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カネダ著作権事務所

著作権判例エッセンス

プライバシー権・人格権・肖像権・名誉権▶個別事例①(懲戒請求者の氏名の開示)

▶令和3414日東京地方裁判所[令和2()4481] ▶令和31222日知的財産高等裁判所[令和3()10046]
プライバシー権侵害の有無について
前記前提事実のとおり,本件記事1及び2は,本件懲戒請求に係る懲戒請求者として,原告の氏名を記載しているところ,原告は,原告の氏名及び本件懲戒請求の請求者が原告であることは,「自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考える」ものであるので,Yの同行為はプライバシー侵害に当たると主張するので,以下検討する。
(1) 一般に,請求者の氏名に関する情報及び弁護士に対して懲戒請求をしたとの情報は,プライバシーの権利ないし利益として,法的保護に値するというべきであり,弁護士に対する懲戒請求が公益的な性質を有するものであるとしても,懲戒請求の対象弁護士が,相応の事情や経緯もなく,懲戒請求に対する反論を目的として,懲戒手続を通じて知り得た請求者の個人情報をインターネット上でその同意なく公開し,公衆によるアクセスを可能にしたとすれば,プライバシー侵害になり得るものと考えられる。その意味で,対象弁護士には懲戒請求者が誰であるかを世間一般に公開する権利が当然に保障されなければならないとの被告らの主張は採用し得ない。
しかし,本件においては,前記判示のとおり,原告が,本件懲戒請求後,産経新聞社に対し,Yの氏名も含め,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供し,その結果,本件産経記事において,「東京都内の男性」がYに対して本件懲戒請求をしたことが報道され,また,本件懲戒請求書の一部が引用される形でその理由が紹介されたとの事情が認められる。
原告のこのような行動は,本件懲戒請求の存在を広く公衆に知らしめ,同手続についての公的関心を惹起しようとするものであり,同手続に関心を持った公衆は,当然,その請求者が誰であるかという点にも興味を持つと考えられる。また,非公開手続である本件懲戒手続の対象弁護士の氏名を同意なく公開することは,同手続の請求者である原告自身の氏名等の情報の保護の必要性を減殺する行為であり,懲戒請求の相手方である弁護士の氏名をマスコミに開示し,新聞記事を通じて一般公衆に公表しながら,請求者である自己の氏名についてはこれを公表されたくないと期待することが自然であり,あるいは法的保護に値する正当なものであるということはできない。
以上のとおり,本件における上記の事実関係を踏まえると,本件記事1及び2が掲載された時点において,本件懲戒請求の請求者が原告であるという情報は,他者にみだりに開示されたくないと考えるのが自然なものであるとは評価し得ず,プライバシーの権利又は利益として法的保護に値するものであるということはできない。
(2) これに対し,原告は,懲戒請求者であるという事実は,何らかの法的な紛争や事件などがなければ関わり合いになることもない弁護士という職業にある人物との間に紛争を抱えているのではないかと推測させるものであるから,他者に開示されたくないと考えるのが自然な情報であると主張する。
しかし,懲戒請求は,何人もなし得るものであるから,懲戒請求をしたことから直ちに弁護士との間に紛争を抱えていることが推認されるものではなく,また,懲戒請求の請求人は,相手方である弁護士の非行行為を指摘してその懲戒を求める側であるから,懲戒請求をしたという情報を他者に開示されたくないと考えることが一般的であるということもできない。
(3) 以上のとおり,Yが,本件記事1及び2において,原告の氏名を公開し,原告が本件懲戒請求の請求者であることを開示したことが,原告のプライバシー権を侵害するということはできない。
[控訴審]
プライバシー権侵害の有無について
⑴ プライバシー権侵害の有無に関する判断は,後記⑵のとおり当審における補充主張に対する判断を付加するほかは,原判決に記載のとおりであるから,これを引用する。
⑵ この点に関して一審原告は,弁護士に対して懲戒請求がされたというニュース記事において,対象弁護士の氏名は,公開する必要性が高い情報であるのに対し,懲戒請求者の氏名は公開する必要性のない情報である旨,本件産経記事によって公衆が関心をもつのは,一審被告Yがどのような非違行為を行ったことを理由として懲戒請求されたかということであり,懲戒請求者については,「東京都内の男性」という以上に興味をもつとはいえない旨,そのため,一審原告の氏名は公表される必要性がなく,一審原告が氏名を公表されない利益は,法的保護に値するものである旨,したがって,一審被告Yが本件記事1及び2において本件懲戒請求の懲戒請求者として一審原告の氏名を掲載したことは,一審原告のプライバシー権を侵害する旨主張する。
しかし,懲戒請求は匿名でされるものではなく,特定の懲戒請求者による懲戒請求に理由があるか否かが調査されるものであるから,懲戒請求に関する事実関係において,懲戒請求者の氏名は,懲戒請求された弁護士の氏名,懲戒請求の理由ととともに,重要な意味を有する事項であると認められる。
しかも,前記とおり,弁護士に対する懲戒請求は,最終的に弁護士会が懲戒処分をすることが確定するか否かを問わず,懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけで,請求を受けた弁護士の業務上又は社会上の信用や名誉を低下させるものであるから,懲戒請求が弁護士会によって審理・判断される前に懲戒請求の事実が第三者に公表された場合には,最終的に懲戒をしない旨の決定が確定した場合に,そのときになってその事実を公にするだけでは,懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉を回復することが困難であることは容易に推認されるところであるから,懲戒請求があった事実を公にするに当たり,懲戒請求を受けた弁護士の氏名のみを公にし,懲戒請求をした者の氏名を公にしないことは,懲戒請求をしたことについて責任を有する者を明らかにしないまま,一方的に懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉に対し重大な影響を与えることになりかねない。したがって,一審原告が自ら産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供して産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載され,本件産経記事においては懲戒請求の対象である一審被告Yの氏名が明らかにされたのみで懲戒請求者の氏名が明らかにされていなかったという本件の具体的事情のもとにおいては,一審被告Yがその信用及び名誉を回復するために本件懲戒請求に対する反論を公にするに当たり,懲戒請求者の氏名を明らかにすることは許容されるべきものであって,それによって一審原告のプライバシー権が違法に侵害されるということにはならないというべきである。
したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。

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