエル。少女は少女で、もう彼に期待を掛けるのは止めにしたらしい。諦めの混じった表情をして何処か遠くを眺めている。
「……あのぅ……それは、説得、なんスかね……」
 恐る恐るといった様子で男が聞いた。もしもそうだったら嫌だなぁ、という気持ちが少なからずは込められている台詞だった。
 ノエルはそれには答えず、にっこりと意味ありげな笑みを返しただけである。
 ……俺、もしかしてすっげぇヤバい人と関わっちゃった?
 今更ながらにそんな疑問が頭を過ぎったのだが多分、時既に遅しであろう。
「どうせ人質取って強盗するんなら、こんなチンケな田舎村じゃなくてエルフェリアみたいな大きな街でやりなさい。捕まるにせよ追われるにせよ、100ゴールド取るのと100万ゴールド取るのとじゃ大違いでしょう。それならドカンと大きな事をした方が気持ちも良いと思いますが?」
「……あんた……ホントに神父サンか……?」
「別に僕は、神父だと名乗った覚えはありませんよ」
「けど、職業柄って」
「ええ、それは嘘じゃありません。真実です」
 僕が言いたいのはですね、と言って、ノエルは一呼吸置いた。
 右手に持った聖書を開き、その紙面に視線を落とす。
「悔いが残る事をするなと言っているんです。こんなチンケな村を襲ったというだけで僕に頭吹っ飛ばされて人生を終えるのは、寂しいと思いませんか?」
 ……チャキ。
 聞こえたのは、そんな軽い音。
 それは、ノエルの左手に握られたL字型をしている小さな機械から発せられたものだった。その機械は、真っ直ぐに男の頭へと向けられている。
「さぁ、どうします?彼女を放して大人しく引き下がるか。それともこのまま僕に頭を吹っ飛ばされて華々しく人生を終えるか。どちらの方が、悔いが残らないでしょうね?」
 口調は、今までと変わらない穏やかなもの。だが、その顔には今までとは一変して不敵な笑みが浮んでいる。
 ぞくりと寒気が背筋を駆け上った。コイツなら、本気で頭を吹っ飛ばすぐらいはやるだろう。そう、思えたからだ。
 だが、男の方も気持ち的に何だかもう後には引けなくなってしまっているワケで。つまりは、意地になっているのである。
「……ど、どっちも悔いが残るってんだ。テメェが持ってるのが何だか知らねぇが、この距離だ。妙な事しやがったらコイツぶっ殺すからなっ!」
 ノエルが手にしている武器(吹っ飛ばすと言っているのだから武器なのだろうと男は勝手に見当を付けた)は、男が一度も見た事が無い物だった。が、彼とノエルの間には五メートル程の距離がある。それだけの距離があれば、自分が少女を切りつける方が早いだろう、いくらなんでも。
 と、かなりへっぴり腰になりながら男は考えた。
「やれやれ。距離の事を計算に入れてないとでも?ケンカを売る相手を選ばないから、貴方は三流なんですよ」
「……同感」
 ぼそっと呟いたのは少女だ。
 小さく呟いただけの一言だったのに、その言葉は自分が持っているナイフよりも鋭い刃となって男の心に突き刺さる。
「ああ。さっきの質問の答えですけどね。さっきまでのはただのお喋り。これが、僕流の説得です」
「きょっ、脅迫の間違いだろうがッ!!」
「少なくとも、貴方よりは上手い自信はありますけどね。でも、脅迫とは心外ですよ」
 ……上手いだろうな。
 だって俺、今ものごっつ怖いもん……。
 実は心の中で涙を流したりしてみながら、わざわざ今日という日にこんな事を仕出かしてしまった自分の不運を呪ってみたり。
 しかも、初犯だよ、俺ぇ……。
「……で?そろそろ答えを聞きたいんですが。後悔しないのは、どちらです?」
「ど、どっちも後悔するって……わっ、わっ、ちょっと止め、タンマッ!」
 男の答えを皆まで聞かず、ノエルはL字のちょうど曲がり角付近にぽちりと付いている突起をカチリと動かした。それにどんな意味があるのかは知らないが、男は大慌てで両手を振る。もちろん、その際に少女の首に押し付けていたナイフを首から離してしまったのだが、未知の武器への恐怖で頭が一杯になっている男にはそんな事に気付く余裕も無い。
 ノエルは、にっと楽しそうな表情を浮かべ――。
「バンッ!!」
「ぅひゃあッ!!」
 耳を押さえてしゃがみ込む。
 ……短い人生だったな、俺……。
 しかも、こんな場所で何だかキョーアクな神父(仮)に頭吹っ飛ばされて終わるなんて……。
 とんとん、と肩を叩かれる感触。
 あ、ホラ、お迎えがやって来た。
 迎えの天使は、出来れば可愛い娘が良いんだけど。
 そんな事を考えながら恐る恐る目を開き……。
「……ぅだらわわわわわわわッ!!」
 中々に謎な叫び声を上げ、ずざざざっと物凄いスピードで後ずさる。その反応に、流石に面食らったような顔をしているノエルを見ながら男は嫌々をするように頭を振った。
「悪かった!俺が悪かったッ!もう諦めるから命だけは……ッ!!」
 その言葉に、ノエルはきょとんとした顔をする。
「最初から、本気では無かったですが」
「……へっ……?」
 意外な台詞に、思わず間の抜けた声を出した。
 ……だって、どっからどう見たってさっきのは本気じゃあ……?
 そんな事を言いたげな男の顔と、自分の左手に持った武器を交互に見比べ、ノエルは小さくため息をつく。
「たかだか、貴方程度を相手にするのにこんなものを使うわけが無いでしょう。勿体無い」
「……じゃあ、あの、頭吹っ飛ばすとか、そういうのは……」
「冗談に決まってるでしょう。大体、人間相手に使ったなら、頭どころか身体自体が吹っ飛びます。木っ端微塵にね」
 あっさりと言ったその台詞を、聞かなきゃ良かったと心の底から思ってしまったりする男だった。
「悪かったと思うなら、素直に自首する事ですね。あちらに、村長さんがいらっしゃいますから」
 ノエルが指差した先には、小さな老人と、老人に抱きついている少女の姿。
 それを見て、あ、人質に取ったのって村長の孫かなんかだったのかとようやく気がつく辺り、やっぱり自分はこんな事仕出かして成功するような人間じゃなかったのだと自覚してみたり。今更自覚する辺り、遅いよなぁなどと思いながら。
 そんな男を横目に、ノエルは左手に持った武器――銃を右手に持っていた聖書の中に収めた。そんな、目の前の聖職者の格好をした小柄な青年の、非常に聖職者らしく無い行動を見て、男は何処かで耳にした噂をふと思い出す。
 思い出して。
 また、さぁっと顔が青ざめて行くのが分かった。
「……あ、アンタ……。もしかして、賞金首の……」
「おや。今頃気が付いたんですか?悪党なら悪党同士、知っているんじゃないかと思っていましたけど」
 悪党なら悪党同士。わざとらしいアクセントが付けられて強調されていた。
「あ、悪党同士って!お、俺は今日が初犯っスよ!財布さえスられなきゃ、これからだってこんな事する予定は無かったんスよ!アンタ、説得引き受けたトカなんとか偉そうな事言ったって、俺なんかよりずっとキョーアクなんじゃ無いっスか!!史上最高額の賞金掛けられてる人に説得なんざされたく無いっスよ!!」
 そうだ――。
 前に、旅して回ってる賞金稼ぎから聞かされた事がある。
 エルフェリア教大司祭から賞金を掛けられている神父がいる、と。
 一度溢れ出してしまった言葉は、簡単には止まらなかった。言いたい事が全て流れ出てしまうまで、勢いに任せて喋り続ける。
「アンタ、古代武器ロスト・ウェポンを盗んだんでしょ?大方、さっきのヘンテコな武器がそうなんでしょ?アレ使ったら街一個ぐらいは軽く吹き飛んじゃうんでしょ?そりゃ、身体ぐらい吹っ飛ばせるはずっスよ!」
「……噂って怖ぇな……」
 思わず素に戻ってぼそりと呟いたノエルの声は、興奮して喋りまくっている男の耳には届かなかったようだ。
「その武器使って賞金稼ぎを片っ端から殺しちゃうもんだから、賞金が膨れ上がって今までに類を見ない額になったって言うじゃないっスか!エルフェリア教の全資産額だとか……。何をどーやったらそんな……」
「殺してない殺してない。殺してねぇからいー加減に黙れ」
 ぼそっと、だがかなり怒気のはらんだその声は、ようやっと男の耳に入ったらしい。男はびくん、と背筋を伸ばして姿勢を改めた。
「……あのな。信じる信じないはお前の勝手だが、一応言っとく。噂ってのは一人歩きするもんなんだよ。確かにまぁ、賞金掛けられてる事は認めるよ。だけどな、古代武器ロスト・ウェポン盗んだだとか、賞金稼ぎ殺してるだとか、そんな事はしてねぇな。これでも神の教えを説く側にいた人間だぞ。そう簡単に盗みだの殺しだのやってたまるか」
 額に手を当て、何とか気を静めながらノエルは言う。
「ま……降りかかる火の粉は払わにゃいけねぇし、半殺しってところかなー」
「……あんま、変わら……い、いや、何でもっ」
 思わず突っ込みを入れそうになり、慌てて言葉を噛み殺す。そんな男をノエルはじとーっと見つめていたが、諦めたようにふぅっとため息をついた。
「俺の事はどーだっていーんだよ。それより今は、自分がどうしたら良いのか考えるべきだろうが」
 そう言ったノエルの視線の先には、不安そうな表情を浮かべた村長の姿がある。それを確認し、男はぴょこんと飛び跳ねるように姿勢を正すとノエルから逃げるように回れ右をして歩き出す。
 ……実際、逃げているのだろうが。
 こんなキョーアクな神父(仮)に付き合っているより、自首した方が遥かにマシだ。
 ……ってゆーか、財布はスられるし、犯罪犯しちゃったし、挙句の果てにキョーアクな神父(仮)に死ぬ程脅かされるし……。
 もしかして今日って、人生最悪の日ってヤツ?
 「あ」と声を上げ、ノエルは歩き出した男の背中に言葉を投げ掛けた。
「噂ってのは大概色々くっついて事実の何倍にも膨れ上がる厄介なモンだがよ。街一つ吹っ飛ばせるっていうのは過小評価だな。下手にコイツを使えば、街どころか世界が滅ぼせる」


 そんな、彼らの遣り取りを一部始終見ていた者がいる。
 その人物が浮かべたのは、嬉しくてたまらないと言ったような会心の笑み。
「……見ぃつけたっ」

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