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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

6.いつかの景色

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そして、また興奮する。身体の刺激が安藤のものである錯覚。
「よかっ・・・った、安藤・・・ぅン」
 彼の竿はまた勢いを取り戻す。それを見て新見は少なからず腹が立った。結局自分に興奮などしていないのだ。深町の頭の中には安藤しかない。そう、お膳立てしたのは彼自身だったが、男として、プライドが許さなかった。
 蕾は十分ほぐれ、竿からは先走りで濡れていた。新見はゆっくりと舌を抜くと、今度は指をそこにあてがう。深町は新見の増える指をずぶずぶと飲み込んでゆく。結局三本入った所で中をかき回す。
「あ、あっ、あああぁ」
 深町は低い、艶のある声を漏らした。女とは違うが十分に甘い。
「安藤、安藤っ、どうしたらいい・・・ん」
「どうして欲しいんだよ、俺に」
 電話の向こうの声は低い。煽っているとしか思えなかったが、新見には少々不気味だった。底辺で、少し怒りがあるように感じたのは気のせいか。
「切らないで、切らないでくれ。安藤」
 深町も察知したらしい。声がまた必死になった。しかし先ほどのように萎えやしない。それは破裂しそうなほど興奮し、新見の指を包み込む膜は火傷するほど熱かった。
「おい。我慢しろ、それくらい」
「でも、でも・・・もう、私はっ」
 深町は知らず知らずのうちに尻を動かし、蕾を窄めた。その煽りを受けて新見はファスナーを下ろして自分のものを引き出す。深町に負けず劣らず勃ち上がっていた。
「どうした、どうしてほしい」
 安藤の声。まるで新見の動きを見ているようだった。タイミングを計ってくれと、彼に言わんばかり。それにまた腹が立った新見だったが、どういうわけか彼は安藤の意思に従っていた。
「そんなこと、言えるわけっ・・・あ、」
新見は先端だけそっと深町の蕾に入れた。新見のそれも少し濡れていて、深町のものも十分にほぐされていた。ぴくぴく動く蕾はまるで誘うよう。焦らされて、焦らされた深町は声を上げる。「あ、安藤っ、」
「どうした?」と安藤が言ったと同時に、新見はぐいっと腰を進めた。
「ああぁああっ」
 低い悲鳴。
 深町の奥は指で探った時より数倍熱く感じた。女以上に締め付けてくるこの快感。新見は激しく奥に打ち付けた。
「あ、あっ、あっ、ああああっ・・・んぅっ」
 深町は自ら腰を振った。もう待ちきれなかった。ようやく咥えられた太くて熱い肉棒。もっと奥に奥に飲み込みこんで、早く高みに上り詰めたい、そんな快感の焦燥感。
「安藤、安藤っ。あ・・・ン、ああぁ」
 攻めてくる、安藤が、安藤が自分の中に入っていい所を突いて、突いて、突いてくる。
「もっと、もっと酷くしてくれ、安藤っ。あ、あああ、いいッ、感じる、感じる、安藤っ」
「どうした深町?下品な声を上げるじゃないか」
 安藤の声だけ冷静だった。冷静な声と激しい快感、このギャップで深町は更に興奮した。
「だって、すごいんだ、すごぃ・・・んっ、安藤っ、俺は、俺はっ・・・ぅン」
 新見は打ち付けるスピードを上げた。彼自身、欲情に流されていた。深町が自分を感じてないのは百も承知。そんなことはどうでもよかった。彼は彼で初めて男を抱いて、その快感に溺れていた。彼には限界が近づいてきていた。深町も同様。
「どうしよう、イッてしまう、イッてしまうっ、どうしたらいいっ・・・ン、安藤っ・・・」
 低くて甘い声が響く。品のある男の唇から出るそれは、滅多に聞けない甘美な響きがあった。
しかし、そんな男に対して冷たい声。
「勝手にしろ」
 その声にショックを受けて、逆に深町の快感が頂点に近づく。
「あっ、あ、安藤っ、待ってくれっ。今っ、今っ、もう少しっ。あ、あっ、・・・助けて、切らないでくれっ・・・安藤っ」
 蕾が急に締り、新見は「うっ」と詰まったような声を上げた。目の前が真っ白になり、ビクビクとそれは痙攣して、深町の奥に注ぎ込まれる。
「安藤っ、安藤ぉ・・・」
 深町がイッたのもほぼ同時だった。精液は布団と、彼自身の腹を汚した。
「安藤、好きだ。お前を愛してる、愛してるんだ安藤。どうしようもなく」
 沈黙が返って来た。物音一つ聞こえなかった。深町はすっと意識を失った。
 新見はそんな深町を見ながら自分自身を抜いた。どろりと深町の穴から液が溢れてきたので慌てて処理をする。己と深町の精液を丁寧にふき取ると、のろのろと携帯を手に取った。切れてはいなかった。
「新見か?」
 安藤の相変わらずの声が響いた。実に冷静だった。しっとり湿った低い声。
「すみません」と一応謝る。
「まあ許してやるさ・・・感想は?」
「・・・最悪です」
 新見は身体を傾けると、意識を失った深町の腕の拘束を解いた。
「随分よさそうだったが?」
新見は自分の額にかいた汗を拭う。深町を抱いたのは安藤自身だった。新見はただの張り型。しかしそんな彼を慰めるように、「いい仕事だったよ」と安藤は言う。
「そりゃどうも」
新見は眉をへの字に曲げた。結局この男の計画の範疇から抜け出すことができなかったわけである。電話を使ったのも、彼に一泡ふかすためだったのに、テレホンセックスへと誘導されてしまった。
「結局あなたは何がしたかったんですか」
新見はずっと疑問だったことを口にする。背中の刺青の件も、安藤は知っていたフシがあるし、深町が安藤自身に恋愛感情があることも知っている。目的はテレホンセックス?そんなばかな。
「なあに、深町に休んで欲しかったのさ」
 安藤の声が随分優しくなったような気がした。
「君が深町を抱く結果になろうがなるまいが、本当はどうでもよかった。ただ、俺はあいつに休んで欲しかった。それだけだ」
深町の目を覆っていたネクタイを解きながら、新見はその声を聞いていた。意識を失って眠りの底に落ちている深町はずいぶんと安らかに幸せそうに見えた。
「あいつは元来ああいう性癖ではなかったはずなんだ。この世界に入ってから、そのスジの人間の相手をしてきて変わったのさ。俺が刺青のことを知っているのは、あいつの上にあたる男から聞いたからでね。実際に見たことはない、これは本当だ。だからこそ、今日接待があると言った君に確かめさせた。そして結果、刺青は言った内容に合っているらしい。つまり、噂を流している人間っていうのは、深町を抱きました、と暗に言っているわけだ」
 新見は段々段々声が低くなっていく安藤が怖かった。温度が先程より下がったような錯覚を覚える。今までの電話のそれより威圧的だった。気づいているのか彼本人は。その声の、怒りの原因に。
「生きているのはどうやらその男だけみたいだから、これ以上深町の噂は広がらない」
 真の目的はそれだったのか。深町を辱めて公言している人間を確かめる。
 そして。
「なに、するつもりです?」
 新見の声は震えた。電話越しからでも安藤の殺気を感じる。
 彼は笑った。
「安心しろ。どうとでもなる人間には手は下さない。利巧でいる限りはな」
「それはどうも」新見はどっとかいた冷や汗を拭うと、隣の深町を見た。
 きっと深町はこの安藤のたくらみに気づいていないだろう。もし、その噂を流している人間がどうにかなったら彼は気づくだろうか。それも疑問だった。深町は安藤がそこまでの感情を抱いていることなど知らないだろう。片思いのように思っているみたいだから。
「結局、あなたは深町さんが好きなんですね」
 呆れながら新見が言うと、安藤はしばし絶句したらしかったが、楽しそうに笑い出した。
「ああ好きだね。愛してるよ。世界中で誰よりも。・・・これで満足か?」
「馬鹿にしないでください」
「おや、気に入らないか?ではこれでどうだ。
『あいつを殺したいくらい愛してる。この感情であいつの首をじわりじわりと締め付けるのが快感だ』」
 今度は新見が絶句する番だった。そんな彼を弾圧するように安藤は続けた。
「分からんだろう。分かってたまるか。俺とあいつは愛情と狂気の狭間に立っている。崩壊すればどうなるか分からない。あいつが俺を殺すかもしれないし、その逆も有りうる。深町という男は昔から俺の言いなりだ。俺はあいつが俺に惚れているのを利用して、調子に乗っているだけなのさ」
「それと狂気とどう関係があるんです」
「分からないか?ビジネスとプライベートでの感情が別けられてない分、一定のストレスを常に溜め込んでいるということだ。それが爆発すれば狂気に走る。殺したくなる。愛しくて愛しくて」
 ぞっとする。そんな激しい愛はごめんだった。「勘弁してください」
「分からなくていいのさ。この愛情は消耗する。健全な人間のすることじゃない」
 安藤は少し笑って、ため息をついたらしかった。「少し喋りすぎたな。・・・もう三時か」
 新見は耳を澄ます。随分と静まり返っている。深町の寝息だけが聞こえた。
「これからどうするんです?」
「どうもしない。寝るさ」
 安藤はあっさりしたものだった。
 これでこの男とも深町とも関係が終わるのかと思うと新見はせいせいした。気が抜けたせいで欠伸が出る。
「では私も帰るとしますよ。もうくたくたです」
「帰るだって?」
「ええ、実は明日も出勤でしてね。無常な会社なんですよ」
 明日は時差出勤や休みになったという話は上條から聞いていない。つまり、いつも通りの出勤なのだ。遅れれば遅れるだけ上條の餌食になる。
「何時出勤だ?」
「九時です。まあ一眠りはできますよ」
 新見は身支度を整えた。皺だらけになった伊勢崎のネクタイを締める。
「どうせならゆっくりしていけばいいだろうに。枕は二つあるんだろう」
「どのツラ下げて深町さんにあえばいいんです」新見は困ったように言った。正直照れくさいし、罪悪感がある。いや、上司になんてことをしてしまったのかと今は多少混乱気味。
「あなたがここに来て隣に寝てはどうですか?きっと深町さんは夢か現実か混乱しますよ」
 そうなれば深町にとっては幸せじゃないだろうか。別の男に抱かれたという現実を見るより、安藤に抱かれたと幻を見せた方が。
「よせよ。今俺が行ったらきっと殺すぞ。あいつをやり殺して終わる」
 深町のタガが外れた濡れ場だ、俺もおかしくなるだろうさ、と安藤は言った。
 新見はそうかもしれないな、と少し笑った。
 自分たちの欲望以上の力がこの部屋では働いていたはずだ。例えば、焚いていた香。
自嘲気味に新見は笑うと、髪を整え、深町を一瞥した。
 布団の中で眠る彼は、静かだった。先ほどの狂ったような悶え方をした気配はまるでない。この人はまだ純粋な人なんじゃないか。新見はそっと寝室の襖を閉めた。

 外はまだうす暗かったが、十分に蒸し暑かった。こんな夜明け前に歩くことなど滅多にない。新見は深呼吸を一つすると、歩き出した。
初めて男を抱いても別に何も変わらなかったが、深町にとってはどうなのだろうか。彼は実際安藤とああなったのは初めてだろう。彼にとっての夜明けは別の種類のものに感じるのだろうか。
いつか、もしあの二人がもし今より進展したら、今日のことも話題に上るのだろうか。
    *
「一つだけいいか?」と、新見が部屋から出る時、ふいに安藤が聞いてきた。
「君は一体、あの時誰を抱いていたんだ?」
 新見はその質問を答えるのに、淀みはなかった。
 抱いた相手はただ一人。
「・・・もちろん、深町さんですよ」

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