堀之内八幡宮 魚沼市



旧薮神郷と旧堀之内村の鎮守として皇大神宮と共に親しまれてきた神社。草創は貞和5年(1349)、京都の石清水八幡宮から勧請されたと伝えられる。祭神は誉田別尊。
股倉神社は、かつて魚野川河畔に鎮座していたが、慶安3年(1650)の大洪水に遭って合祀。祭神は天鈿女命。宮林(山ノ手町)に鎮座した天神社も、延宝5年(1677)の火災によって合祀されたと伝えられている。祭神は天津彦彦火瓊瓊杵尊。
この三社が合祀されたことにより「三社の宮」とも呼ばれている。
明治15年(1882)、清水街道の開通のため社地が分断されたので現在地へ移転した。
シンコ餅で作られた色鮮やかな鳩が水木枝に飾られる小正月の例祭「鳩まつり」や前年結婚した新婿に冷水を掛けて子宝を願う奇祭「雪中火水祝」も有名。また仲秋の名月に行う「十五夜祭」の勇壮な神輿流しは、元禄4年(1691)の記録にも見られ、古来の由緒を今でも伝えている。

  • 〔御祭神〕 誉田別尊 ( ほむたわけのみこと )天鈿女命 ( あまのうずめのみこと )天津彦彦火瓊瓊杵尊 ( あまつひこひこほのにぎにぎのみこと )
  • 〔所在地〕 新潟県魚沼市堀之内3429-1
  • 〔アクセス〕
  • 〔駐車場〕 🈚
  • 〔交通情報〕

雪中花水祝

祭りは、鈴木牧之の「北越雪譜」にも紹介されている伝統行事。牧之は「この日は、近郷近在より人々が蟻のごとく集まり、押し合いへしあいし熱そうすること筆に尽くしがたし」と書いている。この冬に行われる奇祭は、その年に結婚した家々を回り、新婿に花水を浴びせ掛け、夫婦和合、家栄を願い子宝を祈願する神事であった。 1873(明治6)年まで続けられたが、旧習廃止で途絶えていたという。活性化につなげようと、堀之内町商工会青年部が中心となり、1988年に復活した。

旧暦正月15日(現在2月11日)、「水祝の儀」に先立って、往時をしのばせる装束の大名行列に見立てた一行が町中心商店街を練り歩き、神使を中心に、花婿宅に行き、花水の告をして八幡宮へ戻る。沿道にはかがり火がたかれ、ムードを盛り上げる。
メーンの八幡宮境内での「水祝の儀」には、上半身裸の花婿は名前を呼ばれると1人ずつ、約30メートルの〝花道〟を駆け抜け、蝋燭がともされた雪の特設ステージでひざまずくと、頭上から六人の手おけの水が、勢いよく注がれる。
これは、男の陽火に女の陰水をかけて、子をもうけるための呪事であると牧水記している。







堀之内十五夜まつり

秋季祭礼はかつて9月14日から3日間行われていたが、現在は9月中旬の3日間開催されている。
踊り屋台や屋台囃子・民踊流し・煙火大会・神輿パレードなど内容盛りだくさんである。
屋台囃子は、江戸中期、京の祇園祭の装飾と囃子を見聞し、当地に伝えたものと言われ、曲目は祇園囃子やさまよ囃子等がある。囃子は太鼓1組(締太鼓、大太鼓)、鉦1組、三味線、笛で奏される。祇園囃子は宵宮の屋台引き始めの時、八幡宮前で最も敬虔な態度をもって神にささげる優曲で、その荘厳さと優雅さに深く心を打たれる。その後各町内から繰り出す踊屋台に続き、紺の半纒股引に豆絞りという粋な若衆の囃すこの屋台囃子が町内を練る。
また、神輿も多数参加し、最終日神輿パレードが行われ、パレードが終わると魚野川を神輿ごと下る。神輿流しは、魚野川の急流を下る勇壮な行事である。

  • 〔開催日時〕例年9月中旬頃
  • 〔開催場所〕新潟県魚沼市堀之内(八幡宮境)
  • 〔問い合わせ先〕 📞025-794-2433(堀之内商工会)











雪中花水祝まで









ワンダーJAPAN(日本の不思議な《異空間》800)

ワンダーJAPAN(日本の不思議な《異空間》800)

  • 作者:
  • 出版社:三才ブックス
  • 発売日: 2013年10月

旬食や 香秀
[住所]新潟県魚沼市小出島124ー69
posted with タベレバ



八幡宮