国指定重要文化財旧佐藤家住宅 魚沼市



佐藤家住宅は、同じく国指定重要文化財の同村の旧目黒家住宅(目黒邸)から山道を2㎞ほど上った閑静な地に、ひっそりと立つ。豪農住宅の目黒邸とは違い、建築面積は約150㎡と小さい。
解体修理の際に墨書が見つかり、建築時期が判明した。それによると元文3年(1738)に建てられた農家で、 豪農地に分布する中門造りの形式を持つ民家の初期の遺例として価値が認められている。
主屋の隅から,中門と呼ばれる突出部が付く「中門造り」は、県内や、東北地方の日本海側の民家に多く見られる建築様式。佐藤家住宅はその中でも初期のもので県内最古の例とされ、昭和52年(1977)1月28日、国の重要文化財に指定された。中門は、厩として利用された。

主屋は桁行き14.2m、梁間7.3m、屋根は寄棟造り、カヤ葺き。前面の桁行き5.5m、梁間5.2mの中門は、入母屋造りの茅葺になっている。
建物は冬期間3~4mの豪雪にも耐えうるように、柱は太く大きな差し物を入れ、 貫を多く用いるなど工夫をこらしている。仕上げは手斧(ちょうな)削りがほとんどで、座敷回りなどの柱には、かんながかけられている。建物の周囲には石で基壇を築き、消雪池を置くなどの工夫もされており、いかにも豪雪地帯らしい民家である。
昭和54年(1979)文化庁補助事業で解体復元され、翌55年(1980)6月から一般公開されている。
幕末から明治にかけては寺子屋風の教育の場としても使用された。出居を教室に、茶の間を運動場に、二階は教務室に使用されたと伝えられている。




≪現地案内看板≫
重要文化財 旧佐藤家住宅

佐藤家住宅は元文3年(1738)に建てられた農家で、新潟県中越地方の豪雪地に分布する、中門造りの形式を持つ民家の初期の遺例として、またその時代の特性を示す価値が認められて昭和52年、国の重要文化財の指定を受けました。
この住宅の特徴は、広間三間取りの本屋で「茶の間」を中心に「でい(座敷)」、「にわ(土間)」よりなり、中門を取り付けた形式となっていることで、岩手県の曲り屋とは異なった形式を持っている。建物は冬期間3~4mの豪雪にも耐えるように、柱は太く、大きな差し物を入れ、貫を多く用い、また周囲には基壇を築き消雪池を配する等の工夫をこらしています。座敷まわりなどの柱はカンナ仕上げとし、天井を張っていることより見て、建築当時はこの地方の庄屋格を持った家であったことが推察されます。昭和54~55年度に解体修理工事を行い、建築当初の姿に復元されました。

魚沼市教育委員会








旧佐藤家住宅地図 ストリートビュー




















明治維新と豪農(326)

明治維新と豪農(326)

  • 作者:高木 俊輔
  • 出版社:吉川弘文館
  • 発売日: 2021年11月04日頃