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以下の小説にはBL・やおい・耽美と呼ばれる表現が含まれています。
翌日も俺は憂鬱でした。
悶々としながら時間が過ぎ、俺はいつも通り窓の方を向いて頬杖をついたり、机に突っ伏して昼寝をしながら授業を受けました。隣席の男鹿は明らかに俺の方を気にしていました。見なくても分かります。要するに、見る必要もないくらい俺の神経は男鹿に集中していました。
放課後まで何とかやり過ごして、俺は下校前にトイレに寄りました。ようやく男鹿を気にしなくて済むとほっとして気が緩んだのでしょうか。急に尿意に襲われまして。
俺は教室近くのトイレに入ると、早速放尿を開始しました。油断してました。入る前に周りを確認すべきでした。
すっと横に誰かが立ち、俺の右側に影が差しました。ここのトイレは小便器が四つあって俺はいつも一番奥が定位置でした。普通後から来る人間というのは心理的に一個飛ばしか二個飛ばしぐらいで利用するものです。いったいどんなヤツがわざわざ自分の隣に陣取るのかとちらりと視線を走らせた時に、俺のションベンは一瞬止まりました。
男鹿です。
俺はあまりのことに動揺し、さっさと立ち去りたかったのですが、如何せん一日分の尿というのはそう簡単にとまるはずもなく、俺の心理を無視してまたジョロジョロと放尿を続け始めました。
「退路を断つ真似しやがって」
俺が男鹿に文句を言うと、彼は笑みを浮かべながら「こうでもしないと話してくれそうもなかったから」と言いました。
「なあ獅子原、悪かった。許してくれ」
俺は彼の真剣な声を聞きながらも神経は自分のちんぽに向いていました。もういい加減止まってくれ。
「お前の気持ちも考えず急ぎすぎたよ。何か、お前ってそっぽ向いてても俺に返事するし、よく目が合うから調子に乗ってた。すまなかった」
やはり男鹿は何か勘違いをしているようでしたが、とりあえず何か返事をしなければいけません。このままでは本当に男鹿との関係が終了してしまいます。しかし、俺の感情はそううまく機能しないもので。
「ちょっとションベンが終わるまで待ってくれ。イマイチ感情の整理がつかねぇ」
俺のそんな悲鳴に似た訴えに男鹿は噴出して笑いました。
「そういえば俺も小便しに来たんだった」
彼は笑いの残った顔で思い出したように言い、徐に隣の小便器に向かってジッパーを下ろし出しました。俺のションベンが終わりそうになったとき、男鹿の放尿の音が響きました。ああ、パブロフの犬とはこういうことなのでしょうか。俺は身を持ってこの理論が証明できそうです。なぜならもはや俺の息子は別の生き物のように硬くなりつつありました。
ちらっと男鹿の方を見ると、彼が自分の竿を捧げ持っている姿が目に入りました。なんてヤラシイ光景でしょうか。しかもあの根元の太さから考えるに、結構立派な、ああッ、もう。こいつのションベンを口で受けとめてぇ!
「獅子原?」
「ハィイッ」
俺は訝しげな男鹿の声で我に返って思いっきりジッパーをあげてしまいました。おかげで毛は巻き込むわ、薄皮は巻き込むわ、ってどうでもいいですね。
「すごい声。どっか挟んだ?」
俺の声が返事ではなく悲鳴だと気づいた男鹿はからかう様に俺の股間を覗き込んできます。俺はパンパンに張ったチンポを納めるのに必死でおそらくすごい形相だったと思います。
「そんなに慌てなくてもいいのに」
苦笑いを浮かべながら男鹿は小便を終えたものを仕舞い始めました。俺は見てしまいました。ばっちりと。
やっぱり咥えるよりもヤツの下で口を開けて、そのちんぽから出てくるモノを口で受け止めたい衝動に駆られました。いや、顔に掛けられた方がいいかもしれません。多分斜め下から見上げると、きっとこんな善人ぶった表情じゃなくて、俺を蔑むような目を、あ、蔑むような顔つきって結構いいな。
ほら、俺のジュースは美味いか?とか言って俺の肩に片足乗せたりして、
「獅子原?」
俺は再び我に返りました。目の前にはすっかり身支度を整えている男鹿がいました。彼の瞳はきれいで邪念が一つもありませんでした。俺はまた羞恥に駆られました。なんてこと考えたんだ、俺はまた。
「ゥぁあああッ」
俺は雄たけびをあげてしまいました。もう何て表現したらいいか分かりません。目の前の男鹿はそんな俺の姿を目を丸くして眺めていました。
「男鹿ァてめぇは何なんだよ!俺はお前のことで頭がいっぱいだよ。ウゼぇよ!消えてくれ俺の中からよォ!ただでさえ俺はお前のことが」
と、そこまで言いかけて冷静になりました。勢い余ってツルッと本心を言うところでした。危ない危ない。
ところがこの男鹿という男は本当に空気を読まない男で、不思議そうな顔で「ただでさえ俺のことが、なに?」と聞いてきました。
俺はぎりぎりと歯軋りを立てて、男鹿に言ってやりました。こうなったら言い切るが勝ちです。
「そんなこと言ってねぇ」
「お前、」
やれやれと言った顔で男鹿は口を開きかけましたが、彼はふと何かに気づいたようで、顎に手をやると少し考え込みました。そして答えを導いたらしく、首を傾げる俺に対して、優しい笑みを向けてきました。何だか温かな視線で照れてしまい、俺は居心地が悪くなって顔を背けようとしました。
「なあ獅子原。昨日の話だけど、俺にだけこっそり教えてくれないか?」
一体何を言い出すんだ、と俺が急な提案に絶句していると、彼は唇に人差し指を立てて「俺、微分積分赤点でさ。格好悪いから二人だけの秘密ってことで」と悪戯小僧のように笑いました。
俺はかぁと顔に血が昇りました。俺は知っています。男鹿は確かに数学が苦手なようですが、赤点を取るような人間ではありませんでした。これは明らかに俺に対する誘導で、俺は内心を見透かされて恥ずかしくて仕方がありませんでしたが、彼のこの提案にのらない手はありません。
「しょうがねぇなぁ!面倒見てやるよ!」
俺は大層偉そうに踏ん反りかえりましたが、男鹿は俺のそんな態度にも嬉しそうに「サンキュ」と笑ってくれました。
こうしてこの日を境に俺と男鹿はテスト前になると放課後に勉強するようになりました。俺にしてみれば大進歩です。しかし暇な俺と違って、男鹿には友人がいたり用事があったりと中々時間があいません。俺は彼と二人きりになるのが幸せだったので、学校内の用事であるのならそれが終わってから勉強してもよいと男鹿に提案したのでした。彼は当初困ったような顔をしておりましたが、俺が頑固者だと気づいたようで、途中からは何も言わなくなりました。数ヶ月そんな幸せが続き、夏休み前の学期末テストを控えたある日。
その日も男鹿は多忙なようでどこかへ行っておりました。俺は放課後なのに机に座ったまま授業の予習復習をしたり、問題集を解いたりして時間を潰しました。大抵そんな頃合に彼は戻ってくることが多いのですが、この日は用事が長引いているのかいっこうに帰ってくる気配がありません。俺はいつしか待ち疲れて、机に突っ伏して眠ってしまいました。
夢の中で俺は男鹿と屋上にいました。二人で寝そべって空を見ながら談笑するのです。俺が顔を向けると、男鹿もこちらを向いて笑ってくれています。彼は指を伸ばして俺の髪に触れました。そして指の腹で髪を玩んで言うのです。
「柔らかい」
ふと目が覚めたのは、実際に優しく頭を撫でられている感触があったからでした。ぼんやり目だけを開けると、いつ戻ってきたのか男鹿が前の席に逆向きに座っていて俺の頭を微笑みながら撫でているのでした。
ん?これ現実?
俺は驚いて飛び起きました。涎が出ていたので慌てて手の甲で拭います。
「ねこッ毛だな」
男鹿はそう俺に言いました。そして待たせたことを俺に詫びると、さっさとノートを開き出しました。
「勝手に触ってんなよ!」
俺が恥ずかしくなって文句を言うと、男鹿はそんな俺の態度にはもう慣れたのか、軽く微笑みを浮かべました。
「いっつも気になってたんだ。逆立ててるけど柔らかそうだなって」
「だ、だから何だよ」
「普段のお前じゃ触らせてもらえそうもないから」
「当たり前だ!」
「ほうら、やっぱり」
得意げに男鹿は笑うと、シャープペンを手の中でくるりと一回まわしました。そして頬杖をつくと、じぃっとこちらを眺めてきます。
「今度はなんだよ」
俺は顔が熱くなるのを感じながら聞き返すと、男鹿はとんでもないことを言い出しました。
「なあ獅子原。お前生徒会入る気ない?」
俺は思わずブッと噴出してしまいました。自分は成績こそよい男ですが、内申書に関しては最悪です。生徒会など無縁というか間逆の立場であるはずです。可笑しくなって俺は腹を抱えて笑いました。
「そんなにヘンなこと言ったかな」
男鹿は俺の反応が不満そうに眉を寄せると、今度はシャープペンを何回かノックして芯を長く出したり、指で押して引っ込めたりしていました。要するに手持ち無沙汰なのでしょう。
「古川もそうやって笑ってたよ。俺は反発したんだけど」
古川というのは生徒会の顧問であり、生徒指導も担当している教師でした。俺は笑いを引っ込めてまじまじと男鹿の瞳を見つめてしまいました。またこういうことに誘って俺をさらし者にしたいのかと思ったのですが、今回彼の瞳の中いたのは、偽善というよりも強い使命感でした。
「ねぇやってみない?俺と一緒に」
優しい顔の中に凛とした芯がある表情でした。彼は真面目で賢い男で、俺を揺さぶる言葉というのを学習していました。
俺はそんなところが、大好きで、大嫌いでした。
ああ、俺の願いは単純で、ただ彼と一緒に笑って楽しく毎日を過ごしたいだけでした。たった今も充分に幸せで、俺は男鹿以外の友人が欲しいわけでも学校内で認められたいわけでもありませんでした。けれども男鹿には残念ながらそのことは理解できないようでした。
「くだらねぇ」
俺がそう呟くと、男鹿は残念そうに「そうか」と視線を下げました。
それから二人で微分積分の問題を解いたのですが、会話らしい会話がなく重々しい空気に包まれていました。何となく、俺と男鹿との関係はこのように平行線であるように思えてなりませんでした。
俺は自分の感情に振り回されてぐちゃぐちゃで、思わずノートにぐるぐるとペンを走らせました。見開きのノートにぐちゃぐちゃと絡まった毛糸のように書きなぐった俺を見て、男鹿は呆気にとられたようでした。俺は訴えるようにぐるぐるとペンを動かしました。ノートは真っ黒になっていき、俺の小指付近もこすれて真っ黒になっていきました。
「獅子原」
男鹿はついに我慢できなくなったのか、俺の手を掴んで声を掛けてきました。
「何か不満があるなら言ってくれないか」
どうやら彼は俺が反発してこんなことをしていると思ったらしいです。とんでもない勘違いです。
「お前、分かってねぇな」
俺は握っていたシャープペンシルを乱暴にノートに放り出しました。「分かってねぇよ」
「なにが、なにが分かってない?」
男鹿はそう俺に尋ねました。その顔は俺を理解しようと努力しているようでした。
可哀想な男鹿。こんな面倒くさい俺なんかに惚れられて。もう言ってしまおうか、この汚れた感情を。お前のうわべだけの優しい顔なんか見飽きたのだと。俺を蔑み、罵倒するような激しさが知りたいのだと。
それほど恋をしているのだと。
きっと言ってしまえば、お前はいつもの優しい顔で俺を汚そうとするのでしょう。
「お前なんか大嫌いだ」
俺は男鹿への恋心をいっぱい詰めて、そんな言葉をぶつけたのでした。
続?