葛塚まつり Kuzuzuka Festival 新潟市



🔗石動神社 🔗稲荷神社

宝暦11(1761)年に遠藤七郎左衛門宗寿が提唱した葛塚市(くずつかいち)の開設が幕府に認められた事を祝い、翌年宝暦12(1762)年から創められた祭りであり、およそ250年の歴史がある 。江戸時代に商人の町と職人の町を代表する灯籠が、稲荷神社参拝を競ったことに始まるといわれる。

現在では「民謡流し」・「葛塚石動(いするぎ)神社秋季祭礼」・「葛塚稲荷神社秋季祭礼」等を纏めて指す。
最大の見ものは8日夜に行われる稲荷神社氏子と石動神社氏子による各町内の装飾を施した灯籠の勇壮なぶつかりあいです。それぞれの工夫を凝らした各町内の灯籠が若い衆に命を吹き込まれ、激しく押し合います。その激しさから「けんか灯籠」の名で親しまれ、3万人近い観衆で賑わう。約250店舗もの色とりどりの夜店も祭りの風物詩となっている。





石動神社 ※GOOGLE 画像

創立は、正徳5年(1716)と称されている。新発田藩家老溝口内匠が葛塚郷を開墾するにあたり、この地の産土神として建立したもので、能登国の石動大権現の分神である。小高い丘に建っている石動神社は、「葛塚」の地名発祥の地といわれ、江戸時代から葛塚の鎮守として人々の心のよりどころになっていた。
享保15(1730)年の松ケ崎掘削の開削以後、福島潟や島見前潟の周辺が干上がり、新田開発が急速に進んだ。大口には農民の家が建ち、享保18年(1733)に本町通りへ商人が移住してきて、人口が増加し、享保19年(1734)には葛塚新田という村名が新発田藩から認められている。
境内には男谷彦四郎(勝海舟の叔父・水原代官勤役)筆の社額や、芭蕉の句碑が建つ。

  • 〔祭神〕 大己貴命 ( おおなむちのみこと )・虚空蔵大権現
  • 〔所在地〕 新潟市北区白新町1-1-1

稲荷神社

稲荷神社は享保18年(1733)に新発田藩家老の溝口内匠が屋敷神をここに移した開墾宮。現在の社殿は国の登録有形文化財になっている。
葛塚地区は「葛塚市」という定期市が有名で、神社との関係が深い。稲荷神社の祭礼の日、新歴9月7日、8日は市が始まった日。境内には葛塚市を起こした遠藤七郎左衛門らを町の人達が開市の神と祀った「開市神社」があり、その七郎左衛門の像や中山大納言、男谷彦四郎揮毫の社額などがある。

  • 〔祭神〕 宇迦之御魂神 ( うかのみたまのかみ )
  • 〔所在地〕 新潟市北区葛塚3293

🌌開市神社 ※GOOGLE 画像

宝暦7年(1756)、庄屋である遠藤七郎左衛門は、開市の認可を願い出たが、新発田、水原の人達から強い反対があり、実現されなかった。
左衛門は直接幕府に陳情し、宝暦11年(1761)に開市の認可を得た。これ以後人々が多く集まり、市街地が形成されていった。
この遠藤七郎左衛門を人々が偲んで、開市の神としてまつったものが開市神社である。現在は稲荷神社境内にある。

  • 〔祭神〕 七郎左衛門宗寿、七郎左衛門国忠、七郎昭忠

🌌 葛塚市

歴史は古く、宝暦年間、葛塚が幕領となったとき、名主の遠藤七郎左衛門親子が幕府に開市を願い出てようやく認められたもの。 当初は本町通りであったが、今は常盤町通りに移されている。平均200店。
  • ■時間 AM8:30~PM2:00頃
    ■問い合わせ ☎025-387-1356 北区産業振興課
    ■開催 毎月1・5・10・15・20・25日に開かれる六斉市
    ■場所 北区葛塚豊栄支所前 ※地図
    ■アクセス 👬JR豊栄駅から徒歩3分








葛塚まつりまで










トラットリアノラ クチーナ 豊栄本店
[住所]新潟県新潟市北区葛塚市場通り3223
posted with タベレバ



稲荷神社 石動神社 開市神社