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カネダ著作権事務所

著作権判例エッセンス

権利濫用▶個別事例[認定例]②(公衆送信権及び公表権に基づく権利行使が権利濫用に当たるとされた事例

令和31222日知的財産高等裁判所[令和3()10046]
権利濫用の成否について
一審原告の一審被告Yに対する公衆送信権及び公表権に基づく権利行使が権利濫用に当たり許されないかについて,検討する。
⑴ 公衆送信権及び公表権により保護されるべき一審原告の利益について
ア 本件懲戒請求書の性質・内容
本件懲戒請求書は,一審原告が,弁護士会に対し,一審被告Yに対する懲戒請求をすること,及び懲戒請求に理由があること等を示すために,本件懲戒請求の趣旨・理由等を記載したものであって,利用者に鑑賞してもらうことを意図して創作されたものではないから,それによって財産的利益を得ることを目的とするものとは認められず,その表現も,懲戒請求の内容を事務的に伝えるものにすぎないから,全体として,著作物であることを基礎づける創作性があることは否定できないとしても,独創性の高い表現による高度の創作性を備えるものではない。
イ 一審原告自身の行動及びその影響
本件産経記事は,一審原告による本件懲戒請求の後,産経新聞のニュースサイトに掲載されたものであって,本件懲戒請求書の「懲戒請求の理由」の第3段落全体(4行)を,その用語や文末を若干変えるなどした上で,かぎ括弧付きで引用していることに加え,証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,一審原告は,産経新聞社に対し,一審被告Yの氏名に関する情報を含め,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を自ら提供したものと推認される。
そうすると,一審原告は,産経新聞社に対し,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供し,それに基づいて,本件懲戒請求書の一部を引用した本件産経記事が産経新聞のニュースサイトに掲載され,その結果,後記⑵のとおり,一審被告Yが,ブログにより,本件懲戒請求書に記載された懲戒請求の理由及び本件産経記事の内容に対して反論しなければならない状況を自ら生じさせたものということができる。
ウ 保護されるべき一審原告の利益
前記のとおり,本件懲戒請求書は公表されたものとは認められないから,一審原告は,本件懲戒請求書に関して,公衆送信権により保護されるべき利益として,公衆送信されないことに対する財産的利益を有しており,公表権により保護されるべき利益として,公表されないことに対する人格的利益を有していたものと認められる。
しかし,本件懲戒請求書の性質・内容(前記ア)を考慮すると,一審原告が本件懲戒請求書に関して有する財産的利益及び人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自身の行動及びその影響(前記イ)を考慮すると,保護されるべき一審原告の上記利益は,一審原告自身の自発的な行動により,少なくとも産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載された時以降は,相当程度減少していたものと認めるのが相当である。
⑵ 一審被告Yによる本件記事1と本件リンクの目的について
前記前提事実によれば,本件記事1の目的は,本件産経記事により,一審被告Yに対する本件懲戒請求の事実が報道され,一審被告Yに対する批判的な論評がされたことから,一審被告Yが,自らの信用・名誉を回復するため,本件懲戒請求の理由及びそれを踏まえた本件産経記事の報道内容に対して反論することにあったものと認められる。
ところで,弁護士に対する懲戒請求は,最終的に弁護士会が懲戒処分をすることが確定するか否かを問わず,懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけで請求を受けた弁護士の業務上又は社会上の信用や名誉を低下させるものと認められるから,懲戒請求が弁護士会によって審理・判断される前に懲戒請求の事実が第三者に公表された場合には,最終的に懲戒をしない旨の決定が確定した場合に,そのときになってその事実を公にするだけでは,懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉を回復することが困難であることは容易に推認されるところである。したがって,弁護士が懲戒請求を受け,それが新聞報道等によって弁護士の実名で公表された場合には,懲戒請求に対する反論を公にし,懲戒請求に理由のないことを示すなどの手段により,弁護士としての信用や名誉の低下を防ぐ機会を与えられることが必要であると解すべきである。
本件においては,前記⑴イのとおり,一審原告が一審被告Yに対する懲戒請求をしたことに加え,一審原告が本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を自ら産経新聞社に提供したため,一審被告Yに対して本件懲戒請求がされたことが報道され,広く公衆の知るところになったのであるから,一審被告Yが,公衆によるアクセスが可能なブログに反論文である本件記事1を掲載し,本件懲戒請求に理由のないことを示し,弁護士としての信用や名誉の低下を防ぐ手段を講じることは当然に必要であったというべきである。したがって,本件記事1を作成,公表し,本件リンクを張ることについて,その目的は正当であったものと認められる。
⑶ 本件リンクによる引用の態様の相当性について
ア 上記⑴及び⑵のとおり,一審被告Yは,本件リンクにより,本件懲戒請求書の全文(ただし,本件懲戒請求書のうち,一審原告の住所の「丁目」以下及び電話番号が墨塗りされているもの。)を本件記事1に引用したものであるが,本件においては,一審原告が自ら産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容を提供し,産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載されたため,一審被告Yは,弁護士としての信用及び名誉の低下を防ぐために,ブログに反論文である本件記事1を掲載し,懲戒請求に理由のないことを示すことが必要となった。
確かに,本件懲戒請求書は未公表の著作物であり,本件産経記事には本件懲戒請求書の一部が引用されていたものの,その全体が公開されていたものではないが,懲戒請求書の理由の欄には,その全体にわたって,懲戒請求を正当とする理由の主張が記載されていたから,一審被告Yとしては,本件記事1において本件懲戒請求書の要旨を摘示して反論しただけでは,自分に都合のよい部分のみを摘示したのではないかという疑念を抱かれるおそれもあったため,その疑念を払拭し,本件懲戒請求の全ての点について理由がないことを示す必要があり,そのためには,本件懲戒請求書の全部を引用して開示し,一審被告Yによる要旨の摘示が恣意的でないことを確認することができるようにする必要があったものと認められる。
また,一審被告Yは,本件記事1に本件懲戒請求書自体を直接掲載するのではなく,本件懲戒請求書のPDFファイルに本件リンクを張ることによって本件懲戒請求書を引用しており,本件懲戒請求書が,本件記事1を見る者全ての目に直ちに触れるものでなく,本件懲戒請求書の全文を確認することを望む者が本件懲戒請求書を閲覧できるように工夫しており,本件懲戒請求書が必要な限りで開示されるような方策をとっているということができる。
さらに,本件記事 1 は,本件懲戒請求書とは明確に区別されており,本件懲戒請求に理由のないことを詳細に論じるものであって,その反論の前提として本件懲戒請求書が引用されていることは明らかであり,仮に主従関係を考えるとすれば,本件記事1が主であり,本件懲戒請求書はその前提として従たる位置づけを有するにとどまる。
そして,前記⑴のとおり,一審原告が本件懲戒請求書に関して有する,公衆送信権により保護されるべき財産的利益,公表権により保護されるべき人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自らの行動により,相当程度減少していたから,本件懲戒請求書の全部が引用されることにより一審原告の被る不利益も相当程度減少していたと認められるばかりか,一審原告は,自らの行為により,本件懲戒請求書又はその内容を産経新聞社に提供し,本件産経記事の産経新聞のニュースサイトへの掲載を招来したものであり,一審原告の上記行為は,本件懲戒請求があったこと及び本件懲戒請求書の内容を世間に公にするという点において,一審被告Yの弁護士としての信用及び名誉に関して非常に大きな影響を与えるものであったと認められる。
イ 以上の点を考慮するならば,一審被告Yが,本件リンクを張ることによって本件懲戒請求書の全文を引用したことは,一審原告が自ら産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供して本件産経記事が産経新聞のニュースサイトに掲載されたことなどの本件事案における個別的な事情のもとにおいては,本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったと認められる。
⑷ 権利濫用の成否
前記⑴のとおり,一審原告が本件懲戒請求書に関して有する,公衆送信権により保護されるべき財産的利益,公表権により保護されるべき人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自身の行動により,相当程度減少していたこと,前記⑵のとおり,本件記事1を作成,公表し,本件リンクを張ることについて,その目的は正当であったこと,前記⑶のとおり,本件リンクによる引用の態様は,本件事案における個別的な事情のもとにおいては,本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったことを総合考慮すると,一審原告の一審被告Yに対する公衆送信権及び公表権に基づく権利行使は,権利濫用に当たり,許されないものと認めるのが相当である。
⑸ 当事者の主張に対する判断
ア 一審原告の主張について
() 一審原告は,一審原告が本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供し,本件懲戒請求書の一部が本件産経記事に引用されたとしても,一審原告の公表権を保護すべき必要性が全くなくなったわけではなく,他方,一審被告Yは,本件懲戒請求書の要旨又はその一部を引用することにより一審原告の懲戒請求に対して反論することが可能であり,本件懲戒請求書の全部を引用する必要がなかったにもかかわらず,これを全部引用して公表したのであるから,一審原告の一審被告Yに対する公表権の行使は権利濫用に当たらないと主張する。
しかし,前記⑴ウのとおり,一審原告が本件懲戒請求書に関して公衆送信権により保護されるべき財産的利益,公表権により保護されるべき人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自身の行動により相当程度減少していたものと認められる。他方,前記⑶のとおり,一審被告Yは,一審原告が産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容を提供し,産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載されたため,弁護士としての信用及び名誉の低下を防ぐために,本件懲戒請求書の全文を引用して開示した上で反論する必要があったものであるから,それらを比較衡量すれば,後者の必要性が前者の必要性をはるかに凌駕するというべきであるから,たとえ一審原告の公表権を保護すべき必要性が全くなくなったわけではないとしても,一審原告の一審被告Yに対する公表権の行使は権利濫用に該当するというべきである。
したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。
() 一審原告は,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供するという一審原告の行為と,本件リンクを張るという一審被告Yの行為とは,行為の性質やそれによって閲覧可能となる範囲・程度が異なり,本件懲戒請求書の内容が拡散する規模は,本件リンクを張る行為の方が,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供する行為よりも圧倒的に大きいから,一審原告による公衆送信権及び公表権の行使は権利濫用に当たらないと主張する。
しかし,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供するという一審原告の行為は,産経新聞又はそのニュースサイトによって本件懲戒請求に関する情報が報道されることを意図してされたものと容易に推認され,実際,産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載されたものであり,産経新聞が大手の一般紙であって,法律に興味を有する者に限らず広く公衆がその新聞又はニュースサイトを閲読するものであることからすると,一審原告の上記行為は,一審被告Yに対する本件懲戒請求があったこと及び本件懲戒請求書の内容を世間に公にす5 るという点において,一審被告Yの弁護士としての信用及び名誉に関して非常に大きな影響を与えるものであったと認められるから,本件懲戒請求書の内容が拡散する規模において,本件リンクを張る行為の方が,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供するという一審原告の行為よりも大きいということはできない。
したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。
イ 一審被告Yの主張について
() 一審被告Yは,一審被告Yの行為は,米国のフェア・ユースの法理により許容されると主張するが,著作権法には,同法理を定めた規定はなく,著作権法の条文を超えて,米国における同法理を我が国において適用することはできないというべきであるから,一審被告Yの上記主張は採用することができない。
() また,一審被告Yは,一審原告による著作権の主張は,いわゆる「私的検閲」に当たるから,権利の濫用に当たる旨,本件記事1における本件懲戒請求書の利用は,時事の事件の報道のための利用(著作権法41 条)に該当するから適法である旨主張する(いずれも当審における新たな主張)。しかし,前記⑷のとおり,前記⑴ないし⑶の事情に照らし,一審原告の一審被告Yに対する公衆送信権,公表権に基づく権利行使は,権利濫用に当たり,許されないものと認められるから,上記の一審原告の当審における新たな主張に対しては判断を要しない。

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