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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。

8.強い絆

8-2/2

 ろまん亭という名のその店は、照明が少々薄暗い店内だった。
「いらっしゃいませー」と景気のよい声で迎えられる。案内されたのはボックス席で、山川が言った通り、入口に布が掛けられて、通行者の視線をさえぎっている。掘りごたつ形式で、靴を脱ぎ、向かい合わせに座る。
「面白いところですね」
 温かいおしぼりで手を拭きながら、向かいに座る山川に笑いかけると、照れたような笑みが返された。
 それからは他愛もない話。経理の仕事や、自分の考えなど、新人らしい言葉を聞きながら、新見は創作料理を楽しんだ。味はともかく値段が安い。人気なのも頷けるな、と納得しながら酒も進む。
 一つ気になったことは、山川が携帯ばかり気にしているところだった。酒を飲まないといったのは下戸だからだと勝手に思っていたが、そうではない気がしてきた。
「なにか約束でも?」
 あまりにもちらちら視線が動くので、新見がたまらなくなって言うと、山川は動揺したように「いえ、別に」と携帯をポケットにしまった。
「そうですか?」と納得した振りをしたものの新見は気になる。
「用事があるようならもう店出ますか?」
 畳み掛けると、「え、いや、俺もっといたいんですけど」と妙な言い分。
 用事があるならこんな食事会などお開きにすればいいことだ。それともこの店に何かあるのか?
 少し考えてようやく気づく。彼は菅野を待っているのだ。経理のゴタゴタが終わって、自分との約束事がどうなったかの電話がくるのを待っているのだ。
 新見は納得したと同時に少しつまらなくなった。テーブルに頬杖をついて山川を見る。
「そこまで義理立てしなくてもいいと思いますが」
「えっ」と山川は新見を見返す。
「菅野さんを待ったって当分来ませんよ。常務の話は長いでしょうし、内容が決算収支のことだったら尚更です。明日以降の仕事の進め方も話合うでしょうし、一、二時間で済むとは思えません」
「そうでしょうか」
「そうですよ。あと、私をその為に引き止めているんでしたらもう帰らせてもらいます。来ない人を待つほどお人よしではありませんので」
 新見が立ち上がると、山川も慌てて立ち上がる。そして新見に頭を下げた。
 分かってくれればいいですよ、と新見が言うと、「本当にすみません」と畏まったように何度も謝る。謝りすぎだろうと不審に思ったところでテーブルに二万円が置かれた。
「俺、やっぱり仕事が気になるんでこれから社に戻ります。何かいっぱいご迷惑をお掛けしてすみません!」
 目の前のお金の意味が全く分からなく新見が首を傾げると、山川は逃げるようにボックスから出て行ってしまった。
 一体どういうことだろう。
 新見はすとんと又座りなおした。新見は山川と一緒に店を出て解散する予定だったのだが、置いていかれたばかりでなく、飲食の金額にしては多すぎるこの現金に戸惑った。
 何か手切れ金みたいではないか、と新見はそんな感想を振り払った。振られたような気分になりながら、さてどうしようかなと再び腰をあげる。どちらにせよ、一人で楽しい店ではない。
 会計に立って料金を払うと、一万円でも多いくらいだった。
「すみません、山川で領収書いただけますか?」
 後日料金を返すつもりでとりあえず領収書を貰う。何だか自嘲してしまう。振り回されたな、あの二人に。
 外に出ると、日が落ちて間もない。日中の熱気がまだ残って生ぬるい風が吹いている。
 なんだか妙に人恋しくなってくる。予定が急にぽっかり空いたからだろうか。
 新見は携帯を見ながら、無意識のうちに履歴を調べる。そういえば伊勢崎からの連絡が最近ない。自宅の食事会の失態を悔いているのだろうか。それとも自分のことに興味がなくなったか。
 この日新見は少し酔っている自覚があった。だから普段ならしないことをしてみようと思った。
 深町との接待を機に、新見は伊勢崎の番号を登録した。もう二度と取り間違えないように。
 通話のボタンを一度押す。コール音。
 理由もなく電話を掛けるなんて今までしたことなかったな、とぼんやり思いながら、長々としたコール音を聞く。
 すんなり出た試しがないな、と呆れながらも今日は気分がよく、BGMがてら耳に当てている。
 電車の最寄り駅まで歩く間、ずっとコール音を聞いていた。携帯が段々熱くなって、もう電話切るように促しているようだ。
 やっぱりでないか、と新見は諦める。伊勢崎は声を聞きたい時に限ってすんなり繋がらない。きっとモデルじゃないほうの商売中なのだろう。女性と一緒の時に電話に出るほど馬鹿ではないだろうから。いや、それだったら電源を切っておきそうなものだが。
 新見は先ほどから伊勢崎のことばかり考えている自分に苦笑しながら、電車に乗った。つり革につかまって規則的な振動に揺られながら、ますます伊勢崎のことしか考えられなくなる。
 最初に出会った時の彼の肌。大きく勃起した雄。手で扱かれた時の快感。
 ぶるっと思わず震える。
 マズイ。新見は酔った頭で自分を嗜めた。こんなところで興奮している場合ではない。そっと下半身を伺うと、スーツの上着のおかげでそれほど目立ってない。
 これではただの変態だな、と思いながら冷静に外に目を向ける。暗闇の中、自分の顔が反射して映し出される。目がとろんとして夢見心地。
整った顔だと自分でも思うが、何百回も鏡で見てるし、少々飽きがきている。そんな顔を見ていたら段々気持ちが冷めてきた。
 電車を降りるころにはほとんど酔いも抜けて、いつも通り冷静な足取りで帰路につく。
 マンションのカード型の鍵をスロットに差し込んでドアを開ける。真っ暗な部屋に入り電気をつける。
 ソファーにテレビ、ベッドがあるワンルーム。大して物がないから広く見える。まるで今の自分のようにがらんとしている。
 新見は冷蔵庫からビールを取り出し、その場で煽る。そして乱暴に手で口元を拭うと、ソファーにそのまま座った。
 しん、とした部屋。時折、冷蔵庫のモーター音が響いている。
 目を閉じれば。伊勢崎の肌の熱さを思い出す。
 新見はサイドテーブルにビールの缶を置いて、スーツの上着を脱ぐ。自分の下半身のものは熱くなっている自覚がある。そっと触れ、取り出してみる。隆々と勃ち上がったそれに触れる。
 熱い。
 新見は目を閉じたまま、ゆっくり扱きだす。
 瞼の裏の伊勢崎は、あのホテルで会った時のように凛々しく、猛々しい。
 あの大きな口が咥えて、飲み込んで、舐めてくれた。
 新見は先走りが出てきた自分のものに触りながら、その液を潤滑剤として更に強く扱いていく。
「ぅ、、ん・・・」
 自分の声が甘く耳に届く。
 あの時の伊勢崎が見上げた目。充血して興奮した目で見上げながら、頬張って、おいしそうに舐めあげる。
「あ、アッ・・・」
 はあっはあっと上がってくる息に苦しくなる。その苦しさがまた快感へ繋がる。もう少しもう少しで、と駆け上がる快感に従いながら、ぬらぬらとした自分自身を扱き続ける。
 絶頂へと近づいた時、携帯が鳴る。右手で扱きながら、ソファーの背もたれに掛けた上着から携帯を取る。目を開けてディスプレイを見た時に、新見は息を切らせながら「遅いよ、もう」と呟いた。
 手の中の携帯は単調なコールを鳴らしながら、バイブレーションしている。
 新見はそっとその携帯を自分のものにあてがう。突然の振動に目の前がスパークした。
 急速にせりあがってくる止められない快感に身を任せ、何度も何度も射精した。
 瞼の裏には、自分の精液で顔をべたべたにした逞しい伊勢崎の顔が見えた。

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