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著作権売買の落とし穴~「二重譲渡」という魔物(リスク)に対処する~』

はじめに

およそビジネスの基本は、「売買」です。「売買」の対象となるものは実にさまざまですが、「著作権」という「無体財産権」も、「特許権」と同様に、「売買」の対象となります。つまり、「著作権」は、それを「売ったり」・「買ったり」できるということです。自動車や土地建物のように、「担保」として「著作権」を差し出し、(譲渡担保という形で)金融の得ることも可能です。
しかしながら、一方で、多様な著作物を客体とする「著作権」は、「著作者人格権」との関係を含めて、権利自体が非常に複雑でかつ抽象的であるため、その取引(売買)も、当然のことながら、外からはその「実態(実体)」(権利関係の実際)を把握することが非常に難しいという「宿命」を背負っています。自動車や土地建物といった有体物に対する所有権の売買にはない「難しさ」や「不安定さ」といったマイナス要因が、著作権取引(ビジネス)には本来的に付きまとっているといえるでしょう。この点は、特許権や商標権、営業秘密(トレードシークレット)、ノウハウなどの売買と共通しています。
かつて、すでに他人に譲渡してある音楽著作権を担保に投資家から数億円を引き出した著名な音楽プロデューサーの事件がありました。この世間を騒がせた詐欺事件は、以上のような著作権売買の「難しさ」や「不安定さ」を意図的に利用して、さらに、「二重譲渡」の盲点を巧みに突いたものと評価することもできます。この著名な音楽プロデューサーの事件は、まさに「著作権売買の落とし穴」の一例ですが、このような「派手」なケースでなくても、「著作権売買の落とし穴」は、日常的なコンテンツビジネスの中に常に潜在しています。ここでは、「著作権売買の落とし穴」の顕著な例である著作権の「二重譲渡」という魔物(リスク)について、ケーススタディーを通して、その「怖さ」の原因と、それを取り除くための「対処法」を探ってみたいと思います。

著作権法771号の解説

ケーススタディーに進む前に、著作権の譲渡(売買)と(文化庁への)「登録」の関係について、簡単に説明しておきます。予備知識として、ぜひ押さえておいてください。
著作権法771号は、次のように規定しています:

『著作権の移転は、登録しなければ、第三者に対抗することができない。』

この規定は、財産権としての著作権の取引の安全を担保しつつ、著作権取引(ビジネス)の円滑な遂行を可能にするために設けられたものです。つまり、「相続その他の一般承継」を含めて著作権の移転(売買や贈与による譲渡、譲渡担保、信託的譲渡など)を受けた者が、文化庁に備える登録原簿にその事実を「登録」しておかないと、当該著作権が自分に有効に移転したこと(当該著作権を自分が正当に取得したこと)を法律的に第三者に主張できない(したがって、第三者に対し当該著作権に基づくもろもろの請求をすることもできない)、ということを意味しています。逆に言うと、「登録」さえ備えておけば、第三者に対しても、当該著作権に基づくもろもろの請求をすることができる、ということです。そして、そのような「登録しておかないと自分の法律上の地位を主張できない相手方(第三者)」とは、例えば、二重譲渡のもう一方の相手方や、権利者から正当に利用許諾を受けた者など、「登録のないことを主張することにつき正当な法律上の利益を有する者」をいいます。したがって、「背信的悪意者」(著作権の譲渡があったことを知っており、かつ、その登録が存在しないことについてこれを主張することが信義則に照らして許されるべきでない者)については、この「第三者」に当たらず、そのような背信的悪意者に対しては、「登録」を備えておかなくても、権利の移転を正当に主張できるものと解されます。
以上の点を頭に入れて、次のケーススタディーに進みましょう。

ケーススタディー(事例研究)

[1] ケースの設定

【売買契約①】
売主:「甲」(人気キャラクター[P]の著作権者)→買主:「乙」(被服等の製造販売会社)
202021日付けの契約書で、「甲」は、「乙」に対し、[P]に関わるすべての著作権(以下、「本件著作権」という)を金1,000万円で譲渡する(売り渡す)契約を締結した。
[P]に関わるすべての著作権を譲り受けた「乙」は、著作権移転登録(著作権法771号)を備えていない

【売買契約②】
売主:「甲」(人気キャラクター[P]の著作権者)→買主:「丙」(玩具等の製造販売会社)
202031日付けの契約書で、「甲」は、「丙」に対し、[P]に関わるすべての著作権(本件著作権)を金1,000万円で譲渡する(売り渡す)契約を締結した。
[P]に関わるすべての著作権を譲り受けた「丙」は、直ちに文化庁に対し、著作権移転登録(著作権法771号)の申請をし、その登録を備えた(以下、「本件譲渡登録」という)。

さて、ここで問題です。
人気キャラクター[P]を使用した被服等の製造販売を開始した「乙」は、[P]についてのすべての著作権を正当に買い受けたと主張する「丙」から「警告書」を受け取り、[P]を使用する被服等の即時の製造販売の中止を求められた。自己が[P]についてのすべての著作権を正当に買い受けたと信じていた「乙」は、自分が[P]に係わるすべての著作権を有するとして、本件譲渡登録の登録名義人である「丙」に対し、「乙」が本件著作権を有することの確認を求める裁判を起こすことを検討している。さて、「乙」に勝機はあるか?

[2] 検討

[2-1] 「甲」から「乙」への【売買契約①】について
わが国においては、著作権の譲渡(売買)の効力は、原因となる譲渡契約の締結により(譲渡の意思表示のみにより)直ちに生じるものと解される(民法176条)。したがって、【売買契約①】が締結されたことにより、本件著作権は、「甲」から「乙」に有効に移転したものといえる。

[2-2] 「甲」から「丙」への【売買契約②】について
上記[2-1]と同様の理由で、【売買契約②】が締結されたことにより、本件著作権は、「甲」から「丙」に有効に移転したものといえる。
この点に関し、【売買契約①】の契約締結日が「202021日」であり、【売買契約②】の契約締結日が「202031日」であることから、【売買契約①】によって本件著作権は有効に「乙」に譲渡されており、【売買契約②】の時点においては、「丙」はいわば「無権利者」である「甲」から(カラの)本件著作権を譲り受けたことになるため、本件著作権は有効に「丙」に譲渡されていない、との「乙」の主張が考えられる。しかし、後述するように、「甲」から「乙」への本件著作権の譲渡と、「甲」から「丙」への本件著作権の譲渡とは「二重譲渡」の関係、すなわち、「対抗関係」に立つため(著作権法771号)、いずれかの譲渡について登録がされて、一方の譲渡が「確定的に」有効となるまでの間は、いずれの譲渡も権利者(「甲」)による譲渡というべきであり、「乙」への譲渡後の「甲」からの譲渡を「無権利者」によるものということはできない、との反論が可能である。

[2-3] 結論
上記[2-1]及び[2-2]によれば、「甲」から「乙」への本件著作権の譲渡と、「甲」から「丙」への本件著作権の譲渡とは「二重譲渡」の関係、すなわち、「対抗関係」に立つことになる(著作権法771号)。
そうすると(「対抗関係」に立つ結果)、上記[2-1]のとおり「乙」が「甲」から本件著作権を有効に承継していたとしても、著作権法上、「丙」は、「乙」への本件著作権の譲渡につき、対抗要件の欠缺を主張し得る法律上の利害関係を有する第三者(著作権法771号)に該当することになり、したがって、「乙」は、「丙」に対し、本件著作権の譲渡について登録(対抗要件)を備えていない限り、本件著作権の譲渡を対抗する(自分が「甲」から正当に本件著作権を買い受けたことを主張する)ことはできない。「乙」は、本件著作権の譲渡について登録を備えていないのであるから、「丙」に対する確認訴訟を提起しても、理由がないものとして負ける公算が高いと言える。また、「丙」は、本件著作権の譲渡について本件譲渡登録を備えているから、これにより、「丙」に対する本件著作権の譲渡が確定的に有効となり、他方、「乙」は本件著作権を喪失することになるため、この点においても、「乙」が負ける公算が高い。

もっとも、例えば、「丙」において、「乙」が本件著作権の正当な譲受人であることを知っていて、「乙」に本件著作権を高値で買い取らせるなどの意図をもって【売買契約②】を締結した上で本件譲渡登録を備えたいわゆる「背信的悪意者」と評価されるべき者に該当するといった特別の事情があれば、「丙」は、「乙」への本件著作権の譲渡につき、対抗要件(登録)の欠缺を主張し得る法律上の利害関係を有する正当な第三者には当たらず、その場合には、「乙」の主張が認められる可能性がある。
さらに、【売買契約②】について、そもそも当該契約の成立が否定されるような特別な事情(例えば、「甲」にも「丙」にも両当事者とも、本件著作権を売買しようという意思は存在しなかった)や、虚偽表示(民法94)等によって契約が無効であると評価されるような特別な事情があれば、やはり、「乙」の主張が受け入れられる公算が高くなる。
しかしながら、「背信的悪意者」、「契約不成立」、「契約無効」といったものは、まさに「特別な事情」がなければ認定されない例外的なケースである。
したがって、本ケースでは、特別な事情がある場合に例外的に認定され得る稀なケースを除いて、「乙」は、本件著作権の譲渡について登録を備えていないのであるから、本件譲渡登録を備えている「丙」に対する確認訴訟を提起しても、理由がないものとして負ける可能性が高いと結論づけられる。

「乙」に遅れて契約を締結した「丙」は、登録を備えることによって、人気キャラクター[P]に係わる著作権を確定的に取得したことになる。そのため、今後は、「乙」が[P]を自社が製造販売する被服等に、「丙」から許諾を得ることなく使用し続けることは、「丙」の有する[P]に関する著作権を侵害する(しかも、「警告書」を受け取っているため、侵害の「故意」が認定されやすくなる)ことになる。「乙」がどうしても[P]を使用し続けたいのであれば、「丙」にロイヤリティー(著作権使用料)を支払って利用許諾を得るか、本件著作権を「丙」から買い取る交渉を検討せざるを得ないことになる。

[3] 対処法(リスクマネジメント)

前記[2-3]の結論で述べたように、先に著作権を買い取った「乙」は、その登録をしておかなかったばかりに、「買ったはずのものが使えない!」という「著作権売買の落とし穴」にはまり込んでしまいました
このような事態に陥らないための対処法は実に簡単なものです。不動産の売買の場合と同様に(土地建物を買ったら法務局へ所有権の移転登記をするように)、「著作権を買ったら(直ちに)文化庁に移転登録をする」ということです。この登録さえ備えておけば、あとで二重譲渡が行われて、別に権利を主張する者が現われても、恐れることは一切ありません。
「二重譲渡」という「魔物」を排除するのは、「登録」という「御札」だけなのです。

【注意(重要)】
平成30年法改正により、それまで「著作権の移転(相続その他の一般承継によるものを除く。)は、登録しなければ、第三者に対抗することができない。」(下線部に注目)としていたものが、下線部が削除されて上述した規定になりました。この改正により、遺産分割や相続分の指定などの相続による法定相続分を超える部分についての著作権等の移転や会社分割などの一般承継による著作権等の移転については、登録しなければ第三者に対抗することができないことになります(この取扱いは、「令和元年71日」から実施されます)。つまり、「令和元年71日」からは、法定相続分を超える部分についての著作権の移転を受けた相続人や、会社分割などの一般承継による著作権の移転を受けた法人との間で、上述した「二重譲渡(第1譲受人vs.2譲受人)」と同様の問題が、「相続人(会社承継人)vs.譲受人」の「二重移転」の間で生じる可能性が出てきます。特に著作権の相続人は、以上の取扱いに十分に注意する必要があります。著作権を相続したら、是非その「登録」を検討してください。

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