大須戸能 Osuto Noh 村上市



大須戸は国道7号線を北上した塩野町を過ぎて右折約1km、その昔大須戸二百竈と言われ、地区一番の大集落であった。現在も戸数150ほどの集落である。

嘉永5年(1852)2月の記録に「古来の能装束が切損し役に立たなくなったので奉納を願う」とあることから推して、大須戸能の起源はこれよりなお久しく遡るものと推定される。
伝によれば弘化元年(1844)の冬、庄内(現山形県鶴岡市)の黒川能役者蛸井甚助が大須戸村庄屋中山与惣兵衛方に逗留した際、村人19人の能社中が、数年にわたり熱心な指導をうけ、嘉永4年(1851)3月鎮守八坂神社の社殿ではじめて演能したが、当時既に式三番の外能15番を習得していたという。
神社の境内には、蛸井甚助が帰郷する際、記念に残したといわれる「黒川や上に流れて花の郷」なる句碑がある。

その後明治、大正、昭和にかけて更に庄内黒川より師を招き、新たに10番を習得した。 伝承されているものは、能が式三番外25曲、狂言は瓜盗人など9番である。流儀は観世流に近く現行の揺本とは若干違うものを用いている。

能が神事として演じられたのは、昭和7年(1932)八坂神社が村社に昇格してからで、以前は1月10日の山神祭の日と、4月3日の節句に演じられていた。

八坂神社の境内には、古くから能舞台が設けてあったが、大正2年(1913)3月大正天皇即位を記念して建設した能舞台も老朽化し、昭和63年(1993)新舞台が建築された。

☯2019年(令和元)7月、ドイツの劇団「フリードリッヒ・シラー自然劇団」(ドイツ・チューリンゲン州バウエルバッハ村)の創立60年記念祭に招かれた。







大須戸八坂神社 地図 みどりの里 地図






大須戸能 4月開催まで
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