【新世界エヴァンゲリオン・外伝】
<引き続き日本海沿岸某所>
ひとまず互いの名前を確認した3人は話を続ける。
「それでお前いったいどうしたんだ?」
「そうよそんな格好であんな所に」
そういいながらとりあえず顔だけでもと、汚れをとってやるフミエ。
「…ボクはボクのテキにつかまっていた。キョウ、チャンスがあったからにげだした」
無表情で答える少年、ミチル。
「敵…ねぇ」
(幼児虐待でもやってたのかしら?)
ありがちな想像をするフミエ。
「じゃ、お前は戻りたくないんだな?」
トオルの言葉にうなずくミチル。
「どうする?」
「どうするったって、ねぇ」
しばし考え込む二人。
「ひとまず警察にでもいくか?」
「そうね、保護してもらえば…」
まぁ事情を説明すれば状況からしていきなり誘拐犯にされることもないだろう。そう結論づける二人。
「とりあえずバス停は、と」
「どっちだったかしら?」
二人はあたりを見回す。
「あそこ」
「「え?」」
ミチルの指差す先にじっと目をこらすと遠くに確かにバス停の標識が見えた。
「あんた目が見えないんじゃ?」
「わかる」
断言するミチル。
「………」
「ま、いいや、いこうぜ」
バス停にたどり着く3人。
「次のバスは…」
時刻表を追うトオル。
そこへ小さな指が差し出される。
「後、35分」
背伸びしたミチルが時刻表を指で指している。
そこを見て、腕時計で時刻を確認するトオル。
「本当だ」
「へぇあんたすごいのねぇ」
「………おどろかないの?」
どこか不安そうな声で聞くミチル。
「驚いている驚いている」
「びっくり仰天って感じね」
冗談なのか本気なのかそういう二人を瞼を閉じたままミチルは見つめていた。
「首謀者グループの八割を逮捕しました」
谷口の報告を聞き、顔を上げるケンスケ。
谷口は無言でチェックの入った名簿を置く。
「残りは?」
「残念ながら三途の川で舟遊びの最中です」
谷口の隣に立っていた波佐間が肩を竦めて続けた。
「それは邪魔しちゃかわいそうだな」
苦笑するケンスケ。
「移送の準備はまもなく終了します。その後、本格的な尋問を行うことになります」
「まぁ急あつらえにしては上出来な方か。それで取り逃がした目標の情報は?」
「現在、各種データの吸出し中です。全て出揃うのは明日の朝になるかと」
「同じ戦自の系列なのがせめてもの救いですか」
「コンピュータに始まりありとあらゆる物が規格品というのも考え物だな。味方相手じゃあっという間にデータを吸い出される」
「同感です」
「うちの国はケチですから」
「まぁいい。それで現在の捜索状況は?」
「二個小隊が周辺を捜索しています。が、依然として足取りはつかめません」
「隠密行動だからな。大手を振って封鎖線を張ることもできないか…」
ややあってミチルが尋ねた。
「ところでケイサツってナニ?」
「警察? ああ、悪い人を捕まえてくれる所さ。あと、そういう連中から守ってくれたりもする」
「国家権力を守る、の間違いでしょ?」
「…子供にそういう話をしてどうする」
「小さい頃から現実の厳しさを知るのはいいことよ」
「あのなぁ」
教育方法について論じ合う二人に口を挟むミチル。
「…それならケイサツはボクのテキかもしれない」
「へ?」
「コッカケンリョクはたぶんボクのテキかもしれない」
「お前、なに言ってんの?」
「そうよ、意味わかってる?」
「だって、あれもコッカケンリョクだよね?」
そういって下の方を指差すミチル。
なにやら森の方から野戦服にヘルメットをかぶった人間たちが現れた。
「…なぁ泉」
「…なぁにトオル」
「あれって自衛隊かな?」
「たぶんね」
「ジエイタイ? …よくわからないけどあれはボクのテキ、あるいはボクのテキのテキ。どちらにしてもボクはにげなきゃいけない」
「おいおい」
なにやらきな臭くなってきた事態に声をもらすトオル。
「どっちにしろ本当にこの子を追いかけてるんだったらさっさと逃げなきゃ捕まるわよ!」
(こういう時、女は決断が早いよな)
感心しながらもどうするか考えるトオル。
「しかしバスはまだ来ないぞ」
「あ、そうか…歩いて」
「…なにかくる」
ミチルが遠くを見て言った。
「なにかって…」
「あ、車!」
遠くの方から猛スピードで走ってくる車があった。見る見るうちにその影は大きくなっていく。
キキィッ!
三人の前に黒塗りの車が止まった。後部座席のドアが開き中から声がする。
「乗りなさい」
どこか逆らいがたい力をもった呼びかけに一瞬顔を見合わせた後乗り込む三人。
向かい合うようにソファのような座席が前後についていた。
豪華な内装を眺めるまもなくひとまず運転席側の座席に腰を下ろす三人。
ドアが閉まると三人の対面に座る人物が運転手に言った。
「出して下さい」
「はい」
車は急加速をかけてその場を走り去った。
「?」
ゆっくりと背後を振り返るケンスケ。手は銃把にかかっている。
「隊長?」
「どうかしましたか?」
同じように腰に手を伸ばし辺りを警戒する波佐間と谷口。自然、二人を取り巻く空気が変わる。
ケンスケは二人に答えずしばし周囲の気配をうかがった。
「………」
(…視線は…もう感じない、か)
「いや…気のせいだったようだ」
施設のある山の対面に位置する山。中腹近くの高い樹の梢で無表情に呟く人物。
「………もうここにはいないか」
細い枝の上、無造作にズボンのポケットに手を突っ込んだまま彼は立っていた。
「しかし相田君とは……なんとも奇遇だね」
顔にいつもの笑みが戻る。
「ぬいぐるみは売っていそうにないね。どうしようか?」
【外伝第八話 午後は君と昼寝を】
車の後部座席は二人分の座席が向かい合うような形で計四人分ありミチルはトオルが抱きかかえている。運転席の方はガラスで仕切られておりよく見えない。
後部座席の右側。そこにその人物は座っていた。
整った顔立ち。黒を基調とした一見軍服と見えなくも無いスーツ。長い足を組みその上に白い手袋をはめた両手を組んでいる。
「なぜ助けたのか、と思っていますね? そして私は誰なのかと?」
そう問い掛けてきた。
「………」
固い視線の二人。
そこでふっとその男性が微笑むと途端に車内の空気が変わった。男性の発するオーラとでも言おうか? その暖かいオーラが二人の警戒心を氷解させていく。
(なんなんだろうこの人は?)
(なんなのかしらこの人?)
同様の疑問を覚える二人。
「あ、こら」
突如ミチルがトオルの手を離れると男性の前に立った。
「………」
「………」
ミチルは瞼を閉じたまま見つめるかのように男性に顔を向ける。そして男性はただ静かにミチルを見つめ返していた。
ミチルはその男性の隣の座席に向かうとちょこんと座る。
「ダイジョウブ、このヒトあたたかい。トオルやフミエとおなじ。ボクのテキじゃない」
「「………」」
「ありがとう」
男性は微笑んだまま礼を言った。
「この車はどこに向かっているんです?」
落ち着いたフミエが気になっていたことを聞いた。
なりゆきで自衛隊から逃げる形になっている以上あの場を離れられたのはよかったが、かと言ってこのまま拉致されたら笑い事では済まない。
「第三新東京市です。元々あそこへ移動している所であなたがたと出くわしたわけです」
別に隠すつもりもないらしく男性は話してくれた。
「「第三新東京市…」」
二人とも行ったことは無いがどういう所かは知っている。
「どこか他に行き先の希望があれば車を回しますよ?」
「…いえ、とくに」
自分やフミエのアパートという選択肢もあったのだがなぜかトオルはそう答えてしまった。
「ではどうです? 変な連中に追われているようですが、第三新東京市は治安のいいところですよ?」
第三新東京市に入った車は三人を最寄の駅の近くで下ろすと何事も無かったかのように走り去った。
「あのままどこかに連れ去られるかと思った」
フミエがぽつりともらす。
「人の親切は素直に信じろってことか」
「………」
ミチルはそんな二人を見守っている。
「とりあえずどうする?」
「そうだな…とりあえず飯にしよう」
「………」
無言のミチルを同時に見る二人。
車の中でとりあえず汚れを拭いて応急手当てはしたがさすがに子供用の服まではなかった。
「その前にこの子の服ね」
「あと靴もだな」
『…構わないの?』
不意に声がかけられた。
だが男性は視線をその声の主に向けただけでさほど驚いた様子はない。
「ひとまずは、ね」
口調が先ほどよりも気安くなっている。表情もややほころんでいる所からして余程気心の知れた相手なのだろう。
『あの子は…』
「うん。たぶんそうだけど、今はまだ僕たちが口を挟む時じゃないんだよ」
声を遮ってそう告げる。
『………』
声の主は少し考え込むように首を傾げる。
(独り言か?)
運転手は後部座席の声には気付いていた。なにやら誰かと会話している様な雰囲気だが、客は先ほど下ろしたし、携帯なりなんなりで話している風にも見えない。普通の人間ならカウンセラーにでも診せる所だが、後部座席に座っている人間の精神の強さは折り紙付きだ。
(…まぁさすがに疲れがたまったかな?)
深夜に水上機で国内に入り、その後海路経由で上陸。諸々のゴタゴタを片づけた後、また同様の行程を帰っているところである。しかも、この間日本を始めとする諸諜報機関及び自分の属する組織の目にも止まらないように行動しているので神経を使うことこの上ない…この上ないのだが、彼と後ろの同乗者はその手の仕事を軽く笑ってこなしてしまうことで恐れられていた。
(もっとも君の場合はその後外交交渉をしたりしなければならないんだったな)
一方、心配されている当人は別のことを考えていた。外交活動や諜報活動などよりも大事なことに。
「…前にも話したけど僕たちは世界を管理しているわけじゃない。どう考えても手を出さなければならない時しか手は出さない。使徒とかエヴァとかには関係なくね…もっともそれでも僕たちの主観がいくばくかは加わってしまうだろうけどね」
『クス』
対面に座る人物のもらした笑みに肩をすくめる。
「…だから今は彼らが彼らなりの結論を出すのに必要な時間を用意しただけだよ。このくらいのおせっかいはいいだろう?」
『……………』
「…なに?」
『それで“彼”はどうするつもり?』
困ったように少し考え込む。
「…大丈夫だよ、方向音痴だし。外で起こった出来事だからね。ここに戻ってくるのには結構時間がかかると思うよ」
『そうね…クスクス』
後部座席から声がかかったのは第三新東京市を後にしてからだった。
「なんだい?」
「先程の二人ですが…」
「ああ心配はいらない。落ち着き先が決まったら前のところは足がつく前に引き払って荷物を送りつけとくよ」
「お願いします」
「うん?」
昼休み、中庭で友人達との談笑にふけっていたレイがふと黙り込む。
「レイ?」
「どうかした?」
「………」
なにやら固まっているレイの顔の前で手を振るキョウコ。
レイは気づかずになにやら考え込んでいる。
(なんだろう今の感覚…もしかして綾波さん? でもなんだか違う…)
レイの様子に気づいたのはキョウコとマリナの二人だけらしい。周囲では何事もなく話したりバレーボールで遊んだりサッカーをしたりと平穏な空気が流れている。
「どう思うマリナ」
こういう時は知識の豊富なマリナ、と決めているキョウコは友人に尋ねる。
「さて? レイには白昼夢を見る習慣はなかったと思いましたが」
「いや〜でもこの子だもんね〜」
「なにがあるかわかりませんか」
少し離れてこそこそと話す二人。
「あぶなーい!」
「よけろっ!!」
声に振り向く二人。
レイに向かってサッカーボールが飛んでいく。
どうやら勢いがついたボールを取れなかったらしい。
「レイ!!」
キョウコが叫ぶ。
「!!」
くわっ、とレイの目が見開かれると座った態勢から勢い良く跳び上がる。そのままスカートを翻しすらりと伸びた右足を力いっぱい振り抜いた。
ドン!!
ヒュン!
グシャッ
バタッ
ポンポンポン
何やら鈍い音がしたかと思うと辺りが静まり返りボールが跳ねる音だけが響く。
「あれ?」
我に返ったレイがぽつりともらす。
「わぁっ担架だ! 担架もってこい!!」
「血吹いてるぞ! 生きてるか!?」
「保健室だ保健室!」
「馬鹿救急車だ!!」
「畜生! よりにもよって碇にKOしてもらえるなんて!!」
「「「「「うらやましいぞ! この野郎!!」」」」」
ビシバシゲシ
何やら暴行を受け更に怪我を増やす男子生徒。
「やっぱり碇さんって…」
「「「素敵よねー」」」
非常に誤解を招く態度を取っている一部女子生徒達。
とんでもないことになっている事態に唖然となるレイ。
「ね、ねぇキョウコ、マリナ。いったいなにが」
「…レイ」
真剣な口調でレイに話しかけるキョウコ。
「な、なに」
両肩を掴まれ後ずさるレイ。
「見せてもらったわよ」
「な、なにを」
「…今日は白ね」
ぶちん
「わーまてまてレイ! 話せばわかる!!」
何かが切れる音と同時に打って変わって逃げにかかるキョウコ。
「問答無用!!」
リーチの差も何のそのあっという間にキョウコに追いつくレイ。
「おおおっ! 碇が相馬を襲ってるぞぉ!!」
「「「「うぉぉぉぉぉーっ!!」」」」」
「「「「きゃあああーっ!!」」」」
「そこぉ!! 誤解を招く表現をするなぁ!!」
わぁっとクモの子を散らすように逃げていく…というにはみな笑顔だが…生徒達。
「ま、なんにしてもあんたは人気者ですねレイ」
一人冷静なマリナがポツリと言った。
NEON WORLD EVANGELION
Side Episode8: Afternoon Tea
「ここがいい」
そういってミチルが選んだのはこじんまりとした小さなレストランだった。
「いらっしゃいませ!」
エプロン姿の女性が一人ドタバタと切り盛りしていた。
昼食時も終わりかけているが思ったよりもこんでいる。どうにか奥に空いているテーブルを見つけた三人はそこに座った。
「ご注文は?」
「えーと、日替わりランチ二つにお子様ランチ一つ…」
「かしこまりました!」
すたたたたと決して騒がずそれでいてすばやく女性は消えていく。先ほどはドタバタと思ったが実際はテキパキという表現の方が正しいようだ。
「…できるわね」
元ウェイトレスとしての感想をもらすフミエ。
ネルフ本部。
発令所のあるエリアの食堂、奥の一角。他の職員達と少し離れたところに一組の男女が座っていた。
「おっす」
「おう」
手を上げた青葉に応えると日向は同じテーブルの対面に座る。
「はい、日向さん」
横からお茶の入ったコップを差し出すマヤ。
「ありがとう」
日向の前には定食が並び、青葉とマヤの前にはお揃いの弁当箱が並んでいる。旧発令所トリオあらためネルフ本部幹部トリオの昼食風景である。
盗聴機もなく騒がしい食堂で数々の極秘情報のやりとりに始まる幹部会が行われていることを知るものは少ない。
(ま、お互い重責を担う立場だからね)
(気を休める場が少ないというのもあるのさ)
(少なくともこの場では何の気兼ねもいりませんしね)
順に作戦部長補佐、情報部長、技術部長代行の言葉である。
「霧島さんが休暇を変更して朝から来てるから何かと思えば渚君が行方不明ですってね」
「ああ、相変わらず彼のやることは無茶だね」
「それはさぞかしアスカの機嫌が悪かっただろうな」
「まぁな。そっちはどうなんだ? 何度か顔を出しに行ったけどすごいありさまだったぞ」
「ああ、ちょっと東欧の方でごたごたしてる所に戦自がなにやら隠密裏に作戦を行うってんで大童になってな。ま、何とか落ち着いたよ」
「戦自が?」
やや不安そうなマヤ。
「なに、まだ特殊監査部の管轄になりそうな気配は無い。大丈夫さ」
つまりネルフに直接の危険は無いという意味だ。
「ま、うちの渚君もな」
「ふーん。あ、コーヒーもらってくるわね」
そう言ってマヤが席を立つのを確認した後で、二人の男は顔を見合わせて異口同音に言った。
「「今のところは、な」」
「…できるな」
しばらく後、元コック見習いとしての感想をもらすトオル。
ちなみにミチルは例によって危なげない手つきでお子様ランチを食べている。目が見えていないにも関わらず器用にフォークでスパゲッティを巻き取って口に運んでいる。
「さて、どうしたものか…」
食後のコーヒーを飲みつつトオルが言った。
「とりあえず当座のお金が残っている内になんとか仕事を探したいわね」
「そうだな、追手が来るかどうかは別としてひとまずねぐらくらいは確保したいし」
どういうわけか二人とも自分の家に戻ろうという意識が働かない。ただ、ここでどうするかをばかり考えている。
「…そこになにかはってあるよ」
壁を指差すミチル。
相変わらずどうしてわかるんだと思いながら指差す方向を見る二人。
一枚の紙が貼ってあった。
『コック、ウェイトレス募集中。アルバイト可。やる気のある人求む。店長』
「………」
書類を片手にコーヒーを飲む美女が一人。そばにはお付きの男が直立不動で立っている。
(しかし、俺もいいかげんに慣れろよな、とほほ)
心で泣く瀬名。
彼の作成した作戦案を上司に読んでもらうというので緊張し、その上司が超がつく美女と言うので緊張する。
(ほんと、いいかげんに慣れないのかしらこの子?)
そんなことを考えていながら、顔には出さないアスカ。なぜかというと…
(なーんか、昔シンジにちょっかい出してた時みたいにいじり甲斐があるのよねぇ)
ちらりと視線を動かし緊張している顔を見ながら、瀬名が聞いたら卒倒するようなことを考えているアスカ。
(頭の出来は悪くないのよねぇ)
アスカにしては最大級の賛辞であろう。無理というか無茶をすればひっかきまわせなくも無い個所がいくつかあるものの作戦案そのものの出来は非常にいい。
「ふぅ…だいたいわかったわ、まぁこんなもんでしょ」
「は、ありがとうございます」
ほっとした顔を浮かべる瀬名。
「でも、私たちはより確実を期すべきね」
「はぁ、おっしゃる通りです」
少し心細い顔に変わる。
「私が見る限りいくつか穴があるわ」
「………」
(あれ? もっと心細い表情になるかと思ったけど…なんか元気になったわね)
まさか、『さすがは惣流三佐、すごいなぁ』と感動しているとは予想もつかないアスカ。
「というわけで…」
「わかりました! パターンを変えてシミュレーションを繰り返して欠点を探します!」
「え? そ、そうね。じゃあ…」
「何とか明日の朝までには結果を出します! それでは早速! 失礼致します!!」
「あ!」
プシュー
呆気に取られたまま取り残されるアスカ。無意識にカップを持ち上げコーヒーを飲む。
しばし後、端末にあるデータを呼び出す。
「…明日の朝までって、あんたいったいどれだけ徹夜すれば気が済むわけ?」
勤務時間のグラフで他の作戦課員をぶっちぎっている人物の名前を確認する。
「意欲があるのはいいけどもうちょっとどうにかしてもらいたいわねぇ」
そう言いながら電話の受話器を取る。
「…あ、日向さん? ちょっとお願いがあるんだけど。うちの早とちり馬鹿がいるでしょ? そ、そいつ。悪いけど日向さんの方から休暇を取るように言っといて。そうねぇ、10日以内に最低3日…」
「すみません。こちらの店長にお会いしたいんですが…」
ウェイトレスの女性に話し掛けるトオル。
「何でしょうか?」
「えーと、あの貼り紙見て雇ってもらおうかと…」
「本当!? 経験は!?」
ぱっととびきりの笑顔を浮かべる女性。
「えーと、一応見習いですけどコックを1年ばかり…」
「あたしもウェイトレスっていうか給仕を…」
「わかりました!」
女性は今にも飛び跳ねそうなくらい喜んでいる。
「それで…あの店長さんは?」
何やら喜んでいた女性はきょとんとした顔をする。
「あの、どうかした?」
「…ああ。申し遅れました。当店の店長を務めています鈴原ヒカリです。どうぞよろしく」
その店の名前は「キッチン2−A」。店長の女性が委員長と呼ばれているのは割と有名な話である。
「へ?」
「あの…このレストラン…」
「ええ。私の店よ。店長、コック、ウェイトレス、全部一人でやっているものだからもう人手がほしくてほしくて…じゃ、早速お願いするわね」
驚いている二人を置いてどんどん話を進めていくヒカリ。
「いや、あの」
「あ、名前聞いてなかったわね」
「汐トオルです」
「泉フミエです…じゃなくて!」
「エプロンはこっちよ!」
ヒカリは構わずぐいぐいと店の奥に二人を引っ張っていく。
「わ、わ、わ」
「ちょ、ちょっと……あ、ミチル!」
「がんばって」
わかっているのかいないのかミチルは手をひらひらと振りながら二人を見送った。
<再び、虚空に相対する赤い瞳の少年二人>
「やあ」
「また会ったね」
「そうだね」
「でも、相変わらず僕には君が誰なのかわからないね」
「そうかい?」
「少なくとも君と僕とはそれぞれ別の精神を持っているということはわかったけどね」
「無論、お互いの中のお互いはそれぞれの心の中に存在するけどね」
「それが人の心というものさ」
「他者との交流によってなりたつのが心というものだからね」
「ただ、君が僕でないことはわかる」
「だから君は僕を探しているのかい?」
「そうさ。己と他人とを分かつのがA.T.フィールド」
「何人にも犯されざる聖なる領域。心の壁」
「それを認識することで人は自分と他者とを区別することができる」
「僕に会えば僕と君とを区別できる」
「君に興味があるからね」
「僕も君に興味があるからね」
「だから僕に接触するのかい?」
「それはまだ僕にもわからないよ」
「なるほど、人の行為は意識と無意識、両方の産物で成り立っているからね」
「だから、僕は無意識で君を求めているのかもしれない」
「でも、それは自分でもわからない」
「目が覚めたら忘れてしまう。それが夢というものなのかな?」
「少なくとも決して忘れられない夢というものがあるのも確かだよ」
「はい、お疲れ様でした!」
そう言ってヒカリはしめくくった。
疲れきったトオルとフミエはテーブルに突っ伏している。
「て、店長…よく平気ですね」
「ま、毎日…一人でやってんですか」
「そうだけど?」
まだまだ余裕がありそうなヒカリ。その細腕と華奢な身体のどこにそのパワーがつまっているのか二人には想像だに出来ない。
「「………」」
そんな二人にヒカリは説明を始める。
「店は午前11時から午後8時まで。汐さんは9時前、泉さんは10時前くらいには来てちょうだい。何か質問はある?」
「トオルでいいっす」
「あ、あたしもフミエで…」
「トオル君とフミエちゃんね。わかったわ」
「それと…」
「一応今日のところはバイトということにしとくけど、どうする?」
「あの、いきなり本採用してくれって言って雇ってもらえるんでしょうか?」
「ええ」
「それは危ないと思いますよ」
「大丈夫。これでも人を見る目はあるつもりよ」
そういって妙に自信ありげに微笑むヒカリ。
「それにその若さであんな小さい子を抱えて大変でしょ?」
「「へ?」」
二人が目を向けると昼間のテーブルでミチルがスヤスヤと寝息を立てていた。
「学生時代かしら? まだまだ理解されない世の中なのよね」
どうやらミチルを二人の子供と勘違いしているらしい。
「あ、あのちょっと…」
誤解を解こうと腰を上げかけたトオルを制するフミエ。
「なんだよ?」
フミエはトオルの耳に顔をよせる。
「とりあえず誤解したままにしておきましょうよ」
「なんで?」
「じゃ、あんた説明できる?」
「………できない」
確かに今の状況はよく説明できない。そもそも自分でも何をやっているのかよくわからない。
「下手すると誘拐犯かなにかと勘違いされるわよ」
「それはそうだが」
「それにこの人を巻き込んじゃうかも知れないじゃない」
「そうだな…」
二人の話が一段落したらしいことを見て取って続けるヒカリ。
「そうそう連絡先を聞いておかないとね。住所と電話番号を…」
「「あっ!」」
「…はぁ、家が無いと」
さすがに驚いた様子のヒカリ。
「まぁそうなります」
「…あははは」
しばし考え込むヒカリ。だが、委員長と呼ばれる女性はこの程度の事ではひるみもしなかった。
カウンターの隅の電話機を取るとどこかに電話する。尚、信じられないことにダイヤル式の電話機である。
「もしもし…あ、鈴原ですが…夜分申し訳ありません。実は折り入ってお願いが…」
「というわけで今日はうちに泊めてあげるわ」
ヒカリはきっぱりと言った。
「は?」
「知り合いの不動産屋さんに手ごろなアパートを見繕ってもらえるようお願いしておいたからすぐに見つかるわ」
「いや、でも、それは…」
「荷物はそれだけ?」
「あ、はい」
「じゃ、戸締まりの仕方を教えるわ。ちゃんと覚えてね」
「「はい」」
どうやらどうあがいても勝てそうにない相手だと判断した二人はおとなしく従った。
「ただいま、と」
そう言ってヒカリが入っていったのは店にほど近い一軒家だった。純和風の割と古い家である。
「亭主は仕事で何日かこもりっきりになるかもしれないって言ってたから遠慮しないで」
そう言うとヒカリはさっさっと家に上がる。
「失礼ですが御職業は?」
そうトオルに聞かれてしばし考え込むヒカリ。
「…うーん。一応軍人になるのかしら? うまく言えないわね」
「は、はあ」
「今、お風呂わかしてるわ」
そう言って戻ってきたヒカリは店とは違い髪を下ろして首の後ろで紐で留めていた。そこで初めてヒカリが美人だと気付く二人。
「はぁ〜」
「ちょっと何見とれてるのよ」
ヒカリがよそみした隙にすかさずトオルの脇を突くフミエ。
「ぐふっ」
「どうかした?」
ヒカリが尋ねる。
「い、いえ何でも…い、今のは効いたぞ」
「ざまぁみなさい」
小声で言い合う二人。よもや、ヒカリが全部お見通しとは気づきもしない。
(私ってどうもこの手の人達と縁があるわね)
ヒカリはにこにこと微笑みながらお茶を入れた。
「あ、すみません。トイレは?」
「ああ、そっちの廊下の突き当たりよ」
「どうも」
昔の民家らしく部屋を出ると真っ暗である。
「なんていうか新鮮だなぁ」
そんなことを呟きながら歩き出したトオルは何かにぶつかった。
「どわぁあぁっ!」
「…なんや?」
腰を抜かしたトオルを見下ろしているのは180cm強の長身の男性だ。みるからに筋骨隆々という身体をしている。
「ひぃっ!」
「ちょい待てや、人をお化けみたいに…」
「あれ帰ったの?」
襖を開けて顔を出したヒカリが言った。
「おう今帰ったわ」
「もう、帰ってくるなら帰ってくるって電話してよね」
そう言うとエプロンを取り立ち上がるヒカリ。
「しゃーないやろ、さっき帰ってええって言われたばっかなんやけん」
「そうなの? ま、いいわ。なにか作るわね。お腹空いてるでしょ」
「おうペコペコや、はやいとこ頼むで」
「はいはい。ところで…どうしてトオル君そんなところに座ってるの?」
「おう、そうやった。なんやヒカリの知り合いか?」
二人に見下ろされたトオルは何も言えずにいた。
しばし後、多分にヒカリの勘違いがまじった説明を聞き終えた男性が深く頷いた。
「ほうか…お前も苦労しとるの」
「は、はぁ」
「せやけど偉いで。逃げたりせんとちゃんと責任を取ろうとしとる。今時の軟弱な連中に爪の垢でも飲ましたらんとな」
「………」
「これからも大変やろうけど頑張れや。わいやヒカリも力貸すよって、なんかあったら遠慮せんと言えや」
トオルの肩に手をおくと男性はそうしめくくった。
「あ、ありがとうございます」
『な、なんていうかとってもお人好しな人たちね』
『な、なんだかひどく罪悪感に襲われるのは気のせいか?』
今時珍しいお人好し夫婦の見本を見せられてなぜか心が痛む二人であった。
「と、ところで失礼ですが」
「なんや?」
「お名前を…まだ」
「? …そういやそうやったな…鈴原トウジや、よろしゅうな」
ここで、ああやっぱりご主人なんだとやっと確認できた二人。ヒカリは男性が誰なのか一切説明せず、トウジはトウジでとっくに話はすんでいると思っていたためである。
ヒカリが料理を運んでくるとトウジは食事を始めた。量は非常に多く二人は最初自分たちの分もあるのかと思った程である。ちなみに四人は店で夕食を終えている。
「そういえば、鈴原…えーとトウジさんは軍人だとか言ってましたけど、戦自にお勤めなんですか?」
「もぐもが」
「子供じゃないんだから口に物を入れたまま喋るんじゃないの! …ここは第三新東京市だからね。ここには戦自はいないの」
「第三…あぁじゃあもしかしてあのネルフとかいう…」
「ああ、あのおっきなロボットの…」
「ま、そんな所やな」
かすかに苦笑して答えるトウジ。
「へえ」
「すごいんですね」
「そないなことはないけどな。ま、そんな話よりその坊主そろそろ寝かしたれや」
「え?」
見てみるとミチルが首をがっくりと垂れている。目はいつも閉じているので不明だが寝息から見て寝ているのだろう。
「あらあら、じゃお布団出さないと」
「あっ」
「その子はお母さんと一緒でいいわよね」
「お、お母さん…」
自分でこのまま誤解されたままにしておこうと言ったのだが、あらためて『お母さん』と呼ばれるとかなりのインパクトがある。
「はい、じゃ、トオルさん手伝って下さい」
「は、はい」
しばし後、それぞれの湯飲みでお茶を飲んでいるヒカリとトウジ。
「ねぇトウジ」
「つまらんことは言わんでもええ、わしでもそうしたやろうし、お前の人を見る目は確かやしの」
トウジがそう言うとヒカリは優しい表情を浮かべる。
「そうよね。だから、こんなにいい旦那さんを捕まえられたのよね」
「………」
赤くなったトウジを見てくすくすと笑うヒカリ。
「あいつらは?」
「いろいろあって疲れたみたいね。もうぐっすり寝てるわ」
「ほうか。…ま、うまくいけばええのぉ」
「そうね」
少し離れた部屋ではまったく血のつながりのない三人組が川の字になって眠っていた。
<和歌山県某山中>
ミーンミンミン
山道の途中に小さな茶店がある。
主人の老婆は久しぶりのお客を見て目を細めた。
「お若いの、ご旅行かい?」
「そんなところです」
若者はにこやかに微笑むと老婆の差し出すコップを受け取った。
よく冷えた麦茶で喉を潤すと周囲をじっくりと眺める。
「いいところだね。風も木々も何もかもがいい」
「都会じゃこうはいかないからねぇ。お客さんはどちらから?」
「そうそう、それで一つ聞きたいのだけれど」
「?」
「第三新東京市へ帰るにはどう行けばいいかわかりませんか?」
笑顔を崩すことなく渚カヲルは尋ねた。
それでもやっぱりチルドレンのお部屋 −その8−
カヲル「人生楽ありゃ苦もあるさ…歌はいいねリリ…」
(何やら喋っているが聞き飽きているので無視する一同)
トウジ「…なんで水戸黄門やねん?」
シンジ「今回のカヲル君日本中をあちこち回っているからじゃないかな?」
レイ 「単に道に迷っただけ」
トウジ「…方向音痴にも限度があるやろ」
アスカ「さすがは最後のシ者。侮れないわ。ところでシンジ」
シンジ「なにアスカ?」
アスカ「えとね(ぼそぼそ)」
シンジ「?」(耳を寄せる)
カヲル「水戸黄門というのはセカンドインパクト前から続いている時代劇の定番さ」
(突如、二人の間に顔を出す)
シンジ「うわっ!」
アスカ「いきなり顔を出すんじゃないわよ!」
カヲル「ふふふ、この印籠が目に入らないかってね」
(懐から三つ葉葵の紋が入った印籠を取り出す)
アスカ「…そんなもの入るわけないでしょ」(おもむろに発砲する)
パン!
赤い液体が一同の足元を染めていく。
レイ 「そう…もう駄目なのね」
シンジ「…カヲル君。アスカにそれはちょっと無理だと思うよ」
トウジ「…ちょっと言うのが遅かったんやないか?」
予告
第三新東京市で奇妙な共同生活を始めた三人
なにも知らないまま日々は過ぎていく
だが周囲では確実に事態は進行していた
諸国行脚中の渚カヲルの目的は何なのか?
まだ人々はそれを知らない
次回、新世界エヴァンゲリオン
この次もサービスしちゃうわよん