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カネダ著作権事務所

著作権判例エッセンス

不法行為に関するその他の論点▶共同不法行為事例①(ファイル共有ソフトBitTorrent

▶令和3827日東京地方裁判所[令和2()1573]
第2 事案の概要
1 原告らは,いずれも,BitTorrentと呼ばれるファイル共有ソフトを利用していたところ,別紙記載のアダルト動画(以下「本件著作物」という。)の著作権者である被告から,原告らが本件著作物の動画ファイルをBitTorrentにアップロードしたことにより,本件著作物に係る被告の著作権が侵害されたとして,損害賠償請求を受けた。
 本件は,以上の事実関係をもとに,原告らが,それぞれ,被告に対し,本件著作物に係る著作権侵害に基づく損害賠償債務が存在しないことの確認を求める債務不存在確認請求訴訟である。
2 前提事実
(略)
(3) BitTorrentの仕組み
BitTorrentは,いわゆるP2P形式のファイル共有ソフト(プロトコル)であり,その概要や使用の手順は,次のとおりである。
ア 概要及び意義
() BitTorrentでは,特定のファイルを配布する場合,まず,当該ファイルを小さなデータ(ピース)に細分化し,分割された個々のデータ(ピース)をBitTorrentネットワーク上のユーザー(ピア)に分散して共有させる。当該ファイルのダウンロードを希望するユーザーは,ネットワークに参加して自らピアとなり,ピースをダウンロードするとともに,多数存在する他のユーザー(ピア)との間でお互いが保有するピースを授受することを通じ,分割された全てのピースをダウンロードした上で,それらを完全なファイルに復元することで,当該ファイルを取得することができる。
() 完全な状態のファイルを持つユーザーは,「シーダー」と呼ばれる。目的のファイルにつきダウンロードが完了する前のユーザーは「リーチャー」と呼ばれるが,ダウンロードが完了し,完全な状態のファイルを保有すると,当該ユーザーはシーダーとなり,今度は,リーチャーからの求めに応じて,当該ファイルをアップロードしてリーチャーに提供することになる。
また,リーチャーは,目的のファイル全体のダウンロードが完了する前であっても,既に所持しているファイルの一部(ピース)を,他のリーチャーと共有するためにアップロードする。すなわち,リーチャーは,目的のファイルをダウンロードすると同時に,他のリーチャーに当該ファイルの一部を送信することが可能な状態に置く仕組みとなっている。
() BitTorrentは,このようなユーザー相互間のデータの授受を通じて,ファイルを保管するためのサーバを必要とすることなく,大容量のファイルを高速で共有することを可能とするものである。
イ 利用の手順
() BitTorrentを使用するには,ファイルをダウンロードするための「クライアントソフト」を自己の端末にインストールした上で,「インデックスサイト」と呼ばれるウェブサイトにアクセスして,目的のファイルの所在等についての情報が記載された「トレントファイル」を取得する。トレントファイルには,目的のファイル本体のデータは含まれないが,分割されたファイル(ピース)全てのハッシュとともに,ピースを完全な状態のファイルに再構築するための情報や,「トラッカーサイト」のアドレスが記録されている。トレントファイルは,いわば,細分化されたピースを復元するための設計図のような役割を果たす。
() ユーザーが入手したトレントファイルを自己の端末内のクライアントソフトに読み込むと,同端末は,トラッカーサイトと通信を行い,目的のファイルを保有している他のユーザーのIPアドレスを取得し,それらのユーザーと接続した上で,当該ファイルのダウンロードを開始する。トラッカーサイトは,シーダーやリーチャーを相互に接続し,ファイルの配布を実際に行うためのウェブサイトである。
() ユーザーは,ダウンロードした当該ファイルについて,自動的にピアとしてトラッカーサイトに登録される仕組みとなっている。これにより,自らがダウンロードしたファイル(ピース)に関しては,他のピアからの要求があれば,当該ピースを提供しなければならないため,ダウンロードと同時にアップロードが可能な状態に置かれることになる。
() ユーザーは,分割されたファイル(ピース)を複数のピアから取得するが,BitTorrentクライアントは,トレントファイルに記録された各ピースのハッシュや,再構築に必要なデータに基づき,各ピースを完全な状態のファイルに復元する。これにより,それまではリーチャーであった当該ユーザーは,以後はシーダーとして機能することになる。
() ユーザーが特定のファイルについてダウンロードしたデータ容量とアップロードしたデータ容量の比率を「共有比」という。
ウ アップロードの終期
BitTorrentは,インターネットを通じてデータの授受を行うものであるため,自己の端末がオフライン状態にあるか,通信相手が存在しない状態であれば,ファイルのアップロードは行われない。また,オンライン状態であっても,ソフトウェアを起動していなければアップロードは行われないほか,BitTorrent上や端末の記録媒体からファイルを削除すれば,以後,当該ファイルがアップロードされることはない。
エ 匿名性
BitTorrentネットワークには匿名性はないため,ユーザーがトラッカーにアクセスすると,そのIPアドレスはトラッカーサイトの管理者に把握される。
(略)
第3 当裁判所の判断
1 争点1-1及び1-2(著作権侵害及び共同不法行為性)について
 (1) 原告らによる本件各ファイルのダウンロード
 ア 原告X1,原告X2,原告X3,原告X4,原告X7,原告X8,原告X9及び原告X10について
本件各ファイルは,いずれも本件著作物の動画ファイルの一部(ピース)であることが認められるところ,前記前提事実によれば,①被告は,内部調査により,BitTorrentを通じて本件各ファイルの送受信を行っている者のIPアドレスを把握したこと,②これに基づき,被告は,プロバイダ各社に対して,当該IPアドレスに係る発信者情報の開示請求を行ったこと,③その結果,プロバイダ各社から,本件ファイル1についてのIPアドレスに係る契約者として原告X1,原告X2及び原告X3の氏名の開示を,本件ファイル2についてのIPアドレスに係る契約者として原告X4,原告X7及びA8の氏名の開示を,本件ファイル3についてのIPアドレスに係る契約者として原告X9及び原告X10の氏名の開示をそれぞれ受けたことが認められる。
これらの事実によれば,原告X1,原告X2及び原告X3が本件ファイル1を,原告X4,原告X8及び原告X7が本件ファイル2を,原告X9及び原告X10が本件ファイル3を,それぞれBitTorrentを通じて,ダウンロードしたとの事実を認めることができる(なお,原告X8について,プロバイダ契約の名義人はA8であるが,弁論の全趣旨に照らせば,契約回線を実際に使用していたのは原告X8であったと認めることができる。)。
イ 原告X6について
原告X6がBitTorrentを通じて本件著作物の動画ファイルをダウンロードしたことは当事者間に争いがないところ,前記前提事実及び弁論の全趣旨を総合すれば,原告X6が本件ファイル2をダウンロードした事実を認めることができる。
ウ 原告X5,原告X11について
原告X5及び原告X11は,記録が残っていないとして,本件著作物の動画ファイルをダウンロードした事実自体を争っているところ,前記前提事実によれば,被告は,平成30年11月頃,プロバイダから原告X5及び原告X11の氏名につき発信者情報の開示を受けたとの事実が認められ,これによれば,被告は,上記開示請求に先立ち,被告の著作権を侵害するファイルの送受信が行われたIPアドレスとして,原告X5及び原告X11のIPアドレスを把握していたものと推認される。
しかし,原告X5及び原告X11はBitTorrentを通じて本件著作物以外の多数のファイルをダウンロードしていたものと認められ,本件全証拠によっても,被告が把握した原告X5及び原告X11のIPアドレスに係るハッシュは明らかではないので,原告X5及び原告X11がBitTorrentを通じて本件著作物の動画ファイルの一部をダウンロードしたと認めることはできない。
(2) 権利侵害について
ア 以上のとおり,原告X1,原告X2及び原告X3は本件ファイル1を, 原告X4,原告X6,原告X7及び原告X8は本件ファイル2を,原告X9及び原告X10は本件ファイル3を,それぞれ,BitTorrentを通じてダウンロードしたものと認められる(以下,ダウンロードを行ったと認められる上記各原告を「原告X1ら」という。)。
そして,前記前提事実のとおり,BitTorrentは,リーチャーが,目的のファイル全体のダウンロードが完了する前であっても,既に所持しているファイルの一部(ピース)を,他のリーチャーと共有するためにアップロード可能な状態に置く仕組みとなっていることに照らすと,原告X1らは,ダウンロードしたファイルを同時にアップロード可能な状態に置いたものと認められる。
イ 前記前提事実のとおり,BitTorrentは,特定のファイルをピースに細分化し,これをBitTorrentネットワーク上のユーザー間で相互に共有及び授受することを通じ,分割された全てのファイル(ピース)をダウンロードし,完全なファイルに復元して,当該ファイルを取得することを可能にする仕組みであるということができる。
これを本件に即していうと,原告X1らが個々の送受信によりダウンロードし又はアップロード可能な状態に置いたのは本件著作物の動画ファイルの一部(ピース)であったとしても,BitTorrentに参加する他のユーザーからその余のピースをダウンロードすることにより完全なファイルを取得し,また,自己がアップロード可能な状態に置いた動画ファイルの一部(ピース)と,他のユーザーがアップロード可能な状態に置いたその余のピースとが相まって,原告X1ら以外のユーザーが完全なファイルをダウンロードすることにより取得することを可能にしたものということができる。そして,原告X1らは,BitTorrentを利用するに際し,その仕組みを当然認識・理解して,これを利用したものと認めるのが相当である。
以上によれば,原告X1らは,BitTorrentの本質的な特徴,すなわち動画ファイルを分割したピースをユーザー間で共有し,これをインターネットを通じて相互にアップロード可能な状態に置くことにより,ネットワークを通じて一体的かつ継続的に完全なファイルを取得することが可能になることを十分に理解した上で,これを利用し,他のユーザーと共同して,本件著作物の完全なファイルを送信可能化したと評価することができる。
したがって,原告X1らは,いずれも,他のユーザーとの共同不法行為により,本件著作物に係る被告の送信可能化権を侵害したものと認められる。
(略)
エ 以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告X1らが本件各ファイルをアップロード可能な状態に置いた行為は,本件著作物に係る被告の送信可能化権を侵害することになる。
2 争点2-1(共同不法行為に基づく損害の範囲)について
(1) 被告は,本件著作物の侵害は,本件各ファイルの最初のアップロード以降継続しており,社会的にも実質的にも密接な関連を持つ一体の行為であることなどを理由として,原告らがBitTorrentを利用する以前に生じた損害も含め,令和2年4月2日当時のダウンロード回数について,原告らは賠償義務を負う旨主張する。
しかしながら,民法719条1項前段に基づき共同不法行為責任を負う場合であっても,自らが本件各ファイルをダウンロードし又はアップロード可能な状態に置く前に他の参加者が行い,既に損害が発生しているダウンロード行為についてまで責任を負うと解すべき根拠は存在しないから,被告の上記主張は採用することはできない。
また,被告は,BitTorrentにアップロードされたファイルは,サーバからの削除という概念がないため,永遠に違法なダウンロードが可能であるとして,現在に至るまで損害は拡大している旨主張する。
しかし,前記前提事実のとおり,BitTorrentは,ソフトウェアを起動していなければアップロードは行われないほか,BitTorrent上や端末の記録媒体からファイルを削除すれば,以後,当該ファイルがアップロードされることはないものと認められる。
そうすると,原告X1らがBitTorrentを通じて自ら本件各ファイルを他のユーザーに送信することができる間に限り,不法行為が継続していると解すべきであり,その間に行われた本件各ファイルのダウンロードにより生じた損害については,原告X1らの送信可能化権侵害と相当因果関係のある損害に当たるというべきである。他方,端末の記録媒体から本件各ファイルを削除するなどして,BitTorrentを通じて本件各ファイルの送受信ができなくなった場合には,原告X1らがそれ以降に行われた本件各ファイルのダウンロード行為について責任を負うことはないというべきである。
(略)
3 争点2-2(減免責の可否)について
原告らは,原告らにおいて複製物を作成しようという意思が希薄であり,客観的にも本件著作物の流通に軽微な寄与をしたにすぎないことや,原告らとユーザーとの間の主観的・経済的な結び付きが存在しないことからすれば,関連共同性は微弱であるとして,損害額につき大幅な減免責が認められるべきである旨主張するが,原告らの指摘するような事情をもって,前記認定の損害額を減免責すべき事情に当たるということはできない。
[控訴審同旨]
▶令和4420日知的財産高等裁判所[令和3()10074]
共同不法行為性について
ア 本件で、一審原告X1らは、本件各ファイルを、BitTorrentを利用して送信可能な状態におくことで、一審被告の著作権を侵害した。ところで、訂正の上引用した原判決のとおり、BitTorrentを利用してファイルをダウンロードする際には、分割されたファイル(ピース)を複数のピアから取得することになるところ、後掲の証拠によると、一部のピアのみが安定してファイルの供給源となる一方で、大半のピアは短時間の滞在時(BitTorrentの利用時)に一時的なファイルの供給源の役割を担うものとされるが、一審原告X1らは、常にBitTorrentを利用していたものではないことから、一時的なファイルの供給源の役割を担っていたと考えられること、あるトラッカーが、特定の時点で把握しているリーチャーとシーダーの数は0~5件程度と、特定時点における特定のファイルに着目した場合には必ずしも多くのユーザー間でデータのやり取りがされているものではないこと、BitTorrentを利用したアップロードの速度は、ダウンロードの速度よりも100倍以上遅く、また、ファイルの容量に比しても必ずしも大きくなく、例えば本件各ファイルの容量がそれぞれ8.8GB、7.0GB、2.3GBであるのに照らしても、アップロードの速度は平均0~17.6kB/s程度(本件著作物以外の著作物に関するものを含む。)と遅く、ダウンロードに当たっては、相当程度の時間をかけて、相当程度の数のピアからピースを取得することで、1つのファイルを完成させていると推認されることがそれぞれ認められる。これらの事情に照らすと、BitTorrentを利用した本件各ファイルのダウンロードによる一審被告の損害の発生は、あるBitTorrentのユーザーが、本件ファイル1~3の一つ(以下「対象ファイル」という。)をダウンロードしている期間に、BitTorrentのクライアントソフトを起動させて対象ファイルを送信可能化していた相当程度の数のピアが存在することにより達成されているというべきであり、一審原告X1らが、上記ダウンロードの期間において、対象ファイルを有する端末を用いてBitTorrentのクライアントソフトを起動した蓋然性が相当程度あることを踏まえると、一審原告X1らが対象ファイルを送信可能化していた行為と、一審原告X1らが対象ファイルをダウンロードした日からBitTorrentの利用を停止した日までの間における対象ファイルのダウンロードとの間に相当因果関係があると認めるのも不合理とはいえない。
そうすると、一審原告X1らは、BitTorrentを利用して本件各ファイルをアップロードした他の一審原告X1ら又は氏名不詳者らと、本件ファイル1~3のファイルごとに共同して、BitTorrentのユーザーに本件ファイル1~3のいずれかをダウンロードさせることで一審被告に損害を生じさせたということができるから、一審原告X1らが本件各ファイルを送信可能化したことについて、同時期に同一の本件各ファイルを送信可能化していた他の一審原告X1ら又は氏名不詳者らと連帯して、一審被告の損害を賠償する責任を負う。
なお、控訴人(一審原告)らは、原判決が、一審原告X1らが送信可能化した始期から終期までの期間のダウンロード数をひとまとめで判断したことが不相当である旨主張するが、原判決は、当該期間のダウンロード数をもってひとまとめの損害が生じたと認定したものではなく、1ダウンロード当たりの損害額を認定した上で、当該期間にダウンロードされた本件各ファイルの数を推定して、推定したダウンロード数に応じた損害額を算定しているのであって、この手法は相当である。
イ 控訴人(一審原告)らは、原判決が、一審原告らがBitTorrentの仕組みを十分認識・理解していたと認定したことについて事実誤認であると主張するところ、訂正の上引用した原判決のとおり、控訴人(一審原告)らは、BitTorrentを利用してファイルをダウンロードした場合、同時に、同ファイルを送信可能化していることについて、認識・理解していたか又は容易に認識し得たのに理解しないでいたものと認められ、少なくとも、本件各ファイルを送信可能化したことについて過失があると認めるのが相当である。
そうすると、控訴人(一審原告)らが、本件著作物の送信可能化に関し、不法行為責任を負うとした原判決の判断は相当である。

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