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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

19.絶対の力関係

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「ウソツキ」
 伊勢崎は部屋で膝を抱えていじけていた。その鬱陶しい態度を見ながらため息をついたのは川村で、面倒くさげに頭を掻く。
「んな落ち込まないでよ。確かにあの時はそう言ってたんだって」
 目の前で膝を抱えられた原因は明白で、川村が先日新見に告げられたことを伝えたばかりにこういう事態になっていた。つまりは、新見は伊勢崎を嫌ったわけではない。あとで電話すると言っていたという明るい話題を酒の席でしたのがいけなかった。あの日、伊勢崎は元同僚と深刻な話をしていたらしく精神的にかなり落ち込んでいた。川村なりに彼を慰めようと新見のことを話すと、伊勢崎は大層喜び、差し入れたビールを嬉しそうに飲み干していた。毎日毎日そわそわとしていて、川村自身いいことをしたと思っていたのだが。
「じゃあ何で電話がこないんだ?お前が要らんことを言ったせいじゃないのか?」
 挙句の果てにこちらに難癖をつけてくる始末である。これには川村は頭に来て「あーそーそういうこと言うんだ?」と腰に手を当てて鼻を鳴らした。
「大体イセさんが新見さんを怒らすようなことを言ったのが原因でしょうが。何で俺が怒られなくちゃなんねーの。もうしらん。勝手に落ち込め、ワガママじじい」
「なにぃ。まだ四十代の俺をジジイってどういうことだよッ。このガキが」
 伊勢崎は丸めていた背中を伸ばして立ち上がると、頭二つ以上低い川村を睨み付けた。
「ジジイをジジイつって何が悪いよ?アンタ自分の立場分かってんの?前にも言ったよね?アンタとあの人じゃ月とスッポンだって!あの人、会社の知り合いだってスゲーイイ男なんだよ。イケメンの友人にはイケメンしか集まんないんだって!だから諦め・・・て」
 川村が張りのある胸板に向かって怒鳴りつけていると、段々と伊勢崎の覇気が失われていくのに気づいた。アレ、俺地雷踏んだか?と嫌な予感をしていると、憂鬱そうなオーラを放ちながら伊勢崎が聞いてくる。
「・・・イケメンと一緒だったって?」
「あ、うん、た、たしか新見さんは係長とか言ってた・・・かな」
 まだ伏兵が、と伊勢崎は口の中でぼそぼそと呟いて、よろめきながら再び畳の上に座り込んだ。項垂れた大男を前に川村は頭を掻く。また振り出しに戻ってしまったようだ。
「ああっ、もう、鬱陶しいな!そんなに気になるなら電話すればいいじゃん。イセさんが掛けれないなら俺が掛けてやるよ。だから元気出しなって!」
 川村自身、年上の男相手に何やってんだと思うのだが、普段元気なオヤジが落ち込んでいるとどうも調子が狂っていけない。
 畳の上に転がっている伊勢崎の携帯を手に取ると、勝手にアドレス帳を漁る。新見という文字を見つけて通話ボタンを押す時に一瞬躊躇したが、ここまで来たらやるしかないと腹を括る。
 何回かのコール音を聞いているときに、ようやく伊勢崎が顔を上げて川村を見た。
「おい、本当に掛けるヤツがあるか!」
 まさか本当に川村が電話を掛けていると思わなかった伊勢崎は慌てて彼から電話を奪おうと飛び掛った。体格差がある男から飛び掛られた川村は押しつぶされないように逃げ回る。あまりにも必死の形相の伊勢崎から逃げ回っている間、どうやら別の番号も押してしまっていたらしい。伊勢崎が電話を取り返した丁度その時、耳には甘ったるい女性の声が響いていた。
「お電話ありがとうございます。深洋リネンお客様センター、担当坂東でございます」

 その時坂東ユリカの耳に届いたのは、男のぜいぜいと息を切らした声で、しかもそれは一人分ではなく明らかに二人分であり、ユリカは全身に鳥肌が立った。家に稀に掛かってくるイタズラ電話に似ていたのでさっさと電話を切りたいのは山々だが、今は職場であり、相手はお客様である可能性もあり無下にも出来ない。かといって代わってもらえる様な同僚は今は昼食時間で不在であり、電話番である自分しかこの部屋にはいなかった。
 内心嫌だなぁと思いながらも、ぜいぜい息を切らしている相手に問う。
「こちら深洋リネンでございますが?ご用件は何でしょうか?」
 相手が変態かも、という先入観がある為にユリカの声には少し棘があった。しかし相手はそんなことを気にしていないようで、ぼそぼそと二人で何か言い合っているようである。
「あの、ご用件がないようでしたら、失礼ながら切らせていただきます」
 さっさと切ってしまおう、と思い、ユリカがそう言うと、慌てて男の一人が「あのッ、新見さんをお願いします!」と言い出した。
 え、とユリカは手を止める。新見という苗字は一人しかいない。思わぬ名前が出てきてユリカは耳を澄ました。電話の向こうでは「ば、何言ってんだよ」と別の男の慌てた声がし、「今更何を怖気づいてんの」と若い男の声がした。
 うわ、なに、なに。なによぉ。
 ユリカは途端に興味が出て身を乗り出し、鼻息を荒くした。課長と出来ていると思われていた新見が、最近は溝口に乗り換えたと思ったら今度は別の男の存在ぃ?
 わくわくする気持ちを抑えながら冷静にユリカは相手に尋ねた。「あの、営業の新見でしょうか?」
 すると、若い男の方が「そう、そうです!」と急き切ったように言う。どうやらもう一人の男を押しのけて言っている様な雰囲気がある。新見に気があるのはもう一人の男の方で、今話している若者は代理であるようだ。
「えー、新見でございますね。失礼ですが?」
 とりあえず名前を聞こう。とユリカがニヤニヤしながらペンを握ると、若者の声で「はい?」と聞き返してきた。
「失礼ですが、どちら様で、」
「あ、ああ。すみません。えーと、どうしようかな。あの、俺は川村っていうんですけど」
 お前の名前を聞いてんじゃないよ!とユリカは内心突っ込みを入れたかったのだが、まさかもう一人の方の名前は、と聞けようはずもない。
「畏まりました。川村さまでございますね。只今営業課におつなぎ致しますのでお待ちくださいませ」
 さぁてどうしよう。とユリカは電話を保留にして思案した。周りをぐるりと見回して誰もいないことを確認すると、自分の携帯を取り出して経理課の菅野に電話を掛ける。丁度昼時だから秘書課の坂下と一緒に昼ごはんを食べているはずだ。今日はアカシヤで食べるとか言ってったっけ。
「はいはーい。どうしたの?あんた今日電話番でしょうが」
 三回のコール音の後に菅野の間延びした声が返ってきて、ユリカは興奮した声を上げた。
「聞いて!聞いて!」
「なに、なに、どうした?」
「新見くん相手に男から今電話来てるの!」
「は?ちょっと、もう少し分かりやすく!」
「だから!課長のライバル!絶対!どうしよう?どうしたらいい?」
 電話の向こうで菅野が坂下と何かごちゃごちゃ言ってるのを聞いてユリカは焦った。詳しく説明している暇はない。
「ねぇ!今日新見くんって営業行ってるよね?今営業課に繋ぐと課長が出ちゃうんだって!どうしよう!」
「どうしようも何も繋ぐしかないじゃないの!いやぁん、私たちどうして今こんなところにいるのかしら!ちょっとユリカ!アンタ電話番なんてどうでもいいからちょっと営業課行って偵察しなさいよ!」
「そんなことできないよぉ!あ、そうだ!今日溝口くんは?企画課にいたっけ?」
「いる!いるわ!あの男、いっつも昼ごはん食べないから。電話繋いだ後に急いで溝口くんに電話して様子窺うように言いなさい!アイツも新見くんと親しいんだから言うこと聞いてくれるはずよ!」
「分かったッ!後で報告するね!」
「おう!待ってる!巧くやれっ!」
「ハイよ!」とユリカは勢いよく携帯を切ると、一つ深呼吸をして営業課に電話を繋いだのだった。

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