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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

15.散りゆく花々

15-2/2

「実家からでした」
「実家?」
 なんだ、と溝口は思ったが新見にとってはそうではないようだった。「仲悪いの?」
「悪いも悪い。僕は勘当されてるんです」
「勘当なんて言葉、久しぶりに聞いた」
 深刻にならない彼の口調に新見は幾分救われる思いがした。
 大したことはない、仲の悪い親子などいくらでもいる。自分だけが特別ではない。何度こう言い聞かせてきたことか。乗り越えたと思っていた傷なのに、たった一つの電話でそれが錯覚だったと思い知らされる。
 溝口の家に向かい、歩いている間も新見の心情は晴れなかった。そんな彼の姿を見て、溝口は、彼らの関係が思っているよりも深刻だと気づいた。もう電車は降りているのだから携帯で掛けなおしてもよいのに新見は一向に電話する様子がない。
「なにかあったかもしれないじゃない?」と溝口が言ったが新見は首を振った。
「だから尚更掛けにくい」
 新見は曇った表情のまま苦笑いを繰り返す。 
 家に着いて、溝口はスーツを脱いでTシャツに着替え、新見は上着とネクタイを外してソファーに腰を下ろした。早々に溝口は食事の準備を開始したが、新見はぼんやりと空を見つめたまま。心配して溝口が時折彼を振り返ると、誤魔化すようにテレビのスイッチを入れてチャンネルを変えていた。
「新見」と溝口は調理を中断して声を掛けた。落ち着きのない彼の前に座り、言い聞かせるように言ってやる。
「お前が実家でどういう経緯があったかは分からない。でも何年もかかってきていない所から電話がくるというのはよっぽどのことだ。強制はしないが、しないで後悔するよりして後悔するほうがよっぽどいいとは思わないか?」
 新見は溝口からそんな言葉をかけられるとは思っていなかったので目を丸くした。そして観念したように笑った。
「ご心配かけてすみません。電話します」
「うん」
 溝口は優しく笑うと、何事もなかったように調理を再開した。何かを炒めるような激しい音をBGMに新見はリダイヤルボタンを押す。
 手の平に汗を掻く。心拍数が上がり喉が渇く。
 なんてことだ。十年たつのに緊張している。
 しかし、新見の心情をよそに誰も電話に出なかった。それどころか留守電にもならない。
 新見は肩透かしを食らった気分になっていた。
 今実家にいるのは、十年前と変わりがないのであれば父と義母のはずだ。勘当は父に言い渡されたもので、彼の性格からすれば何があったとしても電話などしてくるわけがなかった。可能性があるとしたら義母である。彼女は家を出ていく自分を最後まで心配していた。実の母親以上に母親らしい女性で感謝してもしきれない恩がある。
「どうだった?」
 電話を終えたのを確認して溝口は新見に尋ね、彼は首を一つ振って返事をした。
「そうか。内容が分からないんじゃ色々考えても仕方ないよ。重要なことならきっとまた掛かってくるさ。さ、メシにしよう」
 溝口は努めて明るく言ってテーブルに着いた。新見も席に着く。目の前には湯気を立てている食事がある。今日は中華で、酢豚とスープ、春雨のサラダ。
「美味しそうだ」
 新見が微笑むと、溝口はその笑顔に眉を潜めた。そしてゆっくりと食事をする新見を眺める。いつも通りの綺麗な所作だが雰囲気が暗い。淡々と咀嚼を繰り返し、食事の時の会話は皆無に等しかった。溝口は新見の心情を察して何も言わなかったが、逆に当の本人である新見は食事を終えた段階で気づいたらしく、申し訳なさそうに頭を垂れた。
 二人でソファーに座りながら、ぼんやりとテレビを見て過ごす。新見は考えすぎて疲れたのか、始終溝口の肩に頭を乗せて動かなかった。終電の時間が近づいてきたので溝口が新見に視線を送ったが、彼は小さく微笑んだだけで結局立ち上がろうとはしなかった。
 十二時を回った時、新見が溝口の手に触れてきた。手持ち無沙汰というよりは縋るような気配があって溝口が視線を動かすと、不安定な瞳を抱えた男が目の前にいた。
「悪い想像ばかりしてると参ってしまうよ」
 溝口が頭を撫でると、新見が擦り寄ってくる。
「今日、泊まってもいいですか?一人になりたくなくて」
「終電が過ぎてるのに追い出したりはしないよ」
 微笑んだ溝口に向って新見は唇を寄せた。深く吸い付いて柔らかい口内を犯していく。
 溝口は素直に受け手に回った。新見の力は強い。肩を押されて押し倒され、見下ろしてくる男を見る。先日の酔いの回ったギラギラした視線ではない。何だか少年のような危うさがある。
「ベッド行こうか?」
 溝口が誘うと、新見は小さく微笑んで頬にキスをした。二人でもつれるように隣の部屋のダブルベットに倒れこむ。リビングの明かりが差して、新見の顔に影が出来ていた。彼はシャツを脱ぎ捨てると、溝口の服に手を掛ける。
 溝口は正直先程からうるさい心音に翻弄されていた。新見にTシャツをまくりあげられ脱がされた時には期待がピークに達していて、下半身が既に張り詰めている。
「今日は気絶しないでくださいね」
 新見は微笑んで溝口の乳首を吸い上げた。びりびりと痺れる快感で腰が自然と浮いてくる。
 ベッドに横になり、愛撫とキスの雨にうっとりしていたが、見れば欲情しているのは自分だけで新見の表情は明らかに固かった。
 そんな顔されてもなぁ。
 何だか熱が冷めてしまって、名残惜しかったが溝口は新見に提案した。
「やっぱり今日はやめようか」
「え?」
 新見は彼を見下ろしながら傷ついた顔をする。自分の愛撫が下手だと勘違いしていた。
「違うよ。お前、今日色々あっただろう?伊勢崎さんっていう人のことや久しぶりに実家から掛かってきた電話とか。そんな悩んでいるときにヤルことないなって思ってさ。悩むべきところでは時間をとって悩んでもいいと思うんだ。
いい機会だし」
「悩むのにいい機会って」
 新見は溝口を見下ろしながら苦笑した。彼とて溝口の主張は分からぬでもない。自分の最近の行動は作為的で、行動する時は必ず抜け道をつくり責任をかぶらないようにしてきた。それが結果的に危機を乗り越え評価されてきたが、逃げ道や抜け道が都合よく常にあるわけではない。特に、人間関係では。
 新見は一つ笑って息をつくと、溝口の上からおりて隣に座った。寝転がったまま見上げてくる彼は特に怒っているわけでも、自分に失望しているわけでもないようだった。
「なにもしない僕がここにいてもいいんですか?」
 そんな質問に溝口は目を丸くして笑った。
「いいに決まってる。お前勘違いしてるよ。俺はお前とヤりたくて一緒にいるんじゃない。好きだから一緒にいるんだよ。もっと仲良くなるんだろう?俺たちは」
「そうか」と新見は今更気がついたようというように呟いた。「セックスなしでも係長とは仲良くなれるんだ」
「そうだよ。おいまさかお前俺を便所代わりにでもしようと思ってたんじゃないだろうな」
 溝口が文句を言うと、新見は少し口をつぐんだ後に言う。
「なんていうか、係長の方がそのつもりだったんじゃないかと思って」
「は?」
「いや、あの時は僕の方が誘ったんですけど、てっきり快楽目当てで今日は僕と付き合ってくれているんだとばかり」
 その台詞に溝口は否定せずに肯定した。新見がやっぱりと顔をしかめると、慌てて取り繕う。
「違う違う。言い方を間違えた。友人として気が合うなって思ってるだけだよ。ただ、プラスアルファでセックスもできる相手だったら尚いいじゃないか」
「ふぅーん」
 座った目つきで新見に見られ、溝口は頭をかきながら身体を起こした。なんだか自分の評価が急落してないか?
「なんだよその顔。俺ばかり責めてるけど、お前だってそうだろ。伊勢崎さんっていう本命がいるのに俺とセックスしてる。罪悪感は?」
 新見は突然伊勢崎の名前が出てきたので動揺してしまった。それが表情に出たらしく、溝口は得意げに笑う。
「なにどーした。やっぱり喧嘩中か?」
「喧嘩というか」と新見は観念して昨日の話をした。夕べ溝口の家を出てから偶然にも伊勢崎に会ったこと。相手が女性連れだったこと。彼が風呂上りだった自分に怒鳴りつけてきたこと。
「うへぇ。修羅場」
 溝口は事情を聞いてうんざりした顔をした。この表情を見る限り何回も経験があるのだろう。
逆に新見にしてみれば、そんな状況は初めてだった。なにせ今まではうまく立ち回れたから。
「それにしても相手も相手だな。その人ってお水系かなにか?」
 仕事で女性を相手にしていると新見がぼかしたので、溝口はそう判断したらしい。わざわざ本当のことを言う必要もないので曖昧に肯定しておく。
「そうか。じゃあ、アフターとか言ってお客さんとそういう関係になる可能性もあるわけだろ?それに嫉妬したわけ、お前」
「違いますよ。僕は彼がそういうお仕事をしているって知っているので、びっくりはしましたけど特にそれで怒ったわけじゃなくて。ただ、自分がそういう仕事をしているのを棚に上げて僕の行為を責めたり、俺の気持ちなんて分かるわけないみたいなことを一方的に言われたので腹が立って」
「あー、はいはい。喧嘩は喧嘩でも、ただの痴話喧嘩ね」
 溝口がやれやれとふて腐れたように新見に背中を向けた。
「痴話喧嘩って、僕とあの人はまだそんな特別な関係じゃないですよ」
「嘘つけ。そうは聞こえない」
 溝口は唇を尖らせながら文句を言い、新見はその態度が可笑しくて笑った。なんだか拗ねているようにも見えたから。
 向こう側を向いている溝口の頬にキスをする。
「身体の進展を言えば、係長とが一番深いんです。あの人とはじゃれ合い程度の関係にしかなってませんから。だから拗ねないでください」
「誰がだよっ」
 溝口が赤い顔をしたまま文句を言うと、新見が覆いかぶさってきた。仰向けに転がされて口中の舌を絡められると、鎮火したはずの欲望がもたげてくる。
「ちょい、ちょい待った」
 胸を押して新見を止めると、不思議そうに小首を傾げた顔が目の前にある。「なに?」
「なにって、お前気持ちの切り替え早すぎ」
 動揺した声に新見は微笑むと、少し視線を遠くに向けて独り言のように言う。
「係長のような嫉妬の仕方だと愛しさ倍増なんですがね」
 新見の焦点はここにはいない男へ向いていた。
 溝口の胸の中で何かが爆ぜいた。新見の頬を両手で挟むと自らキスを仕掛ける。驚いたように引いた顔を押さえ強引に舌を絡ませると、新見は混乱し、唇を引き離してきた。「どうしたんです、急に」
「分かったんだ」
「なにが?」
「これが嫉妬だ」
 溝口は再びキスをした。舌を絡ませながら、新見の乳首を指で揉んだ。
「ぁ、」
 新見は両手をついて溝口に跨りながら喘いだ。溝口の指は円を描くように胸を刺激してゆく。
「ん、ぁあ、いぃ」
 切なく眉を寄せる顔を見て溝口は興奮していた。新見の腰から尻のラインをなぞり、自然と指が尻の割れ目に向っていく。
 飛び跳ねる、とはまさにこのことで、新見は瞬間的に身体を溝口から離した。自分でも驚くほどドスのきいた声が口から出る。
「どこ触ってんですか」
 溝口はその声の質に驚いたが、あえて飄々とした態度をとり続けた。
「いいじゃない。お前にやられてから勝手が分かったから極楽につれてってやるよ」
 呆気らかんと言った台詞に新見は顔色を変えた。咄嗟に身体を反転して逃げの体勢に入ると、溝口は彼を押さえにかかる。右足首をつかまれ新見は動揺した。
「嫌です、離して下さい」
「なんだ、こういうプレイが好きなのか?」
「違います!」
「だったら抵抗するなよ。アナルセックスは気持ちいいよ。お前が教えてくれたんじゃないか」
 足首をベッドに押さえつけて逃げる体勢の新見の尻を舐めると、抵抗するように筋肉が締まった。
「なぁ、もう観念して力抜いてくれよ。これじゃセックスじゃなくて格闘技だぞ」
 溝口が一向に力を抜く気配がない新見に向って苦笑すると、彼は首を傾けて「そちらこそ離して下さいよ」と眉を吊り上げて言う。
 片足を押さえつける力を緩めるとすぐに逃げられそうだったので、溝口はそのままの体勢で太ももの裏にキスをした。びく、と震えが伝わり、尻との境目を確かめるように舐めあげる。割れ目は固く、一向に筋肉が緩む気配がないのでその閉じた隙間を上下に撫で上げ続けた。
「ぁあっ、も、もう、」
 しばらくたつと新見はシーツを掴んだまま小さく震え始めた。女性とは違う固い筋肉が徐々に弛緩していく。緩んだ尻の隙間に舌をねじ込むと「ぁ、っ」と快感に震えた声を上げた。溝口は正直新見の下半身が苦手だったので視線を合わせたくなかったのだが、股の隙間から見えた一物は大きく膨らんで先がてらてらと濡れていた。
「なんだ、感じてるんじゃないか」
 本気で嫌がられているのかと思ったので溝口がほっとして言うと、新見は震えた声で言った。
「お願い、もうやめて。だって父さんが」
「え?」
 聞き間違えかと溝口が動きをとめると、新見の動きもぎくりと止まった。彼は目を見開いてリビングの方を見つめていた。一体何を見てるんだと溝口がぞっとすると、携帯が鳴った。
 突然の電子音に驚いて足首を放すと、新見が逃げるようにリビングに走っていった。慌てた様子で上着から電話をとる。
「もしもし?もしもし?」とそこまで言って彼は絶句した。「え?」
 溝口はリビングから目を離せなかった。淀んだ空気が大きく揺れて、

 確かになにかが、消えた。

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