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カネダ著作権事務所

著作権判例エッセンス

コンテンツ契約紛争事例▶紛争事例②(バレンタインイベント企画業務・デザイン業務(再)委託契約

[バレンタインイベント企画業務・デザイン業務(再)委託契約]
▶令和3611日東京地方裁判所[平成31()10623]
第2 事案の概要
原告は,各種イベントの企画等を目的とする株式会社であり,被告は,個人のグラフィック・デザイナーである。株式会社松屋(以下「松屋」という。)は,原告に対し,平成31年1月30日から開催されるバレンタイン・イベント(以下「本件イベント」という。)の企画に係る業務を委託し,原告は,被告に対し,同業務に係るデザイン制作などの業務を再委託した(以下「本件業務委託契約」という。)が,同イベントの開始前に同契約を打ち切った。これに対し,被告は,松屋及び原告に対し,本件イベントに係る制作物の著作権を主張し,その対価の支払を求める通知(以下「本件通知」という。)をしたところ,松屋は,同月28日,被告との間で同制作物の対価を支払う旨の合意をする一方,原告に対しては今後の取引を中止する旨を告げた。
かかる事実関係の下,本件は,原告が,被告に対し,①本件通知によって,原告と松屋との継続的な契約関係が解消されたことにより,平成31年度以降も松屋と継続的に取引することに対する期待という法律上保護されるべき利益が侵害されたとして,不法行為に基づき,逸失利益及び訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,②予備的に,被告は,少なくとも共同著作者の一人にすぎないのに,その使用料全額を受領しており,不当利得が生じているとして,原告の寄与に相当する金額及び訴状送達の日の翌日から支払済みまで前記年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実
(1) 本件業務委託契約の締結
ア 原告は,平成30年7月頃,松屋から,松屋銀座(百貨店)におけるバレンタイン・イベント(会期:平成31年1月30日~2月14日)に係る業務を委託した。
イ 原告は,平成30年9月頃,被告に対し,本件イベントに係る商品カタログ及びシュガーアート等のアートディレクション並びにデザイン業務を委託し,被告は,これを受託した(本件業務委託契約)。
(2) 被告によるデザイン等の制作
ア 被告は,平成30年11月10日頃,本件イベントにおけるチョコレートのカタログ(以下「本件カタログ」という。)のための撮影ラフを制作し,撮影担当者に送付した。
5イ 被告は,平成30年11月13日,原告に対し,本件イベントのメインビジュアルとなるシュガーアート(以下「本件シュガーアート」という。)のデザイン案を提出した。
ウ 被告は,平成30年11月28日,原告及び松屋に対し,日経新聞に掲載する本件イベントの新聞広告(以下「本件日経広告」という。)のデザイン案の修正案を提出した。
エ 被告は,遅くとも平成30年11月30日までには,原告に対し,本件イベントのために使用されるブタのマスコットキャラクター(以下「本件マスコット」という。)の六面図であるデザイン図面を提出した。
(3) 原告の被告に対する本件業務委託契約の打切りの通知
ア 原告は,平成30年12月1日,被告に対し,被告の「判断力,デザイン力,コミュニケーションに疑問を感じ」たことから,本件業務委託契約を打ち切り,費用については30万円を支払う旨をLINEで通知した。
イ これに対し,被告は,「一方的にこのような内容を送られてきましても金額合わせ納得できません」,「予定金額115万円の半額というのはどういうことなのでしょうか」などと返信した。
(4) 被告の松屋に対する本件通知及びこれに対する松屋の対応
ア 被告は,平成31年1月21日,原告及び松屋に対し,以下の内容の通知書(以下「本件通知書」という。)を送付した(本件通知)。
() 被告は,本件業務委託契約に基づき,本件カタログ用及び本件日経広告用の写真(以下「本件写真」という。),本件カタログ及び本件日経広告の誌面デザイン,本件シュガーアート並びに本件マスコット(以下「本件制作物」という。)を創作し,その大部分を完成させた。
() そうしたところ,原告は,合理的理由なく,本件業務委託契約を解除する旨の通知をし,原告及び松屋は,本件制作物の一部を利用し又は改変するなどの行為に及んでいるので,著作権法112条に基づき,本件制作物の利用を直ちに停止するよう要求する。
() 被告は,本件制作物の使用許諾に対する適正な対価が支払われるのであれば,本件イベント中の本件制作物の利用を許諾する意向を有している。同対価は,他の類似案件における取引事例等を踏まえると,350万円が相当である。被告は,原告に対し,同額の支払を求める。
イ 松屋は,本件通知を受け,平成31年1月23日以後,本件イベントに係るポスターや予告看板を撤去し,サイト上の情報等を削除し,店頭宣伝物等を回収するなどの対応した。
ウ 松屋の代理人弁護士は,平成31年1月28日,被告の代理人である被告訴訟代理人との間で,本件制作物の使用許諾の対価として被告に378万円(消費税込み)を支払うことに合意した。松屋は,本件イベントを同月30日から予定どおり開催するとともに,同月31日,上記合意に基づいて同金額を支払った。
(5) 松屋の原告に対する取引中止の通知
ア 松屋は,平成31年1月31日,原告に対し,原告との今後の取引を中止すると告知し,さらに,松屋担当者は,原告担当者からの照会に対し,同年3月11日,「本案件がどのように解決しても,お取引中止という判断に影響はございません。」と回答した。
イ 松屋担当者は,原告との取引を中止した理由について,平成31年5月24日付けの原告代表者宛てのメールにおいて,①上場する百貨店として,著作権に関するトラブルを抱えたまま,バレンタイン企画の宣伝・装飾の実施及びマスコミへの広報活動を行うことはリスク管理上できないと判断した,②松屋は被告が主張する著作権に関する調査及び要求金額の妥当性を検討する時間的余裕はなかった,③このような事態が発生したのは原告の著作権管理に少なからず問題があったと考えているなどと説明した上で,本件企画を一時的にストップしたことによる損害として原告が松屋に150万円を支払うことを提案した。
(6) 松屋の原告に対する業務委託料の支払
原告は,松屋の関連会社である株式会社シービーケーに対し,「バレンタインプローモーション」の報酬として,平成30年11月30日付けで226万2816円,同日付けで48万6000円,同年12月28日付けで124万2000円,平成31年1月31日付けで118万8000円(以上合計517万8816円)の支払を請求し,同社からこれらの支払を受けた。
(略)
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件通知の違法性及び損害の有無)について
(1) 原告は,原告と松屋の間では平成31年3月以降も契約を契約することが見込まれており,原告には松屋との取引が継続して行われると期待し得る事情が存在したので,「法律上保護される利益」(民法709条)を有していたと主張する。
ア しかし,原告と松屋の取引は,包括的な業務委託契約に基づくものではなく,一年ごとに更新され,松屋が原告に対して個別の案件に係る業務を委託するという形で継続してきたにすぎない。そして,平成31年3月以降の取引については,松屋の担当者から原告の担当者に対し,原告との取引が継続になる見込みであることを告げ,内容についての詳細な打合せを求めているにとどまり,業務委託に関する合意の成立に至っていなかったことはもとより,その案件や具体的な業務内容に向けた交渉も開始されていなかったものと認められる。
そうすると,原告は,松屋との平成31年3月以降の取引に関し,契約上の権利や債権を有していたものではなく,取引継続に向けた期待を抱いていたにすぎないものというべきである。
イ このように,原告と松屋の平成31年3月以降の取引については具体的な債権が発生する段階にも至っていなかったところ,被告が,本件通知の発出に当たり,原告と松屋との間に平成31年3月以降の取引についての連絡等がされていたことを認識していたと認めるに足りる証拠はなく,また,被告が同取引を妨害するなどの害意をもって本件通知を発出したなどの事情も認められない。
ウ なお,原告は,本件制作物の著作権の帰属に関する本件通知書の記載は事実に反すると主張するが,被告が受託者として,本件シュガーアートのデザイン案,本件日経広告のデザイン案,本件カタログの撮影ラフの制作,本件マスコットのデザイン図面の制作などを行ったことは,前記前提事実(2)のとおりである。このうち,例えば,本件シュガーアートについていえば,その最終的な完成品が,原告の挙げる既存のデザイン図面とは異なり,被告の制作したデザインCGに依拠した上で,これを立体に再現したものであることは明らかであって,被告は完成した本件シュガーアートの著作者であるということができる。
このように,被告が本件制作物の著作権者であるとの本件通知書の記載には相応の根拠があったというべきであり,少なくとも,被告が原告と松屋との間の継続的取引が中止になることを認識又は意図して本件通知を発出したということはできない。
エ したがって,本件通知が原告の「法律上保護される利益」を侵害するものであるとの原告の主張は理由がない。
(2) 原告は,本件通知により松屋は原告との取引を中止したのであり,本件通知と原告の逸失利益との間には相当因果関係があると主張する。
しかし,前記前提事実(4)のとおり,松屋が被告から本件通知を受けたのは本件イベントの開始直前の約10日前であり,松屋としては,本件イベントを予定どおり開催するため,リスク管理の観点から,同通知書に記載された本件制作物の著作権の帰属について十分な調査を行う時間的な余裕もなく,被告との和解をせざるを得なかったものと推察される。このように,松屋と直接的な契約関係のない被告が松屋に対して著作権を行使するという事態は,松屋の業務委託先である原告が本件イベントに係る業務の遂行により生じる著作権を適切に管理していれば生じ得ないものである。このため,松屋は,被告に対する原告の著作権管理に少なからず問題があり,このようなトラブルが生じた責任は原告にあると判断して,原告との取引の中止に至ったものと認められる(前記前提事実(5))。
また,松屋は,本件通知後も原告と協議を行い,松屋が支払った対価の一部を原告が負担することなどにより,原告との間に生じた問題の解決を図ったものの,原告との間で合意に至らず,かえって,原告から公正取引委員会に相談することを検討している旨や今後の取引がないのであればはっきりと聞きたいなどの連絡を受けるに至り,原告との信頼関係が崩れたものと判断し,原告に対し,上記問題の解決いかんにかかわらず,原告との今後の取引は中止する旨を告げたものと認められる。
以上の経緯に照らすと,松屋が原告との平成31年3月以降の取引を中止したのは,松屋が,原告に対する業務委託者としての立場から,原告の著作権管理に問題があり,また,本件通知後の原告の対応等を通じて原告との信頼関係が失われたと判断したからであり,本件通知と原告の逸失利益との間に相当因果関係があるということはできない。
(3) 原告は,被告が松屋から378万円の支払を受けたことが違法な自力救済に当たると主張する。
しかし,被告は,本件制作物の使用を予定していた松屋に対し,これに対する著作権を主張する旨の本件通知書を送付し,双方の弁護士代理人の間で,その使用許諾の対価を378万円とする旨の合意書を交わすという,法律上許容される交渉を行い,又は紛争解決手段を利用したにすぎず,このような行為が自力救済に当たるということはできない。
(4) 以上によれば,本件制作物の著作権の帰属については検討するまでもなく,本件通知が不法行為を構成し,これにより損害を受けたとの原告の主張は理由がない。
2 争点2(被告による不当利得の有無)について
原告は,被告が松屋から著作物の対価として支払を受けた378万円は,その全額(又は共同著作権の持分割合2分の1)について,本来の著作権者(又は共同著作権者)である原告の損失に対応する不当利得であると主張する。
(1) しかし,仮に,原告が本件制作物の著作権を有するとしても,原告は,松屋から本件イベントに係る業務を受託するに当たり,本件制作物の使用に対する部分を含め,その対価を合意していたものと考えられる。実際,前記前提事実(6)のとおり,原告は,松屋からその関連会社を介して「バレンタインプローモーション」の報酬の支払を受けていたものと認められる。
したがって,原告において,前記対価分(又はその2分の1)の損失が生じていると認めるには足りず,これと被告の利得との間に相当因果関係があるということもできない。
(2) また,仮に,原告が,本件制作物の使用の対価に相当する報酬を受領していなかったとしても,原告が,本件制作物の著作者(又は共同著作権者)であるのであれば,被告が松屋からその対価を受領したことによって,その使用に対する対価を受領する権利を当然に失うわけではない。
したがって,この観点からも,原告に損害が生じているとはいうことはできず,これと被告の利得との間に相当因果関係があるということもできない。
(3) 以上によれば,その余の点を検討するまでもなく,被告が松屋から受領した対価の全部(又は2分の1)が原告の損失に対応する不当利得に当たるとして,その返還を求める原告の請求は理由がない。

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